とりあえず今日を生きのびよう
そうして、この世界に私が現れたわけだ。大きな街の市街壁の外、人気のない場所。いや、あの神様にとっても、人里はなれたところに送っても、なんの情報もないし、いきなり人混みの中に送った場合、騒動がおこる可能性があるからね。いや、あいつがそうしたんじゃないよ。「適当なところでいいよね?」って、なーんにも考えてない顔つきで、あっさり言いやがったから、条件を指定したんだよ、私が。あいつ、ホントーに使えねぇ。
まず、状況の確認。全てのポケットに、詰め込めるだけ詰め込んだ硬貨は入っていた。200枚ぐらいあった。うん、これで寝ている間に行われる、神様とのコンタクトでも、おそらく硬貨を分捕ってこれるはずだ。硬貨が金貨だけだったら、大金だよ。でも、お賽銭に高額通貨いれないでしょ?普通。数えたら、金貨12枚、銀貨56枚、銅貨142枚だった。あいつ数字に興味があるだけで、素材である金、銀、銅にはまったく興味がないんだよ。もちろん、私にとっては大事な区分だから、できるだけ金貨を選んだんだよ。そもそも、金貨が少なすぎるんだよ。今後、お賽銭は高額通貨を入れるようにしてね!
服装は露出少なめの普段着だ。この服装が、ここでどう見られるかはわからない。でも、裸やパジャマじゃなくってよかったよ。街中でそんな格好で歩くのは、非常識だよね?でも、この世界の常識は今の所判らない。案外、裸で出歩いていても平気かもしれない。でも、可能性は低いよね、多分。露出は少ない方が安全だよ。私は常識人だよ。そう言ってくれる他人が、前世では誰もいなかったというだけで...多分、この世界では言ってもらえるよ。聞き飽きるぐらいに。そのはずだよ!
年齢は、若者ってところか。そりゃ、子供や老人だと行動も限られるし、不便だよね。容姿はどうだろ?いや、気になるよ?あたりまえでしょ。見た目で、他人に不快感や、不信感を持たれるようだと、情報収拾に制限がかかるからね。見た目は大事だよ。ちゃんと考えて...いやあのダメ神がその辺まで考えているとは...断言しよう、全く考えてないわ!不安しかない。
まあこの世界で、この容姿がどう受け取られるかは今考えても仕方ないから、諦めよう。ただ、服装はある程度整えなくてはね、情報収拾に支障が出ない程度に。
さあ、街に繰り出し買い物だ!とはいえ、あいつの言動から考えて、加護を受けれる可能性は限りなく低いと推測する。この世界で、なんらかの行動を行えば、そこには必ず死のリスクが発生する。そのリスクが許容できるものか、そうでないかをまず最初に考えよう。それまでは、できるだけ慎重に行動しよう。ホント自分だけが頼りだよ...
