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勇者と少女


 普段は華美な装飾を施された椅子以外は何もない白い部屋が、今は様々な色で溢れていた。


 天井はパステルカラーの色紙を丸く輪にして繋げた鎖が半円形に垂れており、壁には薄い色紙で作った花が飾られている。床のあちこちからカラフルな風船がふわふわと浮いており、空間に更なる彩りを加えている。

 普段からある華美な椅子の前には大きな白いテーブルが置かれ、そのテーブルの上には様々なご馳走が置かれていた。


「…このような事をする必要性があるのですか?」


 くるくると踊るように部屋を飾り付けている少女に少年が呆れを含んだ視線を向ける。その声に少女は少年のいつもの定位置である壁際へと視線を向けた。


 少年は服装はいつもと変わらぬ白い燕尾服であったが、顔には鼻と髭の着いた黒縁の大きな眼鏡をかけており、頭にはやたらと派手で先端に大きなポンポンの着いたコーンハットが乗っている。服装と頭の部分がかなりちぐはぐなその姿を目にした少女は口元に手を当てて盛大に吹き出した。


 無表情ではあるが恨みがましい気持ちを目に込めた少年がじとりと少女を見つめる。


「ごめんなさい、あなたがあんまりにも面白い姿をしているものだから…」


 少年の視線に気がついた少女は声を震わせて笑いを堪えながら謝罪の言葉を口にした。


「あなたがやらせたのですよ」


 不貞腐れたような口調でそう言うと少年はそっぽを向いた。


「それは分かっているのだけど…」


 少女は少年に近づいて目の前に回り込むとまじまじと少年を見つめる。そして顔をにやけさせた。


「やっぱり面白いわ!」


 再び盛大に吹き出した少女は大きな笑い声をたてる。少年は不愉快そうな視線を少女へ向けると、指を鳴らした。

 途端に少年のかけていた髭眼鏡とコーンハットは姿を消す。


「あ!なんで消しちゃうのよ!」

「申し訳ありません」


 全く申し訳なく思っていない雰囲気で少年は少女に頭を下げる。

 少女は不満そうに頬を膨らませて両手を叩くと手元に髭眼鏡とコーンハットを出現させた。それらを少年に詰め寄りながら差し出す。


「せっかく褒めていたのに失礼だわ!ほら、早く!つけて!」


 差し出された品から意図的に視線を外すと少年は指を鳴らして再びそれらを消した。


「せっかく褒めて頂いたようですが、私は気に入ることが出来なかったのでお断りします」


 少年の返答と行動に少女は膨らませていた頬を更に膨らませ、再度両手を叩こうと手を持ち上げる。


「そんな事よりも良いのですが?」

「そんな事じゃないわ。あなたが面白い格好をしているのは重要と言ってもいい事柄よ」


 真剣な表情でそう少女が言い切った時、部屋の大きな扉が音を立てて開き始めた。


()()()とやらが到着されておりますが、それでも私の格好のが重要ですか?」


 少年の言葉に少女は目を見開くと素早い動きで後ろを振り返った。


 ゆっくりと開いた扉からは少年と青年の中間ほど年齢の小柄な男が入ってくる所だった。


「それを早く言いなさいよ!」


 少女は早口で少年に悪態をつくと大急ぎで椅子に腰掛け、背筋を伸ばした。


 部屋に入ってきた象牙色の肌をした黒髪黒目の男はそんな少女の様子に怪訝そうな表情を浮かべる。

 開いていた扉が完全に閉まるのを確認すると少女は両手を叩いた。部屋に響く乾いた音に男、勇者は軽く身構えた。


「おめでとうございます!」


 少女の言葉とともにカラフルな紙吹雪が勇者の周りを舞った。


「…は?」


 きらきら、ふわふわと舞う紙吹雪に勇者は驚いた表情で固まった。


「ここまでの長旅、お疲れ様でした!」


 少女は笑顔で小さく拍手をすると勇者の近くにあった椅子を指し示す。


「どうぞ座って、遠慮なくお寛ぎ下さい。食事も色々用意致しましたので!」


