142. 作戦
「どうだった?」
「はっ、やはり森の外縁部を少しずつ移動しているようです」
「そうか。やはりトロールの上位種か?」
「おそらく。普通のトロールを引き連れて移動しており、逆に他の魔物はトロールの集団を避けています。トロールの上位種で間違いないかと」
「よし、皆集まれ。本国からの指示を伝える。4日前に襲われた異常な魔力の魔物は今後、特異個体と呼称する」
異常な魔力の魔物に襲われた翌日に一時は見失った特異個体だが、その後の調査でこの森の外縁部に沿って北東側から少しずつ移動していることが判明した。つまり主として森に居座っている状態だ。そして、どうやらトロールの上位種で間違いないらしい。
それらの情報が正しいと確証を得た場合に実行するようにと、1つの作戦が前線司令部より伝えられていた。
「ガルム期の暗闇に乗じて特異個体をエルンの町へ誘導し、スタンピードを起こす。なお、増援はない」
隊員たちがざわつく。当然だろう。失敗すれば我々がトロールの餌食だ。スタンピードを起こすことに成功しても、増援のない状態で王国側に見つかればそれだけで危うい。
「まず、隊の一部をここに残して、他の者はガルム期前日の夜に特異個体を避けて森を出る。ガルム期初日に特異個体を釣って、トロール共に追いつかれることなく特異個体を町へ誘導だ。そうすればスタンピードが起こる」
隊員達の反応を見る。特に疑問は無いようだ。
「トロール共を町へなすりつけてから、王国側に見つからないように離脱。またこの森へ戻って越境トンネルを中から塞ぐ。そしてトンネルを通って1度帝国へ戻り、そのまま帝国前線へ合流だ。分かったか?」
「このトンネルを塞ぐと言うことは、ここから王国へ攻める作戦は中止ということですか? 我々は何のために今までここを守ってきたのでしょう……」
隊員の1人が不満を漏らす。当然の不満だろう。何せ我々はここを1年も守ってきたのだから。
「計画に変更は付き物だ。特異個体の発生という不測の事態が起こった今、計画変更が必要なのは分かるだろう? それにこのトンネルは既に十分役割を果たした。王城襲撃部隊や間諜達をここから送り込んだのだからな。ここを守ってきたのは無駄ではなかった。それから、塞ぐと言っても使えなくする訳ではない」
「しかし、スタンピードを起こす必要はないのでは?」
「王国の国境警備部隊をスルーできなくなった以上、王国攻めには正攻法で臨むしかない。当然、王国側は国境警備に主力を置いている。しかし当初の予定ではぶつかる必要がなかった相手だ。正攻法では厳しい戦いになる。分かるな?」
「はい」
「そこで、我々が国境警備の裏側でスタンピードを起こす。成功すれば王国は我々帝国の相手だけではなくスタンピードの対応にも迫られるだろう。戦力の一部をエルンの町へ割かねばならない状況に陥らせることができるのだ」
「王国がエルンを切り捨てた場合は?」
「それでも構わん。多少なりとも王国の力を削ぐことはできる」
「失敗した場合はどうなるのでしょう?」
「失敗はしょうがない。特異個体を誘導する部隊が翌日の正午まで戻らない場合は、残った部隊はトンネルを塞いで本隊へ合流しろ」
隊員の顔は暗い。帝国は越境トンネルが使えなくなったと判断して、我々を捨て駒にする気なのだ。成功すればスタンピードで王国に打撃を与えた上でトンネルが再び使えるようになる。失敗しても特異個体を森から離すことができればトンネルは使えるようになるのだ。
そのときこの隊が全滅していても帝国としては益がある。しかし士気が下がったままでは本当に捨て駒になってしまうな。
「この作戦で帝国の勝率が大きく変わる。作戦内容も難しいモノではない。要はトロール共に追いつかれないように全力で走り抜ければ良いのだ。皆の健闘を祈る。ここを乗り切ればようやく帝国に戻ることができるぞ。良いな」
「はい」
「……はい」
「もっとしゃきっと返事しろ! いいな!」
「「はい!」」
「よし、解散!」
ここが正念場だ。ここに居る何人かは確実に死ぬだろう……。
しかし無駄死にはさせん。