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英雄と長老


 家具も窓もない不思議な白い部屋。


 中央にある唯一の家具である華美な装飾をされた椅子に腰掛けながら、少女は楽しそうな表情を浮かべている。


「ねぇねぇ、賭けをしない?」


 少女は笑顔で壁際に立っている白い少年へと声をかけた。


「賭けですか?」


 少年は不思議そうに首を傾げる。


「そうよ!塔が壊れるか壊れないかどちらかに賭けるのよ。負けたら、そうね。なにか新しい遊びを考えるの!」


 少女の言葉に少年は傾げていた首を元に戻す。


「それでしら絶対に壊れませんのでご安心下さい」

「そうじゃないわ!あぁー、もう!答えを言ってしまったらつまらないじゃないの!」


 無表情で答えた少年へ、少女は腕を上下に振って不満を表した。

 ひらひらと服の袖が舞うのを少年はぼんやりと眺めつつ、少女へ呆れた視線を向ける。


「ご存知の通り、この塔は神力の回収の場です。神力由来の攻撃を当てた所で何ともならないのは火を見るより明らかでしょう…」


 少年の言葉を聞いた少女は腕を振るのを止めると、納得したように頷いて腕を組む。


「それもそうね。どちらも同じ方に賭けたら賭けが成立しないし、仕方ないわ」


 したり顔でそう言うと外の事には興味を無くしたらしく、少女はあくびをして椅子から降りると床に座り込む。

 両手を叩いて謎の白い球体を生み出すと、少女はそれを積み上げるという遊びを始めた。


 その様子を少し離れた壁際から、まるで保護者のように少年が見守る。


 そんな静かで平和としか言えない塔の内部とは違い、外では塔を目掛けて巨大な火の玉が発射されようとしていた。その大きさはゆうに塔を超えている。


 少女が積み上げた球体が十個を超えた辺りで塔に大きな衝撃が走る。


「あ!あぁー!!!」


 崩れていく球体を見ながら少女は叫んだ。


「せっかく積み上げたのに!なんて事を!」


 ショックを受けた様子の少女を少年は何の感情も浮かばい顔で見つめる。


「何が起きたの!?地震なんて起きないはずでしょう!?」


 頬をふくらませて不満げな表情をした少女は少年に詰め寄る。


「ジシン?ではありませんね。今のは先程の火の玉が塔にぶつかった衝撃になります」


 何の感情もなくそう答えた少年に少女は不満そうな表情のまま眉を潜めた。


「壊れないけど衝撃はあるのね…」


 小さく呟くと少女は床にばらまかれた球体を眺め、ため息混じりにまた球体を積み上げる。

 一度切れてしまった集中力はなかなか戻らないらしく、球体は三個も積み上げられれば良い方になっていた。少女は上手く行かないイライラを球体にぶつけるように球体を床に投げつける。


 小さくバウンドする球体を見て、少女は自らを落ち着けるように深呼吸をすると真剣な面持ちで球体を積み始める。その数が五個を超えた時、塔がまた衝撃を受けた。

 グラグラと揺れる塔に、球体が崩れて転がっていく。


 少女は唖然として転がる球体を見ていたが、ゆっくり立ち上がると上を向いて叫んだ。


「もー!何なのよ!」


 少女は憂さはらしのごとく球体を次から次へと手にとっては壁に向かって投げつけた。壁に投げつけられた球体は落ちることなく壁にへばりつき、次に投げつけられた球体と一体化して大きくなっていく。