 にっこりと微笑みテーブルの上のご馳走を両手で示す少女に勇者は不信感を顕にする。


「…どういうつもりだ?」


 低めの声でそう尋ねてくる勇者に少女はさらに笑みを深めた。


「どういうつもりもございません。職務を全うされた貴方様へのささやかなお礼でございますので」


 背筋を伸ばして華美な椅子に座る少女を勇者は睨むようにして見る。


「そのお姿を見るに貴方様は学生…、高校生ですかね?」


 可愛らしく小首を傾げて見せた少女の発言に勇者は驚いたようにして口を開いた。


「な、なんで高校生だって…」

「制服姿ですもの。見れば分かりますわ」


 得意げな表情でそういった少女に勇者は口の端を上げて笑ってみせる。


「なんだ、あんたもそうなのか」


 勇者は握りしめた右手を上げて、拳を少女の方へと伸ばす。


「じゃあ、あんたが()()だな?」


 真剣な表情でそう問いかけてくる勇者に少女は笑顔で頷いて見せる。


「えぇ、そうです」

「なら…」


 勇者は握っていた右手を開くと手のひらを少女に向けた。


「恨んでくれるなよ!」


 気合を込めるように勇者は手のひらを突き出して叫んだ。


 しかし、何も起こる事はなくカラフルな色紙や風船、豪華な料理に彩られた白い部屋に痛いほどの沈黙が流れる。


「…は?」


 沈黙を破ったのは勇者だった。


 小さくそう呟くと右手の手のひらをまじまじと見つめ、力を込めるようにして少女へ向けて突き出すという行為を繰り返した。


「な、なんで!?」


 焦ったように勇者は叫ぶと少女をキッと睨みつけた。


「何をした!?」


 奥歯を噛み締め、悔しそうな表情をしている勇者に少女は小さく首を傾げてみせる。


「何もしておりませんよ」

「何もしてない訳ないだろ!」


 そう言うと勇者は大股で少女の方へと近づいてきた。しかし、風船や部屋の飾りに罠が仕掛けてある可能性を考慮してか、その歩みはゆっくりだ。

 ありもしない罠を警戒し、風船に当たらないよう慎重に近づいてくる勇者の姿を、少女は笑いを堪えながら見ていた。堪えるのに必死になるあまり、少女の体は小さく震えていた。


 勇者の手が少女へ届くほどの距離まで近づいた時、勇者は少女が小さく震えているのに気がつき嬉しそうに笑った。


「魔王だからか、やはり勇者は恐ろしいんだな」


 得意げな表情でそう言いながら風船を避けた勇者の姿が少女の笑いのダムを決壊させた。

 盛大に吹き出して大笑いし始めた少女の姿に勇者は眉をひそめた。


「…気が触れたのか?」


 せっかく近くなった少女との距離を勇者は少し離した。


「ふふっ…いえ、大丈夫よっ。なんでもないわっあはは。本当に何もないからっ…ふ。安心して頂戴っふふふ」


 少女は笑いをなんとかおさめようと努力しながら話すが、勇者が神妙な顔で風船を避けているのを見るとどうしても笑いがこぼれてしまう。


「はぁ、ふう。よし、大丈夫」


 少女は自分に言い聞かせるようにそう言うと深呼吸をした。そして両手を叩くと部屋から風船と飾りを消す。

 勇者は突然の変化に慌てて周囲を見回すが、危険な事は何も起こらず、部屋には椅子と豪華な料理に彩られたテーブルがあるだけだ。


「罠なんてなから安心して。これから私は貴方に事情を説明するわ」


 真面目ぶった丁寧な口調から素の口調に改めた少女は背筋を伸ばすと真剣な表情で勇者に言った。

 勇者は少女の言葉に不思議そうな顔をする。


「話を聞いてくれる気になってくれたかしら?」


 少女は再び笑顔を作る。


「返事は別にしなくてもいいわ。事情を説明とは言ったけれども別に説明なんてしなくてもいい事だから」


 不思議そうな顔のまま立ち尽くす勇者に少女は独り言のように話しかけた。


「だって、私ずっと(ここ)に居たのだもの。少しくらいこの努力を分かってもらいたいって思ってもいいでしょう?だから貴方はそこで聞いてくれるだけでいいわ。出来れば座ってもらった方が私としても気が楽なのだけれど…」


