38
オーダーがアホみたいなことしか言ってないことにも気づかず、お姉様への尊敬度を爆上げ中のリュクルス様を生温かく見守りながら、それでは次の質問を……などと思ったのだが。
迷宮のバランスが是正されるというのであれば、いろんな疑問が吹っ飛ぶというかどうでもよくなることに気づいたので、最後にひとつだけ訊いて質問タイムを終えることにした。
「リュクルス様、最後の質問いいですか?」
「む? お主らにしては意外と淡白だな? もっと根掘り葉掘り突っ込まれるかと思っておったのだが……」
「あんまりネタバレしてもつまらないですし。それに――」
そっちに目の焦点は合わせていないが、視界の端に映るオーダーの表情が「まーたネタバレを嫌う悪い癖を出しておるな……」みたいな感じになっているのがわかるぞ? 息子の観察力ナメんなよ。
「それに俺の場合は、いざとなったらオーダーに訊くという手がありますから」
「ああ、道理だな。それで、何が訊きたいのだ?」
視界の端の気配から伝わる、軽い驚き。ふふん、息子だって成長しているのだ。一生ソロで冒険するのならともかく、今は失いたくないパーティがあるし、人生への執着も強い。命を守りつつやれることを少しでも増やせるというのであれば、多少のチートやネタバレもどんと来いだ。
「リュクルス様の『本体』ってどこにいらっしゃるんですか? ここにいるのは人型の分け身と、竜型の分け身ってことですよね?」
「ああ、ここのもうちょっと下の方というか奥の方にいるぞ。封印された居室だったのだが、お主らのおかげで封印が解けたので、ここには本体で現れても良かったのだがな」
「なるほど。しかし人型のほうが話しやすい気もしますので、助かりました」
「そうであろうと思ったのだがな……しかしお主の場合は竜と話すほうが慣れているのではないか?」
そう苦笑されると、こちらも苦笑を返すしかない。たしかに人間と喋った時間よりも、竜の姿のオーダーと喋った時間のほうが遥かに長いかもしれない。いや実際に長いな。
ふと、リュクルス様が近寄ってきて、唐突に抱擁された。ナニゴト!?
「本当に感謝するぞ、甥っ子よ。我に務めを果たす機会を与えてくれたこの恩は忘れぬ」
あ、そうか。リュクルス様がオーダーの妹ということは、つまり俺の叔母に当たるわけで、親族だ。
「それは『とっとと攻略してしまえ』と俺のケツを叩いた、お姉様に言ってやってください。たぶんリュクルス様のことが心配だったんだと思いますよ」
「そうか……お姉様がそんなことを……」
そう言って少しだけ抱擁に力を込めたあと、リュクルス様は俺から身を離して、なんかキリッとした表情になった。
「大儀であったぞ、冒険者クリエ、マーティン、ディーレ、ミオ、ミックよ! お主らの働きにより、今このときからメリヤスは我の守護を受ける地となった。お主らの貢献はとくに甚大である。よって、最初に与える【光の恩恵】となる【光の魔道具】をどのようなものにするのかは、お主らの希望を聞き届けよう。とくに希望がないのであれば、我とこの地の為政者に任せるが良い」
えっ魔道具のリクエストしていいの? しかしこれは俺の一存じゃ決められないな……。
「ご厚情に感謝致しますリュクルス様。仲間とも相談したいので、少しだけ時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。思いつきでしょうもないものにしてしまっては勿体ないからの」
口ではそうは言いつつも、リュクルス様の目は「常識的なやつにしろよ?」と言っている。たぶん地球の光技術のアレコレを思い浮かべて警戒してるんだろうけど、さすがにそこは大丈夫です。無駄に光ファイバーケーブルとか言いたいけど言いません。この世界で光ファイバーケーブルなんかあっても、そんなのただの紐だ、紐。
パーティのみんなを振り返ると、ほぼ全員がノーアイデアっていう顔をしてる。地球人の経験があるミオさんだけは、アレもいいしコレもいいなーみたいな感じだけど。俺のアイデアが却下された場合は、ミオさんに訊くというのもいいかもしれない。
「えー、ミオさん以外は特に希望がなさそうなので、さくっと俺のアイデアを言います」
「任せるよ」
「まかせるー」
「……うむ」
「わたしも希望が固まってるわけではないですよ?」
「とりあえず俺が考えてるやつを言えば、ミオさん的に『それよりもこっちがいいなー』みたいなのは出てくるかもよ?」
