310. 冒険者ごっこ
「よっと、これでようやく1匹目か。思ったより大変だな」
王子殿下が横たわった魔物を見下ろし嘆息をつかれます。
ここは王都東側の街道付近。
暗く寒いガルム期は活動する冒険者が減り街道までウルフが出るようになるとのことで、冒険者登録をした私達はそのウルフ討伐に来ているのです。
「まさか討伐対象の魔物が全く居ないとは。先に他の冒険者が倒したのでしょうか?」
「いや……、これは魔物に避けられてるな。ダスターが言うには大きな魔力は魔物を遠ざけるらしい。しかし妖精剣は鞘に入れておけば問題ない筈。となると……、なるほど、ティレスか」
王女殿下の疑問に王子殿下がしばらく思案され、その後王女殿下に納得顔を向けられました。
妖精剣は常時莫大な魔力を放っているそうで、そのため所持しているだけで魔物を寄せ付けないという報告は聞いておりました。しかしその問題は、妖精様が追加で鞘を作成してくださったことで解決していた筈なのです。
余談ではありますが、今は火の妖精剣と呼ばれているオリジナルの宝剣ファルシアンには、もともときちんと鞘もありました。しかし今は妖精様が作られた鞘が本物とされ、以前の鞘は宝物庫の片隅に置かれているそうですね。
「まさか私の魔力で魔物が寄ってこないと? 私も魔物討伐をしたいのですが……。お兄様のように、逃げる魔物よりも速く走って追いついて倒すなんてこと、私にはできませんよ?」
なるほど。王女殿下は妖精様から莫大な魔力をお授かりになられました。王女殿下の魔力が影響して魔物が寄ってこない可能性も確かにございましょう。
「攻撃魔術で倒せば良いじゃないか。どうして剣で倒そうとする?」
「その方が冒険者らしいではありませんか。もっと冒険者らしいことをしてみたいのです」
王子殿下と王女殿下は軟禁され執務続きに嫌気が差され、気分転換という名目で王城から抜け出されたのです。王城地下の脱出路から1度王都外に出られ、東門から王都に戻られたのでした。
春になれば王子殿下もご結婚されます。最後のお遊びをお楽しみになりたいのでしょう。そして、王女殿下としましては、初めての羽目外しとなります。これまでは戦争などで遊ばれるような余裕はありませんでしたから。
これまで子供らしい体験があまりできなかった王女殿下の最初で最後のお遊びなのです。王女殿下の冒険者ごっこ、全力でお付き合いさせて頂く次第ですよ。
「ティレス、お前世間じゃ何て呼ばれてるか知ってるか?」
「救国の姫でしょう? 西の辺境都ではよくそう呼ばれていましたよ」
「違う。"特攻姫"だ。敵軍だろうが魔物の群れだろうが特攻して自身ごと敵を殲滅するイカレた姫。ちなみにシルエラは"妖魔の侍女"だな」
そう言われ、王子殿下は私に視線を向けられました。昨年の対帝国戦争での逆転劇に加え、魔王戦の話も広がり始めています。
王子殿下にとっては武勇伝となりますでしょう。私は何と言われても構いません。しかし、王女殿下にとっては婚期を逃してしまうことになってしまわれないかと少し心配でありますよ。
「二つ名が付くなど一流冒険者のようですね」
「おっと、予想外にポジティブ思考だな。戦時のお前はひたすらネガティブだったが改善されたようでお兄ちゃんは嬉しいよ。でも、少しアグレッシブ過ぎる。冒険者ギルドでもすぐに喧嘩を始めやがって。誰の影響だ? やっぱり妖精様か?」
「いいえ、お兄様の影響ですよ」
「ほぅ、意外だな。兄上か」
「まさか。クレストお兄様です。それにギルドでは向こうが言掛りを付けてきたのです。私を侮辱するだけでなく妖精様を悪く言うなど……」
「俺の影響? 俺はそれ程無鉄砲でも喧嘩っ早くもないだろう? まぁ、良い。じゃぁ、俺がティレスを肩車してウルフより速く走ってやる。それでティレスにも魔物討伐ができるんじゃないか?」
「それはおやめくださいませ。私が置いていかれてしまいます」
「はっは、冗談だよ」
満面の笑みで発言されますと、冗談なのか本気なのか判断が付きませんよ。
「ところでティレス、どうしてシルエラなのだ? 自分の専属侍女を連れてこれば良かっただろうに」
「専属侍女は普通の人間ですよ? 危険です。それに妖精様が不在の今、妖精様付きのシルエラは暇だったでしょうから」
「それもそうか」
「さらにシルエラは最近、弱点克服のため接近戦の訓練も受けているのでしょう? お母様が戦える侍女が居れば便利そうだと笑っていました」
「なるほどな」
したり顔の王女殿下、そして納得顔の王子殿下。
私も普通の人間なのですが……、ご指摘さしあげても無意味なのでしょうね。確かに最近剣も習っておりますし、ニーシェよりは適任かもしれません。
しかし、王女殿下が不在となった王城では残されたニーシェも暇となっていると思いますよ。王女殿下に逃げられたことで侍女長から叱責されているでしょうね。同行している私も戻れば叱責は免れないのでしょうけれども。
「だが、妖精様のお世話は良いのか? 戻ってこないかもしれないという意見も多いが、戻ってくるかもしれないだろう?」
「問題ありません。妖精様は戻ってこられると考えておりますが、まだ先になるでしょう。しばらくはお付き合いする時間もございます」
「どうしてそう思う?」
「専属侍女の勘でございますよ」
その根拠を話せと言われますと話はとても長くなりますが、これまでの妖精様の行動パターンからおおよその予想は付いております。
「……ふむ。お前がそう言うならそうなんだろう。それはそうと魔物討伐だな。要は魔物が逃げなければ良いんだろう? 俺に良い考えがある」
とても不安ですね。
前回、王子殿下の良い考えとは王城を抜け出して冒険者になることでした。とてもとても不安です。
王城へ戻った際、叱責だけで済めば良いのですが……。