1話 痛みの牢獄③
がっつり作者の趣味が出ています。
「おおー……久々に多種多様な人間をこんなに見た気がする」
「お上りさんみたいなこと言ってんな」
SEED学園の島から、フェリーに揺られて二十分。
俺とシドとカルスは、日本で唯一プランターとの定期便を持つ横浜港に来ていた。プランターの校舎や寮付近で二千人近くが過ごしているわけだから、人口密度的にはむしろ島内の方が高いかもしれない。でもこちらは文字通り老若男女が揃っているわけだから、常に同年代or就業年齢の教師の二択しか存在しない島よりは人間が多く見える。
「さってと、今が10時半。まず買い物を済ませて12時過ぎに昼飯って感じか?」
「だね。こっち?」
既に中等部の頃からこの付近で遊び慣れているシドに、俺とカルスが付いていく。巨大ショッピングモールの入る前から、その付近の靴屋や服屋、ファストフード店などが点在する通りを進んでいく。
休日ということで人通りもそれなりに多いが、すれ違う人々は皆俺達の制服を見ると道を開ける。それは敬意などではなく、畏怖から来るようだった。
「うわぁ、本当に皆避けてく」
SEED学園の人間は、その生来のSEEDを操れる気質と、普段の抑圧された学校生活も相まって、学園の外に出ると横柄になることが多い。少なくとも武力で負けることはまずありえないので気が大きくなり、もめ事を起こすのもしばしばだそうだ。
それを経験則で知っている人たちは、こうしてSEED学園の人間には近づかないようにしているのだろう。学園側としてももめ事が無いに越したことはないので、外出時は制服の着用を推奨している。
「悪い意味で有名人になった気分」
「もうなってるだろ」
「そうだった」
半年前にいきなりSEEDを動かせたことで、プランターの職員や生徒といったSEED関係者には、良くも悪くも俺の名は知れ渡っている。具体的な事情は知らずとも、たいていの人は俺が今までSEEDの使用経験を秘匿していた犯罪者だと思っているので、蔑むか疎まし気な視線を日々浴びている。
今みたいに露骨に避けられたりはしないけど。
「モーセになった気分だ」
「海を真っ二つにするくらい、SEED使えば普通に出来るけどな。まぁ店に入っちまえば最初は店員にも警戒されるけど、プランターの人間は金払いがいいから割と歓迎されるからよ」
「へぇー。シドも何かいっぱい買うの?」
「ほとんどリャウに付き合う形だな」
「リャウ……って、二人の友達だよね? ベトナム人の?」
ここに居ない人物が話題に昇り、カルスが質問を飛ばしてくる。
「そ、俺とシドの大親友。まだ任務中だっけ?」
「今月末には帰ってくる予定らしいけどな」
SEED学園の生徒は、実際に戦場に出ることは基本無い。しかし一定水準の実力に達した生徒は希望すれば、紛争地域の地雷除去や医療物資運搬など、SEEDがあれば比較的安全に遂行できる任務に参加できる。
俺とシドの中学生の頃からの大親友、リアウ・トゥギルヴァことリャウは、その任務に積極的に参加し、彼女には俺が編入してからまだ会えていない。
「リャウと買い物とかよく来てたの?」
「よくって程でもねーけど、あいつ放っておくと自分の金で俺の服とか買って来ようとすんだよ。まさか払わせるわけにもいかねーから、結局一緒に来て色々見て回ったな」
シドの服を至極真面目に選び、店員要らずなくらいに勧めるリャウの様子が簡単に想像できて、思わず笑ってしまう。
「あれ? 映画館なんてあったんだ」
「あー、そういえばそんなもんもあったな」
ショッピングモールの上の方の階にある映画館の広告を見て、俺達の足が止まる。
「最近の映画で何か面白そうな奴ってあったっけ?」
「特に。そもそもそこまで映画見る方でもねーし俺」
「僕もいいかなぁ。日本のエーガカンだと、文字も音も英語か日本語かどっちかしかないんだもん」
「カルスは英語使えるじゃん」
「放せるけど、読むのはあんまり……。慣れない言葉を、また自分の国のじゃない言葉で読んでも、結局わかんなくなっちゃうよ」
三人とも映画への反応は芳しくなかったので、そのまま歩き出す。
「じゃあ先に行こ――――
「あ、でも昔の映画もやってんだな。ターミネーター2の4D上映
グルン!
