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「つくづく思うんだけど、石積みでよくあんなもん建てられるよね」
王都にほど近い丘の上に敷布を広げた野次馬、またの名を冒険者クリエとその一行。
昼過ぎにオーダーが屋敷にやって来たかと思ったら、出し抜けに「リュクルスのカッコいいところを見られるから王都に行こう」と言われた。メンバーは俺、マーティン、ディーレ、ミオさんで、ミックさんはホゲットの様子を見てくると言ってメリヤスにはいなかったので不参加だ。
オーダーの背中に乗せてもらってバビュンと飛んできて、やって来たのが俺にとっては初めての王都……の近く。
そういう流れでこの場にいる俺は、ヨーロッパの古城でよくある「塔」の部分を目にしてひたすら感心している。シャーフスタッツの王城の四方に配されたその塔は、目測で高さ20mほど。地球でも11世紀には30m越えの塔というかビルのようなものが建築されているので驚くには値しないのだが。
しかし感心はする。この世界で地震に見舞われた覚えはないので、おそらく石積みとかの組積建築だけでそこそこ高さがあるものを組み上げても倒壊の心配が少ないんだろうけど、何もそこまで高いもんを建てないでも、みたいなことは思ってしまう。だってあれ、人力で建ってんだぜ……。
使われてる石の数と、その石の塊をどこからか見繕ってきて、砕いて加工して積み上げたっていう手間を想像するだけで、なんかもう卒倒しそうだ。そりゃあ地球でも「かつて重用された石工たちが力を蓄え、秘密結社になった」とかいう説も広まるよ。
その人類の叡智が、この国の先祖たちが積み上げた膨大な努力の象徴が、本日これから1本ほど消し飛ぶらしい。ひでえことするなリュクルス様。
事のあらましはすでに聞いた。迷宮主との約定を守れない程度にトスマ王国の王家が緩んでたので、本来なら王族を根絶やしにして新しい王を据えるところを、なんかあって塔を1本砕くというので勘弁することになったらしい。
要するに示威行動だ。恐怖政治とも言う。それやっちゃったらどこの誰が為政者でも関係なくて、要するに実権を握ってるのはリュクルス様ということになるだけのような気がするんだけど。
オーダーいわく、この世界はそうなるようにデザインされたらしい。じゃあしょうがない。
人間は政治ごっこをやって、なんか間違えたら迷宮主こと守護竜がリセットするのだと。発想が雑だなー、主様。たぶん当人的にはそれがユートピアってことなんだろうし、理解できる部分もあるけど。
詰まるところアレだな、性善説と知性を軸に基本的人権を尊重するのか、徹底的な管理社会にするのかっていうやつ。それの超絶中途半端で、最高に無責任バージョンと言える。いっそのこと主様とその下僕できっちり管理してやればいいのにって思うけど、政治ごっこをやらせるのが必要だと言われると、なるほどそうなのかもなと思う。
やってみなけりゃわからない、というやつを実際にやってみてるのが主様であり、たぶんこの世界とは違うシステムでデザインされた世界なんかも並行して管理してるんだろうなと想像する。
それはそれとして、この世界の地元民的にこういうのはどうなんだろうか。そう思って仲間を振り返ってみるも、領主の息子ということで立ち位置は為政者寄りのマーティン、力isパワーの魔族領育ちのディーレ、いいとこの育ちに加えて地球住まいの経験もあるミオさんと、フラットな平民の意見を出してくれそうな人は誰もいなかった。
「……消去法でマーティンになるか……」
「クリエ? 僕はいいけど、たぶんディーレとミオさんにも失礼なことを考えてるね?」
マーティンの言葉を耳にして、屈託のない笑顔を浮かべるディーレとミオさん。その表情には「またか」って書いてある。ひょっとしてこれ屈託がないんじゃなくて、生温かいってやつか。
「やー、平民の政治感覚みたいなのを訊きたかったんだけど、逆に為政者側に聞けば、そのあたりに関して把握してることを聞けるのかなと」
「ふむふむ……。塔を壊す是非とその効果について、ということかい?」
「だいたいそんな感じ。こういう力づくで言うことを聞かせるっていうのに、反感はないのかなって」
そんな俺の言葉に、マーティンは少しだけキョトンとした。キョトンとするのはこっちだわ。ひょっとしてお前もあれか、力isパワー民族なのか。
「そうだね、これを為政者がやると反感もあるだろうけど、リュクルス様であれば畏怖と崇拝の対象だからね。そこに大きな違いがあるかな」
