氷冷の乙女
久々に書きました。
段落等調整していないので読みにくいです。ごめんなさい。
君が振り向いてくれないなら。
僕を見てくれないなら。
君を閉じ込めてしまおうか。
僕の側から離れないように。
他の人を見ることがないように。
僕だけを見つめてもらえるように。
そんなことを考えているなんて、君に嫌われてしまうだろうか。
それでも、僕は望む。
僕には君しかいないから。
僕はこの国の王太子。
誰もが見とれる、いかにも王子様な容姿だ。
見た目が良いことに越したことはないため、両親には感謝している。
だが、その弊害もある。
身分のせいもあるかもしれないが、とにかく女性に言い寄られる。
婚約者を探すパーティを開いた時には大変だった。
次から次へと、幅広い年齢層の女性が挨拶にやってくるのだ。
興味が無くても邪険には出来ず、にこやかに一言二言と対応をすると、頬を染めてさらに話しかけてくるのだ。
これには困ってしまった。
幸いにも、その日のパーティはこの国の王――父である――の都合上、早めの終了となった。
内心ホッとしていたのは言うまでもない。
だが、早く婚約者を決めなければこの地獄は永遠と続く。
どうにかして、出来れば僕の望む婚約者を見つけなければ。
婚約を経てそのまま結婚となった時に、失礼ではあるが適当に選んだ相手では一生を共に過ごすことは出来ない。
表面上は穏やかに、だが決して妥協はしないと必死で婚約者に相応しい女性を探すこととなった。
そんな時に出会った彼女、ティアナ。
ローゼス侯爵家のご令嬢である。
白磁の肌とほんのり薔薇色の頬、赤く熟れた小さめの唇、清楚で凛とした佇まい。
ただ笑みはなく、切れ長な目と氷のように透き通るような青い瞳。ここまで人形のような令嬢が居たのかと驚いた。
美しさと相まって、冷たく触れてはいけない、そんな第一印象だった。
その時は知らなかったが「氷冷の乙女」と呼ばれていたらしい。
誰が付けたのか知らないが、その別名を聞いたときには、たしかに彼女にぴったりだと思った。
誰も触れられない存在、触れたら最後…そんな彼女に興味を持ったのだった。
僕は彼女に興味を持ったが、彼女にも僕に興味を持ってもらわなければいけない。
そう思い、すぐに手紙と贈り物を準備して、彼女へ送った。
手紙は当たり障りのない内容、ただし贈り物は彼女の別名に相応しくない物を。
プルメリアの花と共に白くふわふわとした丸い耳飾り。
以前夜会で見かけた時は、飾りが少なくすっきりとした濃い青のドレスと控えめなダイヤが煌めくアクセサリーをつけて、ますます冷ややかな印象だった。
そんな彼女を僕は真逆にふわりとやわらかく着飾りたかった。
きっちり隙なく結い上げられた青みがかった銀の髪も、ひとつに結びゆるくふわりと肩に垂らして欲しい。
そんな姿を見たいと思ったのだ。
そして、時にはかわいらしい形の焼き菓子を贈った。
そうして何度か贈り物をした後、昼間のお茶会へ誘った。
お茶会と言っても、僕と二人だけの。
その日、彼女は僕が送った耳飾りをつけて登城してくれた。
緊張した顔で、やはり笑みはなく、それでもしっかりと教育のされた身のこなしで挨拶をしていた。
二人だけということに驚いていたようだったが、僕は僕で贈り物を身に付けてくれたということが僕を舞い上がらせていた。
このお茶会に参加したことで、何を噂されるかも知らず。
いや、彼女には分かっていたかもしれない。
それでも断れはしなかったのだろう。
何と言っても、王太子からの誘いだ。
そこまで頭が回っていなかったのは、すでに彼女に惹かれすぎていたのかもしれない。
今ならばそう理解できる。
ただ、その日のことが貴族中に広まったと知った時には僕は彼女に申し訳ないことをしてしまったと思った。
しかし逆に彼女を逃がさないようにするためのチャンスだとも思った。
彼女を手元に置くために、婚約者になってもらうべく策を張り巡らす。
彼女がどう思っていたのか知らずに。
あれこれと周りから囲って、ようやく彼女を正式な婚約者とすることができた。
それまで女性達からの妙な誘いが多かったのは言うまでもないが、すべて蹴散らした。
しかし、彼女を婚約者とするにはとにかく大変であった。