そのタイトルを聞いて俺の身体が百八十度回転する。目指すは上の階に繋がっているエレベーターだ。
「あ、あれ、空映?」
「Come with me if you wanna live(死にたくなければついてこい)」
厳かな声かつ流暢な英語でそう言うと、カルスは「へ?」と目をぱちくりさせたが、俺の好きな映画を知っているシドはニヤッと笑うと、元の進んでいた方向へ俺を引っ張りつつ、
「I order you not to go!(行くなって僕が命令しているんだ!)」
と調子を合わせてくる。
対して俺はシドの手を握りつぶつような(そんな握力は微塵も無いが)モーションで引き剥がし、
「I`m not programmed to follow your orders(私は君の命令に従うようプログラムされていない)」
ともう一度映画館の方を向き直す。
「え? え?」
事情が呑み込めていないカルスが、俺とシドを交互に見る。流石にそろそろ気の毒になってきたので、今までのやり取りの意味を教える。
「ターミネーターの劇中……んん、映画の中の台詞で会話してたんだよ。俺が見に行こうって言って、シドがそれを止める形で」
そう説明するとやっと あー とカルスも理解したようだった。
「そーゆーことかぁ。僕ターミネーターはオンギレ(英語)じゃなくてルーフォンセ(フランス語)で覚えてるから…………」
『なるほど。では、俺は上映時間を確認してくる。地獄で会おうぜベイビー』
『だからってフランス語で話さなくていいよ。しかも最後のスペイン語だし……』
「日本語か英語で喋ってくれないお前ら?」
多分地獄で会おうぜのフレーズ以外理解できなかったシドが、口元をヒクつかせながら口を挟む。
SEEDには翻訳機能も付いているが、外出時には命の危険以外ではSEEDは起動禁止だし、一旦母国語に言語を戻す。
「えーっと、俺としては買い物の前に映画見ちゃって、その後お昼にしたいんだけど」
「構わねぇけど、あれって映画時間2時間くらいしなかったか?」
「通常版なら137分、完全版なら154分だったはず」
俺の素早い返答に、シドがマニアめ……と小さく漏らす。腕時計を確認して
「じゃあとりあえず上映時間も確認して、適宜調整ってとこか」
「オッケ、そうし……あーでも、カルスが字幕とか苦手なら、映画はやめにしておいた方がいいか? 俺だけ別行動で見に行くのだと、一緒に来た意味がなくなるだろうし……」
ターミネーターのことで頭がいっぱいになっていたが、そもそもカルスが日本の映画館は苦手だと言っていた直後なのを忘れていた。
少し参りながらカルスの方を横目で見るが、意外にもカルスはクスリと笑うと
「あはは、見たいんでしょ? いいよ、一緒に行こ?」
「いいの?」
念を押すと、カルスはまた笑みを浮かべて。
「うん、いいよ。たまには日本語のクラス以外で、日本語の勉強するのも悪くないし」
「ありがと、じゃあ行くか」
カルスも大丈夫だと言ってくれて、俺達は映画館のある階へ向かった。
―――三時間後。
運よくそう待たず上映をそのまま見ることが出来た俺達は、映画の視聴後、モール最上階のレストラン街に居を構える、超が付く高級蕎麦店に来ていた。
映画のスタッフロールまで見終わりしばらく余韻に浸り、映画館のロビーに出て映画中切っていた携帯の電源を入れた瞬間、要さんから予約を入れておいたからここで昼を食ってこいと指示が来た。
お昼は横浜さん家のラーメンにするつもりだったのだが、要さんの指示を無視すると後が怖い。
シドは慣れた様子で、カルスは突然のことに困惑しながら店まで移動していた。
「えっと、橘さんに映画見てくるって言っておいたの?」
「いんや、全然? 多分このあたりの割引が効く場所を見張ってたんでしょ」
SEED学園の学生手帳は、常に位置が分かるようにGPSで監視されているから、俺達がこのモールにいることは要さんにはすぐにわかる。
