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夏祭り

作者: 楠木静梨
掲載日:2022/07/25

 夏祭りで、母さんが泣いていた。


 金魚掬いではしゃぐ僕を見て、父さんに肩を支えられて泣いていた。


 三匹取れたと喜んで伝えようとする僕を見ると袖で涙を拭い、どこか弱さ混じりの笑顔を見せた。


 それから暫くして、母さんが家から居なくなった。

 父さんが母さんの荷物をどこかへ持っていってしまい、家は少し寂しくなった。


 母さんがどこに行ったのか聞いても、父さんは教えてくれなかった。

 ただ、少し苦しそうな顔をしていた。


 父さんの料理の腕はまあまあで、味付けは少し濃かった。


 ある日、父さんが僕に着いて来いと言った。

 あの日の夏祭りで取った、三匹の金魚に餌をあげているときだったのを憶えている。


 連れて行かれたのは、真っ白な大きな建物。

 昔熱が四十を超えたときに来た、大きな病院だった。


 僕はどこも調子が悪くないのに、そう思って病院の中に入ると、着いたのはベッドのある部屋。


 そこには骨と皮だけの、少し怖い人が居た。

 僕が少し怖がっていると、その人は弱々しい声で僕の名前を呼ぶ―――母さんの声だった。


 あの綺麗な母さんが、こんなに怖くなってしまった。

 綺麗だった長い黒髪はなくなって、少し困ってたお腹の肉もなくなって。

 まるで、以前の母さんではなくなって。


 怖がってしまった僕を見た母さんは、とても悲しそうに僕に謝っていた。

 謝られてどうすればいいのか、僕は分からなかった。


 その日は父さんとご飯を食べて家に帰って、母さんの顔を思い出しながら寝た。


 そして夜寝てるとき、父さんが電話をする声で目を覚ました。


 リビングに出ると、父さんは泣いていた。

 電話の向こうの人に謝りながら、感謝しながら泣いていた。


 そして、車に乗せられた。

 あんな夜に出かけるのは初めてだったので、僕は少しだけワクワクしていた。

 そして、着いたのは昼間と同じ大きな病院。


 僕が見たのは、寝ている母さんだった。

 見るのは二回目だったので、髪がなくても骨と皮だけになっていても、昼間ほど怖くはなかった。


 今でも思い出す、あの日の事を――――――あの日家に帰って、三匹の金魚を見たら泣いてしまった。

 そんな僕を見た父さんも泣いていた。


 暫くしてから、母さんは末期の癌だったと聞いた。

 夏祭りで金魚掬いをしてはしゃぐ僕を見て、母さんが泣いていた理由も分かった。


 病院で宣告を受けたのは、夏祭りの少し前だったと言う。


 母さんが病院からも居なくなって、水槽の金魚が一匹死んだ。

 水槽に一匹分の空きが出来たが、新しくもう一匹買ってくる気にはならなかった。


 残った二匹は、今も生きている。


 片方が大きくなって、片方は少し弱って。

 あの頃小学生だった僕も、高校生になった―――当時履いていた靴はもう履けない。


 母さんの靴は、一つも捨てられていない。

 靴箱を圧迫して、誰も履かない靴だが、捨てられずにいる。


 今日、商店街のシャッターに夏祭りの張り紙を見つけた。

 近隣の小学校に通う生徒が描いた絵の張り紙。


 今年も、開催するらしい。





 

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