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SEED~渇きに芽吹く欲の華~  作者: 五代健治
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1話 痛みの牢獄②

物語は起伏がある方が面白い、の意をものの見事に誤解している気がしてなりません。

 その日の放課後、俺とシドとカルスは、週末の外出許可の申請に来ていた。

 右腕は肩から指先までガチガチにギプスで固定されている。、あの後医療室の先生に有無を言わさず包帯とギプスを付けられ、絶対安静を命じられてしまったので仕方なく外さないでいる。

 別に脱臼を自分で治すくらいいいだろうに。

「あ~~…………体が固まったせいでバキバキだぜ」

 一時間以上座って待っているシドが立ち上がり、背伸びをしながら背骨をぽきぽき鳴らす。

 週末を目前に控えた木曜日の夕方ということで、外出申請に来ている生徒で事務室前はごった返している。まぁここが混まない曜日は無いそうなのだが…………。

 俺は待っている間空いている左手で詰め将棋の本を、カルスは課題が出ている部分の教科書を読んでいるからいいが、その手の暇つぶしグッズを忘れてしまったシドは退屈そうだった。

 普通の学生ならこういう時、スマホでもポチポチして時間を潰すのだろう。

 しかし情報漏えいを防ぐために、通信機器の持ち込みは学園では認められていない。

 学園から支給される生徒手帳という名の端末はあるが、通信機能と授業管理の機能があるだけの本当に電子手帳と言っただけのものだ。

 ダウンロードできるアプリは非常に制限されている。チャット機能があればその時点でアウトだからだ。

 必然的に、動物型オブジェを積んでいって崩した方が負けな『アニマルタワーバトル』とか、一昔前に流行ったものすごく単純なゲームがかえって大流行りするらしい。

「俺は文字通りバキバキです」

 そう言って俺はついでに筋肉や血管もブチブチに切れてしまっている右腕を見せた。シドが眉を思い切りしかめる。

「つーかお前はさっさとその腕治せよ」

「そうだよ空映。怪我を治すためにSEED使うのは大丈夫なんだよ」

 二人が露骨に嫌そうな表情で俺の右腕を見てくる。ちょっと肌色が悪くなっただけなのに酷い。

「ちょっと諸事情あって今すぐ治せなくてさ」

「ソジジョー」

「しょじじょー。色んな理由ってことだよ。大丈夫、夕方までには治せるから」

「そのまんまでも痛くない?」

「まぁ我慢できるくらいだし大丈夫。時間つぶしに集中していれば忘れられる程度だし」

 俺はいま左手のみで開いている八十七手詰め問題に意識を傾ける。

 小学校低学年の頃から、影姉に頭の体操としてオリジナル問題を解かされていたのが習慣となり、今ではもらう問題全てが七十一手詰め以上になった。

 しかも期限内に解けないと叱られる。楽しいけどひどい。

「相変わらず将棋好きだよな」

「好きっていうか、もう血肉になってる感じかな」

「チニク?」

 また聞きなれない単語を聞きつけ、カルスが質問してくる。

「あー……自分の生活の一部分になっているような、もう自分の身体みたいになっているような感じ。文字通り、血と肉だな」

「! セーカツシューカンビョー! だね!?」

「おしい、ビョーは取って」

 覚えたばかりの言葉を使いたがるカルスに和む。

 そうこうしているうちに、やっと俺達の番が巡ってきて、外出申請を受け取ってもらう。

「はい…………確かに受理しました」

「どうもー」

 窓口は三○個も設置されているが、申請書類がものっすごく細かい上に、それを二人の人間がそれぞれ五分以上かけて二重チェックを行うので時間がかかって仕方がない。

 もっと機械化しなよ。セキュリティ対策だからってさ。

「あそこまでゲンジューにしなくていいのにね」

「「同感」」

 三人とも申請を終える頃には、もう夕日が沈みかけていた。

「どうする? 夕飯には少し早いと思うけど」

「あー、先に腕治すために行きたいところがある」

 生徒手帳で時間を確かめると、時刻は午後五時四○分。夕飯にはやや早すぎる時刻だった。

「どこ行くの? またイムシツ?」

「それもいいけどハズレ。あ、よかったら二人とも来る?」

「え? どこに?」

「んー…………この島で一番刺激的な場所かも」

「?」

 カルスは首を小さくかしげるだけだったが、シドはそれを聞いて表情が固まる。

「カルス、今日はもう帰っておこうぜ」

「え? なんで?」

「ほら、宿題まだ終わってないし、な?」

「僕はほとんど終わってるけど?」

 汗をだらだらと流し始めたシドが、不自然な勢いでカルスを寮に連れ帰ろうとする。

「頼むから、な!? 悪いことは言わないから? やめておこう。ね!?」

「う、うん」

 なりふり構わず肩を掴んで必死に止めるシドに気圧され、カルスが頷く。

「そんなにあそこ嫌いなの?」

「嫌いってか怖いんだよ…………」

「最初はあんなに目輝かせてたくせに……。じゃ、8時くらいに食堂でね」

「う、うん、またね」

 カルスに手を振ると、俺はこの学園の最北端へ向かう。

 人工とは言え、国家予算クラスの金額をかけて作られた埋め立て島を丸々使っていることから、この学園は非常に広い。

 校舎や学生寮、アリーナなど毎日の授業で足しげく通う範囲だけでも、四キロメートル四方には収まらないはずだ。

 基本的にそれらの主要施設は島の東端、太平洋側に集結している。しかしそれ以外の、テニス部や野球部といった専用の設備を要する部活など、生徒にとって通う頻度が低い施設程西側に集められている。