さらにSEED学園の生徒は公の軍人でもあることから、通常の学割よりさらに低額になる割引システムを世界中で使える。性格からして大半の生徒は基本群れたがらないし、今日の外出許可が出ている生徒で複数人で行動するのはせいぜい3,4グループだろう。この辺りの店や施設のレジシステムを監視しておき、三人で割引を使った形跡があればそれは高確率で俺達だ。
さらに要さんなら監視カメラの映像で俺達を見つけるのも、瞬き一つの間に済ませられる。普通に犯罪だけど気にする人じゃないし。
「要さんに隠し事が出来る奴とか、果たしてこの世にいんのかね」
頬杖を突きながら、シドが皮肉めいた笑みを浮かべる。今でこそ慣れたが、中学の頃のシドは反応が賑やかで面白いからと要さんによく玩具にされていた。
「少なくとも島に住んでいる限りは無理だろ。要さんなら、島全員のバイタルデータなら365日、本人の知らない範囲まで調べられるだろうし。てかこないだもウェルデ・ハウタウトが生理何日目か知ってたな」
「うわぁ……」
カルスが恐怖の混じった感嘆の声を漏らす。
「それどころか俺がご飯を食べたら、茶碗にご飯が何粒あったかまで知ってそうだけど。これから食べる蕎麦の本数と長さとか」
ブーン、ブーン
「ん」
噂をすれば要さんからメッセージが届く。
『調べられるっちゃ調べられるけど、流石にめんどくせーしそれはない ちなみに714秒後に来るたかくんのおろしそばは平均33.8cmの103本だよ』
無表情のまま二人に画面を見せる。
「どうやってんだよ本当に…………」
「スカイネットがかわいく思えてくるんだけど」
これにはシドもカルスも青ざめていた。早速周囲のカメラや自分の所持品に、盗聴器の類が仕掛けられていないか探っている。多分要さんのことだし、SEEDと自分の人工衛星を使って日本中の情報くらいなら常に全部見聞きできると思うけど。
「さて、ご飯が来る前にさっさと映画について語り合おうぜ。ご飯食べながら盛んに話すのも行儀悪いし、食べ終わってからだと映画見た後の熱が冷めるし」
「鉄は熱いうちにぶて! だね」
「打て、ね。それだと火傷しちゃう」
「一応ぶつも漢字にすると打つだけどよ…………」
カルスの得意げな日本語ミスに突っ込みつつ、先程の映画の話に移る。
「4Dって始めて見たけど、リアリティ凄いね! 撃たれそうで何回かSEED起動させそうになっちゃったよ」
「警察の車奪って逃げるシーンあったじゃん? エンジンかける時に運転席の上の方からキー取り出すシーン本当に好き」
「ストーリーがぎっちぎちに詰まってて無駄が一切ねーんだよなぁ。2時間かそこらのはずなのに、もう何週間も一緒にあのキャラたちを見て来たような」
三人とも口々に賞賛の言葉を述べる。
俺は2を見るのはもう四○回を超えているが、本当に名作だ。地球が宇宙へ向けて誇る最高傑作だと思う。4D上映だったので視覚と聴覚と触覚は更に大満足だ。
「お待たせしました」
「お、来た」
程よくここ好き談議が温まったところで、頼んだ料理がやって来た。
俺とカルスはおろしそば、シドはざるそばを頼み、テーブルの真ん中には皆でつつく用の天ぷらの大皿が置かれる。
カルスの皿の横にはフォークとスプーンが置かれる。欧米では音を立てて面をすするのがマナー違反なので、最近は海外の客にも気を利かせてくれる店が多い。
「「「いただきまーす」」」
両手を合わせて頂く。カルスは俺の食べ方を真似しながら、シドはまず薬味無しで頂く。
「うっま……」
一口目を飲み込み、シドが感嘆の息を漏らす。
「おいしー…………」
カルスも気に入ってくれたようだった。二口、三口とフォークでどんどん蕎麦を巻いていく。
「体中の血がきれいになる感じがする」
鼻腔を満たす濃厚な蕎麦の匂いに、大根おろしの爽やかな香りが一気に押し寄せて、食べる度に体中の血管がスッキリする感じだ。
