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神話と少女


「ヒマだわー、退屈で死んでしまうー」


 がらんとした広い部屋に少女の声が響く。


 部屋には華美な装飾が施された椅子が中央に置いてあるだけで机などの家具はない。

 そして壁から床、天井に至るまで白で統一されており汚れやシミ一つ見当たらなかった。


 窓はなく照明の類も付いていないのに部屋全体が明るく、まるで部屋の壁や床自体が輝いているかのようだった。


「ヒマ過ぎて死ぬ」


 少女が再び呟いた。


 少女は椅子の前の床にうつ伏せに倒れており、肩口までの黒髪と白いワンピースが床にふんわりと広がっている。


「なにか、楽しいことはないのー?」


 そう言いながら少女が床から顔を上げると、黒髪が少女の頬を縁取るようにして流れていった。

 整っているが印象の薄い顔立ちの少女は髪の毛をうざったそうにかきあげる。


 少女の呟きに答える者は居ない。


 少女はため息を吐いて立ち上がると、汚れのない白いワンピースをぱたぱたと叩いてシワを伸ばした。


 ワンピースの袖が長いため、立ち上がった少女が手を下すと少女の手はすっぽりと隠れてしまう。

 裾も引きずるほどの長さがあり、少女の象牙色の肌が見えているのは首から顔にかけてくらいのものだ。


「おーい、聞いてるー?ヒマなんですけどー?」


 少女が部屋の壁に向かって話しけると、壁から返事が返ってきた。


「…私に話しかけていたんですか?」


 壁際には白い壁に溶け込むようして白い少年が立っていた。


 少年は驚くほど整った顔立ちをしており、そして全体的に白かった。

 白い髪に白い肌、瞳こそ薄いグレーだったがそれ以外は驚くほど白く、着ている燕尾服も白いため本当に壁に溶けてしまいそうなほどだ。


「この部屋には私とあなたしか居ないじゃない」


 そう言って不満そうな視線を少年に向ける少女。

 対する少年はひどく無表情であり、表情からは感情を読み取る事が出来ない。


「独り言だと思っていました」

「独り言な訳ないじゃない!ちゃんと疑問形だったでしょう!?」


 少年の返事に少女は膨れっ面になると少年を睨みつけた。


「ヒマで死にそうなの!なにか面白いことはないの?」

「…また迷路でも作ってみてはいかがです?」


 少年は面倒そうに答える。


「出口のない迷路なんて作ってても面白くないのよ!」

「ずいぶん楽しそうにしていたと思うのですが…」

「最初はね!でももう飽きたの!」


 こちらに興味を示さない少年に苛立ったのか、少女は地団太を踏む。

 ワンピースの裾が長いため足が見えることはないが、少女が足を踏み鳴らすたびにスカートの部分がふわふわと揺れ動く。


「だからなにか面白いこと!暇つぶし用のなにかでも、いっそ仕事でも構わないわ!」


 少女は地団駄を踏むのをやめると少年を睨みつけ偉そうに腕を組んで鼻を鳴らす。

 じっと見つめてくる少女を見て、少年は仕方がないとでも言うようにため息を吐くと、なにかを考えるように視線を上に向ける。


「そうは言われましてもねぇ…」


 顎に指を当てて考えているようなポーズをとってはいるが少年は相変わらず無表情だ。


「なんでもいいの、そうね…。あなたがなにか物語を語ってくれてもいいわよ!」


 少女はそう言うと唯一の家具である椅子へと腰かけた。

 華美な椅子に腰かけた少女は、偉そうに足を組みひじ掛けへひじを置くと頬付けをついた。


「そうしましたらこの世界の創造神話でも語りましょうか?」


 少年はそう言いながら、音もなく壁際から少女の座る椅子の前まで移動した。


「とんでもなく面白くなさそうだから別の話がいいわ」


