307. 余所者冒険者
「おぅ、兄ちゃん。お前か? 熱心に妖精様の情報を掻き集めてる余所者ってのは」
冒険者ギルド内で聞き込みを続けていた私に、酒に酔った冒険者がそう声をかけてきた。
「そうだ。何でも良い。妖精に会うための情報が欲しい」
私は雇い主である貴族の依頼でこの国に妖精を探しにきている。
なんでも昨年、妖精が突然現れ様々な恩恵をこの国に与えたと言うのだ。その恩恵の中には、どんな病や怪我でも完治するという話もあったそうだ。
私の雇い主は跡取りが酷い病を患ってしまったらしい。その治療を妖精に依頼することが私の目的だ。
「そりゃ残念だったな! 夏頃に来てれば妖精様と一緒に木を取りに行くだけの簡単な依頼もあったってぇのに」
私が妖精の噂を聞くようになったのは今年の初め頃から。そして春過ぎに雇い主から依頼を受けてはるばるここまでやってきたのだ。夏頃に王都到着など無理過ぎる。情報収集せず一直線にここを目指していれば夏に間に合ったのかもしれないが、今更だろう。
「あの依頼な! 数日かけて木を伐採するって話だったのに作業は魔法ですぐ完了。おまけに妖精様が近くにいたおかげで参加者みんな古傷も治って、美味しい仕事だったぜ。行って帰ってくるだけでボロ儲けよ!」
「がはは! しかもえらい美人の姉ちゃんも見れたしな! 次があれば絶対また参加してやるよ」
ガルム期だというのに王都冒険者ギルド内は冒険者達でごった返している。太陽が"橋"に隠れてしまうガルム期の冒険者ギルドなんて、閑散としているのが普通なのに。
暗く寒いガルム期に依頼を受ける冒険者などまずいない。よっぽど金が無い者以外は休むのが常識だ。
今現在ギルド内にこれ程の冒険者がたむろしている理由はいくつかある。まず、妖精の噂を聞きつけて冒険者達が遠方から集まってきているのだ。
さらに、貴族達も妖精の加護を得ようと集まってきているらしい。その護衛を務めた冒険者も自然と王都に集ったという訳だ。通常貴族の護衛は私兵が務める筈だが、この国は終戦間もないため私兵が足りず、代わりに冒険者を雇うことが多い。
そうして王都に集まった冒険者達がギルドから出ようとしないのは、ギルド1階の天井に気温を一定に保つ魔道具が設置されているからだ。
今は秋だが、ガルム期は下手すると冬より寒い。しかしこのギルド内はまるで春のように暑くもなく寒くもない。非常に快適なのだ。これも妖精の恩恵らしい。
「まったく、ガルム期をこんなに快適に過ごせるなんざ妖精様々だぜ!」
「おう、ホントにな!」
妖精の恩恵の話題は尽きないが、肝心のどうすれば今会えるのかという話は出てこない。
「どうすりゃ会えるかって? 去年は王都に居るだけで割と頻繁に見かけたんだが、そういや今年はあんま見ないなぁ」
「もう王都に居ないんじゃないかって噂もあるぞ」
「なんだって?」
ある男が言いだした妖精不在の噂。その話が出ると他にもその噂を聞いたという者達が現れた。なんでも王城へ物品を搬入している業者の下っ端が、最近は城内でも妖精を見かけなくなったという。
王都に来れば妖精に会えると思っていたのにとんだ期待外れだ。なんとかして妖精の居場所を特定しなければならない。
「妖精様と言やぁ、俺ぁ、南が暗くなった日に広場で妖精様を見たぜ」
「俺も見たぜ! でけぇドラゴンにサブマスが連れてかれてた」
「ああ! サブマスのあの表情! 傑作だったな!」
「がははは!」
「そうだ。そんなに妖精様に会いたいならサブマスに訊いてみたらどうだ? サブマスなら知ってっかもだぞ」
「本当か? ここのサブマスと妖精は仲が良いのか?」
「えー? やめとけやめとけ。サブマスに訊くなんざ下手すりゃ殺されるぞ? うちのサブマスは王家でも顎で使うし、最近じゃ魔王すら倒したって話だ。よそ者冒険者なんざ相手にされねぇって」
1人の男がサブマスの噂を話し出すと、妖精の話題から急速にサブマスの話題に変わっていく。もう妖精の話を訊き出せるような雰囲気ではなくなった。話題のサブマスに会いに行くべきだろう。
色々と悪評があるようでそれらの話が本当なら危険極まりないが、誇張されているだけに違いない。どこの町でもギルマスやサブマスは舐められないように誇張した噂を流しているものだからだ。その誇張もやや大き過ぎるように思えるが、王都のサブマスともなればこの程度も普通なのかもしれない。
私は先程まで話していた冒険者達に礼を言ってその場を離れる。そして協力者のもとへと戻った。
妖精に会いたいという冒険者は多い。私はその中でも絶対に会ってやるという意気込みを感じた2人の冒険者と協力することにしたのだ。
「おい、情報を得てきたぞ。……なんだ、また魚菓子か?」
「おぅ、糸目。俺様に文句でもあんのか?」
協力者の片方であるバガンが私を睨みつけてきた。
標準的な冒険者の体格だが、吊り目でとにかく顔付が悪い。平気で人を殺しそうな目をしている。しかしそんな見た目で菓子が好きらしい。魚菓子を好んで食べているのをよく見かける。
なんでも先日の収穫祭で菓子コンテストがあり、そのコンテストの昨年優勝が魚を入れたパイだったらしい。そのため今年のコンテストは魚を使った菓子ばかりだったそうで、今の王都はそれら魚菓子があふれているのだ。
今年の菓子コンテストでは、それらを食べた妖精は両腕で大きなバッテンをつくり順位を付けず逃亡したらしい。昨年魚を使った菓子が優勝したからといって、安易に魚を使っただけの菓子ばかりとなったことに妖精は納得しなかったようだ。
まさか菓子にがっかりして王都から離れたとか言わないだろうな?
「文句などない。ここのサブマスが妖精の居場所を知っているかもしれないそうだ。会いに行こう」
「本当か、コフィン。しかし……」
私の発言を受けてもう1人の協力者であるヨゼフスがオドオドした態度で声をかけてくる。ヨゼフスは体は大きいのに粗暴なバガンに完全に萎縮してしまっているのだ。
「しかし、自分が聞いた話じゃ、ここのサブマスは非常に怖い人間で、さらに権威主義らしい。一冒険者でしかない自分達が突然会おうとしても会えるのか?」
「なんだお前ぇ、ビビッてんのか? サブマスやギルマスなんかどこも強面で誇張された噂が流れてるもんだっつうの。会えるか会えないかは行ってみな分からんだろうがよぉ」
「やめろバガン。仲間を煽るな。妖精が見つかるまで協力するという契約だろう」
私達3人はそれぞれが妖精を自国に連れ帰ろうとしている。妖精を見つければ敵同士になる可能性は低くないだろう。しかし妖精が見つかるまでは協力しなければ非効率極まりないのだ。
「チッ、ちょっとした会話じゃねぇか。ちょっとお喋りしただけで契約違反扱いは酷くねぇか? まぁ良い、さっさと行こうぜ。いかつい噂だらけの王都のサブマスがどんな奴なのかちょっと興味があったんだ」
「あ、ああ……。分かった。そうだよな、行ってみないと分からないよな」
この依頼は当初、妖精に会うまでは容易で会ってからが本番だと思っていたのだが、まさか妖精に会えもしないとはな……。
この依頼は長引くかもしれない。サブマスに会うために移動しながら私はそう考えていた。