 さらに言えば、西側に行けば行くほど扱っている情報や技術の重要度や機密度が上がり、生徒が入れないエリアが増えていく。

 そのため西側海岸には、某米軍・某露軍も真っ青な防衛設備が揃っている。仮にどこかの国がこの島に攻めてきたとしても、余裕でこちら側が勝つだろう。攻撃を受けた数時間後には、攻撃してきた国の首都が陥落しているはずだ。影姉が出れば一時間かからないだろう。

 そんな物騒な島ではあるが、敷地が広い分ちゃんと学内バスも出ている。更に生徒手帳を差し込めば使えるようになるレンタル自転車などもある。

 今回は自転車を借りに行く。今から行くところは、立ち入り禁止ではないが行く人間が少なすぎてバスも出ていないのだ。

「ふぅ……ふうぅ…………」

 ギプスを嵌めた右腕が使えない分、まっすぐ走るには脇や体幹の筋肉を要する。筋トレ我慢した意味なかったんじゃなかろうか。自転車に乗っている時点で、絶対安静も何もあったものじゃないが。

 最初の内は部活帰りや、大浴場に向かう多くの生徒とすれ違う。そのうち人気は無くなり、車道のど真ん中を疾走しても大丈夫なくらいになる。

 夕焼けに伸ばされた自分の影が地面に映し出され、なんとなくぼーっとした気分で、自分の動きをまねる影を眺める。

 何やらセンチメンタルな気分にもなってきて、鼻歌混じりでお気に入りの歌を歌い始める。

「わかーらなーいこーとーばーかーりー………わかるーこ……ひと、げほ、うぇほっ!」

 平坦な道ばかりだというのに、急な坂を上った後のように息を乱す。

 せっかくいい気分だったのに、鼻歌すら満足に謳えないほどに衰えた自分の肺活量に嫌気がさす。ちくしょう、肺活量が戻ったら校舎中に響く大声で絶対歌ってやるからなと、よくわからない恨みを募らせながら、目的の場所につく。

 デザインはこの島によくある研究棟と同じで、白い壁面の直方体だ。

 が、壁面には枯れかけた枝葉が伸び放題で張り付き、明らかに手入れされていないのが見て分かる。

 窓は存在するが、内側から真っ黒なフィルムを張られているせいで覗くことは出来ない。

 とりあえず自転車を入り口の横に止め、壁面に埋め込まれた液晶ディスプレイの前に立つ。

『だーれだ?』

 ディスプレイに備え付けられたスピーカーから、若い女性の声が響く。ATMなんかに搭載された無機質な音声ではなく、こちらをおちょくるのが楽しくて仕方ないといった感情豊かな声だ。

「空映です。あ、右手は怪我してギプス嵌めてます。後ででいいんで治してください」

『おっけー! じゃあテストスタート! 本日はレベル5! 目標は2分以内に2階のゴールに着くこと!』

 シドが聞いていたら、この時点で泣き叫んで逃げていたことだろう。本来は衰えた俺のリハビリのために用意されたはずの催しだが、最早ある種の死刑宣告と共にドアが横にスライドする。

 中は完全な暗闇で、入口から差し込む夕日だけではろくに中が見えない。

 俺は一つ息を吐いてから、この島のどんな訓練施設より過酷な地獄へ向けて踏み出す。

 そして中へ一歩進んだ瞬間、ドアは閉じてロックされる。

『それじゃ、よーいドン!』

 同時にアナウンスが響くが、まずは入り口前に敷かれたカーペットの上から一歩も動かずに、一分間立ち止まり闇に目を凝らす。

 目標は二分。が、今の俺の身体能力ではそんな長時間全力で運動し続けられるはずもない。つまりこれは、『最初に時間をやるから、下準備を全力で済ませろ』というメッセージなのだろう。

 うかつに一歩目を踏み出せば、その浅慮を命と共に刈り取る。あの人はそのくらいする。

(にしても2階か。前まで全部3階だったのに、ゴールが近くなったな)

 これまでの四度の訪問で用意されていたレベル1~4では、全てゴールは三階にある一室だった。しかし今日は二階がゴールと言われた。

 ゴールは近くなった分、きっと途中には恐ろしい障害物が待ち受けているに違いない。

 例えば上の階へ続く階段はいくつかあるが、そのすべてに防火&防弾シャッターが設置されている。多分、そのうちいくつかは閉まっていて、使えるルートは制限されていることだろう。

「うーん…………」

 暗闇に目を慣らしたおかげで、早速そのご利益が現れる。

 所狭しと置かれた機材と機材(一つ辺り数百万円)の隙間で形成された通路には、よく見ると何やら人型の影が徘徊している。

 はっきりとは見えないが、恐らくあれはこの大がかりな超現代風忍者屋敷に設置された、忍者型ロボットか何かだろう。

 あまりに動きがスムーズなので、一瞬人間かとも思ったが、呼吸音が全くしないので、実は中に人間が入っているなんてことはないだろう。布擦れの音はごくごくわずかに聞こえるが、関節を動かす駆動音が全く聞こえないあたり、体表を超防音性の素材か何かで覆っているのだろうか。

 今のところ、こちらを気にする様子はない。だが恐らく、ここを少しでも動いたら一斉に襲い掛かってくるはずだ。

「ふぅー…………」

 彼らの巡回の頻度の低い通路を見定め、一呼吸おいてから一歩目を

 ヒュンヒュン!