何と言っても、彼女に会えないのだ。
彼女は僕の婚約者を見つけるためのパーティの時に参加していないくらい、夜会に参加することはない。
僕が見かけた夜会は、たまたま彼女が親しくしている友人の婚約パーティだったから参加していただけのようだ。
夜会にはほとんと参加しないが、昼間の茶会にはよく参加をしているらしい。
しかし、茶会は基本的に女性の会である。
僕が頻繁に参加するわけにはいかないし、開催することも出来ない。
よくよく考えたら、王家からの夜会をすでに断っていたにも関わらず、僕からの茶会を断れなくて参加したと思っていた自分が少し恥ずかしかった。
彼女にしてみたら、誰からの誘いとは関係なく、茶会だから参加したのだ。
まぁ、今となってはそんなことはどうでもいい。
ただただ、彼女を手に入れられるということがとにかく嬉しかったのだ。
何故、茶会のみで夜会への参加をほとんどしないのかは考えたこともなかったのだった。
「アレン様」
婚約して半年、ようやく名前で呼んでくれるようになったティアナ。
まだ笑顔を見たことはないが、いつもよりも少し顔が強張っているように見えるのは気のせいだろうか。
「ティアナ、どうしたんだい?」
「大変身勝手なお願いではございますが……婚約を白紙にしていただけないでしょうか?」
「え?」
ティアナからの言葉が理解できなかった。
そんな言葉が出てくるなんて欠片も考えたことがなかったからだ。
じわじわとその意味が分かってくると、指先から冷えていくような気がした。
やっと…やっと繋ぎとめたと思ったのに。
どうして?
どうしてなんだ?
「な、何か気に入らないことがあっただろうか?何でも言ってくれ!直すべきことは直すから!」
そんな僕の言葉に、ティアナはふるふると首を小さく横に振る。
「…アレン様がわたくしのことをとても想ってくださっているのは分かります。ですが、わたくしではやはりアレン様の隣には立てません。わたくしは…ふさわしくありません」
「そんなことはない!王太子妃教育も問題ないと聞いている。何が…何が問題なのだ?」
「……わたくし自身が……」
「?」
ティアナの呟きはあまりにも小さく聞き取れなかった。
「申し訳ございません。わたくしのことは忘れてください」
そう言うとスカートの裾を翻して部屋から出ていってしまった。
僕はその言葉にただ呆然とするしかなく、ティアナの瞳がキラリと煌めいていたことには全く気付いていなかった。
翌日には父から婚約を白紙にすると話をされた。
その顔は疲れきったようだった。
ローゼス侯爵家とどんな話をしたのかは知らない。
母からの視線は、憐れみ…に近かった気がするが、そのことを深く考える余裕はなかった。
ただただ、ティアナが離れていってしまったことを理解したくなくて、その日から僕は生きることを放棄した。
それからのことはあまり覚えていない。
気付けばティアナはどこにも居ないことになっていた。
ローゼス侯爵家からも除籍されたらしい。
そして僕は療養のいう名で僻地に送られた。
おそらく廃太子となっているだろう。
だが、そんなことはどうでも良かった。
僕の側にティアナはいない。
王都からは遠く離れた自然しかない領地で僕はぼんやりと生きていた。
窓から覗く月が大きく輝いていたある夜、ふと外を歩いてみたくなった。
これだけ明るい夜ならば散歩くらい良いだろう。
何となく心が動かされたのだ。
そして出会った。
キラキラと月明かりに照らされた銀の毛と、忘れもしない透き通るような青い瞳の小柄な狼。
ただ、見つめ合う。
僕は理解した。
これだったのだ。
夜会へは参加しなかったこと、婚約が白紙となった理由。
ポロポロと涙が溢れる。
そんな僕を慰めるようにそっと寄り添う狼。その温もりに僕はただただ涙を流すだけだった。
どれくらいそうしていただろうか。
そろそろ屋敷に戻らないといけないだろう。
だが、冷えきった心をゆっくりと溶かすような温もりから離れがたかった。
だから声をかけた。
「明日…屋敷を訪ねて来てくれないだろうか?」
ぴくりと狼は体を揺らしたが、返事はない。
もしも彼女が来てくれなくても良い。でも、彼女は来てくれると確信していた。
僕と彼女の物語は今から始まるのだ。