03
本日3話めです
「たぶんナサーニアさんにはバレバレなんですけど、俺の本業はこっちじゃなくてですね……」
そう言って肩に担いだハルバードをポンポンと叩いてみせると、ナサーニアさんが「だろうねー」といった感じで口角を吊り上げる。
「まあでも本業そのものはバレてないと思うんですよ。ナサーニアさんが想像してる通りに精霊魔法も使えるんですけど、いちばん得意なのは弓です。ナサーニアさん、弓をお借りしても?」
「あらー。確かにそれは気づかなかった……。本当に弓師だっていうんなら、もちろん貸してもいいよー」
「ありがとうございます。では失礼して」
受け取った弓を腕に通し、リュックからバジリスク皮のグローブを取り出してはめるたところで、ナサーニアさんが怪訝な表情になった。そうでしょうそうでしょう。あなたならこの意味がわかるでしょう。
引き手にはめたグローブに魔石を握り込み、ナサーニアさんが回収していた迷宮鉄の矢を番えたところで、ついにナサーニアさんの顔に驚愕の色が浮かぶ。
「射ます――貫け・暴れろ」
リュクルス様の分体と戦ったときにモノにした、新しいブラストアローのイメージで放つ。ゴーレム削りの効果はオマケだ。的にした壁を貫き、ゴーレム削りの効果でムダに派手な土煙を巻き上げて、迷宮鉄の矢は鏃の部分まで壁に埋まり込んだ。
「――というような感じですね。エルフの弓術と精霊魔法を組み合わせた弓術士、というのが俺の本業です」
「えー……その技を使える人間、初めて見ちゃった……。あっそうか、だからクリエくんはさっき『エルフですか?』ってどんぴしゃで訊いてきたんだ?」
「ですです。昔ちょっと盗賊の首領をやってたエルフと命の取り合いになったことがありまして、そのときに見てあまりの威力にびっくりして、地道に調べてエルフの技だと突き止めたんです」
「へ? 独学なの?」
「まあ精霊魔法を使えますし、もとは猟師でしたから。魔石の扱いも弓も慣れてましたので」
「そっかー。そういうことなら納得……していいのかな?」
「そういうことで納得しておいてください。すごい師匠たちに恵まれてますけど、この技の習得そのものは独学でしたので」
「あー、うん。その師匠たちの話はいいや」
引きつった笑みを浮かべてナサーニアさんが納得してくれたので、この話は無事に終わった。たぶんこの人には、俺のバックグラウンドが相当なものだという想像ができてると思う。たぶんその想像の遥か斜め上を行ってしまうんだけど、「凄そうだから聞きたくない」と思ってくれるだけでとても助かる。
そうしてもらえれば、余計な嘘ついたり誤魔化したりとかしなくていいからね。
ともあれ、俺の実力をちょっと明かしたところで、このパーティでの話を進めていこう。
「ナサーニアさん的に、俺の弓の腕前はどうでした?」
「んー、悔しいけどあたいよりも上かな。矢に精霊魔法を乗せるのはできるけど、《風矢》の威力が違うかも」
「たぶんイメージだけの問題なんですけどね。俺も以前は風の爆発力で強く射ち出すだけの感じで風精霊に願ってたんですけど、あらゆるものを貫くイメージで伝えてみたら威力が上がりましたので」
「そうなの? そんなの森の誰も教えてくれなかったよー」
「狩りとかそのへんの魔物を追い返す程度なら、ほどほどの威力で十分だったからかもしれませんねえ……」
エルフが住まう森がどれぐらいあるのかはわからないけど、魔物が強力になる魔族領の近くにもエルフの森があるとしたら、俺のブラストアローよりさらに強力な《風矢》が編み出されて、日常的に使われているのかもしれない。
オーダーから「魔法の強さはイメージだ」みたいなことを教わったことがあるので、リュクルス様との戦いでブラストアローの強化版に開眼したのは納得だし、なんならもっとイメージを研ぎ澄ませればさらなる強化もできるんだろうと思っている。
それでもちろん実際に試してみたんだが、どうにも今使ってる「貫け」を超えるイメージと文言が湧かず、「ねじ込め」とか「えぐり込め」とかいろいろやってみたけど、「貫け」を超える文言はモノにはできないままだ。