(! 二本!)

 踏み出した瞬間、斜め上の天井からナイフが射出される。

 一本に見えるそれは囮だ。白い刀身で見えやすいナイフは最小限の動きだけで躱し、聞こえた音の位置を頼りに、本命の二本目が飛来すると思われる空間を凝視する。

 見えた。全身を黒い材料で作られたナイフの柄を左手で掴み、食い止める。

 初っ端から殺意の高い攻撃を躱せたことに安堵する間もなく、すぐさまそのナイフを持ちなおす。

 パシュパシュパシュ!!

 さっきまで立っていた入り口のカーペットが吹き飛び、その下の床から人差し指ほどの太さもあるスパイク三本が発射される。うっとおしい。手にしたナイフの一振りで、すべて逸らす。

 入り口で暗闇に目を凝らしている間に、足で床を叩いて反響具合を調べておいて良かった。たぶん床下の空洞に何か隠してあるんだろうなと思ったら、案の定だ。

 振り抜いたらすぐに踵を返し、上の階へつながるルートを突き進む。

 障害物等で邪魔が入ることはあるが、一階の間取りは頭に入っている。いくつかある階段の内、シャッターで鎖されていないものを勘で選び、徘徊している忍者ロボットたちが追い付かないうちに向かう。

 が、一発目はハズレ。そしてご丁寧に

「うおっ!?」

 ドシャア! と、多重シャッターの内、降りていなかったものが頭上から俺を潰そうと落ちてくる。

 咄嗟に飛び退いて躱す。直撃したら体が真っ二つになっていただろう。肝を冷やしながら、新しいルートを頭の中で構築し始める。

 恐らくこのまま最短距離で最も近い別の階段へ向かえば、途中で待つ罠が集中砲火を浴びせてくる。かといって、わざとここから一番遠い階段を選ぼうとすれば、それはそれで思考がわざとらしすぎる。

 思わず一番近い階段へ駆け出しそうになった一歩目を止めると、案の定進もうとした通路は天井と床から飛び出した銃撃が所狭しと乱反射し、数秒と経たずに穴だらけになっていた。

 やっぱり止めておいて良かったと冷や汗を流しながら、この階段とここから一番近い・遠い階段も恐らく外れなことを踏まえ、ルートを再構築する。

 この忍者屋敷と呼んだら忍者から名誉棄損で訴えられそうな殺人屋敷を作った人との頭脳戦を繰り広げつつ、闇に紛れて追いついた真っ黒な忍者ロボットたちをナイフで切り伏せる。

 機械の力に物を言わせた跳躍力で天井すれすれの高さから跳びかかり、手にしたクナイで俺に斬りかかる。

「あらやだぐうぜーん。俺もその武器持ってるんですよー」

 が、穴掘りとかも出来るだけで、基本的に普通のナイフよりは切れ味も劣るし無駄に重いそれは、正直脅威には成り得ない。

 文字通り人間離れした速度で流れるようにクナイを振り下ろしてくるが、それをその場で半歩動くだけで躱し、反撃する。

 相手が使っている武器の長所と短所を知り尽くしていると、動じることは無くなる。その知っている理由が「自分のSEED機体に用意されているから」というのも悲しいが。ほぼ死蔵状態だし。

 しかしそんなに強い武器は持っていなくても、製作者の趣味の悪さは如実に表れているようで、

 バヂッ!

「どわっ!!?」

 とりあえず肩関節を壊そうと突き出したナイフから、白い電光が散ると同時に、左手の指先から肩口までが筋肉が千切れる寸前まで引きつる。

 突然のことに驚き、ナイフが指の間から滑り落ちてしまう。慌てて拾おうとするが、右手はギプスで動かせず、左手は感電で引きつっていて掴みなおせそうにない。

 一方で機械である忍者ロボットはナイフで突かれてもものともせず、もう一度俺に向かってクナイを突き出してきた。

「んぎぃ!」

 仕方なく、とっさにそのクナイを避け、細かな動きが出来ないままの左腕を、突き出してきた腕の肘の内側に叩きつける。それと同時に、右ひざ蹴りで伸び切った腕を蹴り上げ、クナイを忍者ロボットの喉元に突き刺させる。

 本来は相手が刃物を突き出してきた腕の肘を抑え、捻り上げ、逆に相手を刺し返す技だが、今は右腕が使えないので即興で膝蹴りの勢いでクナイを喉に刺した。無茶な動きで右足の股関節が痛みを訴えてくる。

