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SEED~渇きに芽吹く欲の華~  作者: 五代健治
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1話 痛みの牢獄⑥

戦闘シーンは一番盛り上がるところなので、なるべく細かく描写して読む人に分かりやすくを心がけているのですが、細かすぎてかえって読みにくくないコレ? と書いている間ビクビクしていました。

これで雑過ぎて分からないと言われたらどうしよう。

「空映、ゼッッッッタイに! 無茶しちゃだめだからね! ダメだと思ったら、すぐコーサンすること!」

「わーかったわーかったって」

 朝から何度目になるかわからないカルスからの言いつけに、耳にタコができる思いだった。

 先程本日の授業がすべて終わり、試合の行われるアリーナの更衣室前に来ても、まだカルスは口うるさく俺に警告を送っていた。

 いざ試合当日になっても、普段と全く態度の変わらない俺を見て、SEED同士の戦闘というものを甘く見ていると判断されたのだろう。

 そんなことでは大怪我をしかねないと思ったのか、カルスは今日になって、試合開始が近づくほどに警告を発する頻度が高くなっている。

「いーい!? 向こうは空映にケガさせることを何とも思って無い人なんだから、絶対に! 普段の僕との練習みたいに、テカゲンしてくれるわけないんだからね!」

「うん知ってる」

 オカン気質、と言っては失礼だろう。

 母性本能らしきものをふんだんに見せるカルスは、試合前で集中したい時間だろうと怖いことを言ってくる。

 よく考えると、その片鱗は昨日の訓練からうかがえていたかもしれない。

 シドは回避策というハイリスクハイリターンな戦法を提唱したのに対し、カルスは防御策というローリスクミドルリターンな戦法をずっと推し進めてきた。

「もういいだろカルス。朝からもう何十ぺんも言ってるぜ?」

「だーめ! 空映はもっと怖がるくらいがちょうどいいの! 訓練で死んじゃった人だって、何人もいるんだよ!? しかも今回は向こうが空映をバシバシする気満々なんだから!」

「「バシバシ」」

「そう! バシバシ!」

 痛めつける、という日本語が上手く出てこなかったのだろう。

 そのかわいらしさに、俺とシドは口元がにやけるのを必死に堪える。

 だ、駄目だ……まだ笑うな……こらえるんだ……。

「まぁ、死なない程度に適当に頑張ってくるよ」

「テキトーじゃだーめ! もっと真剣に、怖がって!」

 更衣室のドアノブに手をかけた際の言葉にも、カルスはかじりついてくる。いい加減着替えたいのだが。

「怖がるねぇ…………」

 カルスのその言葉に、俺は半分賛成、半分反対だった。

 怖がること。これは確かに生物に備わった本能として、俺の生存確率を飛躍的に上昇させてしまうだろう。

 戦場では臆病者が生き残る、とか物語によく出てくる言葉が表している通り、それは本当のことだ。

「でも、怖がってばかりだと、出来ることもできなくなっちゃうよ?」

 しかし、恐怖は自分のポテンシャルを発揮できなくする最大の枷でもある。

 これからの試合は、生き残れば勝ち、ではなくて、相手を倒さなければならないのだ。となれば、怖がってばかりもいられない。

「いーの! これはあくまで練習なんだから。練習で死ぬなんて、馬鹿みたいでしょ!?」

 こればっかりは、俺とカルスの人生経験の差だろう。

 カルスは過去に訓練中の事故で、今も体に大きな痕の残る重傷を負ったり、インカーネントとの戦闘に参加したこともある。

 SEEDにほぼ触れてこなかった俺とでは、意見が違って当然だ。

「おい、あと20分ないぜ」

 するとシドが助け舟を出してくれる。これからSEEDスーツに着替え、機体の最終確認などをするにはもう十分は短い。今すぐに行動に移さねばならない。

「むぅ…………」

 カルスにもそれはわかるため、不満そうにしながらも口をとじる。

「ま、死んじゃわないし、死んじゃわせもしないよ」

「え?」

 俺は自分の目線よりわずかに低い位置にあるカルスの頭をポンポン叩くと、安心させるための言葉で、うっかり口を滑らせた。

「いや、何でもない」

 そして誤魔化して、すぐに更衣室に入る。

「シド、空映が最後なんて言ったかわかる? 死んじゃわせさせ……死んじゃさせわな………あれ?」

「さぁ? 俺も最後の部分はよく聞こえなかった」

 閉じたドアの向こうから聞こえて来たシドの白々しい返事に心の中で感謝しつつ、手近なロッカーを開ける。

「ん?」

 すると、ポツンと白い封筒が入っていた。誰かの忘れ物だろうかと思い手に取り、表に名前が書かれていないか確かめる。

『たか君へ♥』

 よりによって俺の名前が書いてあった。それにしてもこのだだっ広い更衣室の中から、俺が使うロッカーをピンポイントで予測したのだろうか? 

 予算は潤沢にあるせいか、一つ一つが大型のキャリーケースくらいすっぽり入ってしまいそうなロッカーが、およそ二○メートル先の壁際までぎっしり四列並んでいる。しかも一つ一つが生徒手帳をかざして本人しか開けられなくする防犯機能付きだ。

 本当に予測されていそうでやだなぁと思いつつ、試しに隣のロッカーを開けてみる。

 すると中に貼ってある紙と目が合った。

『ふっふっふ、お疑いかい? 要さんはたか君のことなら何でもお見通しなのだよ♥』

 本当に予測していたらしい。そう言えばあの人、俺の実家にも小型カメラ勝手に付けて盗撮してたし、今更ストーカーだの怖いだのは感じないけど。

 時間もないし、さっさと封筒の中身を読むことにする。

『ハローマイラブリーエンジェルたか君♥ 要さんとしては女王様気取りで鞭を振ってくる相手にたか君がビシバシ打たれる場面も是非目にしたいけど、それは要さんの役割なので今回は我慢しとくゾ♥』

 前半はこんな感じの性癖暴露の羅列なのですっ飛ばす。

『さてさて、今回の勝負について、たか君にお題を出すゾ♥』

(お題ぃ?)