あまりに美味しいのと、ここが超高級店なことも手伝って、自分が本当にこの蕎麦を十全に味わえているのか不安になるほどだ。
俺たちはそのまま箸が止まらず、天ぷらを含めすぐに食べ終えてしまった。
「美味しかったぁ…………。ニッポンのお料理、僕やっぱり大好き」
「蕎麦の旬は秋だから、多分その時に来たらもっと旨いぜ」
「シュン?」
「その食べ物が一番美味しい季節のことだよ。その時はまたリャウも一緒で来て食べたいなぁ…………ん?」
お腹を撫でながらうっとりとつぶやく俺を、カルスがとってもニコニコしながら見ているのに気づく。
「なに?」
「空映が何かしたいーとか、何か食べたいーとか、今日はたくさん見るなーって」
「え? そう? そんなに…………あれ?」
意外な一言に疑問を生じる。でもよくよく考えてみれば、その通りかもしれない。編入して二週間、言葉にして何か欲しいと言ったことはないはずだ。
先日のトレーニングの後の様に、部屋に戻る前に花壇に行きたいとか、食堂で食べるメニューだとかは自分の好きなようにしている。でも今日の様に、自分の欲求に従って他人を振り回してまで行動したのは、本当に久々かもしれない。
「そういや中学の頃から、お前が何かしたいとか主張するのほとんど見たことねぇな。何かしていいかとか、してみたらどうって聞いてくるのはたまにあったけどよ」
「確かに…………でも、SEEDを育てる身としては、あんまり満足し過ぎちゃいけないんじゃない?」
「いーや、お前の場合は違うだろ」
首から下げた待機状態のSEEDコアに触れながらそう言うと、シドは鋭く反論してきた。
「SEEDを成長させんのは、何かが欲しい、したいと思う欲求だ。でもお前の場合、そもそも何かをしたいとか、欲しいって欲求自体がほぼねーだろ。欲しいものがそもそもないんじゃ、欲しいっていう感情すら湧いてこないだろ? 欲しがる以前の話だ」
「欲しがってすらいない…………かぁ」
暖かい蕎麦湯をすすりながら、今日の映画を除いて、俺が最近欲しがったものを考えてみる。……カルスに先にお風呂に入っていいか聞いたことくらいしか思い浮かばなかった。
「けど今は今で幸せなんだよなぁ。こうやってご飯の後に蕎麦湯呑んでるだけでもう幸せ」
「枯れた老人かよ…………」
「失敬な。でも、本当にあんまり欲しいと思うものってないんだよなぁ。身体を早く元通りにしたいってくらいしか」
「あー…………そりゃ叶えるしかない欲求だわな」
別に世界最強のSEED操縦者になりたいなんて毛ほども思っていないが、仮にもそれを目指すことが是とされる立場なのだ。SEEDをよりうまく使うには、体は早く元に戻さないといけないだろう。
たとえその欲求が満たされたら、SEEDの成長にはもう繋がらなくなるとしても。
「ま、それじゃあ代わりに欲しいものでも見つけに行くか? 今日は何か良いなって思ったモンがあったら即言えよ。何でも買ってやる」
「あ、あそこの一等地よさそうだなぁ」
「張り倒すぞ」
冗談を交わしながら、席を立つ。ご馳走様でしたと言いながら店を出て時計を見たら、時刻は三時前になっていた。
「帰りの船が4時半だから、4時10分には港に向かわないとな」
「空映、何か買いたいものある?」
「ぜーんぜん。正直今日は皆で横浜さん家のラーメン食うことしか考えてなかったし」
「そりゃまた今度だな。もう腹いっぱい」
「んー…………あ、そうだ。じゃあ僕、ポケモン○ンター行ってもいいかな? まだ行ったことないんだ」
「あー、カルス毎週ポ○モンのアニメは見にいってるしね」
SEED学園の寮室にはテレビが備え付けてあるが、人気番組は食堂や談話室のテレビを使って大勢で見るのが楽しいらしい。夕方の子供向けアニメの時間帯ならまだしも、八時や九時あたりの番組はチャンネルの争奪戦が起きる。それこそ各陣営の代表同士が、SEEDの試合でチャンネル権を争奪するくらいに。
