05
――完全にキャンプファイアーです。本当にありがとうございました。
ナサーニアさんたちと組んだ臨時パーティの迷宮攻略初日の打ち上げは、俺の本来のパーティメンバーであるマーティンとディーレ、そしてミオさんを加えた6人で焚き火を囲み、しっぽりとした雰囲気で進行していたのだが。
アカラナイさんの剣士としての腕がなかなかのものだと俺が褒めたら、ディーレが猛烈に興味を示してしまい、なんやかんやあって2人はいまそのへんで拾った棒切れを構えて対峙している。
全員酔っ払って興が乗りまくっているなか、危険がないならやれやれどんどんやれーと焚き付けたナサーニアさんが、「でも暗いとやりづらいよね?」とかそこだけ理性的なことを言って気を利かせ、焚き火の上に精霊魔法のでかい火球を出現せたというのが現在の状況だ。
ミオさんが「そうそうこれこれ!」とか言ってるけど、ナサーニアさんとアカラナイさんもいるんだから発言には気をつけてもらいたい。あなたが言ってるそれは、いったいどこの世界のどれのことですか。
まあ例によって俺の地元の猟師の風習とか言っときゃいいのか。俺も酔ってるせいで自分だけは気を回してるようで、実際はぜんぜん頭が回ってないらしい。
アカラナイさんとディーレはほとんど動かない。先にディーレが仕掛ける構えを見せ、アカラナイさんがそれに対応する動きを取るという即興の型稽古のようなことをやっているのだが、ディーレの動きに違和感というか、「どういう流れで次の手がそうなるんです?」みたいなことになっている。
「マーティン先生、説明してもらってもいいですか?」
「あはは、めちゃくちゃだよねディーレの動き。あれはたぶん、第3階層のウイングリザードの動きの再現だね」
「あっさすが戦闘狂夫婦。もうそんな達人っぽい域にまで到達してる感じだ?」
「さすがに半年も同じ迷宮に出入りしてるとね……第4階層のコカトリス以外の魔物なら、僕もディーレもほぼ完全に動きを把握してるかな?」
「そっかー。じゃあそっちでやってもらうことって、もうほとんどないな。いっぺん守護竜様に会いに行ってみようか?」
「そうなると嬉しいけど、見極めはクリエに任せるよ。僕らも退屈してるわけじゃないし」
「そう言ってもらえると助かる。でも今日ちょっと思うところもあったし、そろそろなんか考えるよ」
「うん。よろしくね」
そのうちにディーレが棒を放り投げてサムズアップして、アカラナイさんがそれに頷きを返して型稽古は終わった。ディーレはとても満足そうな顔だが、アカラナイさんはどこか戸惑っているような気がしなくもない。
火傷がひどくてアカラナイさんはほとんど表情を変えられないので、そのへんは空気で読むしかないからなかなか難度が高い。
「ディーレちゃん楽しそうだねー。うちのアカラナイはどうだったー?」
「うん、クリエが言った通り、けっこう強いね! ナサーニアさんとアカラナイさんなら、第3階層も余裕だと思うよ!」
「そっかー。じゃあ次回はガーゴイルを倒さなくちゃだね。期待してるよー、クリエくん?」
「俺たぶんハルバード構えてるだけでなんもやることないですよ? ヤバそうなときはもちろん奥の手でもなんでも出しますけど」
「クリエー? それって最初から弓にしとけばいいんじゃないの?」
「いやそれ俺のハルバードの師匠が言っていいことじゃねえだろ」
メリヤスではマーティンから剣技を教わっていた俺だったが、アラゴネッサに来てからはディーレ師匠(とマーティン師範代)から戦鎚の指南を受け、ハルバードを振り回す中衛というポジションを確立している。
それはもちろん前衛でやっていけるほどの剣技をモノにしておらず、さりとて後衛で弓を使うとさすがに格の違いがバレそうという事情によるものだ。それでみんなと相談した結果、D級冒険者として無難な腕に落ち着くためには、「マニアックな武器を使う中衛」という体裁がいいんじゃないかということになり、たまたま掘り出し物の償還品が手に入ったというのもあってハルバードの選択にたどり着いた。
本当はミック先生から槍としてのハルバードを学びたかったんだが、ここには斧ガールのディーレ先生しかいらっしゃらないので、ハルバード(長斧)というスタイルでどうにかしている。
「そういえばそうだった! それに、クリエならガーゴイルは得意だもんね!」
「うむ、そう言ってくださってこそ俺の師匠ですディーレ先生」
いまディーレがだいぶ際どいことを言ったんだが、たぶんナサーニアさんとアカラナイさんにはバレてない。
正確にはクリエがガーゴイルをお得意様にしているわけではない。クリエが持ってるハルバードがガーゴイルをお得意様にしている――すなわちガーゴイルスレイヤーである、というオチなのだ。
