作戦会議 前編
長くなったので前編と後編に分けました。
行政部門だけでなく、軍を動かせるものも会議に加えるようお願いして、王との会談を終える。軍と行政はこの国では別組織だよ。そのぐらいの情報はパブでも手に入る。
早速、お付きのものが与えられた。うん、VIP待遇確定だ。あの神様でも役に立ったってことだ。ここ2日、ほとんど食べていないから、まず食事をお願いする、あり合わせのものでいいからって。これも筋書きだよ?法衣を買ってお金がなくなったからじゃないよ。計算どうりだよ。いや、それにしてもお腹すいた。うん、計算外だった。すまぬ、私。がっつかないように、腹8分まで。会議中に居眠りしたらせっかくの権威も台無しだよ。落ち着いた頃、会議室に案内される。おー、ズラーっと高官がそろっているよ。勲章が飾られた軍服も混じっている。短時間なのになかなか優秀。この行動力なら、なんとかなるだろう。
まず、前世の知識による状況説明。この世界での実態は知らないけど、まあ、大きく外れていることはないだろう。外れていたって、バレるわけはない。まったく問題ないってことだ。
この病はある国から始まり、100年以上の時間をかけて、各地で人口が半減するほどの、場合によっては町が死に絶えるほどの壊滅的な死を発生させながら、海を挟んだ隣国に達した。隣国は大陸であり、複数の国の利権が絡まっていたため、調整できず私には何もできなかった。そして、この国に到達することが予想されたため、やって来た。ただ、金もない無力な僧であるため、旅に時間がかかり、また、自分が病にかかっていないことを確認するため、この国に渡った後、人里離れた場所で10日ほど過ごす必要があった。この間に病の上陸を許してしまった。申し訳ないって神妙な顔をして。
いや、あの神様の責任なんだけど...まあ、丸く収めよう。というか、あいつを貶めても私が不利になるだけだからね。じゃ、「幸い、この国は信仰心が篤く神の祝福を受けているのか、お告げがあったとようじゃの、他国ではこのような扱いを受けぬこともあったからの。この国の王と国民に幸あれ。」うん、ちょっとよいしょしておこう。ほんとはお賽銭を金貨にするように伝えたいんだけど、問題が複雑になるから今はよしとくよ。で、国が掴んでいる状況の確認。
うん、この国に上陸してから10日以上経っているっていう設定だし、私は港町で起こっていることを実際に知っているわけじゃないからね。ここから港町まで早馬で1日だから、最新の情報は彼らの方が掴んでいるはず。予想通り、隣国で病気が蔓延し、多くの人が亡くなっているという情報はもっていた。で、この国でも港町の商家で最初の患者がでた。最初にこの病が発生した商家では主人、家族、雇用人まで全て亡くなってしまい、港町の人々に異常事態であることが認識された。そこから病気が広がりつつあり、死者も増えてきているということで、港町は混乱をきたしつつある。さすがに王都にも報告が届き、状況が隣国の情報と一致していたことから、ここ数日港町の領主、交易、外交、行政、情報部門の間で、対策会議を重ねていたらしい。ただ、何も対策は立てられていないとのこと。まあ、どうしようもないよね。原因を把握できていないんだもの。
というわけで、病気の説明。
「この世界には目には見えないほどの小さな生き物ーこれを「細生物」と呼ぼうーが存在するのじゃ。」微もしくはmicroの概念がないし、もちろん菌やウイルスなんて概念はないからね、まずそういった生き物がいることを説明するのが最初だよ。で、その「細生物」がこの病気の原因であること。最初にネズミや野生生物の体に「細生物」が取り憑き、その個体の中で増えて病気になる。ただ、それらの動物はあまりこの病気で死なないから、他の個体にも広がっていく。そして、それらに取り付いていた蚤を介して、ヒトにも「細生物」が取り憑き増えヒトも病気になる。そして、病気になったヒトの体液や咳から、さらに他のヒト広がっていく。今この国では、まだ港町だけに留まっているが、他国から侵略を受けていると考えたらよい。港町が陥落すれば、王都にむかって次々と町から町へと広がり、そして王都にたどり着くことになるであろう。そして、王都が陥落すればさらに北へ向かって進んでいくことになることを告げる。そして、そうなればこの国が壊滅的な被害を受けることも。そして「貧民であろうが王であろうが、この細生物に取り憑かれたら必ず病気になるのじゃ。そして、ほとんどの場合助からぬ。神の元に召されることになるのじゃ!」と、一旦締める。