 が、相手は機械。たとえ人間なら致命傷な部位を刺されたとしてもすぐに―――

「あれ?」

 また襲い掛かってくるものかと思ったが、忍者ロボットはその場で停止していた。

 疑問というより拍子抜けするが、そんな暇はない。背後からまた別のロボットが襲い掛かってくる。

 俺はとっさにかがんでクナイを避け、先程落としたナイフを拾うと、立ち上がる時の勢いを乗せて、背後の忍者ロボットの心臓に位置する部位を目掛けて突き刺す。

 するとズブリ と、シリコンか何かの予想していたよりは柔らかい手ごたえと共に刃はめり込み、忍者ロボットは機能を停止した。

 首筋や動脈、肋骨の隙間など、ナイフで人間を殺す際に有効な部位以外を斬り付けると、電流が流れてきてこっちが痛い目を見るのだろう。

 恐らくはこれも『弱点の位置を算出して、相手の姿がよく見えなくても倒してみろ』というメッセージだ。

「たくっ……!」

 感電したせいで未だに左目の視界にチカチカと火花が散るが、製作者の言いたいことを考え続ける。

 『見えなくても倒してみろ』という意図は伝わった。が、あまり素直にこのメッセージを聞くと恐らく…………

 シュッ! シュシュ!

「おっと!」

 先程まで苦無らしき刃物だけで斬りかかってきた忍者ロボットのうち何体かが、手裏剣を放ってくる。

 暗闇に慣れた目でそれを視認し、その場で跳んで避けつつ、俺を囲んでいたうちの一体の背後に回り込む。

 今度は感電しないよう真後ろから、心臓に当たる位置を目掛けてナイフを突き出す。が、

 グルン!

「はいぃ!?」

 背後をとった忍者ロボットが、上半身だけ一八○度回転してこちらを向きナイフを防ぐ。

 その動きの不気味さに子供の頃遊んでいたソフビ人形の腰関節を思い出しつつ、また体表を流れる電流に感電する羽目になる。

「こ、こんなん付き合ってられるか…………!」

 後ろからの手裏剣に注意しつつ、多勢に無勢な俺は逃げ出す。

 ゲーム開始からはすでに一分半以上経っていて、そろそろ肺が破けそうなくらい痛みを発していた。

(まずいまずいまずい! 次の階段で当たり引かないと、これ絶対に体がもたない!)

 さっきから急所ばっかり狙ってくるので、かえって飛んでくる場所がまるわかりになっている手裏剣を見ないで躱しながら、俺は焦っていた。

 一応このアトラクションの救済策として、入口に戻ればすべての攻撃が止むようになっている。

 しかし今俺の後ろは追ってくる忍者ロボットたちで埋め尽くされていて、とても入口まで強行突破などできたものではない。

 かといって遠回りして入口に戻るとなると、途中の妨害も加味すれば一分以上は掛かる。

(ここから一番遠いのと近い階段を除けば、階段は残り二箇所! どっちか行くのに十数秒と、上がった2階でゴールの部屋を探すのに三秒、ゴールインするのに十秒! これで行くしかない!)

 毎回設備の都合で、ゴールに設定されている三階の部屋にあるような設備は、二階には一室しかない。よって二階に上がりさえすれば、ゴールの場所もわかっているため後は比較的楽なはずだ。

 俺は一縷の望みにかけて、残った二つの階段の内、進路転換せずこのまま走り続けて迎える方へと――――

「いや待て」

 楽すぎるだろう。その疑惑が俺の思考に待ったをかけた。

(そもそも前回よりレベルが上がっているんだぞ? 何で楽になっているんだ?)

 この程度の妨害くらい、今までにもいやというほど体験した。それこそレベル2に一緒に参加したシドは泣き叫び続けていたほどだ。

 今回はそこにランダム性が加わっただけ。確かにクリアできる確率は単純にこれまでの数分の一にはなっているのだろうが、確率の扉だけくぐってしまえば後は一直線というのは、あの人らしくない。

(思い出せ、あの人なら何か絶対にヒントは極々見つけにくく出しているはずで――――)

 俺は後ろの忍者ロボットたちに追いつかれるまでのほんの一瞬、立ち止まってこの建物に来てからのことを思い出し、


『本日はレベル5! 目標は2分以内に2階のゴールに着くこと!』

 

「そっちかチクショオオオオオオオオオオオオ!!!??」

 体力が無駄に消費されるとか、そんなことは一切頭から吹き飛んで、その意地の悪さと気づけなかった自分へ憤慨する。

 うっすら眼に涙を浮かべながら、追いかけてきている忍者ロボットたちの群れにつっこむ。

「ふんっ!」

 振り下ろされ、突き出されるクナイとクナイの隙間を蛇のようにすり抜ける。薄皮一枚避け切れなかった攻撃が身を削るが、そんな些事に構っている余裕はない。何度も床の上を転がりながら、十体近い忍者ロボットを切り抜ける。

 そして入口のロビーに戻ってきた。しかし目指すのはリタイアとして設けられた出入り口ではない。さっき進んだのとは反対方向、距離にして入り口から一○メートルと離れていない、地下への階段だ。

「どりゃあ!」

 階段を一段一段降りるようなことはせず、勢いをつけて踊り場まで跳び下りる。

 ガゴン!

