309. 喧嘩
「なんだぁ!? このチビガキぃ!? 妖精は妖精だろうがよ!」
「妖精"様"だ。"様"を付けろクソ野郎」
うわぁ、喧嘩だぁ!
王城からギルドに戻ってきたらさっそくトラブルだよぉ。喧嘩自体は珍しくないんだけど、喧嘩してる人たちが問題ありありだって!
片方は妖精様を狙う要注意トリオの1人、バガン。そしてもう片方はなんと女の子。冒険者っぽく変装してるけど明らかにティレス王女だよね!?
なんとか笑顔を保ってるけど冷や汗が止まらないよ!
先輩は……、受付に出てきているね。さすがに気づいたっぽい?
ってか、王女様クチ悪ぅ!
「お、サブマスの嬢ちゃん。久しぶり」
ティレス様の後ろで腕を組んで見守っていた第2王子様が気さくに声をかけてくる。その横には無表情のシルエラさん。
えーと、返答した方が良いんだろうけど何て呼べば良いのぉ?
「あ? サブマスぅ? このチビがか? お前ら馬鹿だろ。ここのサブマスは魔王を倒した筋肉野郎って聞いてるぞ」
「あー……」
バガンが私を睨みつけてくる。ここのサブマスっていったいいつから筋肉野郎になったんだろうね? 前ギルマスは筋肉野郎だったけど。
「ところで、こんなところで何されてるんです? んーと……」
「クトとお呼びください。妹はレス、私はシルです」
私が戸惑っているとシルエラさんがススッと寄ってきて小声でそう教えてくれた。王城を脱走してくるだけあってさすがに偽名も用意してきたっぽい。
「……クトさん」
「冒険者登録だ。喜べ、期待の新人だぞ。と言うか、久しぶり過ぎて俺の名前を忘れてたな? 酷い奴だ」
「俺様を無視すんじゃねぇ! だいたいこんなチンチクリンが冒険者になれる筈ねぇだろうが!」
「クチだけの無能よりは役に立つ」
満面の笑みで答えてくれる王子様と、王女様を指差して喚くバガン、それに煽り返す王女様。そして静観するシルエラさん。
バガンの仲間のコフィンが冷静そうなのが救いかな。もう1人はオドオドしてるけど。3人全員が怒りやすい冒険者だったら今頃戦闘になってたかもしれないと思うと心臓が痛くなるね。
併設酒場にいる満員の冒険者が楽しそうにニヤニヤしているのがいやらしいね。私も観客に行きたいよホント。
「誰が無能だオラァ!」
「会おうとしている本人を目の前にして別人だと言う人間が、無能ではないと?」
「あー、レスちゃん、ストップストップ! ほらほら、ちゃちゃっと冒険者登録しちゃってくださいね。クトさんもシルさんも。バガンさん、私がここのサブマスターで間違いありませんよ。面会依頼を受けていましたよね? 今から別室でお話しましょう。後ろのお2人も」
色々言いたいことはあるけど、まずはこの騒ぎを納めないと。私が歩き出すとバガンは文句を言いつつもついてきた。他2人もついてきている。
よしよし。王子御一行は先輩に任せとけば大丈夫でしょ。なんだかんだいっても優秀だもん。
「報告しても?」
「お任せします」
シルエラさんの傍を通り過ぎる際に、王子様方が冒険者になることを王城に報告しても良いか小声で訊いてみた。でも判断任されちゃったよ。
うーん、まぁ、報告しとくべきだよねぇ、どう考えても。
そっちは後でまた王城に行くとして、とりあえず今はバガン達3人をどうにかしないと。たぶん妖精様がどこにいるかを訊いてくるんだろうけど、行方不明だって教えない方が良いのかな?
居場所なんて知らないと言ってもしつこそうだもんなぁ。
「で、お前がサブマスだって? こんなヒョロヒョロでどうやってイカツイ噂を量産したんだぁ? それともあれか? お前魔術師か?」
2階にあがって部屋に入ったとたん、バガンが改めてわめき始める。
「訊きたいことはそれです? 違います、魔術師ではありません。では面会の件はここまででぇ、次は下での騒ぎの件を聞き取りさせてもらいましょうか?」
「やめろ、バガン。サブマスター殿、私達は妖精に会いたいのです。妖精に会わせていただけないでしょうか? それが無理でも、妖精に関する情報を得たい」
私が話を切り上げようとしたら、糸目の男、コフィンがそう切り出してきた。この3人、改めて見ると人種や装備がマチマチだなぁ。人種違いの冒険者グループなんて珍しくないけど、長く行動を共にすると装備は自然と活動地域の文化色に染まっていくもんなんだけど……。
最近王都に来たって話だから王国の文化色に染まってないのは分かる。だけど3人とも共通点がないってことは、それぞれ別の地域から来たっぽいねぇ。
「私は妖精様に関する権限なんて何もありませんよ。あなた達の目的も不明なままでは情報も出せません」
「おや? 何故情報すら出せないのですか? 街の人も下に居た冒険者も快く妖精の話をしてくれましたよ。情報規制されている素振りはありませんでした。あなたは規制されている情報すら知っているということで?」
うわ、冒険者には珍しい話術でも頭のまわるタイプか。おどけた調子で理詰めしてくる。面倒だなぁ。
「私は冒険者ギルド職員ですよぉ。妖精様に関しては捕獲、束縛、強制といった依頼対象にしてはいけないと冒険者ギルド本部でも決定されています。そのため立場ある私は不用意に妖精様の情報をお出しできないのです。ご理解願いますねぇ? あなた達が依頼を受けた支部と依頼番号を提示してください。こちらで内容を確認しますのでぇ」
「なら、俺には情報を出せるだろうよ」
「バガン」
「チッ、なんだよ!?」
ほぅほぅ、バガンは私欲で動いてるの? 「俺には」って言うくらいだから、他2人は依頼で動いてるのかな?
「いや……。私はとある方の病気の治療を妖精にお願いをしたいのですよ。なんとか妖精に話ができないだろうか?」
「現時点では無理ですねぇ。あなたの言葉が本当か判断がつきませんし、仮に本当だったとしても治療目的で妖精様を拉致しないとも限らないですから」
「そうか……。なら他を当ってみる。失礼した」
コフィンがそう言って部屋を出ていき、それに他2人も渋々続いた。
ふーん? 結局、依頼番号は言わなかったね。
「私は」って言うからには、コフィンとヨゼフスの目的も違うのかな? もしかして冒険者ギルドを通してない依頼の可能性もあるのかも?
それになんだか、あんまり仲良くもなさそうだったねぇ。
あ、っと。それより冒険者登録しようとしてた王子様御一行はどうなったのかな? 下で鉢合わせしてまた喧嘩しなきゃ良いんだけど。
関わりたくはないけど……、確認しとくかぁ。