324. 移動
「そちらへ行ったぞバガン! ヨゼフス、まだいけるか!?」
「うるせぇ! 分かってら!」
魔物の動きに合わせてコフィンが声を上げる。バガンは罵声気味に答えるが、自分は答える余裕が全くない。魔物が多い。飛び掛かってくる魔物の攻撃を盾でなんとか防ぐ。獣臭さにむせそうだ。
そもそも剣士3人という構成が悪いんだよ。後衛無しじゃツライ。
コフィンだけは普段から1人だったんだろう。戦闘でもだいたい何でもこなせるようだ。でも自分はもともと複数人行動だった。自分が耐えて後衛が倒すって戦いばかりしてきたんだ。剣士だけの戦いに未だ慣れない。
バガンも元々複数人行動だったんじゃないか。コフィンほど何でもできる訳じゃなさそうだ。
自分の動きも褒められたもんじゃないけど、バガンの動きも悪い。足の古傷を治療するのに妖精を求めて遥々ここまで来るくらいだ。相当痛むんだろう。それでも元の実力は確かなようで、そんな古傷を抱えていても魔物と戦えている。凄いヤツだ。怪我を負う前はかなり優秀だったに違いない。
とりあえず今はなんとか、自分が魔物を引き付けてコフィンとバガンが倒すというパターンに落ち着いている。
大丈夫、大丈夫だ。安定してるぞ。落ち着いて対処すれば問題ない。
リースタム男爵領への道中は聞いてた以上に魔物が多かった。もうすぐガルム期も明けそうっていうのに魔物の数は全然減らないんだ。何処か近場で大規模な魔物駆除でもやったのかもしれないぞ。そこから大量に魔物が流れてきたとしか考えられないくらい多い。
だから予定よりも進みが遅い。それどころか既にボロボロだ。でも急がないと、雪が積もるまでに男爵領へ辿り着かなきゃ妖精捜索は春以降になってしまう。
本当は妖精捜索なんてしたくなかった。だってそうだ、冒険者ギルドじゃファルシアン王国の妖精に対する討伐や捕獲といった依頼は禁止されてるんだ。だから今は正規の依頼じゃない。そんなの誰だってやりたくない。自国の貴族に強いられてるだけだ。
自分の親類がその貴族の館で下っ端として働いている。その繋がりで自分に声が掛かったんだ。その貴族の息子とやらが病気だか怪我だかで、それを治すのに妖精の力が必要らしい。
正規の手順でファルシアン王国に妖精の治療要請もしたらしいけど返答は無し。だから冒険者を雇って妖精を連れてこようって考えたみたいだ。
正直断りたかった。でも断るとそこで働いてる親類の立場がかなり危うくなるらしい。その貴族は息子の不調で相当機嫌が悪いらしく、何をされるか分からないと泣き付かれたんだ。だから仕方なく受けることにした。
それでも冒険者ギルドで禁止されてる依頼内容。仲間には迷惑を掛けられないと思って抜けて来た。
「フッ!」
――ザシュ!
コフィンが魔物を1匹倒した。
落ち着け。まだまだ魔物は居るけど、何も全てを倒す必要はないんだ。この群のボスを見つけてそいつの風上へ臭い玉を投げ付ければ良い。それでこの群を追い払える筈だ。今までの魔物もそうだった。
魔物の攻撃をいなしつつ魔物を風下へ誘導する。風上の魔物をコフィンがまた1匹倒してくれた。流石だ。
最初、コフィンの境遇は自分と似たようなモノだと思ってた。貴族の依頼で仕方なく妖精を捜しているんだと。でも最近、それだけじゃないような気がしてきてる。
リースタム男爵領はファルシアン王国の北東部だ。件の妖精の世話係だったっていう男爵令嬢は、王都から東へ向けて出発したことが分かっている。東へ行ってから北へ向かうんだろう。
それを追うんだから、普通なら自分達も東へ向けて出発するべきだった。同じ道を辿った方が絶対良いに決まってる。なのに自分達は北へ行ってから東に向かうルートを取った。
コフィンが王都から北にある旧バスティーユ領都に寄りたかったらしい。あそこも大きな街だったから情報収集が目的だと言われれば納得できるんだけど、そこでのコフィンの行動は不自然だった気がしてるんだ。
自分でも情報収集してるけど、なんでもバスティーユ領都は戦時に自国を裏切ってお隣帝国に付いた貴族の土地だったとかで、帝国の息の掛かったヤツが多いらしい。一時は新しい領主が間諜を一掃したようだけど、ここ最近また増えたんだとか。
コフィンが帝国と関係あるかの証拠はないけど、なんだか胸騒ぎがする。だいたい冒険者らしくないんだよ。戦闘は1人で何でもこなすし交渉も上手く情報収集だって得意。そんな冒険者が無名な訳ないじゃないか。
その点、バガンは分かりやすい。自分の古傷を治してもらうため妖精を探してるだけなんだから。性格も短気で我が強く前衛冒険者に多いタイプだ。
「見つけたぜぇ! あそこ! ボスだ!」
「了解! 風上へ走れ! 臭い玉を投げる!」
バガンがやっと魔物のボスを見つけたようだ。コフィンが素早く指示を出す。足に古傷のあるバガンが逃げ遅れないように先行して風上へ走り出した。自分は殿だ。
コフィンがボスの風上側へ臭い玉を投げ付け臭い煙が広がった。その煙を突っ切るように自分も風上へ、途中で魔物の死体の足を取り引き摺りながら死に物狂いで走る。
魔物は追ってこない。これまで通りだ。問題ない。乗り切った!
「ハァ、ハァ、ハァ。ふぅ、手間取らせやがってよぉ」
「止まるな。できるだけここから離れるぞ。また追われたら敵わんからな」
「へいへい」
コフィンの指示にバガンが答える。皆疲れているが速足で移動を続けた。
もうすぐ目的の男爵領。件の男爵令嬢が自領に戻っていったっていう情報は得てるけど、妖精の目撃情報は結局出てこなかった。
果たして妖精は本当に男爵領に居るんだろうか。居なくても妖精専属侍女が居る筈だから何かしら情報は得られると思うんだけど……。
これで進展無しなら春まで無駄な時間を過ごす羽目になってしまうよ。
「お! ヨゼフス、魔物の死体を持ってきたのか。やるじゃねえか。これで今晩も晩飯に困らなくて済むぜぇ」
「あ、ああ。ありがとう。十分離れてから解体し、うわっ!?」
そのとき辺り一面が明るくなった。こちらを振り返っていたバガンの顔が真っ白に見える程明るい。南の空に光の柱が立って、そしてすぐに消えた。
「またか」
コフィンが呟く。
さっきの光の柱は先日、ガルム期の半ばにも出たのだ。いったい何の光なのか全く分からない。
「おい、どうする? このまま予定通り男爵領へ向かうか? 前回光の柱が出たとき町じゃ妖精の仕業じゃないかって噂されてただろ? 妖精は向こうに居るのかもしれねぇぜ?」
「そうだな。しかしかなり遠いように見えた。まずはこのまま男爵領、そこで何も進展がなければ今度は南へ向かってみよう」
「男爵領の後に南? その頃には雪で身動き取れねぇんじゃね?」
コフィンの提案にバガンが反論する。自分も男爵領へ行った後に南へ向かうのは無謀だと思う。
そのまま自分達は、意見が纏まらないまま東へ移動を続けるのだった。