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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女は闇に堕ちる

作者: asari




 私は聖女だった。


 聖女とはー生まれつき魂に強い光属性を宿した者が、幼い頃神殿に引き取られて聖女として人々を救う役目を担う。聖女は神の使いで、いつの時代に生まれるか分からない。しかし世界に必要とされた時、聖女の証とともに必ず生まれてくる。

 聖女が生まれるということは、世界に暗雲が立ち込めるということ。聖女は敬われる存在であると同時に、災厄を齎す存在でもあるのだ。


 だが、その災厄を打ち払うのも聖女であった。




 私が聖女になったのは3歳の頃だった。

 その頃から瘴気が発生し始め、病に倒れる人の数が増え始めた。病は瘴気に触れると発症するが、突然地面から噴き出したり、空気中に漂っていたりするので被害がで始めないとどのくらいの濃さなのかが分からない。

 また、普通の人には瘴気が見えないので防ぐ手立てもないのだ。


 力の使い方を学びながら、瘴気が元で病気になった人を治療したり、祈りを捧げて瘴気を浄化していく生活を送っていたが、18歳になる頃にはそれだけでは間に合わなくなっていた。


「聖女よ。そなたには結界を新たに施す旅に出てもらう」

「承りました。しかとそのお役目果たさせて頂きます」


 そんな18歳のある日、王命が出た私は瘴気を封じる旅に出ることになった。瘴気を封じるーーそれが光属性を魂に持って生まれた者の宿命だった。


 魂の輝きは、神力となる。神力は不思議な力を発現させる。水属性の魂を持てば何も無い所から水を、火属性の魂を持てば火を発現させる。光属性は傷や病を癒し、瘴気を浄化する。

 瘴気の発生先が分かれば、私はその中心に立ち、瘴気を結界で封じ込める。そうすればその先数十年、もしくは数百年の間瘴気の発生を抑えることが出来る。

 そして、その結界は自らの神力全てを使うため、その後は神力を使うことはできなくなる。

しかし、前の聖女も、前の前の聖女も、歴代の聖女がしてきた役目なのだった。


「ーーついにこの時が来たわ」


 自室に着くと、口からポロリと言葉が落ちる。


 そう、私はこの時を待っていた。

 幼い頃に聖女であることが分かり、ずっと聖女として生きてきた。自由は無く、ただ神殿で祈り、時には人を癒すという日々。自分自身の事を考える事など叶わず、ただ人の為に尽くす。そんな人生。


 結界を張り、神力を使い果たせば私は聖女という役目から解放される。そして、ただの女の子に戻ることが出来るのだ。

 聖女として生きるのが嫌だった訳じゃないの。ただ、聖女ではない、1人の私として生きたかっただけ……。


「聖女様、大丈夫ですか?」


 涙が頬を伝うがままにしていると、労るような声を掛けられた。声の主は私の護衛騎士だ。


「これを……」


 渡されたハンカチは私が刺繍を施して贈った物。持ち歩いてくれているのを実際に見ると心が温かくなってきて、涙は止まらないのに笑みが浮かんでくる。

 受け取ったそれに涙を吸わせると、護衛騎士に目を向けた。


「聖女様……」


 決して私の名を呼ばない彼。髪も瞳も金色の私と正反対の黒い髪を持ち、魂の輝きがそのまま属性となって現れたかのような琥珀色の瞳。まるで、温かい炎の様なその色合いを見ていると心から安心してくる。

 私は彼に恋をしていた。そして、彼もーー。


「私は心配です」

「大丈夫よ。いつもの様に浄化するだけだもの」

「ですが、万が一貴女様の身に何かがあれば私は……」


 心配そうな彼の表情までも愛しくて、思わず微笑んでしまう。


「では、貴方が私を守って下さい。これまでそうしてくれていたように」


 私の気持ちを聞いた彼は一瞬辛そうに顔を顰めたけど、直ぐに表情を引き締めた。


「命に代えましても」


 彼は膝をつき、私の手の甲にキスを落とした。そして顔を上げると、瞬きもせずに私を見詰める。その真摯な表情に胸が熱くなる。


「ずっと」


 その一言に全てが込められているのを感じた。

 私と彼の口に出す事の叶わない想い。結界を張るのを成功させたら、その時は想いを伝える事が許されるかしら?