「ふごっ!?」

 しかし階段はちゃんと一段ずつ下りなさいと止めるように、勢いよく落ちて来たシャッターが頭頂部を直撃する。せめてそこはブリキのタライとかにして欲しかった。

 一瞬気が遠くなるが、すぐに意識を引き戻す。受け身をとって着地の衝撃を殺し、すぐに反転。酸欠で目の焦点が合わなくなってきたが、再び下の階の踊り場を目指す。

 今度はシャッターに殴られないよう、階段の表面をスライディングでなぞるように跳ぶ事で、体の落下速度と階段の勾配を一致させる。

 そうやって「地下二階」までやって来た俺は、ふらつく体を必死に起して廊下を見渡す。

 見つけた。右手の廊下の奥の方に、派手に電装で飾り付けられた一室がある。

 既に感覚のなくなってきた手足に鞭うって、俺はそちらへ駆け出した。

 が、そうは問屋が卸さないと、左右の部屋から大量の忍者ロボットが現れる。

「ぬぅがああああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 獣じみた雄たけびを上げ、俺はその群れに突っ込む。

 クナイを突き出してきた初撃を避け、前のめりになった先頭の個体を踏み台に跳躍する。

 落下点で待ち構えている個体の脳天目掛けナイフを突き刺し、支点にした上で勢いに任せて後ろのもう一体のこめかみに回し蹴りを叩き混み、複数体まとめて倒す。

「ぜぇ、はふゅ、げひゅっ…………!」

 後は勢いに任せてゴロゴロと床を転がり、最後の数体をすり抜ける。酸欠でもはや真っ暗になってきた視界で、派手に光る電装を頼りに這うようにしてドアノブに手を伸ばす。

 ガチャ

 ドアノブの回る音がした瞬間。

『しゅーーりょーーー!! タイムは2分12秒! 修行が足んねーぜベイビー!』

 けたたましいを超えてやかましいファンファーレと共に、これまたうっさい終了のアナウンスが流れる。

「おえっ…………」

 軽い吐き気を覚えながら、倒れ込むようにしてゴールの部屋、『仮眠室』へ入る。

 十二畳くらいの広さの部屋に、一台だけでかでかと天蓋付きのキングサイズベッドが置いてある。

「2階は2階でも…………誰も、地上2階とは言ってない、か…………げほぇっ!」

 酸欠で視界がぐらぐら揺れたまま、俺は何とか壁に備え付けの手すりに掴まって立ち上がり―――

 カポッ

「あ?」

 手すりが俺の体重を受け止めることなくそのまま外れる。体勢が崩れそうになるが、それと同時に、外れた手すりの中から覗いた目と視線が合った。瞬間、体温が冷水の様に下がるのを感じた。

 身の丈四○センチメートル近い蛇。手すりの中の空洞から勢いよく飛び出したそれは、そのまま俺の首筋目掛けて牙を剥く。

 一瞬で毒牙が首筋にあてがわれたのが分かった。後は顎の力が僅かでも入れば、血管中に毒が入って即死する。

「っ――――――――――」

 だが、毒牙が触れてから皮膚を破るまでの一瞬。時間が止まる。

 時間を置き去りにして、体が動く。

 自由の利く左手で蛇の尾を正確に掴みながら、上半身ごと首を回転させ毒牙が皮膚を破らないギリギリの強さで牙から逃れ、その顎は空を食む。

「はっ!」

 後はそのまま勢いに任せ、蛇をしならせて壁に思い切り叩きつける。

 すると蛇は気を失ったようで、ぐったりして無反応になってしまった。

「っふーーーーーー…………」

 そこでやっと我に返る。無我夢中で思考の伴わなかった一連の動きを、今更ながらに把握する。

 先程以上に心臓がバクバクと脈打ち、冷や汗がどっと溢れる。

「はぁ…………はぁ…………」

 ふざけんなよ、と言いたくなる衝動を必死に抑えながら、動かなくなった蛇を放り、ベッドのカーテンをめくる。

 中にはせいぜい中学生程度の体格の少女が、踵まで伸びた黒髪を散乱させながらグースカ寝ていた。

 幾重にも重ねられた掛け布団の上に仰向けに大の字になり、枕を顔の上に乗せてアイマスク代わりにする奇抜な寝方。

 俺は掛布団を思い切りひっくり返して、少女を転がして起こす。

「で…………まだなんかあるんですか? かなめさん」



 日本に、国家元首としての王様はいるか?

 小学生でも答えられる質問だ。いないに決まっている。

 日本に、魔王はいるか?

 小学生でも答えられる質問だ。いるに決まっている。

 残虐非道、傲慢不遜、文字通りに天上天下唯我独尊。

 世界最高の頭脳に、世界最悪の使用法を備えた天才にして天災。悪魔と呼べば悪魔が名誉棄損で訴えてくる悪女。この島どころか世界の実質的な主。

 橘要たちばな かなめ。俺の従姉にして、娥の実の姉。

 気分一つで国一つ滅ぼしかねない、世界の全てを掌握するお方が、満面の笑みを浮かべていた。

「やぁおはようたか君。ここまでの道のりはクソだったけど、最後の動きだけは合格点あげてもいいかもね」

 半年前、とある事情でこんなボロボロの肉体になってしまった俺のリハビリと称しこの学園に強制入学させ、入学してからも週に何度もこの馬鹿気たアトラクションを用意した本人は、毒気の抜かれる笑顔を浮かべていた。