 手を振って断る少女に少年は首を傾げて見せる。


「そうですか?知っておいて損のない情報だと思うのですが」


 少年は残念だとでも言うように首を振り大きなため息を吐いた。

 無表情だからなのか少年はこういった素振りが少々大げさである。


「えー…。じゃあ、聞いておこうかなー」

「では…」


 渋々といったように少女が頷くと少年も一つ頷いて空咳すると話し始めた。


「その昔、この世界は小さな小さな一つの星でした。


その小ささは人が一日も歩けば一周出来てしまうほどでした。


小さいながらも全ての生物が協力して生きていたこの星は神より愛され、神力が満ち溢れていたので全ての生物が奇跡を使う事ができました。


星は平和で平等で愛に溢れていたのです。


しかし、その生活は長く続きませんでした」


 朗々と話す少年の声は聞き取りやすく感情に溢れていた。

 本人は相変わらず無表情ではあったが。


「ある日、強欲な人間が星で唯一の水源である湖を独占してしまいました。


湖の周囲に大きな塀を作り誰も入れないようにし、出入口に陣取り、湖の使用を制限したのでした」


 少女は少年の話を聞きながら大きな欠伸をした。出てきた涙を袖口で拭いながら再び少年の話に耳を傾け続ける。


「星の皆は湖の使用を制限する事に反対しました。


湖は誰の物でもないから解放して欲しいと言うと強欲な人間は誰の物でもないのだからこそ自分が管理することにしたのだと言いました。


水が自由に使えないと困ると言うと強欲な人間は自分の許可したものに限り使用許可を出すと言います。


今まで管理されていなかったのがおかしいと強欲な人間言うのです」


「…なんでその人間は管理しようと思ったのかしら」

「神話ですのでそこはわかりかねますね」

「ふーん」


 少女は伸びをした。口から空気がもれて小さく声が出る。

 少年はそんな少女の様子を見ながら続きを話す。


「強欲な人間が湖を管理するようになってから、水がなかなか手に入らなくなってしまいました。


水を貰うために人間をはじめとしたすべての生物が湖の出入り口へ並びました。

強欲な人間は許可を出した生物に持ってきた容器に見合う分だけの水を与えていきます。


しかし、その程度の水では日常生活もままなりませんでした。


とうとう水は足りなくなり渇きで死に至る者がでてしましました」


「反対してた割に皆ちゃんと従ってたのも謎だわ」

「神話ですので」

「あっそ」


 少女はそう言うと再び欠伸をして、椅子にだらしなくもたれかかった。


「死んでしまった者の家族や友人は怒り狂いました。


管理者である強欲な人間へと詰め寄り湖を開放するように言いましたが、強欲な人間がそれを聞き入れることはありませんでした。


その間にも死者は増えていき、それに伴い抗議者の数も増えていきました。


そして、膨大な数となった抗議者により強欲な人間と湖の周囲に建てられた塀は湖の底へと沈められてしまったのです。


沈められた強欲な人間は湖の底から祈りました。


どうか正しい湖の使い方を皆にと」


「死ぬ間際の祈りまで変な人間ね」

「いえ、湖の底へ沈められただけですので死んではいませんよ」


 少年の言葉に少女は不思議そうに首を傾げます。


「人間は水の中では生きられないから死ぬと思うわ」

「沈められただけで生きてますよ」


 湖の底に空洞があり、そこに強欲な人間は辿り着き生き延びたのかと言おうとして、少女は辞めた。

 返ってくる言葉に想像がついたからだ。


「…へぇ」


 気のない返事をした少女はだらしなく椅子へ預けていた体を起こすと、両手を軽く叩く。


 すると何もない空間から真っ白なティーセットが漂い出てきた。