 私は神殿から出た事がなかったけれど、旅は意外に快適だった。最短距離が分かっていたし、騎士団に護衛されながらの移動で、私が過ごしやすいように気を遣ってくれた。発生源も分かっていたので、目的地にはいくつかの街を経由した後、すぐに着いた。

 『亡者の森』と呼ばれる森に近づくと肌に刺すような瘴気を感じて、肌が粟立つ。瘴気に耐性があるのが私だけなので、そこからは1人の筈だった。

 けれど、彼が付いてくると言って聞かなかったので、2人で足を踏み入れることになった。心配だけれど、心配して付いてきてくれることが嬉しくて、そして愛しい。


「浄化しながら進むわね」

「申し訳ありません」

「いいのよ。貴方1人くらいなら平気だわ」


 顔を覆いたくなるような瘴気を自分と彼の身の回りだけ浄化しつつ進む。辺りには生き物の姿がまるで無く、死の気配が漂っていた。森には、私達が土を踏み締める音だけが響いていて、一層不気味さが増す。

 奥まで順調に進んでいると、開けた場所に出た。そこには濃密な瘴気に満たされていて、まるで月も星も出ていない闇夜の様だった。

 しかし、それよりも更に濃い瘴気が発生している場所が目に入った。地面が割れ、そこから大量に噴き出している。ここが全ての瘴気の源のようだ。あまりの量に目眩がしそうになる。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ここまで来たからにはもう、やるしかないわ」


 彼と私は自然と手を繋いでいた。ここに存在するのはただ2人だけ。それなのにこんなに心強い。


「絶対に封印するわ!」


 そうすれば、国には平和が戻り、聖女としての役目も終わるのだ。

 強い決意を胸に抱き、瘴気と向き合った。握る手に、ぎゅっとどちらとも無く力がこもる。


《世界に巡りし不浄よ。我が身に宿り黒から白へ、闇から光へと戻り給え。今再び世界に光と加護をーー》


 繋いでいない方の手を胸に当て、浄化の祈りを捧げる。ずっと教えられていたこの時のための聖女の祈り。瘴気が消え、世界に平和が戻ることをただ祈る。


《加護をーー!!!》


 有りっ丈の力を込めると、森全体を、一瞬目も開けられない程のまばゆい光が覆い、それが消えた時に残るのは瘴気が出ていた地割れだけになっていた。


「ーーやった?……封じた……!」

「聖女様!」


 安心してその場にへたり込みそうになるが、彼が抱き留めてくれる。


「聖女様、頑張られましたね」

「ええ、ええ」

「本当に……ご立派でした」


 彼を見ると瞳が潤んでいて、そこでやっと実感が湧いてきた。


「これで……これで終わったのね。やっと…」


 目から次々に涙が溢れてくる。体の中を探っても、もう神力は感じない。これで、私は何の力もない普通の女の子になったのね……!


 小さい頃から神殿で過ごし、敬われはしても友達も、親もいない。外に出て遊んだこともない。もうそんな生活は終わり。私は普通に生きていくことが出来るようになる。

 そして、彼と共に生きることができるのだ。


「ジョシュア……私やったわ」

「はい、聖女様ーーいえ、リリア様」


 彼ーージョシュアが私を抱き締めて名を呼ぶ。初めて呼ばれた私の名前。もう何年も誰にも呼ばれることのなかった私の名前。

 胸がいっぱいになって、その大きな体と温かい腕にすがり付く。涙が溢れて止まらない。


「リリア様……私はずっと貴女のことを愛していました」

「ジョシュア…」


 少し体を離すとジョシュアと目が合って、真摯な瞳が私を見詰める。私の大好きな目。

 ジョシュアの愛の告白に、私も、と答えようとした時だった。


 ーードンッ!


