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「というわけでワールドツアーを敢行したいんだけど、みんなの都合はどうか」


 屋敷にパーティメンバーを集めて楽しい昼食会を開催したあと、本題をぶっちゃけた。


「僕は構わないよ。領地のために魔物と戦う腕を磨いて、魔物が攻め込んできたら領地に戻れるようにはしておきたかったけど、リュクルス様のおかげでそういう心配がなくなったからね……」

「マーティンが行くんだったら、もちろんあたしも行く!」

「……少し……考えさせてくれ……」

「わたしは構いませんが、殺菌灯利権?の話は解決してませんよね?」


 む。さすがミオさん、突っ込みどころが的確だ。ていうかうちのパーティは全員そうだけど。


「殺菌灯の件は保留で」

「保留していいんですか」

「していいことにします。というのも、まずは他国の迷宮攻略の進捗を把握したいというのがあって。メリヤスの一人勝ちが長く続きそうなら殺菌灯を市場に出すのは保留するけど、最下層の踏破が目前に迫っている国がひとつでもあれば市場に出すって感じかな」

「なるほど。まずは情報収集ですね」


 すぐに旅に出るわけではないというのを把握して、ミックさんは少し安心したようだ。察するになんか片付けたい案件があって、それを片付ける前に旅に出るというなら不参加、みたいな感じだったんだろうか。


「迷宮攻略の進捗なんていう情報、そう簡単に集まるものかな?」

「俺らみたいに先のことを考えて、ひとまず隠しておくっていうパターンは確かにあるかもなあ」


 しかしマーティンの疑問は、珍しく杞憂に終わるんじゃないかと想像する。トスマ王国が迷宮攻略を成し遂げる前であれば、どの国だって他国に先んじて迷宮攻略を達成したかったはずで、その場合は情報を秘匿する価値が上がる。しかし一抜けした国が出てしまえば、他国の事情がどうあれ迷宮産の魔道具は市場に流されてしまうので、情報を秘匿する意味が薄まるのだ。


 その際に「うちも近々最下層を踏破する予定でして……」と大見得を切って対等の立場に持ち込むという交渉術もなくはないが、肝心の迷宮攻略が難航すれば口先だけの出まかせになってしまうし、それは国際的な信用を失うことにつながる。


 ゆえに迷宮攻略の進捗情報を秘匿するメリットはないし、口先ではなく事実として攻略目前であるのなら、さっさと手札を明かしたほうが都合がいいはず、というのが俺の推測だ。


 そういう事情も計算に入れて、情報収集は2つ以上のルートで行おうと思っている。


「とりえあずギルド長には話を通してて、各国の冒険者ギルドへの問い合わせは行ってもらってる」

「うん。とりあえずってことは、他にもなにかあるんだね?」

「こっちはまだ交渉段階なんだけど、オーダーの伝手で迷宮主から状況を聞けないかなって」

「オーダーさんってそういうことしていいの?」

「そこが微妙なので交渉中。一応は世界経済のバランスを憂慮してのことだから、世界の調和という観点から外れてはいないと思うんだけど……オーダーの仕事って秩序や調和を保つための調停だから、実際に何をやるかっていうとルールを逸脱した存在への説得や粛清なんだよね。事を未然に防ぐというのはたぶん職務の範疇を超えてるっぽい」

「うん? ということはダメなんじゃないの?」

「調停者としてはダメ。そこを『冒険者クリエの、やたらと顔が広い母親』という解釈でなんとかならんかなというので、主様へのコンタクトを試みてるとこ」

「うわあ……物は言いようっていうか……」

「マーティン君、そこは柔軟な解釈と言っていただきたい」


 まあ主様へのコンタクトを試みるといっても、こっちから「ぬしさまー」って呼んで来てくれるようなものでもないらしいので、可能な限り主様との接触を待ってみたけど叶わなかったので独断でやっちゃいましたてへへなどという手が使えるのかということを、オーダーがぐるんぐるん悩んでくれてるという状態だ。


