313. 男爵領へ
「情報を得た。先日妖精の世話をしていた侍女が1人自領へ帰ったらしい。妖精はその娘に付いていったかもしれないとのことだ」
コフィンは戻ってくるなりそう言った。
妖精不在の噂の出処となった王城へ物品を搬入している業者の下っ端を探すと言っていたから、そこから得た情報なのだと思う。なかなかの情報収集能力だ。尊敬すらする。
コフィンはここに来る前は、一時的に他冒険者と組むことはあっても基本的には1人で行動していたらしい。こんな優秀な男が1人だったなんてな。
情報収集能力や調査能力、潜入や潜伏に長けた冒険者はギルドや貴族などの子飼いとなることが多いと聞く。もしかするとコフィンもどこかの子飼いなのかもしれない。依頼主に逆らえず嫌々妖精を探している自分と違って、コフィンはかなり自発的に妖精を探しているように見える。
「ああ? その娘の自領ってのは何処だ?」
魚菓子を食べていたバガンが手を止め、そう問い返す。
コイツは分かりやすい。どこにでも居る標準的な冒険者……を、さらに粗暴にしたような奴だ。コイツも1人だったらしいが、コイツの場合は人付き合いが失敗して1人にならざるを得なかっただけだろう。自分も目的がなければ近付きたくなかった。
「名はアウリ・ラ・リースタム。第一王女世代の11歳。リースタム男爵の長女で9歳から王城で働いているらしい。妖精の世話を始めたのは去年、つまり妖精が現れてからほぼずっと世話役で……」
「そんなこと訊いてねぇよ。その男爵領とかいうのは何処だって訊いてんの」
「……リースタム男爵領、この辺りだ」
コフィンが渋い表情をしながら地図を広げ、一点を指差した。ファルシアン王国北東、かなり遠方だな。バガンはイライラした表情で地図を見つめていた。
「北東と言っても、海からも山からもそれなりに離れている。近くに目ぼしい川もない。昔はそれなりの穀倉地帯だったそうだが、今は貧困領。幸い脅威となる魔物の出現は滅多にないらしい。集落が外壁で囲まれていないらしいことから、魔物の心配は本当にないのだろう。今日準備して明日出発しよう」
「はぁ? 今はガルム期だぞ? 明るくなってから移動した方が安全だろうがよ」
「ああ、自分もガルム期が明けてから移動した方が良いと思う」
バガンはどうやら私欲で妖精を探しているらしい。だから自分やコフィンと違って時間制限などなく余裕があるようだ。
しかし、それにしてもコフィンは焦り過ぎているように感じたため自分はバガンの意見に賛同した。
「お前達は知らないだろうが、この地域はガルム期が明けるとすぐ冬になり雪が積もる。雪が積もってしまえばリースタム男爵領に行くことができるのは春以降になるぞ。そこまでは待てん。魔物が少ない地域というのならガルム期でも移動できるだろう」
「なるほど、確かに春以降は遅すぎる。自分も明日出発に賛成だ」
「ああ!? まぁ、流石に春まで待つのはキツイかぁ? じゃぁ一旦解散して各自準備だな?」
「ああ」
そうして自分達は一旦解散した。
行先は貧困領らしいから食料は多めに用意した方が良いだろう。
それにしても、コフィンはこの地域の気候にも詳しいのだな。アイツは遠方から来たとは言っていたが、髪色や肌色はこの王国の人間とあまり違いがないように見える。自分やバガンの髪色や肌色は濃いが、コフィンは白肌にくすんだ金髪だ。
案外近くから来たのかもな。