「ぐぁっ!」

「きゃあっ!」


 突然体に鈍い衝撃が走って2人の手が離れるのを感じる。


「な…!?何!?」


 そのまま吹き飛ばされて、地面に這いつくばりながら辺りを見回す。

 訳が分からず彼を探すと、同じ様に地面に這いつくばっているのが目に見えた。


 「ジョシュア、だいじょーー」


 大丈夫?そう声を掛けようとした瞬間、彼に黒い物が纏わり付いたのが分かった。

 それは瘴気だった。そして、瘴気は私にも纏わり付いてくる。


「何で?結界は成功したはずなのに!」


 悲鳴にも似た声が出る。必死に手足を動かして瘴気を払うが、物理ではどうにもならない。神力を集めようとしても、先ほど力の全て使い果たしていた私には、神力を使って浄化することは出来ない。


「リリア様!お逃げ下さい!リリア様!」

「ジョシュア!」


 ジョシュアも必死に瘴気から逃れようとしている。私の方へ這いつくばりながらも進もうとしているのも見えた。私もジョシュアの元へ行こうと何とか体を動かそうとする。


 しかし無情にも、瘴気はどんどん体に巻いてくる。


「リリア……様……」


 そして遂に、ジョシュアは瘴気に飲み込まれてしまった。


「ジョシュア!いやぁぁぁ!!」


 どれだけ目を凝らしても見えるのは瘴気の塊で、その姿を見ることすら叶わなかった。どうなってしまったのか、ピクリとも動かない彼はもう……。


「…いや……!助けて!助けて!!いやぁぁ!!」


 私はもう、ただひたすらに悲鳴を上げて暴れるしかなかった。しかし助けを呼んでもここには私たち以外誰もいない。そもそも最も強い光属性を持つのは私だったのだから、助けが来た所でどうにもならない。


 口も目も瘴気に覆われて、引き摺られていく。見えはしないが直感で地割れに引きずり込まれるのだと分かった。口を塞がれて声にならない声で悲鳴を上げる。


ーー誰か助けて!何で私たちが!

  やっと全て終わったのに…ジョシュア……!


『……憎い』


 瘴気の闇に堕ちながら、ただただ胸の中で叫んでいると、唐突に頭の中に声が流れ込んできた。その声は怨嗟に満ちた声だった。

 一体誰なの?


《騙したな……》

〈私の人生はなんだったの……〉

〔許さない!!〕


 声は次々に変わっていき、何人もの人間の声が頭に響く。


『憎い』〔憎い〕〈憎い〉《憎い》憎い憎い憎い憎い憎い憎いーー。


 止まることを知らない怨嗟の声。そしてその声の先は一箇所に集中していて、私がたどり着く先もきっと同じ所。私は堕ちてゆくのを感じながら気付いた。

 この声の者たちは、今までの私。

 希望を持った瞬間絶望に堕とされた聖女たちの怨念なのだと。


 今までの聖女の記録を見ることが出来なかったのも、皆私から距離を置いていたのも、外に出されなかったのも、前任の聖女に会えなかったのも、これが全て仕組まれたことだからだ。

 私が瘴気に堕ちて始めて結界は完成する。


 全部全部、何もかも、私たち聖女の犠牲の元に成り立っていた。


「あは…あはは……!あははははは!!」


 完全に瘴気に堕ちて、自分と瘴気の境目も無くなった。どこから出ているのかは分からないが、馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらない。

 私は死ぬ為に生まれてきたのだ。なのに、関係のないジョシュアを巻き込んで一緒に死なせてしまった。


 あの人はもう、いない。




「あはははははは!!憎いーー!!!」




 そうして私は死んだ。

 黒い黒い、憎しみだけを残して。










「ーーリリア!」



 最期に彼が私の名を呼ぶ声が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいだわ。

 




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[一言] 瘴気のデーモンのソウル 果ての地に根付いていた瘴気の怪物が残したソウル 使用すると莫大な量のソウルと人間性を獲得する 一見しておぞましい化け物の内にあったこれは、しかし清浄な気を放っている …
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