 また妙なことを言いだしたぞこのマッドサイエンティストはと眉をしかめる。

 まさかSEEDを使わず生身で勝てとかいうんじゃないだろうなと、恐々としながら先を読む。

『――――――』

「…………へいへい」

 一応そこまで無茶なことは書いていなかった。

 というか、こちらの悩んでいたことの解決策まで出してくれた形だ。

 どこまでこっちのことを見抜いているのやら。

 要さんのお題をクリアするための戦法を考えながら、俺は着替えに戻った。



「ホーカゴなのに、いっぱい皆いるねぇ。シーブンブの人達が頑張ったんだね」

「新聞部、な。これでも部活のある連中は来てないんだろ? 新聞部というより、モールでドンパチ意志あった動画のせいだと思うけどな」

 月曜日の放課後。

 その日の授業が終わった三十分後、シドとカルスは空映とウェルデの試合を見に、試合用のアリーナに足を運んでいた。

 大会用に用意された一番大きなアリーナで、運動場としてみなすとトラックの一周が約二キロメートルはある巨大な試合場だ。

 このアリーナだけは大会の鑑賞がしやすいように、外周の観客席向けに所々巨大モニターが設置されている。

 人の目では追い切れないSEED同士の戦いも、この大画面で肉眼に合わせたスロー再生で見れるわけだ。

 主にそのスクリーンの前に、すでに少なくとも二○○人以上の生徒が席について試合開始を待ちわびていた。

 恐らく、学内ネットで視聴している生徒を含めれば四○○人近くがこの試合を見るだろう。

 SEED同士の模擬戦など毎日のように行われているこの学園で、高等部と言えど一年生同士の試合がここまで注目を浴びているのは、新聞部による焚き付け効果だけではないだろう。

 学外でもニュースになるほどの喧騒を起こし、話題となった空映とウェルデだからこそだ。

「『ぺイン・ルーラー VS 魔王の懐刀』……あとで怒られるぞ……」

 学生手帳の液晶画面に表示した、新聞部の記事の見出しを読み上げて、シドがげんなりした声を漏らす。

 こんなセンスのない記事でも、娯楽に飢えたこの学園でなら多少は促進効果があるのだろうか。

「だーれが怒るのかなぁ?」

「ヒィ!?」

 真後ろから耳にと息を吹きかけるようにして囁かれた声に、シドが情けなく悲鳴を上げる。

 そしてそのまま、滑らかかつ流れるように土下座の姿勢に移る。

「な、何でもありません! センスのない新聞部にしてはまだマシな名前の付け方だと評しただけで決して要さんが実際に魔王だとか誹謗中傷をしているわけではなく…………!」

