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 リュクルス様が言っていた「少し騒がせる」という言葉から予想していた通り、王城シャーフスタッツの西塔蒸発事件からしばらくの間、トスマ王国は大騒ぎだった。


 煌竜顕現によって王都が大混乱に陥った翌日、リュクルス様は再び人の姿でしれっと王城に出向いていき、つつがなく王との対面を果たしたらしい。そしてその際の謁見の場で、前王による退位宣言を受け入れたとのこと。


 なお、謁見の場で玉座に座っていたのは王ではなく、純白の貴婦人だったという噂もある。たぶん真実だろう。


 現王となったのは第一王子のジョン・グラハム。リュクルス様が第三王子のルカに妙な肩入れをしていたので、てっきり第三王子が王座につくのかと思ったが、余計な波風を立てることもないという判断らしい。何よりも第三王子本人が、即位を望まなかったという事情もあったらしい。


 謁見?を終えたリュクルス様は、去り際に「攻略を成し遂げた冒険者に対し、謁見や褒賞の強制を禁ずる」と釘を刺してくれたそうで、おかげさまで俺らが国外逃亡を企てる必要もなく、のんびりと骨休めができたのはありがたい。


 冒険者ギルドの方にも便宜を図ってもらっていて、迷宮攻略者の素性は公開されていない。そこでは「他国からの引き抜きを防ぐため、国王命令として素性が伏せられた」という体裁になっている。謁見も褒賞も禁じられ、出してもいない命令が存在することにされて、グラハム王家は踏んだり蹴ったりだ。


 とはいえ王家にとって悪い話ばかりではない。「守護竜」という存在は読んで字のごとくで、トスマ王国に害を為そうとするあらゆる外敵を退けてくれる存在である。ただしその圧倒的な力を奮えるのはあくまでも防衛に限られており、守護竜が他国に攻め込むことはできない。


 もしもリュクルス様がトチ狂って他国に戦争を仕掛けるようなことがあれば、この世界の秩序と調和を乱す禁忌を犯したと見なされ、圧倒的な制裁システムが発動するらしい。それはたぶん、オーダーがすっ飛んでくるという意味だろう。そんなこと誰も教えてくれてないけど、どう考えてもそうに決まってる。


 さておき、そういうわけで守護竜を擁した国は、内政から「戦争への備え」という難題がある程度は取り除かれることになる。周辺諸国から一斉に攻め込まれるとリュクルス様の手が足りなくなりそうだが、そういうときには積極的防衛もやむなしということで、侵略国の王都や首都を灰燼に帰してもいいらしい。


 こういった細かいルールは、リュクルス様が言っていた約定というのにちゃんと記されているらしく、守護竜が出現した国には手を出しちゃダメよ、というのは各国の首脳であれば誰もが理解しているのだという。


 トスマ王国についてはそんな感じで、本題はもちろん俺たちの現状と今後についてだ。


 後述する殺菌灯の利権の存在もあり、迷宮攻略のご褒美というものは王国からも冒険者ギルドからも受け取らなかったが、冒険者ランクだけはこっそりと特級というものにしてもらった。これまでの最高位であった名誉階位のSランクを超える、現時点ではこの世界に5人しかいない新たな名誉階位だ。

 現時点で、というのは後続が現れる可能性があるということで、未踏破の迷宮攻略に成功した冒険者が現れた場合には、やはりこの特級が与えられるということになっている。ちなみに既に攻略された迷宮の最下層を踏破した場合には、その実力を精査してSランクかAランクが与えられるらしい。


 その精査は誰がやるんだろうか。迷宮主の皆さんなのかな。


 そんな感じで何もかもが丸く(?)収まったのだが、新たな問題が次から次へと発生していて、俺らの実感としては何ひとつとして収まっていない。


 現状における最大の問題は、リュクルス様の計らいによって、殺菌灯の魔道具を扱うすべての権利が俺のもとに転がり込んできたこと。どう考えてもこれひとつで人生勝ち組なわけで、この先一生働かなくてもいいぐらいの富を手にできる。なんなら人生3回ぶんぐらいは寝て暮らせるかもしれない。