「さっきから、この塔に、何の意図が、あって、火の玉なんて、ぶつけてる、のよ!」


 気合を込めて球体を投げ続ける少女と大きくなっていく球体を少年は無感動に眺める。


 球体が一抱え程もあるような大きさになった時、少女はようやく球体を投げることを止めた。


 ふうと息を吐くと少女は大きくなった球体を壁から剥がす。あっさりと取れた球体を床に置くと少女は何度かその球体を潰すように手で押した。

 少女に押される度に球体は柔らかく伸びていく。

 柔らかい短めの円柱となった球体に少女は飛び乗ると椅子のように腰掛けた。


「どう?人を駄目にするクッション!」


 少女はそう言って少年を見るが、少年はキョトンとした目で少女を見るばかりだった。


「あれ?いい出来だと思ったんだけどな」


 少年の反応のなさに少女はがっかりとした表情をするとクッションに頭をもたれ掛ける。


 少年はそのクッションがどう人を駄目にするのかが分からなかった。そのため反応が出来なかっただけなのだがそれを少女が知ることはない。

 球体だったものに埋もれる少女を見て、アメーバに捕食される生物を連想した少年は、人を駄目にするというよりは人では無くすという意味だと捉えると納得するように一人頷いた。


 少女がクッションに身を任せウトウトと微睡み始めた時、また塔に衝撃が走った。


 それは今までの衝撃よりずっと大きかったため、少女の乗るクッションが跳ねるように動く。クッションに身を完全に委ねていた少女は放り出されるようにして床に落ちた。


「痛い!!!」


 床に頭を打ち付けた少女はそう言って蹲る。


 少年はただ、ぼんやりとその様子を見ていた。


 震えるようにして蹲っていた少女は立ち上がると怒りに目を光らせる。


「何なのよ!もう!!!」


 睨むようにして少年を見ると少女は少年に指を突きつけた。


「あの火の玉を作っている人達をここに呼びなさい」

「この部屋にですか?」


 小首を傾げる少年に少女は少年に突きつけていた人差し指を下げて下を指差す。


「違うわ、下の迷路跡地よ。あそこなら広いし、全員呼んでも問題ないでしょう?」


 少女の答えに少年はゆっくり頷いた。


「かしこまりました。私はどう致しましょう?」


 少女は人を駄目にするクッションに再び身を委ねると鼻を鳴らす。


「付いてこなくていいわ。人の移動だけお願いね」

「かしこまりました」


 少年は慇懃に頭を下げると指を鳴らした。

 ぱちん、という音と共に少女に姿が部屋から消える。


 一人部屋に残された少年はため息を吐くと部屋に放置された球体を片付けるために、一つ一つ拾い集め始めた。


 一方、白い部屋の下の階である迷路跡地では、人を駄目にするクッションに座る少女とローブのような物をきた千人ほどの集団が対面していた。


「こ、ここは?」


 突然、白いガランとした空間へ連れてこらた集団は驚いたように辺りを見回している。


「長は誰なの?」


 少女の冷たい声に集団はビクリと肩を揺らして少女を見た。

 そして少女を見ると慌てて膝をついていく。ウェーブでもするように少女に近い人から膝をついていく様子を見て少女は嫌そうな顔になる。


 静かに膝をついて頭を垂れる集団に少女は一音ずつ区切って再び問いかける。


「長は誰なの?」


 その問いかけに、今度は集団の中から手が上がった。


「私でございます」


 しゃがれた声で返事をしたその手を少女はしばらく見ていたが、その人物がそれきり何も言わず立ち上がる事もしないのを見ると悪かった機嫌を更に悪くする。


「立って、あとかしこまらないで自由に話してもらっていいかしら?会話が進まないわ」

「かしこまりました」


 手を上げていた人物は立ち上がると少女へ丁寧に頭を下げる。


 その人物は八十を優に超えていそうな頭の禿げ上がった男だった。


「英雄様、まずは再び出会えた事に感謝を」


 そう言って男は再び頭を下げた。

 男を見ながら少女は眉をひそめる。


「…誰かしら?」


