323. 味見
うーむ、これは困ったな。
この横穴の続く方向は帝国だ。森の中には帝国が秘密裏に掘り繋げた洞窟があったと聞いている。その洞窟がこれなのだろう。
しかしどういうことだ? 洞窟はダスターが埋め戻した筈。後日調査でピッケルなどでは掘ることができない程硬く埋められていたとの話だったが……。まさか帝国が再度掘り進めたのか?
「おいおい。なんだぁ、ありゃぁ?」
カドケスが警戒しながら洞窟に近付いていく。
この穴の調査となると間違いなく機密情報が関わってくる。そりゃぁそうだ。これ程町の近くに敵国の侵入口が存在していたなど公表しようものなら、エルンの町は恐慌状態に陥るだろう。他の町であっても敵国が突然近場に湧いてくる恐怖を抱くことになる。そしてその存在に気付くことができなかった国に不信感を抱くに違いない。
さて、そうなると機密を知らないカドケスの存在が問題になってくる。有体に言えば邪魔だ。だからと言って、調査は俺達がやるのでもう帰れと言うのは悪手だろう。こんな穴を見つけて不自然に帰らされたとなれば、冒険者間じゃ良い話の種だろうからな。
「どう見ても自然に開いた穴じゃねぇな。形が丸過ぎるし一直線過ぎる。それにこりゃなんだ? 穴の壁面が宝石みたいに光ってやがるぞ。魔法か? しかしこんなでかい穴開けられる魔法なんて……、いや……」
そう言ってカドケスはシルエラに視線を向けた。確かにシルエラの魔法ならこれくらいの穴も開けられるだろう。
「確かに私ならばこの大きさの穴を開けることも可能でございます。それにこの壁面の輝き。これまでも高威力の攻撃魔術を放った際には、それを受けた地面はこのようなガラス状となっておりました。間違いなく攻撃魔術によるものでしょう。属性は火、もしくは光と思われます」
「へぇ。じゃぁ鉱脈を掘ったんじゃなくて、魔法を当てたから鉱脈っぽくなったのか。草の生え方から最近できたのは間違いない。3日前に鳴ったっつう爆発音は穴が開いた音だったのか?」
カドケスは穴の壁面を観察しながら奥へ進んでいく。それにティレスが続いた。壁面を鞘でコツコツと突いている。
「それにしても、いったい何処まで続いてんだこの穴。奥が全く見えないぞ。まさか帝国まで続いてるなんて言わないよなぁ?」
おっと。このまま黙っていると自力で答えに辿り着いてしまいそうだな。こうなったらもう協力者として仲間に引き込むか。
しかも良い事を思い付いたぞ。勝手に城を出てこれ程長期間不在にしているのだ。戻った際にこっぴどく叱られるのは覚悟していた。しかし国の存亡に関わる調査が目的であれば長期不在も正当化されるに違いない。
俺は光の妖精剣を抜いて穴の内部を照らした。
「ほら、これで明るくなっただろう?」
カドケスはぎょっとした顔で暗闇に輝く光の妖精剣を見た。トロールの動きを見るため少し鞘から出したりしていたが、刀身全体をカドケスに見せるのはこれが初めてだ。
「ところでカドケス。俺達は国の者で今とある事情で動いており、冒険者は仮初の姿に過ぎない。そしてこの穴の調査はここから機密事項だ。この穴を見てしまった以上、悪いがお前も関係者。協力してもらうぞ」
威圧して相手をビビらせる。と思ったのだが、カドケスは意外と平気そうな態度で顔に手を当てしばらく何やら考えていた。
「……なるほどな。アンタ、いや、アナタ様は第二王子殿下か? ですか? するとこちらは第一王女殿下? いやはや……」
「ほぉ? どこで気付いた?」
母上は俺の演技に駄目出しされておられたが、今回は完璧だった筈だ。やはりティレスの庶民離れした価値観が原因だろう。
「あまり冒険者を舐めないでいただきたい。駆け出し冒険者にしては明らかに装備が豪華過ぎるでしょう? 貴族だろうとは予想しておりましたよ。しかしその光の剣、自動反応する結界、大出力魔法を放つ侍女……。第二王子殿下による魔王討伐の絵本を作ろうとしていた商人が語っていた内容そのままだ、です。誰でも分かりますって」
「ふむ」
そう言えば王都商業ギルドマスターが張り切って俺にも魔王戦に関して聞き込みに来ていたな。さらにダスターへの聞き込みは冒険者ギルドの併設酒場でされていたらしい。知っていても不思議ではないか。