無論俺はそんな暇はないので、毎回その時間帯はリハビリや宿題をしている。そもそも見たい番組があるなら、要さんの研究所に行けば大型シアターで見られる。
「俺も行ったことないし、行ってみよっか。何か欲しいものも見つかるかもしれないし」
「じゃあとりあえず行ってみるか」
そうして隣の棟にあるポケモンセンタ○に向かうべく、エレベーターに乗って2階の連絡通路へ向かう。
「おおう…………」
エレベーターから降りると、昼にしては時間が遅めで人の少なかったレストラン街とは異なり、喧騒が出迎えた。
あちこちを子連れの家族や、友人同士でやって来た複数人の客がごった返している。それぞれの店からは、互いに競い合うようにセールのアナウンスが流れてくるし、休憩所近くに備え付けられたクレープ店からは甘ったるい香りがこれでもかと漂ってくる。
恐らく今の時間帯が客入りのピークなのだろう。流石にSEED学園の制服を着ていても、朝の様に人ごみがどいていくわけにはいかない。はぐれないようにしながら進んでいく。
「すんごい人だな」
「これがジャパニーズショッピング…………」
「これは、かなり極端な例だからなっ」
おもちゃ店と有名家電店が向かい合った区画を抜け出すと、やっと一息つける。そこで待ち受けていたのは、二、三軒並んだスイーツ店のむせかえるような甘い香りだ。
「あー…………」
カルスが足を止めて、スイーツ店を見て手をもじもじさせる。それだけで、俺とシドは中学の頃、こうやって一緒に買い物に来た時のリャウの反応を思い出して笑みを漏らす。
「どうする? デザートに買って行こっか?」
「! うん! そうしよ!」
自分が○ケモンセンターに行きたいといった手前、途中で引き止めるのが心苦しかったのだろう。俺が助け舟を出すと、カルスは顔を輝かせてクレープ店の前に小走りで向かった。
「俺はパス。せめてこっちのスムージーにしておく」
「おっけ」
甘いものがそこまで好きではないシドが、まだ健康志向の強そうなスムージー店へ向かう。
俺はカルスに付き合うべく、クレープ店の方へ並ぶ。
「えっと、バナナチョコ生クリームください! トッピングで、ストロベリーソースとオレンジソースで!」
「俺はチョコ生クリーム小さいサイズで…………せっかくだしイチゴだけトッピングで」
カルスのフルーツ詰め合わせクレープに対し、俺は控えめに単調な注文にとどめる。生クリームは好きだが、結構すぐに気持ち悪くなりやすいのだ。
『はーい、どうぞ』
「メルシー(ありがとう)!」
「ありがとうございます」
三分程度でクレープが出されると、シドはすでに俺達を待っていた。手にしているのは黄色がかった紫のような名状しがたい色のスムージーだ。
「何それ?」
「ブドウとマスカットとリンゴとナシのスムージー」
「それ、赤いきつねと緑のたぬきを混ぜて食べるようなもんじゃない?」
実は似て非なるそれらの取り合わせに疑問を覚えつつ、俺達はベンチのある休憩スペースに移動した。
「いっただきまーす」
カルスが前髪を払い、笑顔のままあんぐりとクレープを頬張る。出来合いの観葉植物が隣にあるだけの、申し訳程度にプラスチックのベンチが備え付けられた休憩スペースでも、カルスがいるだけで雑誌の表紙のようなカットシーンになる。もうこの子モデルとかやった方がいいんじゃないかな。
「うん、たまに食うと旨い」
俺も一口ずつかじると、単純に美味しいチョコソースと生クリームに、まだ時期的に少し酸っぱいイチゴがいいアクセントになっていた。
「高級蕎麦の後に食うチェーン店のクレープは旨いかぁ?」
シドが芝居がかった態度で、わざと意地悪な質問をしてくる。
「いいじゃないの。せっかくの休みなんだし、たまにはジャンキーなメニュー構成にしたって」
「違いねぇ」