「しかも《風矢》のイメージも文言も、人それぞれだしねー。あたいは『射抜け』でやってるけど、長老の時代は文言がなかったみたいだし」
「長老の頃って今より《風矢》の威力が高かったんですか?」
「うんにゃ、文言を乗せるようになった今のやり方のほうが強いみたいだよー」
「ほうほう、参考になります。ちなみに俺が最初に使ってたのは、ナサーニアさんとちょっと似てる感じで『射ち出せ』でしたよ」
「そうなんだー? やっぱり射るっていうイメージになりがちだよねー」
にゃははと笑うナサーニアさんに釣られて、俺もアハハとか笑ってうっかり同門トーク的なのを楽しんでしまったが、本題はそういうことじゃあないんだった。
「話を戻しますと、実は俺、冒険者ランク的にはD級ということになってるんですが、第2階層のボスはこっそり倒したことがありまして」
「えっ? それでなんでC級に上がってないの?」
「こっそり倒して報告しなかったからですね」
意味わからんといった感じで、アカラナイさんと顔を見合わせるナサーニアさん。まあわからんよなあ。
うーん、どうしたもんか。訊かれたらさくっと全部バラすかなあ。
「まあちょっと事情がありまして。さっき言ったすごい師匠たちっていうのにも関係する話なんですけど……聞きます?」
「んー、アカラナイ、どーする?」
「俺うぁきょういないな。あんたにあかせる」
「んじゃ聞く」
聞くんかーい。そこの判断ノータイムかよ。
「えっと、メリヤスの迷宮を攻略したのは俺らのパーティなんですが、いざ攻略してみたら迷宮からの恩恵なんていうオマケが付いてきまして……。それで、メリヤスだけがその恩恵に与るというのもいかがなものかと思って、他の迷宮の様子を見に来たって感じです」
「えっ!? メリヤスを攻略したのって、クリエくんたちなの!?」
そこでアカラナイさんと顔を見合わせる気持ちはわかるが、さっきの「意味わからん」からパワーアップして「こいつ今なんつった? ワンチャン頭おかしい?」みたいな空気出すのやめてくんねえかな。
「ほんとに?」
「本当です」
「そっかー……」
はいそこ、そっかーて納得したんだったら、また顔を見合わせて「あんなこと言ってるよ? こいつ大丈夫なのかな?」みたいな空気出さない。
「そっかー……うーん、そっかー……。それで? 迷宮を攻略したら守護竜様が解放されるのは当たり前だよね? それの何が気になるの?」
「他の国が『メリヤスだけずるい』って思いませんかね?」
「え? けどもともと守護竜様はそういうものだって……あー、今の人間たちだとそうかもしんないねー」
お? ナサーニアさんこの件についてなんかちょっと詳しい感じだな?
「迷宮と守護竜の話はエルフにも伝わってるんですか?」
「うんうん。エルフは人間たちより保守的だから、古い盟約に従うのは当然っていうかー。不公平とかそんなの言うのは不敬だ、みたいな?」
「ああ、他の国が守護竜を解放したからって、文句を言うとかの発想がないんですね」
「そーそー。あたいも半分エルフだからかもだけど、盟約を守らず本気で迷宮に挑んでなかったくせに、それでなんで文句言えるの?って思っちゃうけど」
「言っちゃうんですよねえ、人間って。ていうか、今の時代の人間って、か」
「それねー」
まあ理屈としてはナサーニアさんが正しいっていうか、そもそも盟約は「迷宮攻略の努力しろ」だったはずだから、他の国に出し抜かれたからって文句を言うのは筋違いなんだよな。
しかし盟約への本気度が薄れてるのは我らがメリヤスのグラハム王家が証明なさっておられるので、たぶんこのサクレメンテ王国も似たようなもんだろうと想像する。俺らがやって来るちょっと前まで、アラゴネッサの冒険者も少なかったって聞いてるし。
「まあそれだけが理由というわけでもなくてですね、メリヤスを攻略したときの感じだと、いつまでも迷宮が攻略されないと守護竜様がかわいそうだなと」
「えっクリエくん守護竜様とお会いしたの?」
「攻略したって言いましたよね?」
だからもういちいち顔を見合わせて、「なんかマジっぽいよ?」とか空気で伝えてくるのやめてくんねえかな。