 要さんは影姉の一つ下、今年二十四歳のはずだが、その見た目は中学時代から全く変わっていない。

 背丈もせいぜい一五○センチメートルかそこらで、美しい黒髪を添えてあどけない笑顔を浮かべられると、どうしても脱力は免れ得ない。

「寝てたんじゃ…………ああそっか」

 SEED操縦者兼、最高のSEED装備開発者である要さんの発明は多岐にわたる。恐らく今使っているのは、寝ていながら周囲の機器とリンクしてその情報を受け取れる装置だろう。俺がこの建物、要さんに髄まで私物化された城に来た時からモニタリングされていたのだろう。

 アナウンスやファンファーレを管理していたのは、要さんの性格をベースにしたAi『劣要れっかなめ』だろう。(要さん曰く、日々『悪化』していく要さんの頭脳に比べたら、今の時点の要さんのコピーなんてすぐに劣化品になっちゃうよ)

「最後のあれ、わざわざあのために手すりも細工したんですか?」

「そうだよー。普段は防犯としてライ○セーバーがあそこから出るんだけど、代わりに実験室からテキトーに持ってきて突っ込んどいたんだ」

「道理でこの島に蛇なんていたわけだ…………」

 この島は人工ゆえに、運んできた土にどうしても混じってしまう昆虫などを除けば、生態系は完全に管理されている。

 島の周囲にはレーザーとレーダーが張り巡らされており、運悪くゴミなど漁って金属類を身につけた鳥が島の領域に入ると、一瞬で消し炭にされるほどだ。

 そこまでして外部からの生物を含んだ不穏分子の流入に厳しい中、蛇なんて持ち込めるのはさすが要さんか。

「たか君がなんつったっけ? あの貴族の嬢ちゃん? ハウタウトと一戦交えるって聞いたからさー、あの子鞭が武器だから鞭対策の為にもさー」

「蛇と鞭じゃ全然違いますよ……てかもう知ってるんですか」

「あったりめーだぜー? 要さんの知らないことは世界にあんまりないんだぜー?」

 要さんがベッドに大の字になったまま、どや顔を決める。

 その言葉通り、要さんが世界で知らないことはほぼないと言っていい。そのことは俺のみならず、この島中の人間が知っている。

 要さんは悪評が絶えないお方だが、世界最高の頭脳を持ったSEED操縦者兼研究者であることも間違いないのだ。十二年前、当時からSEED関連の研究では世界最先端であったこの島から、生徒兼研究者としてオファーが来るほどに。

 が、今にしてみれば、首脳陣のその判断は大間違いもいいところだった。

 要さんはこの島の中等部に入学したその日に、お手製のハッキングシステムを持ち込みこの島の全てを掌握。この建物の様に、管理厳重なこの島では許されないような島の外と繋げ放題のシステムやら設備やらを、勝手に作りまくった。

 無論すぐに査問委員会が開かれ、首脳陣は要さんを処分しようとした。が、結果は燦々たるものだった。この島に備わっているすべての武装兵器は要さんの指先一つに操られ、職員として勤めているSEED操縦者二○名は真正面から瞬殺された。(なお、当時唯一要さんより強いSEED操縦者であった影姉は、生理が重いからと言って要請を無視し続け、寮の自室でゴロゴロしていた)

 そして興が乗った要さんはそのまま、たまたま運悪く同日に開催されていた国連の会議に向かい、扉をけ破り『世界滅ぼされたくなかったら言うこと聞きやがれ愚民ども』的なことを世界中継でのたまった。

 もちろん国連加盟国たちは要さんをどうにかしようとしたが、全て返り討ちにあった。

 某露国や某米国はすぐさま精鋭部隊を送り要さんを抹殺しようとしたが、即全滅&悪乗りした要さんに軍事基地を十個近く壊滅させられた。

 銀行業で有名な国が要さんの口座を凍結させれば、要さんの手によって世界各国の支店に送り込まれた黒づくめのお兄さん達が『預金だァ! 金を入れろォ!』と機関銃を辺りに乱発しながら札束を要さんの新しい口座に入金していった。おかげですべての店舗で業務が滞り、倒産寸前まで追い詰めた。

 それでも要さんへの敵対を諦めずに続けた国は、官僚たちの不正やらなんやらがすべて要さんの手により世界中に暴露され、全員あえなくクビになった。

 ここまで来てやっと世界中が要さんに『言うこと聞くからおとなしくしてて』な方向にシフトし、要さんによる破壊行為は終息した。

 後日、壊した軍事基地などの弁償費用は、特許等で潤沢な要さんのポケットマネーから、それぞれの国家首脳の執務室に現ナマで夜中にこっそり置かれていったらしい。一つとして床が抜けなかった部屋はなかったそうだ。

 こうして最後まで嫌がらせを忘れない、世界でデストロリータと呼ばれるようになったお方はこの島に住み着き、今はたまーーに教師として教鞭をとっている。そのほとんどが前触れなくやってきて、いきなり無理難題をふっかけて四苦八苦する生徒を見て楽しむ要さんの気分転換だが。