シドは立ったまま、風呂から上がって牛乳を飲むようなポーズでスムージーを煽ると、美味しいのはそうなのだが、内容物の組み合わせのせいかどこか釈然としない笑みを浮かべる。
「おい、空映」
クレープをのんびり食していると、頭上から険を帯びたシドの声が届く。
視線を上げると、連絡通路の先から、ウェルデ・ハウタウトがこちらに歩いてくる。右手には、俺でも名前だけは知っているような、超高級ブランドの銘が打たれた買い物袋を手にしている。
そのまま通り過ぎて行ってくれればいいものの、案の定俺達を見つけると、こちらへ向かって来た。
『あら、こんなところに愚民が』
シドとカルスが怒気を募らせるのが分かったが、俺は手で制していいよと止める。二人にはあの鞭で叩かれてほしくないし。
ウェルデ嬢は俺達が手にしているものを見ると、失笑を漏らし、
『日本というのはずいぶん恵まれた国ですわね? 私のような真の貴族の眼鏡にかなう店がある建物の敷地内で、愚民の御用達店が商売を行っているのですから』
そりゃそうだ。変な言い方だが、今の日本じゃどんな高級店だろうと高級ぶってはいられない。ゾーニングは多少あるにしても、頑張って大衆寄りにしないと客が入らなくてやっていけない。
『意外に美味しいもんだよ? 食べていけば?』
生クリームの重さはともかく、味としては中々イケる。少しは糖分を摂取すれば、この年中不機嫌そうなお嬢様も多少はましになるかと思って勧めてみる。
しかしやはりというか、ウェルデ嬢は鼻で息をしてさらに俺へ向けてゴミを見るような視線を向けてくる。
『あなた達のような愚民共の口に合うものを、自分からお金を払って食せと? ジョーク一つとっても底辺ですわね』
ほほう、愚民どもと来たか。自分がその愚民ども(シドとカルス)に成績負けていることを忘れているなさては。
『アイスとか好きじゃないの? 俺は生クリームとだと重過ぎて無理だけど』
『アイス?』
オウム返しに返されたその三文字の言葉が震えていることに気が付き、ウェルデ嬢の顔を見上げる。
相変わらず気分の悪い顔だったが、同時に気分も悪そうだった。
『どうかした? 虫歯でアイス食べられないとか?』
まずそうではないだろうなと思いつつ、茶化した質問で彼女の思考を遮る。嫌なことについて延々と考えさせるのは申し訳ない。
『愚物の分際で、私に気遣いをしているつもりですか? 身の程を知りなさい、痴れ者』
すると彼女はひねり出したような声ではあったが、すぐさま返事をよこした。
でも一般人は貴族様の心配もしちゃだめなのかぁー と、俺はまた一つ賢くなった。
さて、嫌なことを忘れさせるにはもう一押し。
『あ、そーだ。じゃあ一つ質問いい? 答えたくなければいいんだけどさ、ハウタウトさんの一番欲しいものって、何?』
『は? 何ですのいきなり』
『いや、ハウタウトさんて優秀なSEED装備者に数えられるわけじゃん。そういう人って、普段どんなこと考えているのか気になってさ』
俺のその問いを受けると、ウェルデ嬢は目を少し細め、数秒間黙る。返答代わりにあの鞭を喰らうのも予想していたのだが、意外にも割と真面目に考えてくれているらしい。
『ふん…………しいて言うなら、お前を十分に痛めつけ、身の程を弁えさせたうえで代表枠を手に入れる、くらいでしょうね』
『割と真面目に答えてくれたねぇ。じゃあ欲しいものが手に入るように、試合頑張ってね』
ビキリ とウェルデ嬢はまた不快そうに目つきを険しくすると、舌打ち一つ漏らしてそのまま去っていった。
あの鞭の一、二発は覚悟していたが、意外にも無傷で済んだ。
大いに怒らせてはしまったけれど、それよりさらに嫌なことは忘れさせられただろう。
怒りは絶望より有益だ。ターミネーターもそう言ってる。
「ねぇ空映、何であんなに好きホーダイ言わせるの!?」
「うん?」
改めてクレープをかじり始めた時だった。
俺が特に言い返したりもせずに言われたい放題だったのが気に食わないのか、カルスが俺に対して頬を膨らませながら聞いて来た。