 そう言うと少女は視線を近くにある空いた椅子へと向けるが、勇者はその場から動こうとしない。少女はため息をついた。


「別にいいんですけれどもね…。とりあえず話すわ」


 手近にあったグラスから水を一口飲むと、少女は小さく深呼吸をした。


「私や貴方をこの世界に呼んだのはこの世界を作った神様だっていうのはすでに知っているでしょう?」


 目を合わせて質問してきた少女に勇者は小さく頷いて見せた。


「その時、貴方は恐らく『世界を救って欲しい』なんて曖昧な言葉を言われたと思うのだけど合ってるかしら?」


 こちらの質問にも勇者は頷いた。少女はもう一口水を飲もうとテーブルへと視線を移す。


「その時に神様から力を授けて貰い、その力を使って…ぅぐ」


 少女がそこまで言った時、勇者が唐突に少女との距離を詰め少女の頭を右手で鷲掴みにした。

 横からいきなり、しかも座っている少女に対して勇者は立っていたため頭を上から思いっきり押したような形で頭を掴まれた少女は舌を噛んでしまった。


「痛いわ!」

「油断したな魔王!」


 思いっきり噛んでしまった舌の痛みに、少女は涙を浮かべながら叫んだ。勇者は少女の頭を掴みながら勝ち誇った笑みを浮かべた。


「遠距離では駄目だったが、直接触ればさすがに無理だろう!」


 グリグリと詰るようにして少女の頭を掴みながら笑う勇者の腕を少女が跳ね除ける。


「止めてよ、痛いじゃないの!」


 掴まれた頭を撫でながら少女は勇者を睨みつける。


「はぁ!?」


 右手で確かに掴んだはずなのに何ともない少女を見て、勇者は驚きながらも再び少女の頭に手を伸ばした。


 少女はその手をはたき落とすと椅子から立ち上がり、勇者を椅子に向けて突き飛ばした。

 体格のあまり良くない勇者は小柄な少女に突き飛ばされただけでもよろめき、椅子へと崩れ落ちた。


「その右手は私には意味がないわ!その事情を説明するんだから大人しく聞きなさいよ!」


 椅子に座りながら唖然とする勇者を少女は怒鳴りつけた。


「は、はい…」


 情けない声で勇者が返事をしたのを見ると、少女は鼻を鳴らして自分の椅子へと戻っていく。


「その力は生物の神力を奪い貯める力」


 椅子に座って頬を膨らませた少女は不機嫌そうに腕を組むと勇者の事をうらめしげに見る。勇者は少女の視線に気がつくと怯えるように身をすくませた。


「右手を対象へと向けるだけで神力奪い、行動不能もしくは死に至らしめる最強の力」


 足と腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかる少女はまるで会社の重役のような態度である。一方の勇者は先程の少女の怒鳴り声が堪えたのか叱られている新入社員のように椅子の上で小さくなっている。


「ただし、この世界の中でに限る力だわ」


 少女の言葉に小さくなっていた勇者が顔を上げた。


 勇者と目の合った少女はいじめっ子の笑みを浮かべる。


「気持ちよかったでしょうねぇ。迫ってくる猛獣達を右手を向けるだけで倒せて。グロテスクな要素も、生き物を殺した罪悪感も感じることもなく万能感に浸れて、さぞ楽しかったでしょうねぇ」

「ち、ちがっ」


 否定しようと勇者が声を上げるが少女は反論させる間もなく言葉を続ける。


「何が違うと言うのかしらぁ?貴方は事実、ここに来るまでの道のりに居た生物を軒並み全てその右手で吸い取るようにして殺していったじゃない」

「それは!」


 勇者は身を乗り出すようにして椅子から立ち上がった。


「あの生き物達はみんな汚染されていた!だから俺が神力として吸収することで浄化し、世界に還元させるんだ!それも魔王であるお前が生き物を汚染させるせいだ!」


 そう言って勇者は少女に指を突きつける。目の前に突きつけられた指を少女は不愉快そうにはたき落とすと鼻で笑った。


「何の事か分からないわ」

「とぼけるな!お前が呪いを残したからこの世界の動植物は弱って生態系が崩れ、強者が弱者を貪るような世界になってしまったんだぞ!?」


 少女は眉をひそめて勇者を見る。


「弱肉強食は生態系の基本だわ、崩れてなんていないじゃない」


 勇者は奥歯を噛み締めて上から少女を睨みつける。


「ただの弱肉強食じゃない。この世界では植物が自然に生えなくいから神力を使える人間だけが植物を作ることが出来る。でも、せっかく作った作物は片っ端から草食動物や虫が狙いにくるし、肉食動物は人間自体を食料としている」


