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夏祭り

作者: 楠木静梨

 夏祭りで、母さんが泣いていた。


 金魚掬いではしゃぐ僕を見て、父さんに肩を支えられて泣いていた。


 三匹取れたと喜んで伝えようとする僕を見ると袖で涙を拭い、どこか弱さ混じりの笑顔を見せた。


 それから暫くして、母さんが家から居なくなった。

 父さんが母さんの荷物をどこかへ持っていってしまい、家は少し寂しくなった。


 母さんがどこに行ったのか聞いても、父さんは教えてくれなかった。

 ただ、少し苦しそうな顔をしていた。


 父さんの料理の腕はまあまあで、味付けは少し濃かった。


 ある日、父さんが僕に着いて来いと言った。

 あの日の夏祭りで取った、三匹の金魚に餌をあげているときだったのを憶えている。


 連れて行かれたのは、真っ白な大きな建物。

 昔熱が四十を超えたときに来た、大きな病院だった。


 僕はどこも調子が悪くないのに、そう思って病院の中に入ると、着いたのはベッドのある部屋。


 そこには骨と皮だけの、少し怖い人が居た。

 僕が少し怖がっていると、その人は弱々しい声で僕の名前を呼ぶ―――母さんの声だった。


 あの綺麗な母さんが、こんなに怖くなってしまった。

 綺麗だった長い黒髪はなくなって、少し困ってたお腹の肉もなくなって。

 まるで、以前の母さんではなくなって。


 怖がってしまった僕を見た母さんは、とても悲しそうに僕に謝っていた。

 謝られてどうすればいいのか、僕は分からなかった。


 その日は父さんとご飯を食べて家に帰って、母さんの顔を思い出しながら寝た。


 そして夜寝てるとき、父さんが電話をする声で目を覚ました。


 リビングに出ると、父さんは泣いていた。

 電話の向こうの人に謝りながら、感謝しながら泣いていた。


 そして、車に乗せられた。

 あんな夜に出かけるのは初めてだったので、僕は少しだけワクワクしていた。

 そして、着いたのは昼間と同じ大きな病院。


 僕が見たのは、寝ている母さんだった。

 見るのは二回目だったので、髪がなくても骨と皮だけになっていても、昼間ほど怖くはなかった。


 今でも思い出す、あの日の事を――――――あの日家に帰って、三匹の金魚を見たら泣いてしまった。

 そんな僕を見た父さんも泣いていた。


 暫くしてから、母さんは末期の癌だったと聞いた。

 夏祭りで金魚掬いをしてはしゃぐ僕を見て、母さんが泣いていた理由も分かった。


 病院で宣告を受けたのは、夏祭りの少し前だったと言う。


 母さんが病院からも居なくなって、水槽の金魚が一匹死んだ。

 水槽に一匹分の空きが出来たが、新しくもう一匹買ってくる気にはならなかった。


 残った二匹は、今も生きている。


 片方が大きくなって、片方は少し弱って。

 あの頃小学生だった僕も、高校生になった―――当時履いていた靴はもう履けない。


 母さんの靴は、一つも捨てられていない。

 靴箱を圧迫して、誰も履かない靴だが、捨てられずにいる。


 今日、商店街のシャッターに夏祭りの張り紙を見つけた。

 近隣の小学校に通う生徒が描いた絵の張り紙。


 今年も、開催するらしい。





 

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