 腕を組んで警戒心を顕にする少女に男は優しく微笑んで見せる。


「覚えていないのも無理はありません、あれからもう何十年も経ちますから」

「そんな前置きいいわ、あなたが誰なのか聞いているの」


 不機嫌を全面に押し出した少女が問いかけると男は笑顔のまま答える。


「私はあの反乱の中心にいた者ですよ、英雄様。今ではこうして仲間を集めて長老なんて役職に就かせてもらっております」

「反乱?国で起きた罪人達の反乱の事かしら?」


 少女の言葉に集団が反応した。

 下げていた頭を上げて少女を睨みつけて来る者も居る事から、いい反応でない事は確かである。


「申し訳ありません。いくら英雄様と言えど我らの事を罪人呼ばわりするのは…」


 少女は目を瞬くと改めて集団を見回した。

 集団は全員が金以外の髪色をしていた。頭を垂れているため目の色を見ることは出来なかったが、おそらくは青以外の色なのだろう。


「あら、失礼したわ」


 少女は軽く謝ると長老へと視線を戻す。


「それで反乱の中心って?私にはあなたのような年を取った人が中心に居た記憶はないのだけれど。それとも反乱が起きてからかなりの時間が経っているのかしら?」


 首を傾げる少女へ長老は穏やかな表情で頷いて見せる。


「あれからもう五十年以上は経っております。英雄様は全くお変わりないようで…」


 懐かしい物を見るように長老は茶色い目を細めた。

 少女は長老のその言葉に驚き、長老とは逆に目を見開いた。


「五十年以上!?では第三王子が国に帰ってからはどのくらい経っているの?」

「第三王子でございますか?」


 少女の問いかけに長老は少し首を傾げる。


「そうよ、国のために何とかって言って塔を目指した大馬鹿者が居たでしょう!?あ、それより国はどうなったの!?」


 勢いよく質問してくる少女に長老は苦く笑った。


「英雄様、どうか慌てないで下さいませ。きちんとご説明致しますので」

「ちゃんとじゃなくていいわ、簡潔にお願い。わからなかったら質問するわ」


 少女の遠慮のない態度に集団の中の若い世代がわずかに不満を抱く。

 目の前の少女は確かに黒い髪と目をしており、自分たちとは違う象牙色の肌をしているが態度は我儘な小娘そのものだ。小さい頃から聞かされ尊敬していた英雄像とはかけ離れている。


 しかし、長老は少女の態度を気にすることなく、むしろどこか嬉しそうにすらしている。


「かしこまりました。英雄様がお元気そうで私も安心しております。初めてお会いした時は第三王子に依存しており、ご自分の意見も言えないような様子でございましたからな。誠に嬉しい限りで…」

「昔の事はいいから、早く説明して!」


 少女は長老の話をイライラとしながら遮る。長老は禿げ上がった頭をぺしりと自分で叩いた。


「申し訳ありません。この歳になるとどうしても話が長く、昔の事を言いがちになってしまいまして…」

「いいから、早く」


 少女は眉間にシワを寄せると、イライラとクッションを指で突く。


「では失礼しまして…。結論から言うと国は無きものとなりました」

「本当に!?」


 少女は身を乗り出した。長老も嬉しそうに微笑む。


「えぇ。優秀であった第二王子の失脚後は政策がガタガタになり、王家に対する民からの求心力もなくなっておりました。唯一、民からの支持を集めていたのは第三王子でございましたが、優秀な人材を連れて旅に出た所全てを無くして帰ってくるという大失態を犯しまして…」


 長老は話し続けてもいいのか伺うように少女を見る。少女は鷹揚に頷いた。


「続けて」


 少女は楽しいおとぎ話を聞いているかのように目を輝かせていた。


「さらには第三王子は非人道的な実験を行っているという噂まで流れ、第三王子も失脚。民からの信頼を完全に失った国は国としての形を保つ事が出来ず、事実上の解体となりました」

「王家や民はどうしているのかしら?」

「王家などの貴族達は全員死んだでしょう。今は一部の生き残りが一昔前の猿のように洞窟などでひっそりと暮らしている程度です。神より神力を奪われた罪人達にふさわしい生活をね」


