290. 婚約者
「で、カティヌールはエネルギア残党をこちらに引き渡すために騙して連れてきたって? 信用できるのか?」
「エネルギア部隊が突出してくる直前にカティヌール陣営で戦闘が起きていたでしょう。あれはカティヌールがエネルギア部隊を拘束しようとして起きた戦闘なのだそうです」
「ふーむ」
ま、エネルギアの惨敗を見てこちらに寝返ろうと嘘を言っている可能性もあるが、とりあえず魔王を前にして人同士で争う必要はなくなったようだな。もしこちらとやりあうつもりだったのだとしても、山向こうに魔王の影響が出始めた今こちらに注意を払っている余力などないだろう。
魔王が復活したらしいってのに、それ以外の対応が次から次へと出てきやがる。
王族が来ていることを聞きつけてか商人達が集まってきていた。神の怒りが巨大な魔物を滅したとかいう噂も出回り始めているらしく、あの玉が落ちた場所を観光名所にしようと動き出した奴もいるらしい。昨日のことだってのに、もう吟遊詩人が詩にしているって話もあったな。
それに、南の空が暗くなった件に関しても国内でパニックが起きないよう手をまわしておく必要があるか。
「殿下、こちらに居られましたか。少しお伝えしておきたいことがございましてな」
魔術師団長がそう言いながら近づいてくる。妖精が魔王対策に連れてきたメンバーの1人だ。
おそらく対魔王戦のダメージソース要員として連れてこられたのだろう。火力だけなら今や妖精専属侍女の方が高い。離れた場所から大規模魔術をぶつけるだけならあの侍女の方が良い気もするが、しかし彼女は戦闘経験が乏しい。不測の事態には弱いのかもしれない。その辺りを考慮しての人選だろうか。
次に神域の民の1人。
神域の民の代表を連れてきたのは当然だろう。魔王が復活したかもしれない今、神域の民の協力は必須だ。欲を言えば全員連れてきてもらいたかったが、ドラゴンに乗れる人数にも限りがあるか。
そしてカティヌールの姫さん。
正直連れてきて欲しくなかった。しかし神域の民の言葉が分かるのは王都では彼女しか居なかったのも事実。通訳のため必須の人選だったのだろう。仕方ない。
さらにサブマスの嬢ちゃん。
正直、今この状況で王都冒険者ギルドのサブマスターが来てくれたのは非常に有難い。昨日突然現れた魔王配下という魔物に関して周辺の冒険者ギルドに話を通しておく必要があるが、魔王が現れて世界がヤバいってときにそんな事務処理など悠長にやってられん。その辺りをこのサブマスの嬢ちゃんにやってもらえば良いだろう。
総合すると、意外に考えられている人選だ。あの妖精、もしかしてやっぱり賢いのか?
魔王配下の出現時や、妖精がエネルギア魔術師に吸われた際には焦ったものだが、エフィリス殿付侍女の報告ではこの状況も妖精の計画通りということらしい。であればこの人選が最適なのだろう。
「殿下、こちらの魔道具なのですがな。これは対の魔道具と言いまして」
魔術師団長が手の平よりも少し大きい物体を見せてくる。
「ふむ。初めて見る魔道具だ。それも妖精が用意したモノか?」
「いえ、これは冬にエネルギア王国から接収した物品の1つでして、妖精様ではなく王妃殿下からの指示で持ち込みましたのじゃ」
「母上が? 効果はいったい何なのだ?」
「それはですな、簡単にお伝えしますと、対となる魔道……」
「ムニーーーーーーーーーーーッ!」
「ムニ!?」
魔術師団長と一緒に近付いてきていた神域の民に、捕らえていた神域の民が突然大声をあげて走り寄り抱き着いた。
はぁ……、コイツらの対応もしなければならないのか。毛むくじゃらのむさい中年男が泣きながらもう片方の毛むくじゃらに抱き着いてる姿なんて、見ていても全く楽しくないぞ。
「ムニムニムニムニ!?」
「ムニムニ」
「ムニムニム!? ムニムニム!?」
「ムニムニ、ムニ」
「おい、どうした。何と言っている」
「お久しぶりでございます、クレスト殿下。どうやらこちらの神域の民は、他の神域の民が全員ファルシアン王国に殺されていると誤解されていたようですね」
そう言ってカティヌールの姫さんも近付いてきた。
姫さんの登場でエレット嬢の表情が露骨に歪む。
相当カティヌールを嫌っているようだなぁ。まぁ、今のファルシアン王国民はだいたい皆カティヌール王国を嫌っているのだが。
「ムニーッ! ムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニ!」
「ムニ」
「ふむ、感動の再会って訳か」
つまりあれか。あっさりとエネルギアに騙されて俺達に反抗的だったのは、仲間を殺されたと思っていたからなのか? おいおい、勘弁してくれよ。
今まで神域とやらに閉じ籠っていたからなのか、ちょっと騙されやすすぎると思うぞ。そのうち詐欺にでもあって何の効果もない壺とかを買わされるんじゃないか。
その後、急ぎでカティヌール王との会談を行い、お互いの国の情報共有を図った。そして、ファルシアン王国とカティヌール王国はこの場で敵対しないこと、ファルシアン王国は魔王討伐に動くこと、その際にファルシアンのカティヌール領縦断を認めることなどを取り決めていく。
ファルシアンによるカティヌールの魔王被害の救済は、被害状況が不明という理由で全て断った。下手に言質を取られる訳にはいかんからな。
それにしても、この場にカティヌールの姫さんもいるのがやりにくい。
「魔王を討つことができればクレスト殿も伝説の人となるな。そのような素晴らしい男に未だ婚約者も居ないと聞く」
だいたいの話が終わった頃、カティヌール王がそう切り出してきた。
おいおい、この状況で婚約話かよ。これはちょっとやそっとじゃ躱せそうにないぞ。
魔王復活で人類の危機というこのタイミングで婚約話などしている場合ではないことなど、あちらも重々承知だろう。なのに今婚約話を出してきたってことは、多少強引にでも話を決めてやろうとしているに違いない。
救済拒否をあっさり受け入れたと思ったらこのオヤジ、代わりに娘と結婚しろと言いたいってことだろ。
うーむ、面倒だな。この場で他に婚約者でも用意できれば簡単に躱せるのだが……。
ふとエレットと目が合う。そして頷かれた。
……ふむ、王族の婚姻相手として問題ない高位貴族令嬢。そして最近まで盲目であったことから婚約者もまだ居ないと聞いている。妹並に妖精狂だが、王都からここまで同行して意外に話も合った。ありだな。
「いやいや、カティヌール王。私の相手はこちらのエレット・ラ・ウェスファー殿だ」