雑貨屋さんのお狐さん
以前書いた短編の設定を色々変えたものとなります。
「くーくー」
「ルルア、起きて」
「くー」
「ルルア――」
「はえ?」
私が目を覚ますと目の前に猫耳。
これは……よしよし。
ああ、この感触はメイですね。ずっと撫でていたくなる撫で心地の頭から視線を落とす。
可愛らしい黒髪のボブがスマートな猫のしっぽと一緒にゆらゆら。目を細めて小さく「んんっ」と息を漏らし、椅子に座る私の太ももに頭を預けようとしている。
「ここで寝てはいけませんよ」
「寝てたのはルルア」
「私はちゃんと店番をしています。お店の方から入ってきてくれれば呼び鈴で起きますので」
眠りに落ちそうなメイを無理やり起こして、私は目覚ましに伸びをする。眠っている間に尻尾に変な癖はついていませんね。私自慢の狐の尻尾は今日も素晴らしい毛並みをしています。
「それで何か御用でしたか?」
「お魚釣りに行こう?」
「お魚ですか? 突然ですね」
お魚釣りと言っても川や池で釣り竿を垂らして……という訳ではないでしょう。ダンジョンで水棲系の魔物を狩りたいのですかね。
ここ最近は居候ドラゴンの要望でお肉が続きましたし、さっぱりお魚料理もいいかも。
「コロネちゃんに聞いた。この季節はアローフィッシュが美味しいって」
「ああ、あの当たり屋ですか」
春眠暁を覚えずの季節。ダンジョンの一部も季節が存在し、現実世界とリンクしている。アローフィッシュはそんな季節のあるダンジョンに生息する魚種の魔物です。春が旬と言われ、この時期だけなぜか脂ののった個体が出現しているそうです。
「当たり屋?」
「そうですよぉ。海階層があるダンジョンに生息する魔物ですが、頭の先が尖っていて水辺に居ると飛んでくるのです。……こう、グサリと」
私が手で大きさを示し突き刺す仕草をすると、メイが髪と尻尾を逆毛立て驚いている。感情を表情に見せない女の子ですが、尻尾と耳は感情豊かに言葉を発しています。
「ルシアがエサになっちゃう?」
「ルシアを例に出しちゃうのですね。ルシアならきっと大丈夫、なんたってドラゴンスケイル持ちの竜人ですからね。よほど油断しなければ刺さりませんよ」
「……ルシアは誘わない方が良い?」
「――安全な狩猟方法があるので大丈夫ですよ」
メイがルシアを心配するのは分かります。なんとなく大きな胸の谷間に挟まって悲鳴を上げて走り回る姿が簡単に想像できます。あれ、それなら別に問題はないのではないかしら。
「ルルア?」
「いえいえ、なんでもありませんよ。夕食は魚料理もいいですね。お昼を食べたら釣りに行きましょうか」
「うん!」
メイが嬉しそうに返事をすると、自宅用の玄関から「ただいまー」と竜人娘が帰ってきた。日課のダンジョン探索から帰ってきたのかしら。ルシア達の家賃兼お小遣いになる素材達を仕分けしてから、みんなでお昼ご飯にしましょう。
ルシアと同じ居候のエルフのリューナにお留守番をお願いして、私達はとあるダンジョンにやってきた。
一面の大海原。ざーざーと波が私達の居る傍の海岸に打ち付けられる。
「海だあああ」
「うみだー」
赤い髪が海風で乱れても気にせず、竜人のルシアが海に向かって叫ぶ。その隣でメイも彼女を真似て可愛らしく叫んでいる。
周囲に魔物がいないのでいいのですが、ルシアはその辺りをきちんと把握していますよね。まさか確認もなしにダンジョンで大声を出していませんよね。
「それで余は何をすればいいのだ?」
「ルシアは囮をお願いします」
「えっ? 囮?」
私は「その場から動かないで」と言って、アローフィッシュが飛んできてもいいように気を付けて海に近づく。
「アローフィッシュは人を目がけて飛んでくるので、海の水で氷の壁を作ります」
竜人と狐の獣人のハーフ種である私は、バカみたいな魔力の暴力で一人分の氷の壁を築き上げる。
「相変わらずのバカ魔力」
「うっさい、バカ竜」
「ルルア、カッコいい」
バカみたいに魔力を使うドラゴンスケイルを常用するルシアも他人の事を言えないと思うよ。
「ここからどうするんだ」
「私とメイは後方で周囲警戒をしてますので、ルシアは壁の後ろに隠れて前進してください」
「それでいいの?」
ルシアは戦うつもりだったのかしら。拍子抜けといったようですが、防御魔術を解かないで下さいよ? ポーション代とアーマーの修理代で赤字になったら笑えません。
「アローフィッシュはダンジョンのトラップ扱いなので、それで引っかかるそうです。管理局のお姉さんから聞いたので間違いありません」
私の雑貨屋さんは冒険者向けの錬金商品も取り扱ってますので、管理局の職員方とは友好的な関係を築いています。たまにお渡ししている甘味もきっと効果が高いはず。
「そっか。ねえ、これ突き破ってこない?」
「余裕をもって厚みを持たせたつもりですが、突き破ってきた時はがんばって防いでください」
「ルルアがひどい! 本当に余が囮じゃない!」
「この中でもっとも――いえ、桁違いに防御力が高いのは貴女ではないですか。それともか弱いメイや回復役の私が囮になれと?」
囮が嫌なのは分かりますが、仕方ないではないですか。私とメイでは本当に命懸けになってしまうのですから。
アーマーを着ていれば、頭にさえ当たらなければ即死はありませんよ? でも、あなたは頭に当たっても下手したら防げますし、アーマーに当たっても穴は開かないでしょう?