 長老が見せた暗い笑顔と口調に、少女は納得がいったと言うような表情を浮かべる。


「彼らから逃げ、見つからずに過ごして神力を渡さない事で復讐を遂げたといった所かしら?」

「おや…」


 少女にそう言われた長老は少し慌てたように自分の頬に手を当てた。


「そのような表情に見えましたでしょうか。私も修行が足りませんね…」


 困ったように笑う長老へ少女は胡乱な視線を送る。


「そうですね、少しはそう思ってしまいましたがそれだけではないのです」


 長老は頬に当てていた手を顎へと移動させ、無精髭を撫でた。


「私達はただ静かに暮らしたいだけなのですよ。罪人である色無しどもに搾取される事なく」


 そう言い切った長老を少女は冷たい目で見ると小さく鼻で笑った。


 金髪碧眼である者達への蔑称である色無しという言葉を使っている時点で長老が金髪碧眼の者達の事をよく思っていない事は明らかだ。

 しかも、反乱後の彼らの様子に詳しい所を見るに遠く離れた所から国が廃れていく様子を見ていたのだろう。


 髪や目の色、神力の有無くらいで人間の本質は変わらない。


 少女はクッションの上で胡座をかくと膝の上で肘をつきながら質問をする。


「解体とは言っても国の原型は残っていたのでしょう?反乱から解体されるまでに一年とかからなかったとしても五十年で猿のような洞窟暮らしになるのは早くないかしら?」


 少女の問いかけに長老は楽しそうに笑った。


「えぇ。普通に暮らしていくのであれば、問題なく彼らはまだ国の跡地で暮らし。もしかしたら新しい王が立ったかもしれません。しかし、彼らは罪人達です。それもとてつもなく強欲な」


 笑顔の長老が目を細める。


「彼らは富を奪い合い、争いを始めたのです。今までは肉体労働などなく暮らしていたのですからね。畑を耕す、家畜の世話、掃除洗濯などの家事。神力をひいては我らを使って行っていたそれらは全てどこかから攫ってきた奴らの幼い子どもにやらせていました」


 分別のつかない幼い子供たちをこき使う様子を思い浮かべて少女は顔をしかめた。


「大人たちはただただ消費していくのみでした。一部まだまともな者はそういった奪う者から逃げるようにして洞窟へと逃げたのです」

「消費していくのみだった大人たちはどうなったのかしら?」

「国は目も当てられないほどの汚さでしたからね。疫病が蔓延して全滅してしまいました」


 長老はため息をついて肩をすくめてみせる。


「病がこちらにくるのも恐ろしかったので私達は力を合わせて街へ雨と土砂を降らせたため生き残りは居ないでしょう、国はもう跡形もないですよ」


 厄介事を片付けた言わんばかりの清々しい笑顔で言う長老に少女はまた顔をしかめた。

 一度、長老から視線を外し、軽く息を吐くと少女は再び長老へと向き直る。


「ありがとう、よく分かったわ。それで…」

「とんでもございません!それもこれも全て英雄であるあなた様が私達を逃してくれたからこそでございます。あれだけ少なくなっていた我らも今ではここまで人数が増えたのです」


