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フェンシング・ウィザード  作者: 藍華れをな
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第二章 花びらと影


とても綺麗な音色がした。


 小鳥のさえずる声、風が吹く度に揺れては擦れる木々の葉の音。

 自然な音が、囁くように重なり合ってお互いを邪魔しないように演奏していた。


 自然が豊かな緑の多い場所。

 その中腹に、小さな泉がある。まるで、ドーナツの様な形をしたそれは、自然の演奏を指揮するかのように、中央に佇む岩場の中腹から透明な水が流れ落ち、小さな水しぶきを上げながら水面に柔らかな波を踊らせていた。


 泉はキラキラ輝いていた。

 空中に飛び交う細かな粒子が多彩な色を放ち、水面に反射してみせる。

 その光の中に、長い金髪の女性の姿があった。

 耳の両端から真珠のレースが綺麗に編み込まれており、そのまま後ろで大きな葉と花をイメージしたベールを作っていた。そのせいか、長髪でも全く重たいイメージはなく、着ている純白で金の装飾があしらわれた上品なドレスに耳元から流れ出る金髪が上手に見え隠れしている。

 女性はひざまずき、白くて細い両手を合わせて握り、何かを祈るように目を閉じて想いを集中させていた。


 「イオナ様」


 そんな彼女に向って歩み寄る人影が、そう呼びかけながら彼女の反応を待っていた。

 彼女はその声に気づき、祈る為に俯いていた顔を上げて瑠璃色の瞳を見せながら振り向きざまに声をかけた。


 「あら、クロンね」


 声を掛けられた時から、誰かは分かっていた。

 彼の名前はクロン。

 この国の魔導士で、イオナの次に魔力が高い。

 「イオナ様、あまりお気を詰められますとお身体に触ります」

 「ありがとうクロン。でも、もう少しだけ」


 クロンの言葉に感謝しつつ、イオナは小鳥のように首を傾けながらニコッと笑う。

 彼女の名前はイオナ・メルエード。

 この国カトリーゼの王女であり、守り神でもある。

 カトリーゼは、イオナの力で守られている。彼女の力は偉大で、その生命力と同調して国全体にエネルギーを行き渡らせ結界を作って維持している。

 イオナがいなければ、国は結界を無くし他国に侵略されても何もできない。

 かつて、敵国であるティラミの王と戦ったことのあるイオナは、その時に使った魔法のエネルギーが強力すぎて自身の体をも壊しかけた。

 そのパワーでなんとか敵国から国を守りはできたが、イオナの身体が完全に元に戻ることはそれ以来無かった。

 イオナの身体を案じ、クロンは国だけでなく、彼女の事も守ろうと決めた。

 小さい頃は、イオナに頼り切りだったと思う。最初に自分に魔法を教えてくれたのも、イオナだった。国の為に魔法を使い、国の為に生きなさいと。彼女の教えは、幼心のクロンにもしっかり届いていた。

 彼女の為に、クロンは必死で魔力を上げた。

 それでも、彼女に勝ることはできなかったが、皆を守れるほどの力は手に入れてきたつもりだ。

 イオナは、いつもこの場所で祈り、国の平和を守っている。

 クロンは、そんな彼女の姿を見つめながら思うことも色々あるのだが、あまりその思いを彼女に伝えることはできなかった。伝えてしまうと、イオナが壊れていなくなってしまうような気がしてならなかった。


 「ねえ、クロン」

 「はい?」


 いつものように祈るイオナを見つめていると、彼女は前を見据えてそっと話しかけた。

 「もし、私がここから消えていなくなった時は・・・」

 「イオナ様!そのようなお考えをなさってはいけません!」

 イオナの言葉に耐え切れず、驚いたクロンは咄嗟に口を挟んでしまう。

 それでも、イオナは首を横に振り、今度は真っ直ぐクロンを見つめて続ける。

 「もしそうなった時は、新しい勇者を迎えるのです」

 「新しい勇者?」

 イオナの発言に、クロンは疑問を持ち聞き返す。どうして急にそんなことを言うのか、全く理解ができなかった。イオナを守ってきた自分が、なんだか惨めに思えてならなかった。