 勇者は悲痛な表情を浮かべた。


「人間が食い物にされてる状況を放っておけないだろ?」


 訴えかけるような勇者の言葉を聞いた少女は大きなため息をついた。


「それと生き物の汚染やら世界の浄化がどう繋がるのよ…」

「なに言ってるんだ?」


 勇者は心底馬鹿にしたような表情で少女を見る。


「人間を食い物するような動植物はみんな思考が汚染されている。悪者だ」


 勇者は右手を掲げて恍惚とした目で見つめると、大切な宝物のようにして胸に当てた。


「俺が悪者から神力を取り返して世界に配る事で、正常で平和な世界になる。何かに怯えながら日々を過ごさなくて済むようになるんだ」


 右手から顔を上げた勇者は少女を再び睨みつける。


「だから、世界を呪い混沌に貶めているような魔王は俺が倒す。そして魔王が蓄えた神力を世界に配るんだ」


少女はテーブルに肘をつくとため息ともつかない息をはく。


「言ってる意味が徹頭徹尾分からないけど…。つまり、人間に神力を与えて感謝される事で神の如く崇め奉られたいってことかしら?」


 首を傾げながらそう言って少女は勇者と目を合わせる。勇者は嫌な話を聞いたとでも言うように顔をしかめた。


「感謝されたいとか神になりたいとか、そういう話じゃない。困っている人がたくさん居て、その人たちを救うことの出来る力を与えられたから、その力を行使しているってだけの話だ」


 唇を尖らせて、やや不満げな表情になった勇者に少女はやれやれとでも言いたげに首を振った。


「貴方に与えられた力は人々を救うための力じゃないわ」


 少女の言葉に勇者はキョトンとして目を瞬いた。勇者と目線を合わせるため少女は立ち上がる。


「貴方の力はこの星…つまりは世界の神力を回収してこの世界を消すためのものよ」

「…は?」


 少女の言葉をとっさに理解が出来なかった勇者は口をぽかんと開けた。


「え?でも、世界を救って欲しいって…」

「そのとおりよ」


 唖然として呟いた勇者に少女は大きく頷いた。


「この世界はとある創造神…いえ、正確に言うと創造神候補生の作品なの」


 少女は一旦言葉を止めると勇者を見た。勇者は唖然と立ちすくんだまま少女を見つめている。


 勇者は話を聞いていると判断した少女は話を続けた。


「もっと正確に言うと創造神試験のために作った世界ね。この世界を上手く作ることが出来れば創造神になれるわ。モデルにしたのは貴方も分かるように地球。合格するラインは知的生命体が千年存続する世界であること。千年存続出来れば良いので千年後に知的生命体が絶滅寸前でも合格になるわ」


 少女はそこで両手を軽く振ると気合を入れるように軽く深呼吸をしてから両手を叩いた。


 軽い音が部屋に響いて消える。すると次には轟音が響き、部屋の天井が無くなった。外の光が部屋に飛び込み勇者が目を細めた時、壁がゆっくりと崩れていった。


「へ?はっ!?」


 床が衝撃で揺れ、何の構えもしていなかった勇者は床に倒れた。天井と壁の無くなったパノラマ風景の広がる部屋で少女は再び椅子に座った。


「外を見てもらってもいいかしら?」


 片手を上げて少女が部屋の外を指し示す。勇者は床にへたりこんだまま少女の示す方へと視線を向けた。


 視界に入った風景を見て、勇者は目を大きく見開いた。


「な…、どうしっ…」


 驚きのあまり声も出ない勇者に少女が静かに話しかける。


「そう、陸は全部沈んだわ。残っていた人間もみんな死んだでしょうね」


 外には海、この世界的に言うのであれば湖が広がっていた。


「貴方がここまでの道中、そしてさっき思いっきり力を使ってくれたおかげよ」


 まだ先ほど頭を掴まれた事を根に持っている少女が意地の悪い笑みを浮かべながら言うと、勇者は目を見開いたまま動かなくなってしまった。


「もともとこの星は地球と違って全てが水で出来ているの」


 動かなくなってしまった勇者を眺めながら少女は続けた。


創造神(さくしゃ)の意図としては水の中で生活する知的生命体を創る予定だっただけど上手く行かなかったので陸に生命を作る方向へと転換させた。そこで星を覆うようにして陸を作る事で地球のようなものを再現しようとしたのだけれど…」