「そ……それは誇りある竜人族のやる事じゃないかな――――」
「はい! 身を張って魔物を受け止めるのは誇り高いですよ!」
「そうかな。――そうだよね! わかった! 余頑張る」
はい、ちょろドラゴン。ゴホンッ、違います。さすが最強の種族である竜人族です。
「あなたも竜人の血を引いてましたよね」
「うるさいですよ、クリス。あなたはいつでも回収できるようにルシアに付いていてください」
犬型のロボットであるクリスの目が冷たいが、知った事ではありません。いつも黙ってついてくるのにこういう時は小言がうるさいのですよ。
「それじゃあ、いくぞ!」
「はーい、がんばってください。魚を回収するギミックもありますが、そちらは私達で対処します。なのでルシアは手を出さないでくださいね」
「ルシアもクリスも、がんば」
よし、ルシアはちゃんと氷の壁を動かせていますね。私もアーマーの力を借りればあの重さを動かせますが、重労働担当はルシアなのです。
「メイもこれを付けておいてください」
「マスク?」
「はい。アローフィッシュはトラップだといいましたね?」
「うん」
私もメイに渡したモノと同じガスマスクを付ける。視界が悪く鼻も利きませんが自滅するよりはましです。
ひっひっふー。深呼吸しても特に異常はありません。ちゃんと機能していることを確認してすぐ頭の上にずらしましょう。
「不具合はないみたいですね。――なのでそれを回収あるいはお掃除するギミックもあります」
「そうなんだ」
今回はそこまで含めて一つのギミックのようですが。
「そのギミックですが、猫なんですよ」
「ワタシ?」
私をお手本にガスマスクの機能を確認をして、メイも頭に被っている。そのまま頭を傾げて私を見る。
「違いますよ。アローフィッシュが好物の猫が現れて回収していくのです」
「それとマスクはどういう関係なの?」
「これを使うからですよ。メイちゃんにも効果があるかもしれないので、マタタビ爆弾を使う時は十分に距離を取ってください」
ギミックとはいえ相手は猫。猫といえばマタタビ。これで簡単に回収できると管理局で購入した、片手で持てる大きさの球体を取り出す。
「わかったけど、倒したらだめなの?」
「……ギミックなので倒すとお仕置きがあります」
「そっか」
「マタタビ爆弾で一時的に動きを止めるのは問題ありませんけどね」
ダンジョンのギミックは基本的にズルを許しません。このズルと攻略の境界線は曖昧ですが、その分お仕置きも笑い話で済む程度のモノです。一部の例外を除いて。
今回の場合は、猫を倒すのは落とし穴の蓋を閉じられないように封鎖するような物だと思います。なのでギミックが正常に稼働するようにダンジョンが働きかるはず。
「きゃあああ。あぶない! もうちょっとで突き抜けるよ!」
「騒がないでください。地面に伏せて、防御魔術を展開していれば死にはしません」
「クリスは対象にならないの!?」
「私は人ではありませんので」
「ずるーい」
うん、5匹ほど刺さっていますね。メイよりは小さいですが、一匹一匹が一メートルは超えるサイズがあるのでもう十分ではないでしょうか。
「ルシア! それで充分ではありませんか? 一度止まってクリスの収納庫に入れてください」
「わかったぞ!」
ルシアは壁に刺さったアローフィッシュの頭を切り落とし、クリスが搭載するアイテムボックスの収集庫に入るサイズに切り分けていく。
「泥棒猫がそろそろ現れると思いますので、メイも警戒してください」
「わかった」
私はマナを探って索敵し、メイは耳と目、それに嗅覚と獣人の感覚を生かして注意を払う。
「ルルア! あっち」
「こちらも確認しました。マスクを装着しておいてください」
「うん」
海岸の先から土埃を巻き上げながら大きな獣が走ってくる。ドドドドと、徐々に近づいてくる茶色い影の全貌が見えてくる。
「デブ猫だ」
「は、はい。そうですね。あの大きさであの速度ですとかなり迫力がありますね」
軽トラサイズの猫がアローフィッシュにねこまっしぐらと駆け抜ける。だぶだぶな毛皮をぶらんぶらんと揺らして走っている。
迫力と言うか妄執――いえ、あれは食い意地ですね。まるでルシアみたいだと思いましたが、決して口には出しません。はい、出しませんとも。
ねえ? 赤味の刺身を味見しているルシアさん?