「その通り。我こそが最高・最善の魔王よ」

「50年後に世界を滅ぼしてる魔王みたいなこと言わないでください!!!」

「50年なんて甘い甘い。要さんが本気になれば50秒かからんぜー? やってみよっか?」

「止めて!?」

「し、シド…………?」

 いきなりシドが土下座して叫ぶものだから、事情の呑み込めないカルスは唖然としている。

 体格の良いシドが、泣きそうになりながら小さな少女に必死に土下座をする光景は、いっそ狂気的でもあった。

「おーぅ、君がカルスちゃん? マイラブリーカズン(従弟)たかちゃんがお世話になってるねぃ。世界の橘要さんだぜよろしくー」

「えぇ!?」

 流石にカルスもその名前は知っている。

 しかし、橘要と言えば、今年で二四歳のはずだ。

 目の前の少女はどう見ても中学生になっていない程度。天影をさらに大きく、凶暴にしたような怪物を想像していたカルスは、そのギャップに驚く。

 カルスも世間に出回っている要の写真は何度か見たことがあるものの、それは要が世界を牛耳り始めた十年近く前のものだ。

 当時以上に若々しくなっている疑惑がある少女を、要だと気づけなくても無理はない。

「あっはっは? 要さんのご尊容をごぞんじねーの?」

「ご、ごそんよ、え?」

「要さん、カルスには優しい日本語を使わないと通じませんよ」

「へえ? じゃあ頭んナカに辞書でもぶちこもーか? 検索エンジンも真っ青な知識量が、今ならたかちゃんに要さんへ操を捧げるように説得すればタダだぜぃ?」

「え、えっと…………」

 頭にぶち込むだの、よく知らない単語が出てくるだのでカルスは言葉に詰まってしまう。

 しかし要はカルスの困惑など全く気にせず、すぐに違う方を向いて声を張る。

「おーい! そっこのお貴族の坊ちゃん! こっちきなー! 来ないと妹の生理周期毎朝掲示板にでかでかと表示すんぜー!」

 要はどうやって百人以上いる集団の中からウィンドルを一瞬で見つけ出したのか、脅迫染みたことを叫んでウィンドルを自分の方に呼び寄せる。

 それを聞いた誰しもがぎょっとする中、無表情のまま全力でこっちに走ってくるウィンドルを見て要が満足そうに微笑む。

「な、何なんですか橘先生、いきなり…………」

 息を切らしながら、ウィンドルが恨めしそうに声を漏らす。

 中等部の頃からプランターに在籍しているウィンドルは、要の外見を知っているようだった。

 しかしそんなものを気にする要ではない。ウィンドルの不満などどこ吹く風というように、席に座ってふんぞり返る。

「さってと、試合が始まるぜぃ。まぁ一緒に見よーや」

 要はその短い手足を左右や前の席の背もたれにかけ、一人で四、五人分の席を占領する。

 シドたちは要の後ろの席に、三人がそれぞれ一席ずつに行儀よく座る。


『機体名:Invasion

  耐久度:4 敏捷性(地上):6  敏捷性(空中):6  攻撃力:3

  地上加速回数:4  空中加速回数:7  エネルギー効率:8

  シンクロ率:66.1%』

『機体名:加具土

  耐久度:6 敏捷性(地上):6  敏捷性(空中):7  攻撃力:7

  地上加速回数:1  空中加速回数:2  エネルギー効率:2

  シンクロ率:58.1%』

 試合が始まるまでのモニターには、これから試合をする二人の機体の基本情報が表示されている。

 さすがに固有能力・固有武器といった詳細な情報までは表示されない。

「さてさて、事前情報が表示されているわけだが……この勝負、キミ達の所見はどんなもんかね?」

(ショケン?)

(どんな試合になりそうか、俺達の考えはどうだってさ)

 シドに意味を教えてもらってから、カルスが最初に答える。

「えっと、僕は空映の方が大変だと思います。空映の武器は全部アンテルヴァーレ(リーチ)が短いし、エフィケシッテエナジティーキ(燃費)は悪いし…………。ハウタウトさんが、フエ(鞭)の使い方が上手で近づけなかったら、空映が勝つチャンスはないと思います」

「うっへ、ちょー優等生なご意見。つまんねーし的外れもいい所だから10点。んじゃ、ハウタウト兄の方はー?」

 え、 とカルスが10点と評されて戸惑うことは無視して、要はウィンドルへ視線を向ける。

「純粋な勝負なら…………ウェルデに分があると考えます」

 ほうほう、と要が興味深そうに相槌を打つ。

「ウェルデは強い。SEEDを扱い始めたのは僕よりも数年遅いのに、今じゃ僕の方が付いていくのに精いっぱいです。才能は高等部の中でも指折りだと、身内びいきを差し引いても言えます。

 それに加えて、ウェルデは容赦がない。あの子は、人を傷つけることに一切のためらいがない。SEEDを互いに装備しているとは言え、やはり武器を持って傷つけあうことに、人間はどこか躊躇いを抱いてしまいます。SEEDを使い始めて日が浅い周祐君には、その躊躇いは大きな足枷になる」

「寝ぼけた顔してけっこー考えてんのなー」

 要の失礼な言葉に少しだけ無表情を険しいものにするが、ウィンドルは「でも、」と言葉を続ける。

「僕はこの試合、趨勢は五分五分だと考えます。昨日、ウェルデの痛みを与える能力を無効化するパッケージを渡したんです。あれを使えば、ウェルデの攻撃力は激減する。それにウェルデはそのことを知らないから、自分の能力がいつも通り働いていると思い込む。その隙を突けば、武器のレンジによる相性差も埋められると思います」

「へー、とぼけた顔していろいろ根回ししてんのなー。まぁやっぱ外れまくりだけど。心理面まで考えるのは好感持てっから30点。んじゃシドっちー。70点越えなかったらケツに釘刺してからバットで殴んね」

「すいませんちょっとお腹が」

 シドが席を立って逃げそうになるが、要がシドの方を一瞥もくれずに一歩目を踏み出す前にその腕をつかむ。

「漏らしたら存在ごと燃やし尽して消毒してやっから、気楽に答えていーぜー」

 シドがもはや何も言わず悲痛な面持ちで呻き声を漏らすと、カルスとウィンドルの二人からとても気の毒そうな表情を向けられる。

「えっと…………まぁ、勝負に勝つのは空映。これは決まりきったことですけど……試合となると話は別ですね」

「ふむふむ」

「空映は強いけど、”試合”には恐ろしく向いていない。でも今はご存じの通り、体がボロボロですから…………それで何とか、試合でも勝てるようになるんじゃないですかね」

「体のことしか言及してねーけど…………ま、合格にしておいてあげますか。大筋はあってるし」

 ふぅー……! と、シドが安堵のため息を大きく漏らす。

 しかし事情が呑み込めないカルスとウィンドルは、頭の上にいくつも?マークが浮かんでいた。

(どういうこと?)

(僕もわからない。勝負と試合って、同じことじゃないの?)