 そうしてこの十二年間、要さんはこの島を拠点に世界中で好き放題をし、気まぐれで世界をひっかきまわしている。

 彼女だけには、この世の如何なルールも機能しえない。


「あいつに関するデータなら何でもそろってからさー、見たきゃ見てっていーよ」

 要さんが、枕元に置いてあったアイパッド端末を放ってくる。

「やめときますよ。向こうはこっちのこと知らないのに俺だけ知るのはフェアじゃないし、そもそも今回は負けて構わない勝負ですし。何より目に入れちゃいけない情報まで乗ってそうで怖い」

「ちぇー。せっかく先頭の情報を生理何日目かにしといたのに~~」

「死ぬほど要らねぇ」

 やっぱり目にしなくてよかった。

 戦闘中の挑発にしたって『なんだか動きが鈍いね。あ、生理○日目なんだっけ?』とか言ってみろ、その時点でありとあらゆる点で負けだ。

「そういや今日はこの後シドとカルスと夕飯食べるんですけど、要さんも一緒に来ます?」

「あー、シドっちを泣き叫ばせるのは楽しいけどぉー、今日はちょっと仕込みをしなきゃいけないんだよね」

「悪だくみ?」

「それ以外に何があるのさ? 忌避される事象が自らに降りかかる程、人の欲望を煽るものは無いよ? もっともっと、世界に欲望を蔓延させなきゃ」

 そう言いながら要さんはぴょこんとベッドから飛び降りる。

「せっかく世界が滅びないように色々やって差し上げてんだ。代わりに気が済むまで玩具にしたって、バチは当たらんでしょ」

「さぁ? 俺はバチを当てる側の立場……いわゆる神様に会ったことはないですから」

「ははぁん? あんな自分単体では無知無能なカスが、要さんにバチを当てられるほど偉いと思ってんのかいたか君は?」

「はは、まさかぁ?」

 要さんが怒りを帯びた笑みを向けてくるので、慌てて取り繕う。 

「じゃあそんないい子なたか君なら答えられるクイズだ。神の一番の功績を述べよ」

「えぇ…………」

 どこの宗教の神様だよと問題に文句を言いたかったが、おそらく一神教と多神教問わず、すべての神に共通するだろう功績とやらを考える。

「…………祈るという、欲する行為を正当化したこと?」

「せーかい」

 要さんの表情から怒りが薄れたことに、安堵のため息を小さく漏らす。

「じゃあ関連問題だ。この世界を回すものはなーんだ?」

「欲望」

 これはすぐに分かった。地球、ではなくこの世界と表現していることからも簡単だ。

「そう! 欲望こそ! 世界を回すパワーそのものさ!」

 要さんは俺の答えにさらに機嫌をよくしたのか、これで何度目になるかわからない自説を、天井を仰ぎながら喜々として語る。

「空を飛びたいと思った、だから飛行機を作った! 水の上を進みたいと思った、だから船を作った! 相手を効率的に殺したいと思った、だから武器や武術が生まれた!  理性なんてのは、すでに作られた技術の使い道を決める時に口出ししてくるだけで、生み出す過程においては邪魔にしか働かないゴミさ! 苦労は嫌いだから楽したい、ムカつく相手を痛めつけてスッキリしたい、大いに結構! そんな剥き出しの欲求こそ、今の世界を回す技術の全てを生み、これからも生み続けるのさ!」

 要さんはそこまで叫ぶと興奮した笑顔で俺を見据える。

「そういう意味じゃ、神のやったことなんざ、『欲望』を『祈り』という体のいい言葉に変換してやっただけさ。内容の是非はともかく、何かを欲する事を神の名のもとに正しいことだと保証してやったわけさ。その究極系が、日本に原爆ぶちかますのもキリストが保証した扱いにしたことかね。それより前にも聖戦とか、神の名前を借りれば自分の欲しいもののためなら何してもいいって、大義名分を与えたわけだ」

「欲望を律する立場にあるはずの神が、最も欲望を肯定するのに都合のいい道具……何とも皮肉というか」

「そう?」

 要さんはクスリと笑うと

「キリストは腐った政権を打倒したい、ブッダなら苦しみを避けて楽に生きたい…………その成就によって周りに被害が出るか出ないかの違いだけで、あいつらだって欲望に突き動かされ、自分のしたいようにしていただけだよ。行動力があったってことは、あいつらもまた欲望の虜だったことの証だね」

 冷え冷えとした、ある意味悟りにも至っていそうな要さんの声には、背筋が冷えるものがあった。

「ま、欲望の肯定者って意味じゃ、人類史上この要さんの右に出る奴はいないし? そういう意味じゃ、要さんは神なんかよりずっと優秀だしー?」

「はいはい。そんじゃ腕治してもらえます?」

 結局それが言いたかっただけかい、と俺は胸の中でほっと息を吐いた。

「ほいさー。そんじゃいつもの3階の部屋行こっか。腕治してあげるよ」

 わざわざ地下まで来たのは何だったんだよと、言葉を飲み込むのに中々苦労した。



「ほれ、お待たせ」

「おう、ありがと」

 夕日も沈み切った夜八時過ぎ。俺は約束通り、シドたちと夕食をとっていた。既に右腕はギプスが外れ、今朝のような痩せ細った我ながら情けない腕に戻っている。

 シドは俺の正面、カルスは左隣の席に座る。

「空映、手はもう大丈夫なの?」

「あー大丈夫大丈夫、問題なし。そもそも左手でもお箸使えるし。いただきまーす」

 全快した腕を見せてから、気を遣ってくれたカルスに大丈夫だと答える。

 普段食事に使っている右手が動かせなくても、俺は左手でも問題なくお箸を使えるので、そもそも問題にはならない。今日の昼はチャーハンをレンゲで食べたから箸よりも楽だったけど。