「あれにマタタビが効くのでしょうか。マタタビより食い意地に走ってしまうのではないですか」
「試してみよ? だめなら頭差し出せば大丈夫」
「ギミックですからね……。頭だけで身を引いてくれるかわかりません。安全重視で回収できた分だけ持って逃げるべきですかね」
まずはお一つ、さあ召し上がれ。
「おー、ぴったし目の前に落ちた。ルルア、ナイスコントロール」
「ふっふっふっ、スナイパーるるちゃんと呼んでください。――あ、冗談ですよ? メイちゃん」
メイにこのようなおふざけを話すと悪ノリでずっと呼ばれることになりかねません。お店で呼ばれては赤っ恥です。
「さあ、仕上がりはどうでしょうか」
「足は止まったけど……地面に転がって。――――あ、また走り出した」
「何ですかあいつは! 食い意地の張った特異個体ですか!」
とんでもないデブ猫ですね。
一瞬だけ体にマタタビを擦り付けて魚へ一直線とは、カラスの行水ですか。あの機敏性はどこからきているのでしょうか。
「ルシア! すみません、足止めは失敗です!」
「グラトニャーが爆走してる」
「メイ! 冗談を言ってないで私達もルシアの元へ走りますよ!」
ルシアも段々近づいてくるデブ猫に驚いています。
「モフモフしててかわい――。えっ? ルルア、ルルア! 何!? 何なのあれ! 猫? いや違うよね。熊? モンスター? 余が喰われない?」
まあ当然ですよね。遠くから見るとモフモフしてて抱き心地の良さそうな見た目。私も一瞬抱き着きたい誘惑に駆られましたから。けど、あの顔はだめでしょ。食欲に囚われたあの顔はやばいですよ。涎をまき散らし、牙がギラりと輝き、血走った目。完全に魔物ですね。
「てい! この氷を猫に向かって滑らしますよ!」
私は魚の頭だけ突き刺さったままの氷を横に倒して、ルシアと共にデブ猫に向かって突き飛ばす。私の魔術とルシアのバカ力で十分な距離は取れた。
「ルシアはあいつの監視を。私とメイで回収します」
「わかった」「うん」
変に刺激してお仕置きが発動しても困ります。私はルシアにこれがギミックであることを伝えて、散らばったアローフィッシュの魔石と素材をクリスの収集庫に詰め込んでいく。
「もう食べ終わったぞ!」
「わかりました。メイ、クリス撤退です」
全部回収するのは諦めましょう。アローフィッシュの残骸が散乱する現場を離れ、私達は駆け出します。
デブ猫は逃げる私達の事を視界にも入れず、残った魚の身と骨にしゃぶりついています。
「ぜえぜえ。なぜこういう時に限ってイリーガルに遭遇するのでしょうか」
「酷い目にあった。あの顔は絶対夢に出るよ」
「……たのしかった」
私とメイは全速力で走り、安全な場所までたどり着いた。殿を務めるルシアもデブ猫がこちらに興味がないことを確認し、途中で追いついた。
「あの猫、コロネのパン屋さんの野良猫に似てた」
「あー、あのもふもふ猫」
「あの子は穏やかで優しい猫さんですよ」
頭に退かしたままつけっぱなしのガスマスクを乱暴に外して、私もメイも地面に転がる。食い意地の張ったデブ猫が迫ってくるという可笑しな経験に私達に笑いが漏れ出す。
「ねえ、ルルア」
「何ですか、メイ」
「これどうやって食べるの?」
「ステーキにお刺身、マリネに漬けもいいですね」
そういえば、どうやって食べるか考えていませんでしたね。パッと頭に浮かぶ料理を口に出すと、盗み食いをしていたルシアの口から涎が垂れています。
「余はステーキに一票!」「お刺身にしよ?」
ルシアとメイが同時に発言する。二人はどっちがいいか討論をし出しそうな勢いで顔を見合っている。
「発案はワタシ」
「ぐぬぬ、たしかに今日の狩りはメイの提案だけど。……大変な目に遭ったのは余だよ?」
「――――何人分あると思っているんですか。どっちもしましょう」
「「やったー」」
二人はすぐさま立ち上がり、「早く帰ろう」と地面に座る私を急かす。
「もう、早く帰ってもご飯の時間は決まっていますよ?」
「コロネも呼んでいい?」
メイは遠慮がちに友達を呼んでもいいか私に許可を求める。可愛らしいお願いに私の答えは決まっています。
「もちろん」
ルシアもメイのお願いを聞いて笑っている。彼女も同じことを言うでしょう。
「「ご飯はみんなで食べましょう」」
今回はお試しとして地の文を減らし、会話を増やしてみました。
あえて極端に変えてみましたが今回のと以前の中間くらいが丁度いいのかな?
感想等意見を頂ければ参考にさせていただきます。