314. この冬も
「このシーンの絵はこういう構図でいこうと思うのですよ。どうです? かっこいいでしょう? 問題ありませんか?」
「あー、良いんじゃない……、ですか?」
商業ギルドのマスターが絵の束から何枚かを見せながら色々とまくし立ててくる。どうやら先日あった魔王戦を絵本にしたいらしい。その絵本を作るために当時の事をひたすら細かく聞き取られ、今は絵の確認をさせられている。
商業ギルドマスター様自ら、冒険者でごった返している冒険者ギルドの酒場に来る程の力の入れようらしい。
魔王戦に参加したと言っても、俺は後から合流したに過ぎない。もっと全体を知る人物に確認しに行った方が良いと思うのだが……。それに絵の構図の決定権など俺にはないだろう。王子とか王女とかに尋ねれば良いのでは……。
「まぁまぁ、今は王子殿下も王女殿下もお会いできないのですよ。妖精様付侍女の方にもね。サブマスも途中離脱したそうですし。あ、もちろん魔術師団長殿にも色々とお話させて頂いてはいるのですよ。だけどより多くの関係者から聞き取った方がよりリアリティが出ると言うものでしょう?」
「よぉ、ダスター! それが噂の魔王戦って奴か? この絵のどれがお前なの? ……え? これ? かっこ良過ぎるだろ! おい皆! これがダスターだってよ!」
まわりで見ていた奴らが絵本用の絵を見て騒ぎ出す。冒険者ギルドで絵本の打ち合わせなんかするからだ。まぁ、俺が呼び出しに応じなかったから商業ギルドマスターが冒険者ギルドに来ざるを得なかったんだろうが……。
囃し立てられるのはいつまで経っても慣れない。酒を飲んで気を紛らわす。
「ところでダスターさん、珍しいですね。最近は禁酒していたのでは?」
「まぁ、今は、うるさく言うのが居ないから……」
少し前から酒を飲もうとすると何故か妖精様が邪魔してきていたのだ。しかしここ最近妖精様は冒険者ギルドに来ていない。今なら安心して酒を飲める。
「あっはっは、新婚早々、嫁をうるさく言うの呼ばわりですか? 先が思いやられますよ?」
「あ……、いや、酒にうるさいのは、リスティじゃなくて……だな」
「む、私がどうかした?」
ふと振り返るとリスティが居た。妖精様の話だったというのに、変な誤解を生んでしまいそうだ。どう言えば誤解を解けるだろうか……。誤魔化すか?
「あー、いや……。ところでどうしたんだ、この時間に俺の所へ来るなんて」
「いえいえ、ちょっとした依頼だよ。少し部屋まで来てもらえるかな?」
「ああ、分かった」
どうやら変な誤解はされずに済んだようだ。
「ひゅー! サブマスが日中から旦那を部屋に連れ込むぞ!」
「鉄のリスティも旦那にはメロメロだぁ!」
「うるさいですよ! 沈められたいのです!? 河に!」
酒場にたむろしていた奴らの揶揄いにリスティが顔を真っ赤にする。これは俺も恥ずかしいぞ……。この場から早く抜け出したい思いで俺はギルマス部屋へ移動を開始した。
「あっはっは、それじゃぁ私はこれにて」
そう言って商業ギルドマスターが帰っていく。
「ふぅ、まったくもう……。えーと、それでね、この3人なんだけど」
部屋に入ってすぐ、リスティは3枚の似顔絵を出してきた。今日はよく絵を見る日だな。
この3人、今日も午前中まで1階に居た奴らだな。糸目の男は確かコフィンといった筈。他2人の名前は知らないが顔は覚えている。俺も声をかけられたからな。で、この3人がどうしたと言うのだろう?