『ところでオーダー、主様の不興を買うとどうなるの?』

『買ったことがないからわからんが、この世界が消し飛ぶかもしれんな』

『わー』


 まあ、てへへで済むようなことじゃないわな。しかし俺を授かったことでオーダーに新たな自我と感情が与えられたというのは、主様からの「好きにやっていいよ」というメッセージなんじゃないかという説が捨てがたく。そうじゃないのに放ったらかしてるっていうのなら、主様は相当な外道だ。


 この解釈がそれほど間違ってないと思える理由の一つとして、感情豊かなリュクルス様の存在がある。リュクルス様の行動原理は約定の遵守ということになっているが、王家の罪を自分の命で贖うべく、破壊される予定の塔に隠れてたルカ王子を助けたというくだりは、人命の尊重への理解の早さもさることながら、後で聞いた「死なせたくなかった」という情の深さにびっくりした。


 迷宮攻略後の世界の根幹となる「守護竜」というシステムが、そんなに感情豊かでいいはずもなく。実際に今回だって王族皆殺しというのが本来の処置だったのに、ルカがちゃんとしてたから王城の西塔破壊で許してやるという、全グラハム王家が泣いたレベルの大岡裁きだ。


 それでリュクルス様の身に何かあったわけでもないので、守護竜というのもたぶん約定に記されている以上に自由な存在なんだと思う。その気になれば他国に戦争を吹っかけられるんじゃなかろうか。


 まあでも、ゲームデザイン下手くそ選手権というのが存在したら、余裕で強豪ですってぐらい主様のセンスが残念なので、なんも考えずに守護竜に感情を与えたという可能性も無きにしもあらずなんだが……。


「とまあ、そういう理由もある」

「なるほど。一応言っておくけど、クリエがどんな判断をして、その結果として世界が消し飛ぶことになっても、僕はそれで構わないからね」

「あたしもー」


 いやディーレ、いくらマーティンがそう言ったからといって、さすがにもうちょっと考えてから同意しないとダメだろ……。


 というのががっつり顔に出てたらしく、ディーレに指を差して突っ込まれた。


「あー、またクリエが誤解してるー」

「ディーレさん? また、と申しますと?」

「あのね、あたしとマーティンはいっぱい色んな話をしてるの。それこそ、クリエと一緒にいたらあたしとマーティンが死んじゃうかもなんて、最初の最初から考えてるんだよ?」


 人を死神のように言わないでいただきたい。たかだか世界が消し飛ぶぐらいなんだから、せめて破壊神と……違うそういうことじゃない。


「あたしとマーティンの覚悟をナメないでね? クリエだけが大事なんじゃなくて、ミオだって大事だし、ミックも大事。あたしとマーティンは、みんなと一緒にいたいからいる。みんなと一緒にやりたいからやる。それでうまくいかなくて死んじゃっても、後悔することなんかなんもないよ」

「あ、はい」


 重いんだか軽いんだかわかんねえなあ……。でもまあ、ラノベに出てくる甘ちゃん勇者みたいに「俺には何もできない、けどみんなの命は守りたい!」ていうの、だったらお前らいっそ全滅しろとか思うのは確かだ。俺の好みとしては「俺には何もできない、だから一緒に死んでくれ!」タイプの勇者のほうだ。


「そういう話でしたら、わたしなんか2回死んでますし。3回目を想い人と迎えるというなら願ったり叶ったりですよ?」

「あ、はい。こないだからちょいちょいそうかなと思ってはいましたが、その『想い人』というくだり、そのうち時間を作って解決しましょうね?」

「ふふっ。お待ちしてます」


 なんかのブレーキがぶっ壊れてるけど、ミオさんの死生観については通常運転のような気がする。


「俺は……死にたくはないな。しかしまあ成り行きで……そうなったとしても、そんなものは……冒険者になったときから定まっている」


 潔いなミックさん。そういえばミックさんも初対面のときに高確率で死んでたんだった。


 ロマノフは……訊くまでもないか。目線飛ばしただけで食い気味に頷いてきた。


「まあ俺も同じだ。改まってこういう事を言ってもらえると、随分と気が楽になるもんだなーて、ちょっと感動してる。それで……これはたぶん言うまでもないと思うけど、一応言っておく。いつ死んでもいいからっていっても、考えなしに好き勝手やって世界が爆発していいわけでもない。なので、俺が間違ってると思ったら、これまで通りにじゃんじゃん突っ込んでほしい」


