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SEED~渇きに芽吹く欲の華~  作者: 五代健治
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1話 痛みの牢獄-幕間-

要さんは書いていて楽しいです。

(被験者実験は来週から…………アンケート用紙や、評価尺度も土日で決めないと…………おっと) 

 乗り換えの駅に到着するアナウンスを聞き、高岸裕也は、大学院で進めている研究について考えていた意識を現実に戻した。

 降車ホーム側のドアの前に立ち、ドアが開くのを待つ。

 ドアが開くや否や、けたたましく電子音や乗車サイレンが彼を迎えた。

 それに混ざり、行き交う人々から発せられる断片的な肉声が加わり、喧騒をさらにやかましく彩る。

『あ、すいません…………先方からの連絡なんですけど…………』

『あれ、○○駅ってこの路線で行けるんだっけ?』

『え、お前ガイダンスサボったの? ヤバくね?』

「ちっ…………」

 裕也は舌打ちを一つ漏らすと、降車口付近で固まっていた乗車待ちの客を押し退けながら降りる。

(入り口前で固まってんじゃねーよ馬鹿どもが…………)

 階段やエスカレーターをいくつか上下し、別の路線のホームに辿り着く。

 しかしいつもの乗車口前には、すでに十数人以上が並んでいるのを見て辟易する。

(有象無象が…………)

 一体この名も知れない連中の中に、どれだけまともに頭を使えている者がいるのだろう。

裕也はゴミを見る目で待機列の人間達を見た。

 修士課程を円満に終え、博士課程も修了の目途が立った。手前味噌だが、自分は論理的に物事を考えられ、問題解決能力もある方だと自負できる。

 自分が優先されるべき、なんてことは思わないが、自分が他者に比べて優れているのは大方正しいと、裕也は思っていた。

 季節の変わり目かつ、まだ肌寒い時期。咳をまき散らしながら手で押さえもしない中年に殺意を覚えながら、満員に近い電車で数駅揺られる。

 暇つぶしにスマホを取り出して、SNSアプリを立ち上げる。話題になったせいで、フォローしてもいないアカウントからタイムラインへ勝手に流れてくる情報は、どれもこれも似たようなものだ。

 ブラック企業に勤める社員が述べる社内犯罪、数年前にとうとう破綻した年金システムに未だ文句を言う搾取だけされた世代の慟哭、わけのわからん自分ルールを得意気に語って法律に反していると論破されている炎上案件。

 どれもこれも、知性や知能が足りない馬鹿どもの招いた結果だ。見るだけで心が荒んだ裕也はすぐにアプリを終了し、また研究テーマのことについて思いを馳せる。

 だがそれも、無神経にこちらに息を吹きかけてくる、化粧臭い中年女のせいではかどらない。

 やっと自宅から最寄りの駅までたどり着くと、自分がドアに一番近かったにも関わらず、後ろから数名の高校生に押し退けられて躓き、また苛立ちを覚える。

(ゴミ共が…………)

 電柱も少ない、自宅への近道を歩きながら、裕也は心の中で悪態を大量についた。

 世の中、何も考えていないゴミが多すぎる。知能も、知性の欠片もない。

 裕也は生来、ストイックな性格だった。

 自分が博士課程に至る現在まで、それなりに順調に進んできている方だとは思う。が、世の中には十数歳で大学を卒業したり、特許で数億円稼げるような真の天才と呼ぶべき人間達がいて、それに比べれば自分は取るに足りない塵芥だということも自覚していた。

 自分よりすごい人間はいる。だから、他人より少し優れているからといって、決して調子に乗ってはいけないと、自分を戒められる人間だった。

 だがそれゆえに、こんな塵芥でしかない自分にも出来ることが出来ない人間を見ると、この無能が、と怒りを覚えるようになった。

 それが学問など、得意不得意が如実に表れるものなら別だ。裕也も数学的な考え方や研究で扱える程度の知識はあっても、数学自体は苦手分野だったからだ。

 だが今日の帰り道に遭遇したゴミどもは、それ以前の問題だ。言葉にはしないが、死ねと吐き捨てたくもなる。

「たくっ…………」

 そしてそんな思考をしてしまう自分もまた戒める程度には、裕也はまともな人間だった。

 この繰り返しが、ここ最近の裕也の心を大きく荒ませていた。


「あぁー! どーしてそこで抑えちゃうかなー!?」


「?」

 自分しかいないと思っていた夜道で、快活な少女の声が辺りに響き渡り、裕也は小さく肩を跳ねさせた。

 慌てて声のした後ろを振り返るが、一瞬誰もいないように見えた。しかしすぐに、背の低い少女がそこに佇んでいた事に気付く。

 地面を擦りそうなくらい伸びた長い髪に表情が口元以外隠され、裕也はそれを不気味と感じた。

「せっかくいーもん持ってるのに、自分で消しちゃダメダメ。欲しいって思ったら、その気持ちに素直にならなきゃ!」

 いきなり何を言い出すのだこの少女は。もしや何か趣味の悪いドッキリ企画か何かかと、裕也は辺りを見回す。

「自分が優秀? それならオッケーじゃん! 真の天才とやらが実際目の前に来たらどうする? そんなのいざその時に考えりゃいーの! もっともっと、周りを見下してだろうが何だろうが、自分の欲求に従うことこそ正解さ! 要さんはそう思うよ!」

 ここまでの言葉を聞いて、やっと裕也は自分のことを言われているのだと理解した。しかしなぜ、自分が考えていたことを知っているのだこの少女は。ひょっとして、口に出ていた? 裕也は考えるが、思考が追い付かない。

「だーかーらー」

 ふと気が付くと、目の前から少女は居なくなっていた。裕也は慌ててもう一度周囲を見回す。

「その欲望、使わないんなら、要さんに貸してちょーだい?」

 真後ろからかけられたその猫なで声を聞いた途端、裕也は全身の鳥肌が立つ感覚を覚えた。

 急いで離れようと思った。でも、体が動かない。なんで、と考えが至る前に、裕也はその場に崩れ落ちていた。

 

もしかしたらこの小説書いていて、一番実感を込められた部分かも。

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