 それと同時に、イオナが自分以外の人に頼ることが許せなかった。どうしていつもいつも、この人はそんな大切なことを自分一人で決めてしまうのだろうか。

 「そうです、人間界から、新しい勇者を迎えるのです」

 「人間界から、ですか」

 再び彼女の発言に驚いたクロンは、人間界と言われている地球が浮かんでいる方角を向いて、その存在を確認する。

 カトリーゼは、人間が住む地球という星がよく見えている。向こうの人間たちから、このカトリーゼを確認することはできない。

 イオナが結界を張っているからだ。

 「人間界には、私達とは違ったエネルギーを放つ人々が大勢います。きっと、この国を守ってくれる人がいるはずです。そのお方を、この星にお連れし、気の精霊の力を宿すのです」

 イオナは淡々と、するべき事の重要な内容をクロンに話す。

 「気の精霊をですか?!」

 「そうです。気の精霊をそれぞれ選び、守護につけるのです。」

 「そんな、うまく精霊達が主を選ぶとは思えません!」

 クロンは驚いて、イオナの発言に水を差す。

 慌てて発言を撤回させようとするクロンに、思いのほか冷静なイオナは続けた。

 「大丈夫です。クロンがついているのですから」

 「イオナ様…」

 イオナは悪戯っ子の様に笑って見せた。

 簡単に言ってくれるなぁと、クロンは困り顔でため息をついた。


 「それと、もう一つ」 

 

 言いながら、イオナの表情が一瞬だけ悲しそうに見えた気がして、クロンは驚いてイオナの言葉に耳を傾けた。


 「どうか、私を忘れないで」


 何を言っているんだ?

 まるで、本当にもうすぐ居なくなるみたいじゃないか。

 忘れないでと言ったイオナの表情がとても儚げで、それでも笑顔を保っている彼女を見ていると、ギュッと抱きしめたくなる。

 なんとも不思議な気持ちにさせてくれる悪戯好きな女神に、クロンはまた気持ちを新たにこの人を必ず守ってみせると、己の心に誓ったのだった。





 満月が綺麗な夜だった。

 カトリーゼは、地球よりも月に近い位置にあるため、月がとても大きく見える。

 満月の日は国全体が月明かりに満たされ、幻想的な雰囲気の夜を迎える。

 それと同時に、イオナの力が弱くなる瞬間でもあった。

 この時だけは、イオナには護衛がつく。

 いつもは神聖なる泉でのイオナの祈りを邪魔しないようにと、イオナを一人にさせているのだが、この時ばかりはそうは言っていられない。

 祈り続けていないと、イオナの力は半減している為すぐに国を守っている結界が無くなってしまう。

 必死で祈り続けるイオナの周りで、クロンや他の魔導士達が術でバリアを張りイオナを守る。そのバリアは様々で、各々がイオナに向かって両手を出して目を閉じ集中する。自分達が得意とする術の紋様や魔法色で作られたシールドで固めてバリアを保っている。


 「お願い…どうか…」


 目をつむり意識を集中しているイオナの額には、じんわりと汗が滲んでいる。

 険しい顔つきで、表情はとてもしんどそうだ。

 そんな中でも気持ちを集中させている為、彼女の心の声が漏れることも多々ある。

 周りでバリアを張っている護衛達も、気合でイオナを守る。


 ふと、ひんやりと冷たい冷気が泉の周りに吹いた気がして、イオナはハッと何かに怯えるように顔を上げた。



 「楽しそうですね」


 「何者!!!!」


 護衛の一人が、何者かの気配と声に向かって威嚇の態勢を取る。

 彼らの頭上には、男が宙に浮かんでいた。

 黒髪で長髪、高価そうな銀色の龍の飾りを両肩に着けた黒のマントを身に着け、怪しげな漆黒の瞳で微笑んでいる。

 