 そう言ってみんなを見回すと、全員一致で破顔と頷きを頂いた。これにて本日のミーティングは終了とす。





 ミーティングのあと、迷宮改造業務にいそしんでいるオーダーのところに顔を出した。


「――とまあそういう感じで、少しぐらいは危ない橋を渡っていいというか、世界がちょっと険悪になるぐらいだったらあんま気にしないでもいいのかなーて」

「良き仲間に恵まれたな、クリエ。この母としてはクリエとの暮らしが終わってしまうのは受け入れ難いが、子のワガママを聞いてやるのも母の務めだと納得しているぞ」


 優しくそう言って、オーダーが俺の頭を撫でてくる。人間形態のオーダーに撫でられるのは初めてなので、なんか新鮮な気分だ。


「ねー。楽しい日々が終わっちゃうのはつまんないよねー。世界の経済とかどうでもいいから、みんなで長生きの方向で考え直すかなあ」

「それでもいつかは終わってしまうのだがな……」

「人間って、生まれた瞬間から致死率100%だからなあ……」

「この世界であれば、無限転生コースもないことはないが」

「あ、それはちょっとやりたい。子孫をちょっとだけ助けて微笑む謎の冒険者みたいなやつ」

「おそらく、ミックは付き合ってくれぬだろうなあ」

「あの人ってなんか、人間としての芯が強いよね。冒険者とかいう以前に、人間として当たり前のことに対しての覚悟が定まってるっていうか」


 ミックさんってほんと、ザ・冒険者っていうかザ・人間みたいなとこがある。


「マーティンとディーレは転生に付き合ってくれそうだが、そのうち飽きそうな気もするな。しかしミオだけは、何万年だろうが付き合ってくれそうな気がせぬか?」

「それなー。今日だいぶ直球で告られた」

「お? ハーレムか? ハーレム編になるのか?」

「ならんなあ。たぶん『わたしが好きなだけだからそれでいいんです』みたいなやつだと思うんだけど、それはまあいいとして。ハーレムってほら、一人あたりの時間が削れるっていうのがどうにも納得できなくて」


 ついでに余計な心配を添えれば、体力(とくに下半身)的に無理な気がする。


「同じ空間にいれば3人でも10人でも変わらんと言えるが、それぞれへのコミュニケーションの濃密さというのだけは、どうしたって失われてしまうからなあ。全員が不老不死というなら話は別だが」

「なんにせよ、俺の物語ではないかなあ。しかしまあ前世でもそこそこモテて、この世界でもこういう悩みがあるっていうのは、有り難いことではあるよね」

「何を言っているのだ? ミオは前世分のカウントであろう」

「あれ……? え……? そうか、そういうことになるのか……」

「この世界でもこういう悩みがあるっていうのはー、有り難いことではあるよねー(暗黒微笑)」

「やめてー! 俺の口調を真似してそういうこと言わないでー!」


 このあと何の話をしても「この世界でもー」とか「有り難いことではあるよねー(暗黒微笑)」って言われて精神削られた。けっこう本気で「異世界でもなんか知らんがモテるな?」とか勘違いしてたよ恥ずかしい。


 死にたい。世界とか今すぐ爆発すればいいのに。



あと数話(十数話)という終わる終わる詐欺でしたが、ひとまず3章が終わりました。このあと閑話も予定してますが、メリヤスの迷宮は攻略され、クリエたちは次の舞台に向かいます。


無事に区切りを迎えたということで、よろしければここまでの評価をお願いします。


半年ぐらい手を付けられなかったお話に、辛抱強く付き合ってくださる皆様に感謝を込めて。

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