「へぇ。僕もやってみよ…………うわ」

 カルスがお箸を左手に持ち替えて煮物をつまもうとするが、早速皿の外に落としてしまった。

 唇を尖らせているけど、日本に来て二カ月目でお箸を使えていたらそれだけで十分だよ。

「あいっかわらず器用だよなお前……」

「そうか? こんなこともできるけど」

 シドの一言に反応して、ちょっとお行儀は悪いが、左手でお箸を一本だけ持ってペンまわしを披露する。

 親指からスタートしたお箸は指の合間をくぐって小指の端まで辿り着き、手の甲を滑って再び親指のところまで戻ってくる。次の一周は手首を返して掌を上にして同じことをして見せる。

「うわぁ~~~~! すごいすごい!」

 パチパチパチ、とカルスが拍手を送ってくれる。

「お前ホントに右利きだよな?」

「そうだよ。手足の構造からして、右手でできることは左手ででも出来るんだから、練習すれば誰でもできるよ。利き手じゃない方でも、こういう動きをしたらこういう結果になるはずだってイメージを浮かべられるようになればいいだけで」

「それが普通の人間にはできないんだよ…………」

「ねぇ空映、おしえておしえて!」

 カルスが目を輝かせながら、お箸を用意する。

「えっと、まずお箸の真ん中からずらしたところを挟んで…………行儀悪いし先にご飯食べよっか。後で鉛筆で教えてあげるから」

「うん!」

 流石にお箸をこのまま練習用の道具にしたらまずいので、食事に戻る。というか要さんのアトラクションを終えてからおやつも口にしていないので、空腹がかなり限界まで近づいている。

「゛あ〝あ~~~うめぇ…………」

 要さんのアトラクションを終えた後はいつもそうだが、疲れ切った後の食事は本当に体に沁みるようだった。舌だけでなく、胃まで歓喜しているようだった。

 大袈裟にも見える俺の喜び方に、カルスは不思議そうな顔をする。

「空映今日はいつもよりもっとおいしそーに食べるねぇ」

「うん…………美味しい。今日は特に、ほんと美味しい…………」

「?」

 命の危機に瀕した後の食事は、涙が出るほど美味しい。

 その様子にカルスは首を傾げ、事情を知っているシドは気の毒そうな目でこっちを見る。

「てかよくそんな食えるな。俺があそこに行った日は何も喉通んなかったぜ。夜もうなされて何度も起きるしよ…………」

「今日はこないだより3段階難しかったらしいけど」

「食事中にやめてくれ…………」

 ああ…………とトラウマに苛まれるシドが耳を塞いで首を横に振る。

 要さんのラボなら島の外と繋がってるパソコンとか、この島に無いものいっぱいあるよと言ったら喜々として付いて来たくせに、いざアトラクションが始まったら生きるのに必死で泣き叫んでいた。

 SEED操縦者として戦闘訓練なんていくらでもやって来てるのに、体表数ミリのところを掠っていく刃物や爆発物やらがそんなに怖いかね。

「じゃあ食事の話に戻るけど、外出した時はどこで食べる?」

「飯食ってるときに別の飯の話するのもそれはどうかと思うけどよ…………、まぁここじゃ食えないような、思いっきりジャンキーなもん食べてもいいし、フツーにうまい所行ってもいいぜ? 今回は初回だし、お前に合わせるよ」

「んー、夕飯ならともかくランチだとそんなに食べたいものが浮かんでこないな…………」

「ご当地ラーメンとかはどうだ?」

「東京湾の周囲のご当地ラーメンって聞いた事ねーぞ」

「ゴトーチ? あ、ゴトウさんちのラーメン? ヨコハマさんちみたいな!」

 カルスがまた聞きなれない単語に反応するが、何かまた勘違いをしている。

「えっと、カルス。ご当地って言うのは、その地域……エリアにしかない物って意味ね。あと横浜さんって誰?」

「? ヨコハマイエケーラーメンって、よくトウキョーの街中にあるよね? ヨコハマさんのお家でよく出るタイプのラーメンじゃないの?」

 ブフォ! と、俺とシドが同時に噴き出す。

「横浜さんちって、そういう…………!」

「?」

 腹を押さえて笑う俺達をよそに、当のカルスは小さく首をかしげているところが、なんともかわいらしい。この欲望のるつぼみたいな学校に在って、カルスは本当に癒し成分だ。

「決定。明日の昼は家系ラーメンにしよう」

「誰んちの?」

 そこでまた俺とシドが小さく噴き出す。

「ヨコハマさんちのでいいや」

「おっけ、ゴトウさんちのはまた今度な」

 そしてまたひとしきり笑った後、幸せな夕食が続いた。


人に見て頂くのがほぼ初めてなので、書いている身としては

「え? これ初見の人にとっては展開唐突過ぎなのも度が過ぎてない?」

と脳内ボイスに苛まれましたというかされています。

上手い付き合い方が知りたい。

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