 「あなたは…」


 浮かんでいる男を見て、イオナは何かを思い出しそうな気がした。


 「お忘れでも無理はない。私はあなたと直接お会いしているわけではないですしね」


 男はそう言うとイオナを見つめてクスッと笑って見せる。


 「何が可笑しい!貴様!降りてこい!」


 イオナを見て笑っている男に護衛達は腹が立って仕方がない。まして、自分達が護衛についているのにも関わらず何の気配もなく、あっさりイオナの頭上にまで侵入者を許してしまったとあらば、末代たっての恥さらしといえよう。

 そんな中でも男は微動だにせず空中に佇み、少々目障りだなと思ったのか、その切れ長の目がチラリと罵声を飛ばした護衛を確認する。

 「やれやれ、弱いものほどよく吠える」

 「なんだと!?」

 静かに罵った男に護衛は益々腹が立った。

 それと同時に、護衛はバリアを張っていた掌をそのまま男に向けた。バリアの代わりに、そこからは黒い光線のような魔力が放出し、勢いをつけたまま真っ直ぐ男のほうへ飛んでいく。男に届いた瞬間、小さく爆発がおき、その煙で男が一瞬見えなくなった。

 「やれやれ、困った護衛だ」

 「イオナ様!!」

 男は、イオナの真横にまで瞬間移動してきたかのような速さでそこにいた。それを目にした護衛達は、咄嗟にイオナの名前を叫んだ。

 「イオナ様から離れろ!!」

 言いながら護衛達は男に向かって魔力を放つ。しかし、イオナの周りにはもうすでに男の張った結界が存在しており、放たれたどんな魔力をも跳ね返す白く透明な空間で二人は守られていた。

 イオナの力は半減している為、彼女は抵抗ができずその場でしゃがみ込んで動けずにいた。


 「出でよ、メイドロイド・ラビ」


 呼びながら片手を上げた男の頭上には、新たな黒い空間が作り出されていた。その中から姿を現したのは、桜色の長髪にウサギの耳のような飾り、白黒のメイドの様なフリルの服を着た少女だった。

 その可愛らしい見た目に反して、細い手には死神の鎌のような武器を持っており、大きな刃が弧を描いてギラりと妖気な輝きを見せながらその存在感を放っていた。

 メイドロイドと呼ばれたそれは、人の形をしてはいるが瞳は赤くくすんでおり目は半開きで、まるで人形のように生気が感じられなかった。

 

 「なんだっこいつは…」

 護衛達がメイドロイドの存在に気になっていると、その鋭利な刃物の先端が大きく振りかぶるのが見えた。

 「来るぞ!!」

 瞬時に身構えた護衛達に向かって、鋭い武器が大きく空中を舞う。

 振り切ったと同時に、どこからともなく強烈な突風が吹いて護衛達はあっという間に飛ばされて散らばってしまった。

 「うわ!!」

 

 「みんな-!!」

 飛ばされた護衛達を見て、イオナは叫んだ。  


 「さあ、参りましょう」


 「イオナ様!!」

 飛ばされた護衛達は、まずいと思いながらイオナの名前を叫んだ。

 男はイオナを取り囲んだ結界のまま空中に浮いていく。


 「みんな…カトレーゼを守って…」


 護衛達が遠くなっていく姿を見つめながら、イオナは弱々しい瞳で言い残した。

 二人の後を追って、メイドロイドも自分が飛ばした護衛達を眺めながら月を背にしてのぼって行った。

 

 イオナは消えていた。


 あっという間に主を連れ去られてしまった護衛達は、シーンと静まり返った月夜の空中を見つめて立ちすくんでいた。何もできなかった無力さで、そのまま地面に膝をついて絶望する者もいた。


 「イオナ…さま…」


 クロンもその中で、イオナの名前を呼びながら悔しそうに拳を握った。


 目の前が真っ暗になった。







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