 少女の言葉を遮るように長老を大きな声でそう言って両手を広げて見せた。

 言葉の遮られた少女は心底不愉快そうに顔を歪めてから、千人ほどの集団を見る。反乱が起きる時にはせいぜい三百人程度だったのでかなり増えたなと少女は思った。


 集団を端から端まで見ていた少女は何人かの女性が子供を抱いているのが目に入った。


「子供?赤ちゃんも居る?」

「えぇ!そうでございます。本日は特別な日でしたので全員で集まっておりました」


 大きく胸を張る長老の表情は誇らしげである。


「…これで全員なの?」

「もちろんです。今は少し薬を盛っているので子どもたちは静かに寝ておりますが」


 にこやかにそう言った長老を少女は瞬きをしながら見つめる。


「どうして薬を盛ってまでして集まっているのかしら?」

「それはもちろん、塔を壊すためでございます」


 ようやく彼らを集めた本題に入れそうだと少女は胡座を崩すとクッションの上に座り直した。


「何故かしら?」


 少女の質問に長老は不思議そうに目を瞬いた。


「塔がこの世界の神力を回収しているからでございます」


 長老がそう答えると少女は獲物を定めた猫のようにつぅっと目を細めた。


「塔が神力を回収していると何が駄目なのかしら?」


 少女の質問に長老は目を見開いて驚く。


「何を仰いますか。神力の回収をしていると言うことは世界から、ひいては星から神力を無くそうとしているということに変わりありません」

「どうしてそう思うのかしら?」


 小首を傾げる少女に長老は手を顎に当て、無精髭を撫でながら話す。


「我々は逃げ出してからは決して色無しどもに見つからないよう、最新の注意を払いながら生きて参りました。その際に神力について色々と調べたのです」


 長老は過去を思い出しているのか視線が遠くに向かう。


「調べた結果として神力とは世界に溢れた生命そのものでございました。神力を全く使う事の出来ない動物や色無しでも必要最低限の神力を持っていたのです。我々は神力を感じやすく、多く持つ事ができるため空気中に漂うあぶれた神力や自身の中にある神力を使って奇跡を起こす事ができるのです」


 どこか誇らしげな表情の長老を少女は真顔で見つめる。


「色無しどもは罪を犯したからこそ色を無くし、神力を扱う事のできる感覚を神から奪われたのだと結論づけました」


 そう断言した長老は額にシワを寄せた。


「しかし、世に生きる色無しはほぼ居なくなり、生き残りたちもいずれは消えていくでしょう。これからは我らの世界になるべきなのです」

「…それで?なぜ塔の破壊になるのかしら?」

「おや、またも脱線してしまいましたか。申し訳ありません」


 ひんやりとした少女の声音を意に介さず、長老は禿げた頭を掻いた。


「そうですね。我らの世界を作るには多くの神力が必要です。食料や住居の作成、治安の維持のための装置など。生きていくだけでも多くの神力が必要なのです。今や、我々が個人で出すだけでは神力は足りなくなってきているのですよ」


 長老はこれ見よがしにため息を吐いた。


「そこで神力を効率よく回収するために流れを観察したのですが。星の神力は年々減少していっているのです」


 長老は再び無精髭を撫で始めた。考えながら話をする時の長老の癖だった。


「神力は神力の中心地とされている塔に向かってゆっくり流れております。しかし、塔とは逆の存在が見当たらないのです」

「逆の存在とは?」


 少女の質問に長老は大げさなまでに頷いてみせる。


「それこそ、まさに我らの求めている神力の吹出口のようなものです。ですが、いくら観察してもそういったものは見当たりません。しかも流れる神力は減少していっている」


 長老は無精髭を撫でていた手を止めた。


「我々は流れた神力は循環せずにそのまま塔に回収されているためだと考えました」


 真顔の少女が背筋を伸ばして、軽く目を閉じる。


「ですので、塔を破壊し神力の循環を元に戻すことによって、星は昔のように神力が溢れる美しい世界になると我々は考え塔を破壊すべく策を練ったのです」

「…そう」


 少女は目をゆっくり開けた。

 その策というのがおそらくは、あの大きな火の玉であり、塔に走った衝撃だろう。


「結局は私利私欲のために多くの神力を使いたいってことね。国の王族となんら変わりないわ」


 少女がそう言った瞬間集団から何人もの若者が立ち上がり、少女へ不満をぶつけようとした。


「控えよ」


 しかし、長老のその一言によって立ち上がった若者たちは渋々といったように再び膝をついた。

 若者たちが膝をつくのを確認した後に、長老は少女へと視線を移した。その目は屈辱に濡れている。


「英雄様、それはあんまりな言い方でございます」

「そうかしら、現状では神力が足りないからどこか別の所から補充するって考えは一緒じゃないかしら?」

「一緒なわけがない!」


 長老の怒号にも少女は何の反応も示さない。


「私達は全員の幸せと世界の平和を望んで動いている!私利私欲にまみれた色無しどもと一緒にするな!」


 長老の言葉に若者たち、集団の全員が静かに同意する。

 少女はそんな人々を盛大に鼻で笑った。


「一緒よ、神力なんて使えなくても人は生きていけるわ。それなのにそうしないで神力を使ってより良い暮らしを求めているんだもの。世界の平和なんて大きな名分を背負った割に世界の事なんてなんにも考えてなくて笑っちゃうわ」