うん、病気の根本的な原因と広がる仕組みを、きちんと理解してもらわないと、対策も立てられないし、とるべき手順も決定できないからね。私は方向性を示すだけで、どこが担当組織で、誰に話を通せばよいかなんて知らないからね。担当部署は会議に出てる人が決めるんだよ。そのあと、具体的な手順や予算の確保は担当部署内で行うことになる。そこまで、口出す余裕はないよ。まあ、アドバイスや手順の妥当性の確認程度はしてあげるけど。失敗したら?知らないよ。私は当初の方針どうり、北へ向かって旅に出るだけだよ、姿を元に戻して。
いやー、すごい。みんな青ざめて一言も発言がないよ。もちろん居眠りしている者なんていない。注目を一身に浴びてちょっと照れくさいよ。前世では当たり前の知識だけどね。もう一押し。「病気を治すことは不可能じゃが、病気になる者を少なくすることは、困難ではあるが不可能ではないのじゃよ。よいか、これは皆自身とその家族の問題でもあるのじゃぞ、心して取り組むように。それが神の御心にも叶う道じゃ。」
うん、コクコクうなづいている。いや、原因をはっきり認識させた上で、対策があることを最初に示さないと、思考能力が奪われてしまうからね。下手したら殺し合いが始まるのよ。人間、いわれのない死に直面し、絶望の中で追い詰められると、享楽に走ったり、凶暴化して外敵を作り出して殺してしまったり、贖罪として自分の体に鞭を打ったり...そんなばかなって思うかもしれないけど、前世の史実だよ。パニックはヒトに常軌を逸した行動をとらせるの。ほんと、害悪にしかならないんだけど...感情ってほんとーに面倒なんだよ。
まず、行動原則だ。蚤に噛まれないように皮膚の露出面積を最小にする。服の布などに蚤がつく可能性があるから、その可能性がある作業をした後は煮沸消毒をする。水を沸騰させる必要はない、溶き卵が固まる程度の温度で、15分以上かき混ぜていればよい。温度計はないからね、煮沸消毒のための水温の目安として、こう伝えるしかない。そして、こまめに手や顔を洗う。いい?
拡大を防ぐために、患者が発生した街の封鎖だ。街から人が外に出ないようにすること。そこへの物資の搬入は問題ないが、物資の搬出は原則禁止する。やむを得ない場合、布や皮製品など蚤がつくようなものは煮沸消毒した後に搬出する。それ以外についてはすべて、ネズミなどの動物が混ざっていないことを確認した上で通すこと。要するに検疫だ。外国から訪れる人も港町から出さない。外国から搬入する物資についても、同様に検疫を行うこと。
早速、軍服着た人たち顔を見合わせて、一人が立ち上がって出ていった。領主の部下の一人も彼についてゆく。そうだね、これは主に軍部が行う仕事だ。理解が早くてよかったよ。人手がいるから部隊単位で動かしてね。素早い行動はいいことだよ。いまから、部隊を出動して強行すれば、明日朝には港町を封鎖できるはずだ。うまくいけば、ペストを港町一つだけで閉じ込められる。前世の史実でも、都市封鎖は行われているよ。ただ多くの場合、それが有効であることが知識として広まってなかったため、大抵手遅れの状態で始められただけだ。ただ、成功例もあることはある。かなり強権的かつ差別的な施策だったりしたけど。原因がわかってなかったのだから仕方ないよ。
次に、病気が発生した街に住む人の選別。いや、最初から街に火をかけるわけいかないからね。流石にそんなことは、今はやらせないよ。うん、方法としては、ちゃんと私の選択肢の中には入っている。いざとなれば提案するよ。どんびかれることになったとしてもだ。ただ、今は提案しないってだけだよ。だから、すでに病気の症状が出た人とその家族のみを、まだ、症状の出ていない人たちと分けること。できれば居住区を分ける。で、家族に病人が出ていない、子供と若者を街外れに移し、できるだけ離して生活させるようにすること。ただし、これらの作業にあたっては、貧民だろうが貴族だろうが同等に扱うことを強く言い聞かせる。
流石に、領主をはじめ居並ぶ貴族の皆さま方は動揺した。ただ、貧民の病気が続く限り、貴族にも広がると言えば、不承不承であっても納得するしかないよね。この国でもノブレスオブリージュの概念が確立されていてほんとよかったよ。流石に爵位継承権上位者で、発症していないなら、近くの街の指定された宿に避難することは許可した。えっ、教育のために、それらのものは王都に住まわせているって?うん、それなら家系が途絶えることないね、よかったよ。
病人かどうかで分けるのは解るが、子供と若者を区別するのは何のためかって?ちょっと説明が必要だね。いや、この会議では説明しないよ。そんな時間もったいないからね。それに今の私には、神の権威が付与されているからね。説明しなくても行動してくれるはずだよ。多分...
