192. 光の間
「精霊様! なんで? どうしてよ!?」
聖女しか入ってはいけないという光の間に、私の声だけが虚しく響く。
聖王国の結界が弱くなってるから早く補強しなくちゃいけないっていうのに、どうして精霊様は私の声に応えてくれないの!? もう何日話しかけてると思ってるのよ!
あの姉が最後に結界を補強してからもう20日は経つのよ? まだしばらくもつようだけど、このままじゃいずれ結界が消えてしまうのは目に見えてるわ。
実務的なことは全く触れてこなかったけど、私だって聖女教育は受けてきた。国の結界は精霊様が張っている。その精霊様と対話できるのは聖女だけ。だから国の結界を維持できるのは聖女だけなんだって。
でも、何度声をかけても精霊様の返事なんて全くないじゃない!
まさかこの部屋に精霊様なんて居ないってことはないでしょうね?
いえ、そんなことはないハズだわ。これまでずっと結界は張られてきたのだし、少なくともここ数年は姉が問題なく結界を張ってきたのだから。自身を守る程度の小さな結界なら聖女単独でも張ることはできるけど、国を覆う程大きな結界なんて人の力で張れるハズがないのよ。
まさか私に聖女の資格がないとでも? だから精霊様は私の声に応えないって?
一般人には精霊様と対話するどころか、姿を見ることもお声を聞くこともできないらしい。力が無ければ精霊の存在を認識することすらできないって聞いたことあるわ。でも、私も聖女の血を引き、聖女教育を受けてきた正当な聖女候補よ! 精霊様が応えないなんてことないハズだわ!
しばらく粘ったけど今日もダメ。諦めて光の間を出ると、クロスが出待ちしていた。聖王太子殿下と言ってもずいぶん暇そうね。イライラしているときには見たくない顔だわ。だって私のイライラを余計大きくするんだもの。
「マリー、結界の補強はどうだ?」
ほらね?
「問題ありませんわ。しばらく続けていれば元の強度に戻ります」
「先日も同じことを言っていたが、結界の強度は弱くなっていると聞いているぞ」
あーもう。ネチネチ、ネチネチと。長い前髪越しに睨んでくるその目が鬱陶しいったらありゃしない。その前髪、切ってやろうかしら。
「結界の強度を確認した者の勘違いでしょう。だいたい聖女でもない者に結界の何が分かると言うのです? まだ慣れない作業で時間がかかっているだけですわ」
「そうか……」
「失礼」
立ち止まっているクロスを無視して歩き去る。今はあの顔を見たくないのよ。少なくとも結界が安定するまでは見るだけでイライラしてしまうわ。私だって直せるものならとっくに直してるのよ。ホント馬鹿王子。あれが未来の夫だと思うと気が萎えるわね。
馬鹿王子と言えば、帝国の第2皇子も馬鹿だった。第2皇子を皇帝に据えると言うから婚約に応じたのに、あのままだと第2皇子は皇帝になるどころか敗戦の責任を取らされ、私もあまり良い生活はできなかったハズよ。
あのタイミングで逃げ帰ることができてよかったわ。蛮国から理不尽な要求を突き付けられてからだと、面倒なことになっていた可能性があるもの。
あーもう、イライラすることばかり。でも、このまま補強できなきゃいずれ結界がなくなってしまうのは事実。なんとかしないと。でもなぜ補強できないのかしら。
精霊様は1度として私の声に応えてはくださらない。でも、私も聖女なのだから精霊様が応えないハズがないのよ。なら精霊様は居ないってことよね。だけど、姉は結界を張っていた。つまり、姉が居たときは精霊様が居たということだわ。でも、今は居ない。
まさか、姉が精霊様を連れ去った?