 少女は何かを考えるように視線を彷徨わせるとテーブルの上にあった水の入ったグラスを手に取った。


「創造神話の事は知っている?」


 少女の問いかけに勇者はゆっくりと少女へ向き直ると小さく頷いた。


「そこに出てくる、強欲な人間が湖底より復活したのが魔王で…。魔王の呪いによって崩壊に向かっている世界を救うために俺は呼ばれたと…」

「なるほど、そういう話になったのね」


 少女は納得したように頷くとグラスの水を飲んだ。


「神話の前半部分はほぼ事実よ。強欲な人間が湖を独占したの理由とかは分からないけれど、もしかしたらその人は湖から水が溢れる…。星を覆っている陸が溶けそうなのに気がついたのかもしれないわ。陸は無理に作ったものだったから」


 少女はため息をつくとグラスを捨てる。


「陸の大半が水に溶けてしまい、残ったのはほんの一部。観察してた神様は色々計算してこの世界の知的生命体、つまり人間が千年持たないうちに絶滅することが分かってしまった。だから世界を壊すことにして、世界を創るためのエネルギーを次のために回収し始めたの」


 白い服を靡かせて少女は両手を広げる。


「そのエネルギーの回収の地がここよ」

「エネルギーの回収…」


 勇者は力なく立ち上がると近くにあった椅子によろよろと座った。


「俺の力は…」


 泣きそうな顔で勇者は少女を見上げた。


「そう、回収の一環よ」


 少女の言葉を聞いて勇者はうなだれた。少女は足を組むとテーブルにあったクッキーを引き寄せて食べ始める。


「私がここに居る理由もそれよ。私は貴方と同じように元々は地球の日本出身。でも、私は貴方と違って記憶は全くないの」


 うなだれたまま再び動かなくなった勇者を一瞥して少女はたい焼きにも手を伸ばす。


「貴方は最後の回収をするために体やら魂やら全て揃ってきているけれど、私は…んー、なんというか。精神だけの存在とでも言うのかな?」


 カスタードクリームのたい焼きを少女は両手で持って齧ると、少女はお茶を探してテーブルを見渡した。


「体も魂も、何もないからこそ私は生きようとして…。うーん、形を保とうとしてかな?」


 甘いカスタードクリームを少女は舌で舐めとった。


「とりあえず、私はエネルギーを身体に貯め込んでいく性質を持っているの。そして、この世界のエネルギーをすべて貯め込んだあとに神様が私ごと丸めて回収すれば完了。そのエネルギーは次の世界を作るのに使われるわ」