 いや人生3回ぶんは言い過ぎたか。それは大きめな魔石の需要を一手に握った場合の話で、魔法技術の発達などで一定以上のサイズの魔石に別の需要が生まれれば、俺に転がり込んでくる富はいくらか目減りするはずだ。もちろん、他の冒険者達が未踏破の迷宮攻略に成功し、俺のように風の魔道具だの水の魔道具だのの権利を握れば、俺の取り分はさらに減る。


 ていうか水の魔道具とかエグそうだな。そんなもんの権利を個人が握ったら、そいつひとりに世界を支配できるぐらいの富が集まりそうだ。なんなのこのガバガバっていうか雑なシステム。


 リュクルス様が言うには、どこかの国が迷宮攻略に成功すれば一時的に一人勝ち状態になるものの、そのノウハウによって程なくして他の迷宮も攻略されるだろうから、そのうちそれぞれの国の魔道具が特産品とか交易の主力となっていき、最終的には経済のバランスが成立するという雑な目論見らしい。


 あんま深く考えてないから断言はできないけど、水と光の価値がずば抜けて高そうなんだよなあ……。


 ちなみにダークホースは闇で、「光の魔道具には光学的な見地が採用されてるぽいので、そうなると闇という現象は光に含まれるのでは?」と思ったけど、闇(およびその他)というこれまた雑なカテゴリー分けになっているらしく、火水風土の有名四属性と光を除くすべてが闇に大集合しているのだと。


 精霊でも光精霊の対みたいな存在として闇精霊がいて、俺もしょっちゅうブラインドショットのときにお世話になっているわけだけど。あのときに発生する目くらましは光を乱反射する謎の物質をマナから生成するという謎現象で、学問としては光学の分類なんだが、謎物質に関しては科学と化学の合わせ技というだいぶ闇が深いことになっている。


 そういうマナの解明されていない働きや、さらには核融合なんかもこのカテゴリに入っていると想像されるので、【闇の恩恵】を手に入れた国は将来的に覇権国家という可能性がとても高い。


 蛇足だが、乳児の頃にオーダーから教わった記憶で、この世界にはとても稀有だが超能力者も存在しているというのがあるが、そういった人たちの能力も闇魔法と認識されているらしい。カテゴライズに困ったときは闇魔法、という雑な理解でいいのだと思われる。


 で、なんの話だったっけ……そうそう、まずは経済のバランスの話だ。


 正直、トスマ王国だけが迷宮攻略を成功させて一人勝ちという状況はよろしくない。従来の交易市場に迷宮産の魔道具が登場し、それが一国の独占という状態が長引けば、トスマだけがどんどん豊かになり、他国は衰退していく一方だ。


 そのためにも他国の冒険者たちの奮起に期待したいところだけど、なにしろ主様のゲームデザインセンスがよろしくないので、俺みたいな転生者でも現れない限りは迷宮攻略の目処が立たず、メリヤスのように冒険者の数が減って先細ってしまうという懸念がある。リュクルス様が言ってた「先行攻略者のノウハウによって程なくして他の迷宮も攻略される」という楽観的な見通しは甘い、と個人的には思っているのだ。


 手っ取り早い解決法として、俺らが世界ツアーに乗り出すという手があるのだが、殺菌灯利権を解決するまで動けないし、行った先々の国で魔道具の扱いをどうするのか決めるのも億劫だ。さすがに「攻略しときました。あとはよろしく」というわけにもいかないし、何よりも迷宮の存在理由に反する。


 その迷宮を領有している国が、国力を結集して取り掛かるのが迷宮攻略であり、それが一定以上の水準を満たした証として達成されるのが、最終階層の踏破だ。そういったものをすっ飛ばして迷宮から与えられる恩恵を受け取る資格はない。


 メリヤスはどうだったかって? 知らんがな。転生者が住んだっていうのが国力なんじゃね?