なるほどー! 地球だとテクノロジー寄りの科学的見地から神の存在が否定されるけど、ガチで神様が存在する世界だとそういうことになるのかー。
「はー、盲点でしたわ。畏怖と崇拝ねえ、なるほどなるほど。でもさ?」
「その先は聞きたくないなあ」
出た。すべての言論を封殺するイケメン王子の苦笑。戸惑ってるような困ってるような勘弁してくれないかなみたいな、俺が女子なら一撃で引き下がるやつ。
しかし男子だ。推して参る。
「その崇拝の対象に『お前ら滅べ。ていうか滅ぼす』って弾圧されたときに、それでも崇拝できるもんかね?」
「まあ、戦うだろうね。なるほど畏怖と崇拝というのは、このお方は間違えない、理不尽な行いをするはずがないという感情に支えられているわけだ」
「そこに誰かが気づいちゃったとき、この世界はどうなるんだろうなあ」
「そこに誰も気づかないように善政を敷く、という努力目標が大切だろうね」
「そういう落とし所になるのかもなあ。ていうかさすが為政者側って感じだ」
「話を振ってきたのに茶化すって、ひどくない!?」
てへぺろ的な表情をマーティンに返して謝罪に代えたところで、その善政がなんなのかわからないから主様も苦労してるんだろうなあと話が元に戻る。
「――で、つまりあれが、その畏怖と崇拝が揺らいだ表れってことか」
我ながらびっくりするぐらい冷めた声が出た。王都シャーフスタッツの正門前に整然と並ぶ騎士団の姿。そこに王族がいるなら表敬なのだろうが、それらしい集団は見当たらない。純粋な武力の塊だ。
「……敵対してるつもりじゃなくて、恐れてるだけなんだろうけど……不敬と取れないことはないね……」
マーティンの声にも失望が混じっている。釈然としない物はあるものの、話の筋として約定を破り、その報いを受け入れなければならないのがグラハム王とその一族だ。それがどういう種類の「万が一」に備えているつもりなのか不明だが、武力を誇示する道理は存在しない。
そんな俺らの会話を傍で聞いていたオーダーが、現状への見解を伝えてくれる。
「アレで良いのだ、マーティン。まさに不敬ではあるが、その方が手っ取り早いからな」
「オーダーさん、それは『騎士団など物の数ではない』と、そういうことでしょうか?」
「うむ。あやつらは己の愚かさを噛み締めることになるであろうよ……ふむ、来たぞ」
オーダーがそう言い終わると同時に、布陣する騎士団の眼の前に巨大な転移陣が出現していた。転移陣から湧き上がる光は、瞬時にして天を突き抜け、地上と天を結ぶ1本の柱を顕現させた。
その光が消えたとき、そこには空中を羽ばたく煌竜リュクルスの威容があった。
「聞け! シャーフスタッツの民よ。我が名は煌竜リュクルス。メリヤスの迷宮を領有せしトスマ王国の守護竜であり、メリヤスの迷宮主である」
高らかに宣言するリュクルス様の足下では、恐怖と驚愕で瓦解しそうになった騎士団が、どうにか陣形を立て直そうとしている。
「愚かなグラハム王家は、この地の為政者足り得る義務を怠り、我との約定を違えた。本来ならば王族を誅するところだが、第三王子ルカの謝罪を受け、これよりシャーフタッツの象徴を打ち砕くことにより約定に記された報いに代えるものとする!」
「お待ちくだされ!」
「待たぬ!」
騎士団長らしき者の懇願を一蹴すると、リュクルス様は光の矢と化して西の塔に突っ込み、その頂点を削り取ってから美しい弧を描いて元の場所……よりもかなり地面に近い位置に戻った。他の塔よりも明らかに背が低くなってしまったが、西塔が完全に瓦解するのを想像していた俺としては、この程度で済んで良かったなあシャーフスタッツの人たち、みたいな気分だ。
「ルカ! このたわけめ! 我は王族の血の生贄など求めておらぬぞ!」
そう叫ぶと同時に、リュクルス様が後ろ足に掴んでいたものを地面に放り投げた。塔の先端だ。
よくよく目を凝らすと、その中から人が転げ落ちているのが見える。えっ? あの人ひょっとして塔の中にいたの? ルカってさっき謝罪したって言われてた第三王子だよね?
ルカさんはうなだれているが、どうやら命はあるようだ。リュクルス様になにか言われたようで、よろよろと立ち上がってシャーフスタッツの方を向いている。騎士団に正対してると言ってもいい。
ゆっくりとルカ王子から離れ、転移してきたときと同じ高さまで浮き上がると、再びリュクルス様が羽ばたきを始める。そして、そのときは唐突に訪れた。
リュクルス様の口から放たれた閃光が西の塔との間に刹那の橋をかけ、少しの間を置いて轟音が鳴り響く。
火の手が上がるでもなく、爆発が起こるわけでもなく。シャーフスタッツの西塔とその周辺は、綺麗さっぱりと消失していた。




