317. 模擬戦
俺は3人に実戦経験の有無を問うた。
エルンまでの短い付き合いでしかない新人達とは言え、魔物に襲われれば命を預けることになるかもしれない。そのためあらかじめこの3人の戦い方を知っておきたいのだ。
もともとは王都付近に現れる弱い魔物で実力を見るつもりだったのだが、幸いにもガルム期としては珍しく1体の魔物にも遭遇しなかった。だからここまで実力を見られなかったのだ。
「あります」
妹の方が相変わらずの仏頂面で実戦経験ありと即答した。正直意外だ。この年齢で実戦経験があるのか。
「ほう。どんな魔物と戦ったことがあるんだ?」
「……魔物はありません。人相手なら。いえ、魔王も魔物と言えるか……。やっぱりあります」
要領を得ない答えだな。それはどういう意味だ?
アレと言うのは魔物みたいだが魔物ではない何かってことか? 魔物のように恐ろしい野生動物とか、魔物のような強さの人間だとか……?
と言うか、その歳で対人戦経験があるのか?
「うーん、もしかして誰かとの模擬戦を実戦にカウントしてないか? 魔物のように怖い誰かと闘ったことがあるとか?」
いや……、対人実戦経験者……? まさか戦争帰りとか言わないよな?
戦える貴族、特に東側の貴族の多くは戦争に参加していたと聞く。だとしても、まさかこんな小さな子供が敵陣に特攻など無意味だろう。そうするとこの嬢ちゃんも魔術が使えるのかもしれん。魔術師なら子供でも参戦は有り得る。魔術師は貴重だからな。
ま、闘ってみれば分かるか。
「よし、ちょっと手合わせしてみるか」
「じゃぁ俺とやるか? 妹はまだまだだからさ。こっちの魔術師も威力制御にちょっと難ありでなぁ」
妹の方に言った言葉を受け、兄の方がそう提案してくる。だが、俺が確認したいのは1人1人の強さじゃない。
「いや、アンタら全員の戦い方を見ておきたい。連携も見ておきたいからな。3人いっぺんに相手してやるぜ」
「ふむ」
「良いでしょう。ちょうど試したかったこともあります」
感心顔の兄に対して妹が嬉しそうに笑った。もしかしてこの妹、かなり好戦的なのか?
なるほど、ちょっと分かってきたぞ。おそらく貴族令嬢である妹がどうしても冒険者の真似事をしたいとごねて、それに兄と貴族子飼いの魔術師が付き合ってるって感じだろう。
しかし冒険者は遊びじゃない。少し世間の厳しさってもんを教えといてやるか。
ギルドの裏手にある訓練場という名の空き地に移動し、兄妹にそれぞれ木剣を渡す。兄の方には普通の両手剣、妹の方には小さめの片手剣だ。すると魔術師の女も木剣を手に取った。この女、剣も使えるのか? 確かに腰にはショートソードを装備している。接近された場合の緊急回避用か。
「行きます。シル、援護を!」
対峙した瞬間、早く闘いたくて我慢できないとばかりに妹が走り出した。素人丸出しのパタパタとした走り方、見た目の可愛らしさもあって微笑ましい光景だ。戦場でこんなのが走ってきても脅威には思えないな。
その後ろから仕方なくという様子で魔術師の女が剣を構えて走ってくる。こちらも素人臭さが抜けない。おそらく実戦では魔術一辺倒の戦い方なのだろう。
兄は剣を構えているものの、笑顔で突っ立ったまま動いていない。妹の頑張りを見守るつもりのようだ。
「はぁッ!」
動きはトロいが気迫だけは本物だ。よほど冒険者の真似事がしたかったらしい。狙い見え見えの遅い剣を余裕を持って避け……、っておい!
ただの木剣の筈なのに、振られた剣の軌跡に炎が尾を引いた! 嬢ちゃんを中心に半円状に炎が広がる。ガルム期の暗い空の下で明るく燃えるそれはまるで芸術のようだ。
こちらに広がってきた炎の帯をあわてて転がって避ける。そのまま服に燃え移った火を地面を転がって消しつつ、嬢ちゃんから距離を取った。
「ちょ、ちょっと待て!」
「戦場に待てはありませんよッ!」
嬢ちゃんが走り寄ってきて2撃目を振り下ろそうとしてくる。木剣は炎を纏ったままだ。あの剣を受け止めるのは危険だろう。俺は立ち上がりながら嬢ちゃんの手を蹴り上げようとした。
すると突然、半透明の膜が半球状に現れ蹴りが阻まれる。なんだ? これが防御魔術ってヤツか?
こんな超接近戦主体の魔術師聞いたこともない。ってか、詠唱はどうした!? 魔術には詠唱が必要なんだろう!?
「レス! ストップ! 私達の勝ちでございます」
後ろを見ると魔術師の女が俺の首に木剣を添えていた。前を向き直ると嬢ちゃんの剣が寸前で止められている。どうなってんだ? 子供相手の模擬戦で死にかけたぞ?
「な、なるほど。アンタらの戦い方は分かった。魔術を駆使した接近戦主体か。聞いたこともない戦い方だが、魔物相手でも十分に戦えるだろう。いやはや、まいったよ。ところでその炎の剣は魔術か? 詠唱していた素振りはなかったと思うが?」
「そうだぞレス。いったい何時からそんな技使えるようになったんだ?」
兄の方も知らなかったらしい。家族の知らぬ間に炎の剣を習得する子供が何処に居るんだ。末恐ろしいな、この嬢ちゃん。
「そう、魔術です。使えるようになったのは魔王戦の後ですよ。兄の剣を真似てみました。詠唱は不要です。必要なのは気合」
「妖精剣て、そんな魔術見たことないぞ? 自作魔術か?」
「そうです。気合と魔力があれば、魔術は何だってできますから」
嬉しそうに話す嬢ちゃん。しかし意味が分からない。
兄の剣を真似たと言う割には、兄はそんな魔術見たことないと言っている。俺は魔術なんて詳しくはないが、気合と魔力だけで自作魔術をポンポン作れる筈ないってことくらい知っているぞ。
「ちなみに、アンタも嬢ちゃんのような魔術の使い方をするのか?」
妹の方の戦い方は分かった。兄は見ていないが見た目からしてスタンダードな剣士だろう。この女も見た目から一般的な魔術師の戦い方だろうと思っていたのだが、妹の方の破天荒な戦い方を見た今では全く推測できない。
「いえ、私は安全な遠距離から攻撃魔術を放ち続ける戦い方でございますよ」
「そうか。ちなみにどんな魔術を使うんだ? 良ければ見ておきたい」
女は少し考える素振りを見せた後、少し距離を取って詠唱を始めた。その後、俺の体幅くらいある光の柱が空に向かって放たれた。
見上げる空には、先程まではあった筈の雲が円形に押しやられ星空が広がっている。
「すみません。少々手加減が苦手なものでして」
「は、はは……」
訊いてもいないのによく分からない言い訳をされる。
気付けば俺は、無様に尻餅をついていた。
なんなんだ、この3人? 貴族の奴らは皆こんなに強いのか?