前にも説明したように、ヒトの命の価値は社会間で、また、同一社会内でも、職業や個人個人で違いがあるよ。はした金のために殺される国もあったでしょ?たいてい犯人も捕まらない。再犯し放題だね。先進国だって、首脳にはセキュリティポリス(SP)がつく。彼らは1人の命を守るための肉壁だよ。命の価値が、SPより首脳の方がはるかに高いってことね。仕方ない。そうしないと、もっと多くの人が死ぬこともあるからね。
まあ、面倒くさいから、同一社会で地位や資産や職種による命の価値の差はないとするよ。単純が一番さ。
こちらでも、一般的に男性が女性より体力がある。もちろん例外もある。男性は子供産めないよ...念のためね。だから協業・分業が基本だね。働けるものは働くよ。家事や育児だって立派な仕事だよ。働かなきゃ生きていけないし。だから性差別なんて不合理なものはない。ただ、男女の区別があるだけね。だから性差も考える必要がない。
そうすると年齢だけ考えればいいね。ほら、単純になった。じゃあ、生まれてからの時系列で考えてみよう!ただ、ここでは年齢で区分しないよ。成長は個人個人によって違うからね。機能だけで考えよう。これでもっと単純になった!
乳幼児期:親族や社会に、完全に頼らなければ生きていけない。最大の価値は成長すれば、生産と再生産(子供を産み育てる)を担える可能性があるということだね。ただし、それまでに時間と資源(食事、消耗品、教育など)が必要になる。今回のように、集団の生存がシビアな状況では切り捨てることを考えなければいけないかもしれない。そもそも死亡率も高いので、生きていくための環境がシビアになるとさらに死亡率が跳ね上がってしまうからね。無理に保護すると資源を浪費し、集団が存続する上でのリスクになることもある。
児童期:ある程度自立でき、弟妹の世話や家事の一部など簡単なができるようになる。だから親の生産性が上がるね。死亡率も低くなるから、将来性 ー生産と再生産を担う可能性ー も高くなるよ。将来有望な世代だ。
再生産期:働くとともに、次世代を生み育てる時期だね。人生のうちでもっとも大事な時期だよ。
再生産能力消失後:働けるのであれば大丈夫。孫の育児や知識の伝達も重要な仕事だよ。野生生物だと、運動能力が落ちると狩られたり、餌を狩ることができなくなって死ぬ。当たり前のことだね。ヒトも同じようにするべき、とまでは言わないけど、ただ、集団の生存がシビアな状況では高齢者側から切り捨てざるを得ないよね。そして高齢者は乳幼児と同様に、死亡率跳ね上がるからね。そして残念ながら将来性はないよ。
ということで、命の価値は
1. 再生産期
2. 児童期
3. 再生産能力消失後で働ける
4. 乳幼児
5. 再生産能力消失後で働けない
という順になるかな?日本では多世代同居がレアになっているけど、これって高齢者の価値を低下させてると思うよ。
だから、集団の存続のために大事な子供と若者を、一番最初に安全な場所で保護するんだよ。一応、現時点では乳幼児も保護の対象に加えるよ。食料の供給は王都からでもおこなえるから。今回は、国全体が飢餓に襲われたわけじゃない。国として考えれば食料などは十分にある。だから、今の所そこまで酷い状態じゃないと判断したんだ。
「私」の脳内会話のまま、後編に続きます。