 

『いったん静まれ、ガキども』


 その時、アリーナに備え付けの放送機器から、天影の声が響いた。

『これから、高等部1年4組のクラス代表の選抜という名目で、互いに腹を立てたガキどもが潰しあう。観戦するのも盛り上がるのも金を賭けるのもいいが、決して水は差すな。以上』

 身も蓋もない天影の言い方に、大半の生徒が『お前はそれでも教師か』と心の中で突っ込む。

 しかし、アリーナへこれから模擬戦を始める二人が出てくると、そんなものはすぐに吹き飛んでしまう。たちまち勝負を煽る声や囃し立てる声が上がる。




「うっわ、あんなに集まったんだ」

 控室からアリーナの中央に歩いていく途中、モニターの前に集結した観客の人数を見て、中々に面食らった。

 きっとこの他にも、室内から中継で見ている生徒も多少はいるのだろう。

 大勢の前で戦う経験がない俺は、今更ながら少しむず痒い感覚を覚えた。

 恥ずかしいって程ではないけれども。

『あら、今頃恥ずかしくなってきましたの? 大衆の前で、痛みにのたうち回る無様を晒すのが』

 そしてこっちは本当にブレない。

 残忍な笑みを浮かべ、これから俺を痛めつけるのが楽しみで待ちきれないようだ。

『別に?』

 ならこっちもこっちで、言い返させてもらおう。

『痛いなら、我慢すりゃいーだけじゃん』

『フッ…………クク………』

 俺の挑発混じりの返答を聞いて、ウェルデ嬢は笑い声を漏らす。

 モールで見せた怒りや苛立ちはもう通り越したようで、むしろ俺が鼻持ちならない態度のままでいることを、喜んでいるようだった。

 痛めつけがいがある、とでも思っているのだろう。


『双方、SEEDを展開しろ』


 影姉のアナウンスが入る。その指示に従い、俺とウェルデ嬢は各々が首からかけたSEEDコアに触れ、展開させる。

「さて、始めますか。加具土かぐつち

『始めましょう、Invasionインヴェイジョン

 初めて見るウェルデ嬢のSEEDの印象を一言で言うと、鋭利という言葉が浮かんだ。

 俺の髪の色にそっくりな味気ない灰色の加具土と異なり、ウェルデ嬢の機体はその髪の色にもそっくりな、透き通るような銀色だった。

 最高級の銀製食器のような、厳かさと高貴さを感じさせる一方、体中の関節周りには逆棘のような突起がびっしりと生えており、そのいずれもが細く鋭い。

 気軽に触れてしまえば、SEEDの装甲を貫いてたちまち何十本という棘が刺さってしまいそうな気さえする。


『位置につけ』


 次の指示に従い、五○メートルほどの間隔を開けて停止する。模擬戦の初めは、この距離からスタートするのだ。

 相手の攻撃を掻い潜るか防ぐかして、懐に潜り込めれば俺の勝ちが見えてくる。


『最終確認だ。機体の出力は訓練用。相手のエネルギー残量を、残り2割まで先に削った方が勝ちだ。ただし降参した場合と、相手を死傷させた場合は敗北とする。

 9…………8…………』


 カウントダウンが始まる。

 すぐさま移動に移れるように、脚部にエネルギーを充填し始める。


『4…………3…………』


 お互いに武器はまだ出さない。

 SEEDによって強化された思考・演算能力の前では数秒間であっても武器をさらしてしまっては、すぐにその性質を解析・看破されてしまう。

 無論すぐばれないようにプロテクトを掛けたり、外見だけではわからないような能力にしたりと対策はあるが、基本を蔑ろにするような愚は侵さない。


『1…………0!』


 俺とウェルデ嬢が、同時に武器を具現化させる。


『試合開始ッ!!』


「おおおおおおおおおおおっ!」

 開始のコールが鳴ると同時に、俺は全力で前方へ、ウェルデ嬢は後方へ加速する。

 本来多彩な兵器の装備・登載が可能なSEED同士では、どんな武器を用いられても回避が可能なように距離をとるのが定石だ。

 だが、俺の欠陥機体はそんな定石は取りようがない。

 武器は近距離戦用のものしかなく、燃費は恐ろしく悪い。何もしなくても、勝手にエネルギー残量が減って行く。

 戦える時間は、おそらく十五分程度。

(さぁどう来る!?)

 最大出力が訓練用に抑えられている以上、SEEDの機体性能にそこまで差は無い。

 しかし視認できる前方への移動と、後ろを見ないままの後方への移動では、前者の方が人間にとってどうしても行いやすい。

 俺のスタートダッシュから逃げきれず、ウェルデ嬢と俺の距離は縮まる。

 その距離が二○メートル、ウェルデ嬢の鞭の射程距離まで縮んだ時、俺は刃衣を握り締める。

「ふっ!」

 ウェルデ嬢は俺の定石を無視した突進に動じることなく、鞭を振るい迎撃する。

 銀色の、金属質な光沢を纏った鞭が二本、俺目掛けて飛来する。鞭の先端が、俺の胴体を丁度打ち据えるように振るわれる。

「先手必勝!」

「!」

 俺はここで、なけなしの空中加速を使う。まさかたった二回しか使えない、虎の子の空中加速をいきなり使ってくるとまでは読めなかったようで、ウェルデ嬢の表情に驚愕が浮かぶ。

 燃費的にもあまり取りたくない手段だが、おかげで相手の意表を突けた。

 慌ててウェルデ嬢も後ろ向きに空中加速を使うが、俺との距離はすでに縮まってしまっていた。

 最も威力が乗る鞭の先端を躱して背後に置き去りにし、体の傍まで迫っていた部分を刃衣で軽く払い、軌道を逸らす。

 そうしようと、思った時。

 ギィン!!

「うっ!?」

 右手の刃衣が、取り落としかねないほどの威力で弾かれた。

 腕ごと持って行かれ、体性が大きく崩れる。

 バシィ!

「うごっ!?」

 更に反対側から、後方へ置き去りにしたはずの鞭の先端が飛来し、左足を強かに打ち付けられる。

「っ!」

 鞭の軌道を見失った状態で前進を続けるのは危険だと判断し、一旦鞭の射程圏内から逃れる。

 これまでの動作に用いたエネルギーがすべて無駄となってしまうことに一抹の未練を感じたが、それを押し殺して後方に下がる。

 距離をとってウェルデ嬢を見ると、実に嗜虐的な笑みを浮かべていた。

(さってと、今何が起きた?)

