201. 光の玉
「だから! 何度も言ってるじゃない! 精霊様が居ないから結界なんて張れないって!!」
輝きがほとんどなくなってしまった光の玉を背に、光の間の中でクロスとの言い合いが続く。
まったく、クロスもホントにつくづくバカね! ちょっとはこっちの説明を理解しようとしなさいよ。こんなヤツが聖王太子だなんてホント信じられないわ。だいたい聖女でもないアンタがどうして光の間に堂々と入ってきてるの?
「その理屈はおかしい」
「はぁ!? 結界は精霊様の力で張っているのよ? 精霊様が居ないとダメだなんて、子供にだって分かる理屈だわ。姉が精霊様を連れ去ったに違いないのよ! 早くあの姉を捕まえてきなさいよ!」
どうしてどいつもこいつも、こうノンキなのかしら。これだから結界に閉じこもってただけのヤツらなんてキライよ。
「仮に、君の姉が精霊様をここから連れ去ったことが事実だったとしよう。そうなると少なくとも結界維持はエフィリスが聖王国を出た時点から既にできなかったことになる」
「……ふん、だから何?」
相変わらずの半眼で睨まれる。こんなでも顔は良いから、以前はその半眼もミステリアスだって思ったものだけど、今はただただムカつくだけね。
「マリー、君は先日、結界の維持は問題ないと言っていたな? しばらくすれば元の強度に戻ると。それが正しければエフィリスが聖王国を出た以降も精霊様が居られたことになる。いったいどちらが正しいのだ?」
チッ、イチイチ細かい男ね。
だけど結界の維持ができないのは私の責任じゃないと認めさせないと、さすがにヤバい。聖王国始まって以来の失態、どんな刑を突き付けられるか分かったものじゃないわ。
「……混乱を避けるためよ。精霊様が不在だなんて民衆に知られれば大変な騒ぎになるわ。だから確信できるまで黙っていただけ。逆に私の配慮に感謝して欲しぃって、ちょっと!」
私が身振り手振りで事の重大さを説明してやってるっていうのに、クロスに腕を捕まれ引き寄せられる。何よコイツ!?
「民衆に知られるのは確かに問題だろう。しかし何故王族や神官達にも黙っていた? 答えろ」
「放してよ! 放して!!」
「暴れるな!」
――バシッ、ゴツッ!
「あっ」
「なっ」
クロスとのもみ合いの結果背後にあった光の玉に手が当たり、胸程度の高さの台座から光の玉が床に落ちてしまった。片手で持つには大きく、両手で持つとちょうど良いサイズの球体が、今は無残に床で割れている。
どうすんのよこれ! 粉々とまではいかないけど、大きく3つに割れてるし、小さい破片もいっぱい飛び散ってるわ。こんなの素人目に見ても修復なんて不可能よ!
……いえ、これはチャンスじゃない?
「あらあら、とんだ失態ね。どうするつもりなのかしらアナタ」
「……なんだと?」
ここが勝負どころだ。勝たなきゃ私に未来はない。
「私は結界を張り続けていた。だけど乱入してきたアナタが光の玉を壊した。だから私は結界が維持できなくなった。……そういうことにもできるのよ? 結界に関して聖女と聖王太子、いったいどちらの発言が信じられるのかしら?」
私は余裕の笑みでクロスを見る。ホントは余裕なんてこれっぽっちもないのだけど、この窮地をなんとか乗り越えるにはコイツを道連れにするしかない。
「貴様……。たとえその主張が通ったとしても、貴様もただでは済まんぞ」
おお怖い怖い。だけどその表情、余裕なさそうね?
「前聖女が国を出る際に精霊様を連れ去った。精霊様不在のなか、私はなんとか精霊様の力の残滓で結界を維持していた。でも、精霊様不在のまま無理に結界を維持していたことで、ついに光の玉に残っていた力が尽きてしまった。だから光の玉は砕けた。……全部、前聖女のせい」
「……」
「ね? アナタはもう引き返せないわ。アナタが助かるには、あの姉に罪を全部擦り付けるしかないのよ。べつに私はどっちでも良いのだけど、アナタは婚約者だからね。協力してあげても良いけど?」