「んー、いいんじゃない? あの人はそうしたいんだろうし」
「そうしたいって…………空映は、嫌じゃないの?」
「全然? 好き放題言いたいなら言えばいいし、鞭で引っ叩きたいならそうすればいい。それで気分がスッキリするなら、どうぞお好きにって感じかな」
「それはおかしいよ! 空映、フエ(鞭)で叩かれていいの!?」
「うん。全然。あ、カルスやシドが叩かれるのは嫌だから、それは流石に止めるけど」
カルスはあまりに俺が平然とし過ぎていて、困惑したようだった。
シドの方を振り返って助けを求めるような視線を送るが、シドはため息を一つだけつく。
「諦めろ。こういうやつだ。俺もリャウも散々言ったけど効果なしだ。マゾヒストだとでも思っておいた方が楽だぜ」
「失敬な。痛いのが好きなわけじゃないって」
ふぅ、と一息つき、クレープの最後の大きめの一口を口に入れた時だった。
「あ、こら、お菓子持って走っちゃ…………」
クレープ屋に並んでいた母子の内、クレープを受け取ったばかりの子供が列から飛び出した。母親はそれを止めようと振り返ったが、
ぐちゃ!
手にしていたクレープが丸ごと、丁度後ろを通っていたウェルデ嬢にぶつかった。
破裂したクレープから洩れたクリームがボタボタとこぼれ、ウェルデ嬢の荷物にかかる。
そしてウェルデ嬢の右手には、トッピングでつけられていたアイスと生クリームがべちゃりとくっついていた。
『ひっ…………!?』
「あ、ご、ごめんなさい……!」
ウェルデ嬢はその顔を忌避というより、怯えたように大きく歪めると、すぐさま腕にこびりついたアイスをハンカチで思い切り拭い取り、ハンカチごと投げ捨てた。
母親はウェルデ嬢の着ている制服を見て、顔を真っ青にして謝る。しかし謝罪を言い終わる前に、ウェルデ嬢がその胸ぐらを掴み、その細腕のどこにそんな力があったのかと思う勢いで地面に叩きつけた。
『い、痛っ…………』
ウェルデ嬢はいっそ空恐ろしさを感じさせるほどに無表情だった。が、その無表情の下で激怒しているのは想像に難くない。そのまま流れるような動きで、床に倒した母親がクレープを持っていた方の腕を思い切り踏みつけた。
『いぎっ…………!?』
「おい馬鹿やめ―――――!?」
『やめてーーーーー!』
俺が腰を浮かせると同時に、傍にいた子供がウェルデ嬢に拳を振るう。が、どう見ても幼稚園生程度の子供の拳など、無いも同じだった。
ウェルデ嬢はそのまま男の子の腕を握り、捻りあげる。そして空いている右手を上げ、袖口に携帯したあの鞭を振るい―――――
『それはやめておきなよ』
その鞭が男の子の手を叩く寸前で、俺はその腕を掴んで止めた。
痩せ細り、握力も小学生程度しか出ないこの体でも出せる限りの握力を出し、全力で抗う意図と姿勢を示す。
『躾の邪魔よ』
が、そんなものを意に介するウェルデ嬢ではない。俺の手を振りほどくと、手にした鞭でまずは俺を叩こうとする。
が、今の俺はちょっと頭に来ている。素直に叩かれてやることはしない。
即座に一歩前に出て、鞭を振るおうと引いている腕の、肘の手前をつっかえ棒でも当てるように押さえつける。これで腕はまともに動かせなくなる。
『!』
ウェルデ嬢もさるもので、とっさに肘を回転させる方向を変えて、肘と手首だけで鞭を振るおうとする。しかし今度は手首を握る。これで鞭をしならせることは出来ずに止まる。
如何に力が弱くとも、相手の半分程度もあれば、それを最適な場所へ加えればいくらでも手玉に取れる。今の俺に、半分の筋力があるかはかなり怪しいが。
ウェルデ嬢は舌打ちを一つすると、空いている方の手で俺の拘束を外そうとする。ここから先は、互いの腕のつかみ合い、捻り上げ合いだ。時折懐に近づいている俺目掛けて膝蹴りが叩き込まれるのを躱しつつ、あの鞭を執拗に振ろうとするウェルデ嬢の腕を押さえつけ続ける。
『ッ!』
(!)