 起きた事象は明白。あまり力が乗っていない部分の鞭を軽く弾こうとしたら、こちらの方が弾き飛ばされそうな力で返された。

 そして続けざまに、見間違えでなければ、くぐり抜けたはずの鞭の先端が左足を打ち付けた。

 しかし、それらがどうやって起きたか? 

 SEEDという物理法則を無視できる存在なら、手段はいくらでも挙げられる。

(鞭の長さは伸縮自在…………だけど、それだけか今の?)

 SEEDの鞭の長さは、操縦者の意思で自在に変えられる。

 ウェルデ嬢が鞭の扱いに長けているなら、今のはとっさに鞭を短くして、威力の乗った鞭の先端を俺にぶつけてきたとも考えられる。

 遠心力の仕組み上、長い鞭を振り回しているところで、急にその鞭を短く持てば、鞭の先端の速度は急上昇し、威力も乗るだろう。

 しかし、そんな単純な攻撃だったのだろうか?

(鞭の伸縮…………まさか――――)

 ズキィ!!

「ッ――――!?」

 考えを広げようとした途端、左足に激痛が走る。

 鞭に叩かれた部分が、信じがたい激痛を発していた。

「ぐぅうううう……………!?」

 骨が、肉が、体の中から焼かれ、切り刻まれるようだ。

 咄嗟に歯を食いしばるが、その喉奥からは嗚咽が漏れ、体中からどっと汗が噴き出る。

『あら、思ったよりは声を上げませんのね? それとも痛すぎて声も出せないのかしら』

 ウェルデ嬢が俺の様子を見て、不完全燃焼でつまらないといった表情を浮かべる。

(痛みを与える能力って、こういうことか。しっかしこれは…………っ!?)

 鞭に打ち付けられてから数秒経過し、突如体の内側から骨肉を傷つけられたような感覚。

 その仕組みに、俺は見当をつける。

『っ…………ガンマナイフと、同じ原理か…………』

『あら、よくわかりましたわね』

 ガンマナイフ。

 本来は脳内のような、手術が難しい部位に出来た腫瘍を治療するための放射線治療法の一種だ。

 放射線照射は腫瘍除去に効果を持つが、腫瘍を殺せるほどの放射線を体中にそのまま浴びせれば、そちらの方がむしろ体に有害だ。

 だから二百を超えるありとあらゆる方向から、微弱な放射線を腫瘍目掛けて照射し、道中の肉体は被爆させず、放射線の集中する腫瘍部位だけを除去する手法だ。

 鞭に打ち付けられれば、通常は鞭に触れた体表から体内へと痛みは伝播していく。

 だが、今俺が感じている痛みは、いきなり体の内部から生じたことから、その仕組みを看破できた。

 そしてそれと同時に、さらに厄介な事実にも気づく。

(SEEDを展開した相手に、そんなもん与えられるってことは…………)

『意外に頭は回るようですわね。でも、それなら分かるのではなくて!?』

 再びウェルデ嬢が鞭を振るい、痛みの塊が俺の元に飛来する。

 しかも、あつらえたように、丁度その先端が俺の目の前に来るように。

「ちっ!」

 俺は舌打ちを一つ漏らしながら、その鞭を正面で切り払う。

 昨日カルスやシドが振るった鞭とは比べ物にならない威力に、手首どころか肩までが痺れ、捻りかける。

 だがそれと引き換えに、ウェルデ嬢の内の先端を五○センチメートル以上斬り落とした。


 はずだった。


 バゴォン! と、俺から離れて行っていたはずの鞭の、先端の約二メートルが、一瞬その姿をブレさせたと思うと、生き物のようにこちらへ引き返し、俺のこめかみを強かに打ち据える。

「っ……………!」

 ぐにゃり と視界が歪む中、俺はウェルデ嬢の鞭が持つ仕組みとしていくつか考えていた候補の内、最悪のものが的中したと知る。



「何だ今の!?」

「今、フエ(鞭)が勝手に…………!?」

 試合を観戦していたシドとカルスが、ウェルデの振るう鞭が見せた動きに戸惑いの声を上げる。

 目の錯覚かとも思ったが、互いに声を上げたことで、自分の目が間違っていたのではないと気付く。

「あーそーゆーことね。完全に理解した」

 しかしそんな二人を尻目に、要は腕を組んで頷く。

「何なんですか今の!? いくらフエ(鞭)の重さを好きに変えられても、今の動きはは…………!?」

「おいおいその頭は何のためについてんだー? まずは自分で考えてみよーぜ。なーシドっちー」

「俺に振らないでください……でも、今のは…………先端の重さをマイナスにして、進む向きを反転させた? いや、それだとそもそも重さなんてものが無くなって威力も……」

「なっかなか面白い発想だけど違うわな。まず鞭ってところから抜け出せないと分からんぜー」

「「え?」」

「てことであとよろしくー」

「ご自分でやってくださいよ…………」

 散々盛り上げておいて、肝心な部分は自分に丸投げする要に、ウィンドルがじとーっとした目を向ける。

 そして一度息をつき、口を開く。

「ウェルデのあれは……見た目がそうなだけで、実態は鞭じゃない。ものすごく細かい、細胞みたいなものが集まって、鞭の形にされているだけだ」

「細胞?」

「そう。粘土みたいに、色んな形に出来るものかな。そして、SEEDの装備として、粒子化して出し入れもできる。あの鞭を形成している細胞、その一つ一つをね。だから鞭の一部を収納して縮めたり、逆にもっと細胞を増やして伸ばしたりもできる。一番厄介なのが、収納された細胞は、外部へ出ていた時の運動量と方向を保存することかな」