「いやぁ、マジですか。今世間で話題の勇者様ご本人とは、はは……」
「ふふふ、魔王の猛攻を掻い潜り闇の妖精剣を突き立てる私の雄姿も絵本に取り入れてくださるそうですよ。楽しみですね」
心底嬉しそうにティレスがそう言う。口調が戻っているのはカドケスに正体がバレたからだろう。
ティレスは国を守りたいという思いが強く、国を守ったという証が欲しかったらしいからな。まぁ、国どころか世界を守ったのだが。
「王族本人がわざわざ秘密裏に調査に来るってぇと、やはり帝国関連ですかい? 町でも最近帝国の者らしき人物が目撃されているって噂がありましたな。するとこの穴は帝国が開けたと?」
「その可能性もある。しかしそうであれば、この穴は帝国側から開けられているべきだ」
穴から出るために視線を戻すと視界に森の木々が入る。移動しながら俺は説明を続けた。
「しかし穴から直線状の木々が倒れていないことから、この穴は王国側から開けられたと推測できる。帝国の魔術師が森に侵入してこちら側から開けたという可能性はあるが、これ程高威力の攻撃魔術を放てる魔術師が帝国に残っているという話は聞いたことがない」
「なるほど……、じゃぁ犯人は分からず仕舞いですかい?」
「いや……、心当たりはあるのだがなぁ」
シルエラ並の攻撃魔術を放てる者など世界を探してもそれ程居ない。そして意味不明なことはだいたい妖精が原因なのだ。
退屈だったからなんとなく城から出てみて偶然見つけた洞窟を探検したかったから……、などという理由に見せかけ、貴族共の手紙以上に遠まわしで回りくどく婉曲、それでいて無駄に壮大な何かしらの伏線なのだろう。
何せ魔王の配下を倒すために半年前から玉転がしをするようなヤツなのだ。俺達人間にはその叡智など理解できる筈がない。今回のそれが発動するのは半年先か1年先か……。
しかし現状妖精の仕業と決め付けられないのも確か。帝国の工作という可能性は高い。それだけでなく帝国を装った別勢力という可能性もゼロではない。帝国の者がエルンの町で目撃されているという噂もひっかかる。エルンの町の前領主は帝国戦役で戦死されている。今は代官が治めていた筈だが……。
何れの理由であれ機密事項には変わりないな。カドケスをどこまで巻き込もうか。
「お兄様、こちらを」
俺が考え込んでいる間に周りを物色していたティレスが何かを見つけたらしい。見ればトロール用の罠だった。中に肉が入った金属製の檻に変わったところは……。
「よく見てください。罠が発動しているのに中に腕が残っていません」
「そういうこともあるだろう。刃が下りる前に腕を抜いたとかさ」
「それだけではありません。他の罠の肉は腐敗が進んでいるというのに、この肉だけは綺麗なままなのです。さらに」
「食べかけ?」
小動物が齧ったような跡がある。
この罠は中の肉に触れた瞬間に入口の刃が閉じる仕組みだそうだ。刃が閉じているということは正常に作動したのだろう。もしこの肉を齧ったものが本当に小動物なら罠内に残っていなければ説明が付かない。しかし妖精なら檻から抜け出すことなど容易だろう。
妖精が食ったのか? こんなあからさまな罠の中にある怪し過ぎる肉を?
「よく見てください。何か、黒い粉と白い粉が掛かっています。非常に香ばしく食欲をそそる香りではありませんか」
「待て。食うなよ?」
「食べませんよ。私を何だと思っているのですか」
いやぁ、最近のお前なら食いそうだなと。しかし確かに美味そうだ。この香り、胡椒か?
「お、美味いなこれ」
そう思っているとカドケスが指に付いた粉を舐めていた。
「おい、大丈夫か? そんな得体のしれない粉を食って。毒かもしれないぞ?」
「まぁまぁ、問題ありませんって。大抵の毒は舐めるだけじゃぁ無害ですよ。少量だけでちゃんと吐き出せばね。それで、白いのは塩ですな。黒いのは……、よく分かりませんがピリッとして塩と絶妙に合う。香りはこの黒い方のでしょうな。うん、肉によく合いそうだ」
「おい、何回舐めるんだ。少量って量じゃないだろ。少しはこっちにも寄越せ」
「お止めくださいクレスト殿下。もう少し王族としての自覚をお持ちくださいませ。カドケス様もそこまでです。これらは調査対象としてこのまま確保すべきでございましょう」
チッ、味見し損ねたか。