「なるほど一理ありますね。ではクリエさんの思ってるやつを聞きましょう」
「最初には貰えないかもだけど、殺菌灯というのはどうだろうか」
当然、ミオさん以外は戸惑うだけだ。というかミオさん以外が漢字熟語を理解できたとしても、高確率で「殺禁刀……? 殺さずの刀……?」とか思ってそうなバトルジャンキー多めのメンツだ。
「またずいぶん渋いというか、実利が強めなやつを出してきましたね。クリエさんらしいです」
「氷を作れる魔道具があれば、昔の冷蔵庫を作ればいいだけなんだけど」
「医者の卵としては大賛成ですよ? というかそれにしましょう。みなさんには私から説明しておきます」
一応みなさんの表情を伺うが、「任せる」「まかせるー」「……うむ」というのがより強くなってるだけだった。ということなら、これで決めちゃってもいいんだろう。みんなに向かってひとつ頷いて、リュクルス様のもとへと戻る。
「思っていたより早かったな?」
「なんかほとんど丸投げでした。最初はやっぱり普通の照明器具になるんだと思いますが、われわれの希望としては殺菌灯ということに」
「むむ……さすがの目の付け所だな。できれば理由を訊かせてもらいたいのだが?」
「ひとつはもちろん衛生や食品の保存で、もうひとつは大きめな魔石の需要喚起です」
「道理だな。冷蔵庫代わりに広めようということだな?」
俺がいた時代の地球知識がある相手って、話が早くてほんと助かる。
「現状だと大きめの魔石の使いどころが限定的すぎて、ちょっとダブついてますからね……」
「冒険者たちの様子を見る限り、まだ魔法技術が発展しておらぬようだしのう」
「魔法技術が発展すると、迷宮攻略が魔石頼みということに?」
「術者がどれほどマナを溜め込める体質かによるだろうが、パーティにひとりは魔術師や治癒師というのを当たり前にするなら、魔石の補助は不可欠であろうな。いわば『スクロール』のようなものだな」
「あー、魔石の数だけ呪文が使えるという発想か。しかしスクロールて。ひょっとして主様がこの迷宮の参考にしたのって、ボッタクル商店のやつですか?」
「やはりお主は知っておったか。そのクソったれな狂王によろしくのやつよ」
そう言って、リュクルス様がニヤリと笑う。たぶん俺も同じ顔してる。
いつか会ってみたいな、主様。その時はオーダーやリュクルス様やミオさんも加えて、地球話に花を咲かせたい。おもにゲームとかゲームとかゲームとか。あとラノベ。
「お主らの希望を聞き入れよう。与える魔道具は段階的にひとつずつという予定であったが、お主らの提案は理に適うものであったゆえ、照明と殺菌灯のふたつを最初に与えよう」
リュクルス様の威厳を込めた宣言を受け、一同腰を落として頭を下げる。
「ご厚遇を賜りましたこと、感謝に堪えません」
本当は「光栄の行ったり来たり」とか言いたかったんだけど、リュクルス様の声に威厳がこもってるときは真面目な場面ということで、さすがの俺も空気を読んだ。
「では、あとのことは我とお姉様に任せておくが良い。少し騒がせることになるが、落ち着いて成り行きを見守っておくように」
「御意。ではこれにて失礼致します」
いっぺん言ってみたかったんだよなあ、御意。なんかしれっと「少し騒がせる」とか不穏なことを言ってたけど、たぶんオーダーのプロデュースで派手に「守護竜、降臨!」みたいなのやるんだろうなあ。
帰ったらギルド長にその可能性を報告しとこう。きっと騎士団がリュクルス様を取り囲むような大騒ぎになると思うけど、くれぐれも冒険者を駆り出さないようにと釘を刺さねば。
せっかくなので全員でオーダーとハグしたあと、リュクルス様のくだりが落ち着いたらまた帰省すると伝えて、俺達は最終階層を後にした。
冒険者ギルドに戻るまでが冒険だというのは鉄則だが、さすがに全員揃ってニヤニヤが止まらない。冒険者ランクがどうなるとか、マーティンの実家の株が上がるとか、ディーレのママに自慢できるとか、また治癒を望む人が押しかけてきそうで頭が痛いとか、ポーターを頼まれただけのつもりがどうしてこうなったとか、そんな浮かれた話ばっかりして帰路についた。
「どけいオークども。伝説の冒険者さま御一行だぞ。頭が高い!」
なんつってな。はっはっは。
まあちょっと盛った。実際に魔物に遭遇して、マーティンとディーレが気を抜くはずもなく。ひたすら「むん!」「フッ!」して安全に帰った。俺は後ろで「頭が高い」とか「控えろ」とかアテレコしてただけだ。