「「え?」」

 ピンとこないシドとカルスが、声を重ねる。

「例えばさっき、先端を切り落とされた鞭が、急に切り落とされた分また伸びて、逆方向へ動いて、周祐君に当たっただろう? あの時、鞭の先端は周祐君から見て左へと去っていくところだった。その瞬間、鞭の先端2メートルくらいの長さを一度SEED内に収納する。そしてストックの細胞を継ぎ足して、切り落とされた分の鞭の長さを修復する。最後に、周祐君から見て左に動いていた、さっき収納した鞭の細胞たちを180度回転させて先端へ繋ぎ直す。これでさっき、鞭の先端がひとりでに動いたような攻撃が完成する」

「なるほど…………」

 その説明に、シドは接近戦の武器を使う人間にとっては、悪夢のような武器だと恐怖する。

 何しろ、本来鞭の動きを予測するためのヒントである操縦者の腕の振りとは無関係に、鞭が勝手に随所で動きを変え、切り落としたとしてもその分の長さが瞬時に継ぎ足されるのだ。

「じゃあ、サイボーが全部なくなっちゃうまで、フエ(鞭)を全部切り落としちゃえば?」

「うん。一応そのやり方でも倒せなくはない。一度切り落とされた部分は、後でちゃんと回収して、ちょっと時間をかけて修復しないとまた使えるようにならないし。でも…………細胞は、ストックされているだけでも鞭10本分はあるはずだから、気の遠くなる作業だ。しかもウェルデ自身の鞭の腕も相当あるから、簡単に斬り落とさせてはくれない。一方で、ウェルデからの攻撃は掠るだけで効果がある。ウェルデはあれを使うようになってから、真っ先にペインアブソーバのフィルターを潜り抜ける方法を探し出してしまったから」

「そんなのあんの?」

 ウィンドルがさらりと言った言葉に、シドが眉を顰める。

 SEEDにとってのペインアブソーバなど、パソコンにとっての最大手ウイルスバスターソフトくらい必須かつ頼りになるものだ。

「うん。ペインアブソーバは、人によって多少違うだろうけど、デフォルトの設定のままならダメージに繋がる有害なものと、そうでない無害なものを分けるフィルタリングがある。だから、鞭の細かい細胞一つ一つから、単体では害になり得ない微弱な信号を発して、相手の体内に送り込む。後はその信号同士が体内で出会って、猛烈な痛みの信号を再現する」

「微弱な信号って、そんなもんで体の中まで到達すんのか?」

「するさ。確かに一つ一つの発する強さは糸を皮膚に押し当てた時より弱くても……細胞の数が、1000億、1兆とあれば、人の身体に痛みを発生させるなんて容易い」

「…………あの鞭って、何個ぐらいの細胞から出来てんだ?」

「1メートルあたり、4兆個。一度に具現化できる長さは80メートルが限度だけど、ストックは200メートル分はある」

「つまり8000兆個と…………」

 8の後ろに0が15個並ぶその数に、シドは頭がぐらぐらする思いだった。

「……しかもあのおん……失礼、妹さんは少なくとも常時鞭2本の合計で40メートル程度。1600兆個の細胞の管理をしてるわけだろ? バケモンかよ…………」

「常にそこまでの数を管理しているわけじゃないよ。鞭の各所の重さを変える機能とかの仕組みは、共通装備の鞭と大差ないし、鞭の一部を出し入れしたり変な動きをさせたいのはせいぜい5メートル分。多くて200兆個かそこらだよ。それらは似たような動きをさせるし、信号はあらかじめ用意してあったものを発生させるだけだしね」

 にひゃくちょー…………と、シドがげんなりした声でつぶやく。

 例えSEEDによって脳の演算機能を飛躍的に向上させていても、各細胞に独自の動きをさせないで良いにしても、自分に同じことが出来るだろうか?

 無理だな、とシドは頭を振る。認めるのは癪だが、目の前で戦っているウェルデは、性格は気に食わないものの、まぎれもない天才なのだと。

「僕も似たような能力だからわかるけど、それでもやっぱりウェルデは天才だよ。僕は痛みを与える機能とか全くない、同じ理屈でただグニャグニャ曲がる細剣や槍を使えるだけだけど…………200兆なんてまず無理だ」

「だろうな。俺もそんな能力を使えるとしても、そこまでやれる気がしないぜ」

 そんな二人の自己評価とは裏腹に、試合中のウェルデは、ふんだんにその能力を振るい、縦横無尽に鞭の軌道を変化させ、空映を何度も打ち付ける。

「フエ(鞭)だから1回のダメージはそこまでないけど、あれじゃ避けようがないよ…………」

「…………試合前にも言ったけど、空映君にはウェルデの鞭による痛みを全部遮断するための、特製プログラムのパッケージを渡した。だから、痛みを与える能力に関しては大丈夫なはず…………。後は、ウェルデが痺れを切らして強引に攻め出してくれるか、空映君がそのチャンスをものにできるかにかかってる…………」

「いや……、そうでもないみたいだぜ」

「え?」



「ハァッ…………ハァッ……!」

 出鱈目な軌道を描く鞭を躱しきることが出来ず、段々と細かいダメージが俺の身体と機体に蓄積する。

 ウェルデ嬢との距離は一向に縮まることがなく、十五メートル以上近づけない。そして

 ヒュゴ!