 マジレスするとメリヤスは惜しいところまでは行ってた。その惜しいところで完全に手詰まりになってお先真っ暗だったわけだけど、俺たちは最後のひと押しをしただけと言えないこともない。マジレスと書いて詭弁と読む。


 それでも、第2階層のマンティコアの存在に気づいたのは先人たちが残した記録のおかげだったし、白狼の攻略方法に大まかな目星をつけられたのもロマノフたちの奮闘があってこそだ。リュクルス様がキレて「さっさと来い!」ってなったのも、ロマノフの時代に惜しいとこまで行ってて、後続の俺たちも同じぐらいまで進んでいるのに、なかなか話が進まないせいで痺れを切らしたんだと睨んでいる。


 よって注意深さと閃きを併せ持った冒険者が他国にもいれば、転生者の力を借りずとも迷宮攻略に成功しそうなものなのだが……。


 ゴミみたいなゲームバランスの中で生き抜いて迷宮攻略に挑み続けるためには、前世のゲーム知識とかラノベ知識がほぼ必須というのがなあ。これたぶん今後も腐るほど言うけど、主様ほんとセンスないと思う。


 長々と言い訳してみたけど、転生者の知識と実家の太さというチートを駆使して迷宮攻略を達成し、世界の経済バランスに大打撃を与えようとしている身としては、その責任を取って全世界迷宮攻略指南ツアーを敢行するべきなんだろう。


 しかし、現地の冒険者がモノにならなかったらどうしようね……。もういいお前らには任せておけん!てなって俺が攻略する未来がぼんやり見えるけど、ちゃんとしてない国に迷宮主の恩恵を与えるわけにはいかないので、悩ましいところだ。



 そんなこんなの理由により、迷宮攻略を促して経済のバランス崩壊を食い止めるというところまではいいとして、その際に無視できないのが俺の身の安全をどのように担保するのかということだ。トスマ王国にいる限りは、リュクルス様のお達しがあるし、さらには守護竜パゥワーでいろんな加護を付けてもらっているとのことで、命の危険はほとんどないらしい。


 しかしリュクルス様の権限はトスマ王国内にしか適用されないので、他国に出向いていくということになると、当然ながらトスマの守護竜の加護は機能しないとのこと。


 そりゃそうだよな。守護竜パゥワーの加護を受けたやつが他国で虐殺とか略奪とかやりたい放題やって、その報いとして殺されかけても加護のおかげでなんともないぜなんてことがあれば、それはただの国と守護竜ぐるみのテロだ。


 死にたくないでござるし、働きたくないでござるよ。あれ? 世界の経済のバランスをー、とか余計なことの心配しないで、メリヤスでゴロゴロしてれば両方叶うんじゃね? そのうちちょっと働いてみたくなったら、薬草採取とかの低ランク向けの依頼とか受けるの。鼻息荒い新人冒険者に「あいつ薬草採取しかやってねえなw」とか笑いものにされたりして。


 漲るな。これはとても漲る。あと妄想が捗る。そんな感じで俺がゴロゴロしてたら、当然の展開として憔悴した感じのギルド長が屋敷に来ることになる。冒険者ギルドの期待を一身に背負ったパーティ(俺の同級生たちだとなお良し)が白狼相手にヘマ打って、リュクルス様から新しい魔道具を貰う算段が立たない。すまんがクリエ、迷宮攻略に復帰してくれねえか……とか言って。


 いや、そんなんどうでもいいか。そういう「本当は実力者」的なのをやりたいんだったら、他国で一から冒険者登録してやり直せばすむだけだ。それだけでたぶん似たようなカタルシス展開になる。


 そして実際に妄想してみてがっかりしたのが、本当にできることでそれっぽいシチュエーションを作って実行したとしても、たぶん自作自演みたいな虚しさしかないってことだ。「似たようなカタルシス展開」とか言ったけど、そんな気持ちよさとか1ミリも感じられなくて、せいぜい「またつまらぬものを斬ってしまった……」みたいなことを思うだけなんだろう。


 できるというのと、できそうというのは似ているけど大きく違う。前者は反復や単純な実行で、後者は挑戦だ。どうせならずっとワクワクしていたい。


 俺にとってのそれは、やっぱり迷宮攻略指南のワールドツアーなんだろうな。


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