287. 冬前から
「つまり、あれは魔王ではなかったと? じゃぁ何だったのだ?」
「ムニ……」
神域の民とエネルギア部隊の襲撃から一夜明け、今は捕らえた神域の民から昨日の詳細を聞き取っている最中なのです。それに私エレットも同席させていただいているのですわ。
襲撃の後、彼はどうしてか仲間割れを起こしてエネルギア部隊から瀕死の状態にされておられたようですが、今は妖精様のポーションで完全回復されておられますの。
生き残ったエネルギア部隊は全員捕らえて砦の牢へ。
カティヌール王国軍は何故か味方であると主張してこられたため、今は停戦状態といったところでしょうか。カティヌール王国軍は山の麓に留まっておられますが、今後会談を行うとのことで使者を迎え入れたようですね。
また、神域の民に消されてしまったエフィリス様の結界は、エネルギア捕虜を牢へ入れるため解かれたままとなっております。結界がありますと悪意ある者達を牢の場所まで連れてこられませんものね。
昨日の襲撃では、私は襲ってきた神域の民を追いかけて逃げる間際の彼に妖精様人形を投げつけることしかできませんでした。
何かお役に立てはしないかと西の辺境伯軍を率いて随行してきたのですが、全く出番はございませんでしたわね。
しかし、クレスト殿下はそんな私を大層お褒めくださったのですわ。
お噂では第2王子殿下は非常に野蛮なお方であるとのことでしたが、やはり噂など信用なりませんわね。実際目にしますととても理知的なお方で、昨日の襲撃時もこれ以上ない素晴らしい対処をなされたのです。
流石、西部をお救いになられた王女殿下の兄君ですわ。
「ふむ、もう1発いっとくか」
クレスト殿下はそうおっしゃられて神域の民の頬に木の棒を押し当てられました。
「ムニッ!? ムニムニ、ムニムニムムニムニ! ムニムニムニムニ!」
棒を押し当てられました神域の民は、一瞬ビクッと震えられてから素直に質問に答えてくださります。
昨日エネルギアの魔術師が召喚術を行使したことから、彼はファルシアンが悪ではないと悟られたそうなのです。そのためこの場で暴れられるようなことはなさらないのですが、それでも木の棒がないと素直には答えてくださらないようですわね。
「何と言っている?」
「ハッ、昨日召喚されたのは魔王配下のうちの1体にちがいないと!」
神域の民と同時に捕らえた男性が通訳してくださります。
「マジか、あれで配下かよ。じゃぁ今現在南の空を覆っている闇の原因が魔王本体か?」
「ムニッ! ムニムニムニムニ! ムニムニムニム! ムニムニムニムニムニ!」
「その通りのようです。魔王配下の封印を解いて召喚したことで、魔王本体の封印も解かれたと」
「なるほど、困った。……それにしても、妖精が用意した対神域の民棒の効果は抜群だな。触れただけでなんでも素直に答えるし、戦闘中も明らかに動きが鈍っていた。味方に攻撃を当てずに済む武器が無かったから試しに使ってみたのだが……、よほどの激痛でも走るのか?」
それにしては少し悦んでいるようにも見えるのですが……。まぁ、気のせいでしょう。
「ま、それは良いか。それより魔王だ。昨日出てきた魔王の配下とやらは突然飛んできた玉に当たって絶命した。あの玉はどう考えても妖精が飛ばしてきたのだろう。他に思いつかんからな。ってことはだ。妖精は昨日あの場で魔王の配下が召喚されることを事前に予測していた訳だ。まったく、どこまで妖精の思惑通りなんだ? いったい何時からこの事態を想定していた?」
クレスト殿下は素晴らしいお方ですが、それでも妖精様のご理解はまだまだ浅いようですわね。
「少なくとも冬前からだと思われますわ」
「む? どうしてそう思う?」
「妖精様がよくお遊びになられておられるボードゲーム、あれは今回の召喚術を秘密裏に後世へ伝えるためのモノだったと聞いております」
「ああ、そうだな。昨日エネルギアの魔術師共から回収した敷物に、あのボードゲームと同じ文様が描かれていた。以前王都近郊でドラゴンを召喚したという召喚術と同一の儀式とみて間違いないだろう。それで?」
「妖精様は冬前にそのボードゲームに駒を並べられ、その駒に玉を当てて駒を倒す遊びをされていたとも聞いておりますわよ。そして冬になってからは、野外にて大きな駒を大きな玉で倒されていたと。何度も何度も……。王国の叡智と呼ばれる妖精様は無駄な行動などなされません。そう、そこには必ず何かしらの意味があるのです」
「おいおい、まさか……」
お気付きになられたようですわね。襲撃時でもどこか飄々とされていたクレスト殿下の表情が強張ります。
「つまり、妖精は練習していたと言いたいのか? 今回の召喚術をピンポイントで妨害するために、魔王配下にドンピシャで玉を当てられるよう、冬前から? マジかよ。光の玉を吹っ飛ばしていたのは聖王国への当て付けじゃなかったのか」
――コンコン
唐突に部屋がノックされます。
「どうした?」
「ハッ! 高速でドラゴンが飛来! この砦の上空を旋回しております!」
「なんだと!? 防衛は!?」
「いえ、あの……。そのドラゴンは王家の紋章を身に着けているようでして……」
「はぁ? いや……、ああ、なるほど、そのドラゴンは赤かったか?」
「はい。それから肩には木を担いで、人も乗っているようです」
「はぁ? いや、まぁ、分かった。妖精が来たのだろう。タイミングもバッチリだな。これも想定通りってことか? エレット嬢、妖精様のおでましだ。上へ上がろう」
「はい。承知致しましたわ」
クレスト殿下と共に砦の塁壁へ上がりますと、木を担いだ赤いドラゴンが確かに砦上空を旋回しておりました。
あの木、西の森で横転していた王家の馬車周辺に生えていた木ですわね。それにドラゴンの胸に付けられている王家の紋章、あれもそのとき解体した王家の馬車に付いていたモノですわ。
もともとの予定では西の森に生えた聖樹を魔王封印の地へ移植して封印を強化するという話でした。妖精様は復活した魔王をあの木で再封印されるご予定なのでしょう。今の状況も全て、何もかも妖精様の想定通りなのでしょうね。
流石妖精様ですわ。