「ごほっ!?」

 まっすぐ槍のように突き出された鞭の先端を躱したと思ったら、鞭がいきなり半分近い長さまで縮まり、再び俺の胸のど真ん中目掛けて突進してきた。

 その動きに反応しきれず、真正面から胸のど真ん中にくらってしまう。

 さらに

「ごぉおあああああああああああああ!!?」

 肺に、文字通り焼けるような痛みが走る。肋骨はその全てに釘でも打たれ、中まで押し込まれたかのように、メリメリと砕かれた感覚に襲われる。

「っ…………!」

 呼吸がまともに出来ない中、飛来した次の鞭を躱す。

 だが完全に躱し切ることは出来ず、左腕を鞭が掠める。

 すると鞭に触れた部分が、内側から破裂して吹き飛ぶような感覚に襲われる。

 本当に、自分の腕が爆ぜたのではないかと思うほどの激痛と共に。

「うっ…………グゥウう……………!!!」 

『言うだけはありますわねぇ。もう5種類は異なる痛みを植え付けたというのに……。今まではどんな大口を叩いた愚民でも、3種類目には泣き叫んで許しを乞うてきたものです』

『そりゃっ…………そうだろ…………!』

 ウェルデ嬢の実に楽しそうな様子に対し、俺は実に苦々しい表情で言葉を返す。

 こんな痛み、訓練を受けていない一般人なら一つ目で気絶し、二つ目にはショック死してしまうだろう。

『あてにしていた兄様からのペインアブソーバが働かず、苦しくてたまらない様子ですわね?』

「!」

 俺の目が見開かれたのを見て、ウェルデ嬢の笑みがさらに愉快さを増す。

『兄様が何を考えているのか、私に分からないとでも思いまして? …………侮られたものです。私に、いざ痛みを与えられれば、いとも容易く人間性を捨てて愚物となり下がる痴れ者の友など、不要です』

 そこでウェルデ嬢は、一瞬視線を兄がいる観客席の方へ向ける。

『兄様に以前お渡しした、私の能力を無効化するパッケージ……。あれでも防げぬよう、昨日まで念入りに信号を変えましたから。もはや、貴様を痛みから守ってくれるものはありません』