俺がウェルデ嬢のいつもつけている黒い絹製の手袋越しに手を掴むと、彼女はことさらに強い嫌悪感をあらわにした。俺も一瞬、その手袋越しに感じた感触に気を取られ、彼女の振り払いを押さえきれず、距離をとられてしまう。
ウェルデ嬢は俺に触れられた手袋を押さえ、憎々しげにこちらを睨み付ける。
俺はというと、手袋越しの感触と彼女の反応から、自分が感じたものが勘違いではなかったことを悟る。
『…………君がどんな事情を抱えているのかは、大体わかった』
『何ですって…………』
『でもさ』
俺は言葉を切り、怒りを乗せた視線でウェルデ嬢を見据える。
『君がどんな偉いお貴族様だからって、どんな経験をしてきたからって、やっていいことには限りがある。どんなにそれをしたいと思ったって、欲しいと思ったって、誰かを傷つけちゃいないんだ。相手が、人間である限りは』
例え血が出るくらいに叩かれても一切怒らなかった俺が、ここまで明確に抵抗心を顕わにするとは想像がしにくかったのだろう。高慢かつ自分の精神的優位を崩さないウェルデ嬢が、初めて止まった。
『さっさと帰ってくれ。誰か傷つけてスッキリしたいなら、月曜の試合でいくらでも相手になる』
『なぜお前の意見など――――』
これ以上の問答が面倒だった俺は、反応される前に不意を突いて急接近し、その喉元を鷲掴みにする。
『素手じゃ俺に勝てないだろ? ―――――ね?』
そのまま鷲掴みにしていた手を放す。ウェルデ嬢は素手では俺に対し分が悪いと悟ったのか、渋々臨戦態勢を解く。
『いいでしょう…………私のこれまでの人生の中で、最も時間と労力をかけて、最高の痛みで躾けてやりますわ』
『痛いなら我慢すりゃいいだけでしょ』
『我慢? くっ、アッハハハハハハハハハハハ!? 我慢!?』
ウェルデ嬢は俺の口をついて出た言葉を聞き、狂気を孕んだ笑い声をあげる。まだ十五歳の、可憐と言う他無い少女が、本能的に恐怖を感じるような笑い声をあげる様は、いっそ猟奇的でもあった。
『ハハ……ああもう、いっそ楽しみになって来ましたわ。お前のような、痛みが何かも理解していない無知蒙昧な愚物に、痛みが何かを骨の髄まで理解させてやるのがぁ……!』
『スプラッタ系映画のオーディションでも受けてみれば? 一発合格だよきっと』
『ハハ、アハハァ…………!』
俺の心からの賛辞は耳に入っていないようだった。そのままウェルデ嬢は不気味な笑い声を漏らしながら、踵を返し去っていった。
「さて…………うーん」
それまで遠巻きにこちらを見ていた人ごみが引き、代わりに怖気づいていた警備員たちがこちらに来る。
要さんの名前出せば、一瞬で解放されないかなぁなんて面倒に感じつつ、とりあえず俺は倒れたままの母子に手を貸すところから始めた。
4D上映見逃したのは一生の不覚。