しばらく歩き城門を潜り、王都に入る。なにも、問題はなかった。というか、徴税上、国民を管理はしても、よそ者は管理対象外ってことだ。多分、保護についても対象外なんだろう。税金払っていないから仕方ないよね。事実上、異国の者である私は、多少服装が変わっていても、それほど問題とはされなかったはずだ。すんなり通してくれたことから、容姿もそれほど特異でないのだろう。よかった。いや、こういう話では、人目を引くような美男美女が主役じゃないの?いや、いいんだよ。情報収拾には、目立つのはよくないから。判ってはいるけど、ひどいよ!納得はできない、ってことだ。
結構大きな街だった。まあ、そういう条件を指定したからだけど。周りの人たちの服装を気に留めながら、古着屋を探す。やっぱり浮いているからね、この服じゃ。治安もそれほど悪くないようだし、街歩きや買い物程度で発生する死のリスクは、気にしても仕方ないと判断する。
小さな店はいくつかあったが避け、ある程度品揃えのありそうな、古着屋を見つけたので、そこに入る。で、この国の中流に見えるような服装と靴を揃える。いや、新品にはしないよ。情報収拾には、普通であることが重要なんだから、全て新品だと目立っちゃうでしょ。古着屋で靴?新品は服屋と靴屋で別れているけど、古靴屋っていうのはないよ。そりゃそうでしょう?新品は入手先が違うから、別々の店になるのが自然だけど、古着と古靴の入手先は一緒だからね。とはいえ、使い古された物じゃなく、程度のいいものを見繕ってもらった。予想外に、しっかりとした布製のカバンと皮財布も手に入れることができた。まあ、これも入手先が同じだからね、そりゃ売っているか。計、金貨2枚。高い?そりゃ、こちらじゃ機械で大量生産している訳じゃなく、ほとんどが手作業だから、服なんかは高いよ。だから古着でも高いよ。それなりに程度が良いものだったし。いや、必要経費だよもちろん。あいつが、そんなこと気にするとは考えられないけど、自分を納得させることも必要だからね。
もちろん、買い物中にも仕事はしているよ。それなりの時間がかかったので、店主と雑談もしたからね。「この国には初めてきた、しばらく過ごす」と言えば、この国の概要ぐらいは教えてくれるよ。もちろん個人的なバイアスはかかっているし、ごく一般的な情報だけどね。それなりの金額になることがわかって、上機嫌になった店主。そこから、家族のことなんかも話してくれた。「年老いた祖父母をおいて旅に出たんのです。病気なんかが心配なんですよ、元気でいてくれるといいのですが。」って話しをふると。ああ、母親は元気だが、父親は62才で亡くなったのか。それでも長生きな方だって。5人子供が生まれたが、最初の子は生まれてすぐ、3番目の子は3才で早世してしまったとか。いや、店を構えてそれなりに長くやっている以上、近所の人は知っているようなことだし、秘密にしなければいけないようなことでもない。犯罪はない世界だよ。隠すようなことでもない。ごく自然に会話が成り立つよ。
で、服屋で換えの下着を入手。そりゃ、下着は新品使うよ。見せる予定も動機もないんだから、全て新品でも全く問題ない。スパイじゃないんだから。ハニートラップなんてごめんだよ。手に入れたいのは、どこにでもある普通の情報なんだから。危険を冒して、あえて死のリスクをあげるようなことはやらないよ。所詮、あの神様の暇つぶしに付き合ってあげているだけなんだから。
最初に訪れた古着屋で、宿屋のオススメを聞いてたの。私がある程度の金を持っていること、選んだ服でどれぐらいの生活を送っているかって、勝手に想定したはずだからね。これもリスクを避けるためね。というわけで、紹介された宿に行ったら、普通の宿だったよ。普通って大部屋で大勢で雑魚寝とか、豪華に飾り付けられた家具が部屋においてあるっていうことのない、シンプルな個室ということね。うん、全く問題ない。
当面のお金は持っている。最初の仕事は、ごく簡単な調査で終わるはずだから、あいつへの報告の時に、また、お金を奪ってくればいい。だからそれほど節約する必要はない。ただ。目立つのは仕事に障るから、お金があるからって、それほど贅沢することはできないってだけだよ。
そのあと、宿屋のフロントに食事を提供するパブを紹介してもらい、適当に飲み食いしながら情報収集。ほろ酔いの人にお酒を奢って、馴染んだところで家族の情報とかを、例のパターンで。酒場は、普通の食堂より死のリスクは上がるはずだが、仕事のためだ。仕方ない。いやー働き者だな、私。誰か褒めてよ!あいつには、期待しない。
酔った、宿にかえって寝よう。こちらの仕事は別件だよ。少し時間がかかるはず。同時に、複数の仕事を進めるなんて当たり前でしょ。他のネタも探しているのよ。だから、誰か褒めてよ!で、最初の仕事のために、明日は図書館に行ってみよう。いや、あるよね?前世の世界でも、紀元前からあることはあったんだから。とはいえ、広く公開されるようになったのは19世紀後半からだけど。まあ、お金を払えばなんとかなるでしょ。