 集団から奥歯を噛みしめる音が聞こえてくる。


「そんな事はございません!世界に再び神力が溢れれば、世界は昔のように平和になるはずです!」

「昔ってどういう事かしら?あなたは神力が世界に溢れていた時代を知っているの?」

「もちろんです。あの強欲な罪人が現れるまでは平和な世界であったと誰しもが知っております」


 少女は呆れた目で長老を見る。


「それは神話でしょう?あなたはその平和な神力の溢れていた時代を生きて経験したのかしらと聞いているの」

「そんな事…」

「そうよね、生きていた訳がないわ。それならばその時代が本当に平和だったかどうかなんて判断出来ないのではなくて?」


 少女の言葉に長老は口をつぐんだ。


「動物も神力を使えていたのよ?大きな猛獣が狩りをするのにその神力を使わなかったとでも?その狩りの対象が人間にならないとでも?」


 長老は唇を噛んだ。

 彼の思い描いていた世界とは違った世界を少女は語っている。


「しかも水源は小さな湖だけよ?そこは猛獣達や他の獣との取り合いになるでしょうし感染症の原因にもなるでしょうね」


 冷たい目で少女は集団を見回した。


「世界に神力が溢れれば何でも楽にできるから好きな事だけして生きていけると思っていたのでしょう?」

「この、黙って聞いていれば!」


 馬鹿にした笑みを浮かべる少女へ再び集団から何人もの若者が立ち上がり向かっていく。

 今度は長老は止める事をしなかった。


 少女は笑みを崩さずに静かに両手を叩いた。少女の突然の行動に驚いた若者たちが立ち止まる。


 若者たちには目もくれず何度も何度も手を叩く様子は、まるで拍手をしているようだった。


 少女の行動の理由が分からず、唖然として顔を見合わせる若者たちの視線は立ち尽くす長老へと集まった。

 長老は唇を噛んだまま、少女を見つめている。


「神力が使えようが、使えまいが。髪や目の色が同じだろうと違かろうと」


 拍手をしながらも少女は言葉を続けた。


「所詮、人間は人間よ」


 そう言って鼻を鳴らした少女に長老は目を大きくした。


「英雄様、貴方は…」


 拍手の響く部屋に長老のかすれた声が混ざる。ともすれば拍手の音で消えてしまいそうなほどの声量だった。


「我らも色無しどもも同じだと言い切るのですね?」


 震える長老へ少女は変わらぬ笑みを向ける。


「さっきからそう言ってるじゃない」


 少女の言葉に今度は集団全員が立ち上がり、口々に少女への不満を叫び始めた。

 しかし、少女はそれらを意に介さず拍手を続ける。


 我慢ならなくなった若い男が少女へと向かい殴りかかろうとしたが、振り上げた拳は少女に届くことなく透明な壁に遮られた。

 クッションから少女が両手を伸ばすほどの距離は全て透明な壁に阻まれており殴ることはおろか、近づくことすら出来ない。

 すると集団は持っていた小さな刃物を取り出して少女の周りの壁を破るべく切りかかる。ガツガツと壁に刃物がぶつかって火花が散った。


 少女はその様子を相変わらず手を叩き続けながら見ていた。


「英雄様」


 暴徒と化した集団をかき分けて長老が現れる。長老は少女と目が合うと残念そうな表情になった。


「我らは私利私欲で生きていた色無しどもとは違います。神より与えられた神力を、その有り難みを理解し。感謝の気持ちと共に生きてきたのです。それを…」


 長老の目が怒りと屈辱に燃える。


「よりによって色無しと一緒にされるのは、いかに英雄様と言えど許される事ではございません。一度は助けられた身ではありますが、貴方様とはここまでのようです」