 メキィ! と、振り向きざまに振るわれた一撃が真横から飛来し、受け止めた刃衣を持つ腕を大きく軋ませる。

 そして続く二撃、三撃は躱せず、あらゆる角度から打ち付けられる。

 そしてその度、体の内側から激痛が生じる。

 肺が焼かれる。

 手足が千切られる。

 頭が内側から破裂する。

 千切られた手足の断面を、ぐちゃぐちゃに潰される。

 体の内部に送り込まれた信号が生じさせる激痛のあまり、次第に自分の身体が原形を留めているのかどうかも把握できなくなる。

「ハ…………ハァ………ぐっ、ううう…………!」

 身に纏うSEEDは、まだ戦える。

 だが鎧より先に、それを纏う俺の身体にどんどんダメージが蓄積されていく。

『さて、日本製のドゲザでも披露して必死に許しを乞えば、これ以上は止めにしておいてやりますよ?』

『はっ…………無用なお気遣いどーも……!』

 だが、SEEDはまだ戦える。機体のエネルギーも、負けと判定されるまでの残量にまだ半分近い量を残している。

『痛みなんざ、我慢すればいいだけの話だ』

『っ………………ええ、確かに無用でしたわね』

 ウェルデ嬢は盛大に舌打ちを漏らすと、抑揚のない、冷え切った声を返す。

『セーフティ解除。今まではSEEDの補助も込みで、ショック死しない程度に抑えてやっていましたが…………信号の数に関しては、今からは全開で行きましょう』

 ウェルデ嬢がそう言うと同時に、手にした鞭の気配が変わる。

 目に見えた変化があるわけではないが、生物の本能があの鞭へ対して警鐘を鳴らす。


『…………デッ! ウェ……デ!』


 聴覚センサーが、観衆からの声の内、ひときわ大きなその声を拾う。


『ウェルデッ、やめろ、殺す気か!?』


 普段無表情なウィンドルが、妹に向けて必死にそう叫んでいた。

 満身創痍の俺でも聞こえたということは、いたって元気なウェルデ嬢にはもっとよく聞こえているだろう。

 ウェルデ嬢は、少しだけ動きを止めると俺の方に視線を戻し、宙に浮いたまま、地べたに臥している俺を見下ろした。

『それを望んだのはそちらの方、ですわね?』

『もちろん』

 ギュオォ! と、音をその場に置き去りにし、俺の返事を聞いたウェルデ嬢の姿が描き消える。

 そして、前後左右の全方位から鞭が襲い掛かり、それに対して刃衣で迎撃を試みる。

「ふっ!」

 だが縦横無尽に飛び回り、まるで十数本の鞭を同時に振るってくるようなその攻撃に、すぐさま迎撃が間に合わなくなる。

 俺は悪手とわかりながら、刃衣で迎撃しきれなかった攻撃を上に跳んで躱す。

 これで空中戦に移行すれば、鞭が飛来する出所は上下前後左右からと更に増える。

『愚かな!』

 ウェルデ嬢はこの隙に喜々として襲い掛かり、すぐに鞭は俺を捉え始める。

「ぐっ!」

 だが意地でもクリーンヒットはもらわない。SEEDで補強した感覚を研ぎ澄まし、ウェルデ嬢の意思に従って動くその鞭を皮一枚で躱し続ける。

 鞭が身体を掠める度に激痛が体の各所を襲うが、掠める範囲が小さければ小さいほど、体内に送られる信号の数は減り、痛みは軽減できる。

 いくらSEEDの武装の中で鞭は威力は低い方とは言え、クリーンヒットを立て続けに喰らってはそのダメージは馬鹿にならない。

 逆に言えば、掠った程度のダメージなら、いくら喰らおうとSEED本体は大丈夫だ。

 SEEDが大丈夫なら、まだ戦える。

 後は、俺の耐久と気力の問題だ。

『まったくっ! いつまでも往生際の悪い!』

『そりゃまだっ…………負けてないし……!』

『減らず口を!』

 ウェルデ嬢もここまで鞭を躱され、痛みを耐えられるとは思わなかったのだろう。徐々に苛立ちを募らせる。

 躱す。

 躱す。

 掠る。

 歯を食いしばりながら、次の攻撃を避ける。

 避け切れない。

 刃衣で防ぐ。

「ふへっ…………」

 何だかこの必死に躱し続ける最中、小学生の頃のドッジボールを思い出した。

 ボールを受け止めるより、避ける方が好きだった俺は、いつも自分の陣営で最後まで残っていた。

 こんなひっ迫した状況下で、そんな時のことを思い出してしまったことが我ながら変で、力の抜けた笑みを漏らしてしまう。

 鞭が掠るたびに、文字通り体が削られるような痛みに襲われているというのに。

『何がおかしい!』

 苛立ちが募っていたウェルデ嬢は、そんな俺の自嘲的な笑いすら癇に障ったようで、さらに攻撃の手を増やす。

 一気に俺を叩き潰さんと、空中加速を使って威力を増す。

(やばっ!!)

 これまでの数倍の速度で移動しながら振るわれる鞭に、俺は内心焦る。

 SEEDの加速機能は、ほぼ直線でしか動けない。加速して、時速数千キロメートルの速度で無理にカーブしようとすると、遠心力で機体と操縦者が共にダメージを受けるからだ。

 文字通りバラバラになることもある。

 これまで上下前後左右から、空中に浮いた球体のような範囲内に俺を閉じ込め、縦横無尽に攻撃を繰り出してきた戦法と、加速機能は本来噛み合わない。

 加速した状態で球体の表面をなぞるような軌道で飛行すれば、そちらの方がダメージを受けてしまうからだ。

 しかし、ウェルデ嬢の場合、加速によって動きがやや直線的になったとしても、そこまで大きな問題ではない。

 バシィン!!

「うぐっ…………!」

 真正面から飛来した鞭を、刃衣を盾の様に両手で構えて受けとめる。

 しかし、両腕が引っこ抜かれて後ろへ飛んでいきそうになる衝撃に、本当にこれは鞭なのかと言いたくなる。

 そして間髪を入れず、

 ドゴォ!

「おぐっ…………!」

 俺から見て右方向に去っていったはずの鞭が、左わき腹に突き刺さる。

 本来SEEDの加速機能を使えば、直進しかできなくなる関係で加速する方向へ、もしくは加速した方向からしか攻撃は来なくなる。

 しかし、ウェルデ嬢の鞭の場合は話が違う。

 ウェルデ嬢本人が動く方向は直線でも、彼女の持つ鞭はその移動する方向への速度と勢いを保ったまま収納され、そしてそれを好きな方向へ転換してから実体化できる。

 一度操縦者が超高速で動き、手にしていた鞭もその速度を得てしまえば、後はその速度で自由な軌道を描くインチキ鞭の出来上がりだ。

 結果、先程の球面を描くような飛行は出来なくとも、鞭自体はさらに激しさと出鱈目な軌道を伴って俺を襲う。

 そして今の俺に、その鞭を躱す・防ぐ手段はなかった。

 ズパァンッッ!!

「えごっ…………!」

 刃の上を滑らせていなしたはずの鞭が、刃の上を走り終わると同時、一六○度ほどターンし、俺の顎を強かに打ち付ける。

 ぐるん と、視界が回転し、平衡感覚を失う。

「あ…………」

 脳みそがぐらぐらと揺れる。視界が定まらない。

『いい加減、終わりなさい』

「…………!」

『言って楽になりなさい。これ以上痛いのは嫌だと。もうやせ我慢なんて出来ないと』

 それは、なけなしの良心か。

 ウェルデ嬢は俺にとどめを刺す絶好のチャンスを捨て、そう語りかけて来た。だが、

『だから言ってるでしょ』

 俺はそう吐き捨てて、ぐらぐらと頭が不自然に揺れる中、何とか空中で姿勢を正す。

『痛みなんて、我慢すれば問題にならない』

『…………愚か者が』

 攻撃を躱すことは出来ないと悟った俺は、両腕を交差させてなけなしの防御態勢を取り、

 ババババババババババババババ!! と、こちらへ向かってくる際の風圧だけで鼓膜が破けそうになる鞭の連撃が、全方位から俺の身体を滅多打ちにした。

「―――――――――――」

 灼熱が、極寒が、破裂が、粉砕が、体の随所で沸き起こる。

 刺される。

 斬られる。

 潰される。

 破裂する。

 割れる。

 千切られる。

 焼かれる。

 凍らされる。

 溶かされる。

 ありとあらゆる痛みが同時に体内で生成され、身体を蹂躙した。

自分の考えた能力を格好良く描写するのって難しい。

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