「妖精様を執拗に狙っているみたいなんだよ。だから調べてみて欲しくて。まぁ何もないと思うけど、念のためにね」
ふむ。そういや俺が声をかけられたときも妖精様の話題が出たな。そう言えば……。
「この男……、帝国東部で、活動していた筈だ」
「え? 本当? このコフィンて人、かなり遠方から来てるって言ってたそうだけど? どうして帝国東側だと思ったの?」
「ハンドサイン。帝国東側独自のものだった」
王妃様の依頼で聖王国へ転移した際、聖王国や隣接する帝国東部の情報を頭に叩き込まれた。だから帝国東部のハンドサインも記憶している。コフィンは間違いなく帝国東部独自のハンドサインを使っていた。
「ふーむ、背後に居るのは帝国貴族なのかなぁ? じゃぁこっちの2人は?」
「分からない。見た目の特徴は南方だ。が……、それ程遠くないと思う。言葉に違和感はなかった」
肌や髪色が濃いのは南の人間の特徴だ。しかし言葉遣いに不自然はなかった。王国と同じ言語圏の言葉に慣れているに違いない。となると以前の活動範囲はいくら遠くてもカティヌール周辺の筈。
「こっちの男……」
「バガンだね」
「こいつは体に不調があるな。……引退を考えてもおかしくない」
体の動かし方に違和感があった。あれは古傷をかばうような動作だ。戦えば3人の中では1番強いのだろうが、まともに戦えるのかは疑問だ。短時間は問題なくても長時間は無理だろう。
他にも色々と推測はできるが確証はない。俺が言えるのはこれくらいか。
「へぇ。じゃぁエネルギアは関係してそう?」
「……さぁな? 少なくともコフィンは無関係、他2人も可能性は低い……、と思う……」
コフィンの言葉遣い、中途半端に丁寧だった。それに神経質そうな性格。単独行動多め。情報収集が得意そうな感じ。さらに強さに見合わない金のかかった装備。おそらく貴族の子飼いだろう。
そうなると装備に雇い主の貴族の息がかかっていることが多い。エネルギアの子飼いだと魔道具装備が多くなる筈だ。しかしコフィンの装備に特殊な魔道具が含まれているようには見えなかった。すくなくともコフィンはエネルギアには関係していないだろう。
残り2人も装備は一般的に見えた。しかしエネルギアでも一般冒険者の装備は案外普通で王国と変わりなかったと前ギルマスが言っていたからな。装備だけでは判断できない。
だがしかし、少なくともエネルギア残党と呼ばれる怪しい魔術師集団の息はかかっていないと思う。あいつらが冒険者を従わせようとするとき、十中八九洗脳する筈だ。しかしあの3人に洗脳されているような雰囲気はなかった。
「ふーん。じゃぁ今回はエネルギアとは別件かなぁ。でも帝国が関わってる可能性がある?」
「正解かは分からないぞ……」
俺の推測が間違っていたことが原因で国に大打撃を与えるなんてこと、よしてくれよ。胃がもたない。
「うんうん、だからちょっと調べて欲しいなぁって。この3人、どうも妖精様付侍女だった女の子の領地へ行くらしいんだよ。王妃様がね、お城の搬入業者の人を餌に誘導したんだって。要注意人物の居場所を限定的にしたうえで妖精様が男爵領に行ったかどうかも確認できるからって。ね、お願い」
「……分かった」
王妃様が関わっている以上、俺に拒否権など最初からないだろう。
どうやら今年の冬もゆっくりはしていられないらしい。まったく。流石王族、こっちは新婚だというのに人使いが荒い。
「……で、その男爵領は?」
「ここだよ」
リスティが地図を広げて王国北東部を指差す。
……結構遠くないか? 去年は南東のトロールの森で、今年は北東。来年再来年には北西や南西にも行けって言わないだろうな?
仕方ない。しばらく3人を監視するだけの簡単な仕事だ。
スタンピードを止めたり隣国との戦争に駆り出されたり、訳も分からず聖王国へ転移させられたり人類存亡をかけて魔王と戦うよりは楽な仕事だろう。
「じゃぁ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
そう言ってリスティは俺の頬に口付けしてくれた。
……新婚も悪くはないな。