暗黒昔話 ~なにかの恩返し~
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが仲むつまじく暮らしていました。
ある日の夕飯どきのこと。おじいさんはふと箸を止めて、嬉しそうに話しはじめました。
「そういえば今日、よいことをしたよ」
「あらあら、なんですか?」
「畑しごとの帰り道、罠に掛かっていた動物を逃がしてあげたんだ」
「まあ、あいかわらずお優しいですね。なんの動物ですか?」
「それがね、よくわからないんだよ」
──トントン。
そのとき、戸口を叩く音が聞こえます。
「おや、こんな時間にどちらさんだろうね?」
「もしかしたら、おじいさんが助けた動物が恩返しに来たのかも知れませんよ」
「はは、そいつはいい」
そんなふうに笑いあってから、おばあさんが戸を引いて、来客を招き入れました。
──それは動物ではなくて、若く美しい人間の娘のようにも見える、得体のしれないなにかでした。
「こんばんは、おじいさんに助けられたモノです。恩返しにまいりました」
口の動きとずれた声でそう発話してすぐに、そのなにかはおばあさんを頭からばりぼりと捕食してしまいました。
「……な……なんてことを……」
呆然とするおじいさんに何本かの足でにじりよりながら、それは甘えるように言います。
「いいじゃない、わたしのほうが若くて可愛いんだから、ねえ」
そして両腕を三対のばし、金縛りになったおじいさんを絡めとって、やさしく抱擁すると。
「たすけてくれてありがとう。ずっとずっと、大好きだよ」
囁きながら接吻し、そのままばりぼりと捕食しました。
──あくる日。
なにかは、口からぶよぶよの白くて大きな卵を産みました。
愛しげに抱きかかえられていた卵は翌日の昼ごろ、殻がぐずぐずに崩れ、中からおじいさんそっくりの老人が這い出して、しわがれた産声をあげました。
なにかは嬉しそうに、生まれたてのおじいさんをよく可愛がり、幼いおじいさんもよくなつきました。でもその夜が明けるころには、我慢できずにばりぼり捕食してしまいました。
なにかは、すこしだけ寂しそうにも見えました。
でも次の日には、またぶよぶよの白い卵を産み、次の昼には新しいおじいさんが産声をあげ、次の明け方には、ばりぼり捕食されました。
なにかは、それをずっとずっとくりかえしました。飽きもせず何度も、何度でも。
こうして二人はいつまでも、仲むつまじく暮らしましたとさ。
──めでたし、めでたし。
これもまたアイのカタチ……