 ふわふわと宙を漂うカップとソーサーは少女と少年へと近づいていくと少女達の手へと収まり、ポットは浮かびながら勝手にお茶を注いでいった。


「話していれば喉も渇くでしょう?」


 笑みを浮かべた少女はそう言ってお茶を一口飲む。

 無言でその様子を眺めていた少年もカップを手に取り口をつけた。


「甘いですね」


 少年はカップの中のお茶を見つめながら、呟くように言った。

 その呟きを聞いた少女は嬉しそうに笑う。


「蜂蜜がはいっているのよ、喉に良さそうじゃない?」

「心配せずとも、喉を痛める事などないと知っているでしょうに…」


 呆れたような調子の少年の言葉に少女は不機嫌そうに眉を潜める。


「気分よ、気分!それに甘い方がいいでしょ?もう、いいから続きを話しなさいよ」


 少年は無表情でもう一度お茶を飲むと再び口を開く。


「強欲な人間の祈りが届いたのか、抗議者達の思いが届いたのか湖からはどんどん水が溢れ出てきました。


その量と勢いは凄まじく、水は大地を覆い尽くしていきます。


すべての生物が水に沈むと思われました」


「結局正しい使い方ってなんなのかしら?」

「水の正しい使い方についての話は出てきませんのでなんとも」

「そう」


 なんとも言えない表情でお茶を飲み終えた少女はカップとソーサーを椅子の横に捨てる。

 カップとソーサーは割れる事なく、床に飲み込まれるようにして消えた。


「水に覆われていく星を嘆いた神は一隻の船を落としました。


船はすべての生物を乗せると浮かびあがり、最後には大地になったのです」


「船が?」

「ええ、船が大地になったのです」

「ほぉー…」


 大地になっていく船を想像したのか少女は遠い目をする。


「その船の名残が大地の中心にある塔です」

「名残で塔があるって、船は帆船だったのかしら」

「船の形状については出てきませんので何とも」

「さようでございますか」


 幾度めかのやり取りに少女は飽きたような口調で答える。

 少年は一息つくようにカップの中身を飲み干すと少女と同じように床にカップを捨ててから話を再開した。


「星の中心から離れてしまったため、空気中を流れる神力は減り、奇跡を起こせる動物は居なくなるなか、唯一人間のみは神力を扱う事が出来ました。


これは星を水で埋め尽くした罪人であることの証で、水から星を救うために与えられた力だと信じられています」


 少年はそう締めくくると少女と目を合わせる。


 少女も少年の目を見る。


 しばらく二人は無言で見つめ合って居た。音が聞こえるほどの静寂が流れる。


 先に口を開いたのは少女だった。


「おわり?」


 静かに少年は頷いた。


「えぇ…」


 少女は不満気に顔を歪める。


「オチがないわ」

「そう言われまし…」


 不満を言う少女に少年が抗議するかのように口を開きましたが、少女は少年の言葉を途中で遮った。


「分かってるから、いいわ。どうせ、神話ですので分かりかねますとか、続きの記述はありませんので何ともとか言うんでしょ」

「よくお分かりで」

「でしょうね」


 少女は鼻を鳴らすと椅子にどっかりと腰掛けて足を組んだ。


「不完全燃焼だわ。強欲な人間が何をしたかったのか全く分からないし、神に愛されていたから使えていたはずの神力が罪人である人間にしか使えなくなる所なんて意味不明だわ」

「それは星を水浸しにした罪を人間が晴らせるようにという神の考えだと信じられております」


 少年の答えに少女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「強欲な人間の祈りだか抗議者の思いだかを神が聞き入れたから星は水浸しになったのでしょう?だから、星を水浸しにしたのは神であって人間じゃないわ。それで?」