 長老は懐から小さな小瓶を取り出した。それを見た周囲が一斉に少女から離れていく。


「さようなら、英雄様。我らは我らの悲願を必ずや達成させていただきます」


 そう言うと長老は周囲を見回し、全員離れている事を確認した上で少女に向かって小瓶を投げつける。


 しかし、少女の周囲にある壁にぶつかり小瓶が割れるという長老の予想を裏切り、小瓶は壁のあった場所をすり抜けると少女が手で受け止めた。

 少女は小瓶を観察し、中身を確認するように軽く振る。


「なるほど、神力を使った衝撃を与えたら爆発する簡易爆弾ね」


 シンと静まり返った空間に少女の声が響く。


「な、なぜっ!?」


 少女の声に我に返った長老が少女へと詰め寄った。


「小瓶には害意はないからね」


 少女は小瓶を握って砂にするとクッションから立ち上がった。


 集団には先程までの勢いはなく、少女が立ち上がっただけで大きく後ずさりをするほどだ。


 少女は何かを考えるように上を向くと、大きく伸びをする。そして目を一度閉じると両手を大きく広げてから目を開いた。


「よく聞け!愚かなる民よ!」


 腹から出したような少女の大きな声に、長老も集団も圧倒される。


「今、塔の管理者である私。()()は貴様らの神力を全て回収した!」


 少女のその宣言に集団からざわめきが起こる。


「貴様らは色無しと見下してきた者達と同じになったということだ!」


 神力が本当に使えないのか試した者達が悲鳴を上げる。使う所が神力を感じることさえ出来なくなっていたのだ。


「私もここまでのことはする気はなかったが害されるようでは致し方ない。これよりはさらに神力の回収を行っていく!星から神力はなくなり、木々は枯れ、動物は死に絶え、大地は湖に溶けていくだろう!」


 少女の予言とも取れる宣言に集団の一部から悲鳴が上がり、気の弱い者は失神してしまう。


()()()()()()()()()()、この星、世界は崩壊に向かっていくだろう!」


 少女が広げた両手を大きく振ると集団の居る床が端の方から崩れていく。各所で悲鳴が上がり、床の崩壊に巻き込まれた人は瓦礫とともに暗闇へと落ちていく。


「英雄様!なぜ、このような事を…!」


 声を荒げた長老へ少女は視線を向けると口の端を歪めて見せる。


「何故?先程言ったであろう害されるようでは致し方ない、と。せいぜい神力の使えない世界で私の言葉を反芻しながら生きていくのだな!」


 そう言って少女が腕を下ろすと残っていた床は少女の周りを残して全て崩れていった。落ちていく長老を少女は真顔で見下ろす。


 最後の瓦礫も落ち、部屋に静寂が満ちた時。


「終わりましたか?」

「えぇ、終わったわ」


 少女の背後に白い少年が音もなく現れた。

 少女は特に驚くこともなく振り向くと、大きく伸びをした。


「きちんと彼らは元いた場所に戻ったかしら?」

「もちろんでございます」


 少年は丁寧に少女へと頭を下げる。


「そう、良かったわ」


 少女はそう呟くと穴の開いた床を見つめた。


「何も殺そうとすることないじゃない」


 頬をふくらませると少女を腕を組んで少年を見て同意を求めるが、少年は首を傾げた。


「思想の違いでも殺人は起きますからね」


 少女は更に頬をふくらませると少年に背を向けて歩き出す。


「今度は、どちらへ?」

「部屋で大人しくしてるわ!そろそろ終わりでしょう?」


 振り返る事なくそう言う少女に少年は軽く瞬きをした。


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