 テーブルの端に湯呑を見つけた少女は湯呑を取るために立ち上がった。


「丸めて回収…?」


 うなだれていた勇者が少女の言葉に疑問を持ったのか顔を上げて呟いた。


「そうよ、さっき分かりやすように私を精神って言ったけど厳密に言うと少し違うのよ。エネルギーを受け入れるための空っぽの器みたいなものだから」


 湯呑を手にした少女は急須からお茶を注ぐ。


「見た目は人間っぽく見えているけど、これは元となった地球の誰かの姿なの。だからエネルギーを回収したら私の人格とか形もそのエネルギー体になるわ」

「人間じゃない…?」


 熱いお茶をすすった少女は勇者の呟きに笑顔で頷いた。


「そうよ。そっちの彼も人間じゃないから、貴方はこの世界に居る最後の人間と言ってもいいわね」


 勇者は驚いて少女の指差した先を見る。


 そこには真っ白な少年が立っていた。


「あ、あいつは…?」


 少年は勇者と目を合わせると丁寧な仕草で頭を下げた。


「はじめまして、地球の勇者様。私はこの世界の創造神の使いでございます」

「神の使い…?」

「はい」


 無表情で頷く少年を勇者は軽く震えながら見つめた。


「私のお目付役みたいなものだけどね」

「人間は、もういないのか?」


 少女の言葉が耳に入らなかったのか、掠れた声で勇者は少女に問いかける。


 勇者のすがるような目を無視して少女は笑顔で頷いた。


「もちろん、外を見たでしょう?人間はおろか、動物も居ないわよ。私達は人間じゃないしね」


 少女の言葉に勇者は情けない顔で涙を流した。


「俺は、世界を救えな…」

「あー、いらないいらない。そんな悲劇のヒーローぶった台詞で気持ちよくならなくていいわ」


 少女は両手を振りながら勇者の言葉を遮るようにして途中で切った。勇者は泣きながら顔をしかめて少女を睨む。


「どうしてそんな態度なんだ!いくら世界が違うと言ってもこの世界は本物で、ここで生きていた人たちだって本物だったはずだろ!?」


 ぼたぼたと涙を流している勇者へ少女は汚い物でも見るかのような視線を向ける。


「だーかーらー、そう言う悲劇のヒーローごっこはいいのよ。この世界に来たって時点で私も貴方も世界の不適合者よ」

「どういう意味だ?」


 少女は空の湯呑みを捨てると両手を叩いてテーブルとご馳走を全て消した。


「そのまんまの意味よ。私達は地球の人間の世界で生きていくより、ここでエネルギーを回収する事が適任だと神様から思われたからこっちの世界に来たの」


 椅子だけになった白い床を少女は進む。


「向こうで生きていくより、こっちで世界を壊すのが向いてるのよ貴方は」


 鼻を鳴らして少女は椅子に座ると腕を組んで自嘲的な笑みを浮かべる。


「そして、私は向こうで生きるよりこっちで塔に引きこもって世界のエネルギーを溜め込むのが向いてるってこと」

「俺が世界を壊すのに適した人格…?」


 椅子に座ったまま唖然と呟く勇者へ少女は白い玉のような物を投げつけた。

 勇者が慌てて受け取ると少女は椅子の上で伸びをした。


「その玉が割れれば貴方は元の世界に帰れるわ。望めばこっちの世界のことは全部忘れられるわ」

「お前は…?」


 玉を手にした勇者が戸惑ったように少女を見る。


「言ったでしょ?私は器だからこのままよ。あ、勇者だなんだと言って召喚させたりして悪かったわ。つい効率を重視してしまって」


 少女はそう言って勇者に申し訳なさそうな顔をした。


「私が魔王だとか、貴方が勇者だとか言うのは全部私の嘘よ。そうした方がエネルギーの回収率が上がって早く終わると思ったから」


 涙でぐしゃぐしゃになっている顔を勇者はさらに歪める。


「俺は、勇者ですらなくて…」

「ごめんなさいね」


 少女は口早に悲しそうな笑顔を浮かべながら謝った。


 居心地の悪い沈黙が流れた時、勇者の手にしていた玉にヒビが入る。


「お別れね、話を聞いてくれてありがとう」


 勇者は顔を上げて少女と目を合わせる。

 何か言おうとしてるのか口を開いたり閉じたりしてるが勇者の口から言葉は出ない。そうこうしているうちに玉のヒビは大きくなり、割れる。


 途端に勇者は光に包まれてその姿を消した。


「彼は記憶を消しますかね?」


 黙ったまま勇者の座っていた椅子を見ている少女へ少年が声をかけた。少女は軽く肩を竦めて見せる。


「どうかしらね?あまりいい記憶ではないけれど、なかなか体験できるものではないから」


 少女は笑顔でそう言うと椅子の上で小さい子供のように膝を抱えて丸くなった。


「もういいでしょ?さっさと終わりにしましょう?」


 少女の言葉に少年はわずかに悲しそうな顔をして見せたが、少女は目を閉じていたためその事に気がつかなかった。


「さすがに疲れたもの」


 膝に頰を押しつけて目を閉じている少女へ少年は近づくと肩を掴んだ。


「お疲れ様でした」


 少年が一言そう言うと少女の身体が透けていく。


 少女はゆっくりと、息を吐くと満足そうな笑みを浮かべて目を閉じたまま消えていった。


 少年は誰もいなくなった空間で指を鳴らす。


 世界は白から反転して黒になる。


 そして、世界は消えた。


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