冒険者の増加に伴う治療体制の充実で迷宮攻略が活発になったことによって、償還品に対する知見も確実に集まりつつある。《呪われ品》とされる魔族用の償還品についてはまだ解明されていないが、レアだが効果がわかりやすい身体強化の恩寵などはよく知られていて、最深部を探索する冒険者の多くはそういったレアな償還品のひとつやふたつは手に入れている。
そういった状況でありながらも未だに見逃されているのが、メリヤスで発見されたゴーレムスレイヤーやアラシシスレイヤーといった特効系の恩寵だ。むしろ中途半端に勘のいい冒険者たちの間では、不幸を呼ぶ武器だとして忌避されることすらある。
いわく「身体強化の恩寵っぽいが、調子にムラがある」というのがその理由だ。
例えばゴブリンスレ……何も問題はないんだが、畏れ多いのでコボルドスレイヤーということにする。そして、その恩寵の効果を知らずに使っていたとしよう。
コボルドと戦うたびに「なんか調子いいな?」と感じるのだが、それ以外ではまったくいつも通りという「感覚のズレ」が繰り返し起きるというのが良くないということだ。冒険者にとってその日の調子の良し悪しというのは重要な感覚なのだが、ここに確信が持てないというのはメンタル上よろしくないし、調子のズレは事故も呼ぶ。
それでもコボルドほど頻繁に出くわす魔物への特効であれば、「ひょっとしてこの武器、コボルドに強いんじゃね?」という感想がそのうちに出てきて検証されるのだが、そのあたりは主様や守護竜様も心得ているようで、試行回数を稼げるようなスレイヤー系の償還品は寄越さない。
メリヤスではそろそろアラシシ名人みたいな冒険者が生まれているかもしれないが、自覚的にスレイヤー系の効果を確認するためには、例えばマーティンのように平常心で戦闘を行ないつつ、冷静に武器の切れ味を判断するという境地が必要だ。
そういう優れた冒険者に、その冒険者が得意とするタイプのスレイヤー系の武器が渡り、さらには特効対象の魔物とも対峙する、という偶然が重なりまくらない限り、スレイヤー系の償還品についてはよくわからないままになるだろう。
ましてや俺の場合はハルバードでもってガーゴイルなんだから、ニッチにも程がある。ゆえに掘り出し物として冒険者ギルドで購入できたんだが。
というわけで俺はハルバード使いとしてではなく、このハルバードを使うという条件に限定して、ガーゴイルならソロでも倒せる。もし償還品の恩寵が使用回数制とかでいつか消え失せる仕様だったとしたら、それに気づかずガーゴイルにソロで挑んだ日が俺の命日だ。
真夜中まで呑んで食って喋って、楽しい宴はつつがなく終わったのだが、解散のときに俺を除く《白銀竜》の面々がアカラナイさんと握手を交わす段になったとこで、ナサーニアさんの涙腺が決壊した。
ナサーニアさんは《白銀竜》にありがとうを繰り返し、別れ際にはアカラナイさんがナサーニアさんにありがとうと告げているのが聞こえて、俺の涙腺も小さなダメージを受けた。涙は流れてないんだけど、ミオさんがニコニコしてハンカチを当ててくる。やめて本当に泣いちゃうから。
「……残念ですけど、あれはわたしでも治せませんね。命を差し出せばちょっとぐらいなら治せるかもしれませんが」
「やっぱダメかー。火傷の跡はひどいけど、きっちり治ってる古傷のたぐいだもんなあ」
「クリエさんがアレを装備すれば、ほんの少しでも回復するかしれませんね?」
「それは考えたんだけど、ナサーニアさんがいるからなー。まず人間とエルフのマナの違いについて知らないと、ディーレのママみたいなことになるかもしれない」
「ですよねえ……」
あわよくばミオさんの神癒でアカラナイさん回復ーみたいなことを思ってたんだが、やっぱり皮膚の再生が終わるレベルまで治ってしまうと、もう「元通り」にはできないらしい。
「とりあえず、いつか絶対治すリストにはアカラナイさんの名前も書いときますね。四肢欠損とかの人たちよりは後回しになりますけど」
お、おう。そんなもん作ってたのか。治癒師の無念みたいなのがあるんすね。
「ちなみにクリエさんなら、何をどれだけ失っても治しますから、安心してくださいね」
「へ? ああ、あの指輪を付けて一緒にいてくれるってこと?」
「半分正解です。わたし、あの指輪みたいなことができるようになりました」
「は? 常時回復的なこと?」
「ですです。そうですねえ、指輪と併用すれば……100年ぐらいで腕1本ぐらいは取り返せますかね?」
「理論上は可能だけど、実用性は別のやつー」
「むっ、凄いことなんだからそこは素直に褒めてくださいよ」
それは確かにそうだ。周囲のマナを取り込みつつ、常時癒やしの力を展開するという技術はおそらくこの世界の誰も確立していない。
素直に謝ったあと、ハゲさせるぐらいの覚悟で頭を撫で続けたら町に戻るまで撫でさせられて、腕がパンパンになってしまった。
そこは「撫ですぎです! ハゲたらどうするんですかっ!」とか言って途中でやめさせるもんじゃないのか。