 組んだ足をプラプラと揺らしながら少女が少年に問いかけた。


「これはどっち(・・・)の神話なの?」


 少女の言葉に少年は口の端を歪める。

 少女が話しかけてから初めて見せた少年の表情の変化に少女は嫌そうに顔を顰めた。


「これが原典になります」

「あぁ、そう」


 吐き捨てるようにそう言うと少女は興味を失ったように自らの髪の毛をいじり始めた。

 肩口までの髪の毛を引っ張り目の前まで持ってきた毛先を退屈そうな表情で眺めている。


「そうですね。あえて言うのであれば片方には罪人にのみ強力な神力が使えるという風に伝わり、もう片方には罪人からは神力の大部分が奪われたという風に伝わっております」


 少年の補足説明に頷くことすらせず少女は自分の髪の毛を眺めている。

 しばらく眺めた後で再び少年を見ると口を開いた。


「やっぱり、つまらなかったわ。もっと面白い話をしてくれてもいいのに」

「面白い話とは?」


 小首を傾げる少年に少女は芝居がかった仕草で肩をすくめるとため息を吐いて見せる。


「ほら、女の子が好きな話と言ったら決まっているでしょう」


 少女は不敵な笑みを浮かべると気持ち前のめりになり、膝に肘をついて少年の顔を覗き込むようにして見る。

 白いワンピースの長い裾と袖が揺れて、その揺れが収まるまで少女はそのポーズを取り続け、少年は無言で少女を眺めていた。


「あぁ、誰かの悪口とかですね」

「偏見が酷いわ!」


 合点がいったという風に頷いた少年を見て、少女は叫びながら天を見上げ両手で顔を覆った。


「残念ながら私には悪口を言うような方は心当たりがありませんので、あなたがただひたすらに悪口を言って私が聞くという形になりますがよろしいですか?」

「よろしくないわ。私が話を聞きたいと言っているのになぜ私が話す事になっているの」


 少女のまともな反論に少年は無表情で何か考えるように視線を上に彷徨わせた。


「ですが、私は悪口を言うような事は出来ないので…。あなたでしたら出来ると思ったのですが」

「その言い方だと私が悪口を言う人みたいじゃない。私も悪口なんて言わないわよ」


 ふんっと鼻を鳴らすと少女は腕を組んで少年を睨みつける。

 少年は特に動じることもなく静かに頷いた。


「そうですね、あなたは悪口ではなく文句しか言いません」

「我儘娘みたいになったわ…」


 少女はため息を吐くと諦めたように椅子にもたれかかって再び髪の毛をいじり始めた。


「悪口じゃなくて恋の話よ。そのへんに転がってるロマンスの話でもしてくれた方が楽しめると思ったの」


 少女の言葉に少年は無表情ながらも納得したように頷いた。


「そういう事でしたか。でしたら、とある王子と市井で見つかった聖女と呼ばれる少女の恋の話とかいかがですか?」

「もういいわ、なんだか聞く気力無くなっちゃったし。女の子が好きそうな話でなんで悪口に行くかなー…」


 髪の毛をもてあそび続けながら呟いた少女は何か思いついたような表情になる。


「もしかして、私の女子力が足りないせいかしら!」


 大きな声で叫びながら立ち上がった少女を少年は無表情でただ眺める。


「もっと女子力溢れた言い方をすればあなただって悪口じゃなくて、恋の話がぱっと思い浮かんだんじゃない?そうよね!きっとそうだわ!」


 テンション高くそんな事を言いながら両手を叩いて歩き回る少女を見て、少年は機械仕掛けの煩い猿のぬいぐるみを思い浮かべていた。


「そうと決めたら女子力アップだわ」


 笑顔の少女はそう言って自分の髪の毛をかきあげると同時に片足を軸にしてくるりと回った。

 回った後の少女の黒い髪の毛は肩口ほどの長さから腰までの長さに変わっていた。


「どう?」


 満足げな笑みを浮かべた少女は、長い髪の毛を見せつける様にして両手でなびかせた。

 綺麗なキューティクルを持った髪の毛は少女の頭上に天使の輪を生み出してツヤツヤと輝いている。


「長くなりましたね」


 少年はそう言うと少女へゆっくりと頷いてみせる。


「そうじゃないわ!」


 少年の反応に少女は怒ったように叫んで地団駄を踏む。


「この艷やかでビューティーな黒髪ロングヘアを見てそれ?違うでしょう?」


 少女は髪の毛を片手ですくってなびかせる。


「綺麗な黒髪だね。光を受けて輝く様はまるで満点の星空のよう、そして風を受けてなびく様は月の光を受けて輝く夜の海のようだね。神秘的な君の黒い瞳と相まって吸い込まれてしまいそうなほど美しいよ」


 少女は声を低くして、心持ち凛々しい表情をしつつそう言った。


「ほら、このくらい褒めてくれてもいいんじゃない?」


 表情と口調を元に戻すと少女は改めて少年を見る。

 少年は何度か瞬きをすると口を開いた。


「綺麗なく…」

「やめて、やっぱりいいわ!私の言ったセリフをそのまま、その無表情なおかつ感情のこもらない声で言われても辛くなるだけだわ」


 少年の言葉を遮ってそう言うと少女はため息を吐いた。

 そして男らしい仕草で頭をかくと少年に背を向けて歩き始めた。


「どちらに行かれるので?」


 少年が声をかけると少女は首だけで振り返る。


「寝るわ、なんだか疲れたような気がするし退屈だもの」


 大きなあくびをしてから少女は再び歩き出す。

 数歩も歩けば少女の姿はかき消えた。


「絶対起こさないでよ!」


 少年一人しか居ない部屋に少女の声が響く。

 少年は返事をすることなく誰も居ない空間をじっと見ていた。


 部屋に静寂が訪れる。


 少年は壁際に移動して部屋に溶け込むようにして立つと、そっと目を閉じた。


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