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「――それで、なんでまたオーダーはここに? さっき言ってたリュクルス様のサポートていうのは納得だけど、わざわざこのタイミングで来る必要あった?」
「ふふ、わかっておるくせに。クリエは愛いのう……。この母が渾身のドッキリの成果を素直に語ってくれて良いのだぞ? ねえねえ、今どんな気持ち?」
ぐぬぬ。やっぱり俺を驚かせるためだったか。くそ。
「いやまあ混乱はしたけど、別に驚いたりとかしなかったし? ドッキリにかけられたとかそういう感じとかじゃないし」
「またまたー。人化だぞ? じ・ん・か。目に入れても痛くない愛息から、この母が15年間ひた隠しにしてきたこの姿。驚かぬはずがなかろう。ほれ、素直に言ってよいのだぞ?」
「いやほんとに驚かなかったから。リュクルス様に会う前だったらもうちょっとインパクトあったかもだけど、分け身とかそういうの知っちゃった後だから、『ああ、やっぱりそういうのできるんだ』って感じだったし。そもそもオーダーのそれだって、人化じゃなくて分け身でしょ?」
「……え? まさか本当に、驚かなかった……のか?」
いや、驚かなかったということに、お前の方が驚いてどうする。
すまんオーダー。できれば俺も驚いてあげたかった。せっかく仕込みに15年も使ったんだし、気持ちよく驚かされてあげたかった。しかし悲しいかな俺とオーダーはある程度の人格を、しかもよりによって前世の俺の人格を共有してるんだから、『ネタバレしてるサプライズ』で驚くわけがないというのはよくわかってるはずだ。
たぶんオーダーは最初からこのサプライズを仕込んでいたわけじゃなくて、ある日ふと分け身を披露するのを忘れてたことに気づいて、せっかくだからもうちょっと引っ張ってやろうとか思ったんだろう。ところが俺が冒険者になってしまったもんだから、いつかリュクルス様に会ってしまうということを考慮した結果、オーダーにそっくりなリュクルス様を前にして俺が混乱しないようにと配慮してくれたんだと思われる。
「オチは残念だったけど、すごく気を使ってくれてたのはわかるよ……」
「……うむ、そのひと言で救われる。サプライズとは本当に難しいものだのう」
どんまいママ。これは本当に難しかったと思うから、仕方ない。
「でもさオーダー? 俺が0歳のときに『人化はできない』って言ってなかったっけ?」
「だから人化ではなく分け身だが? というのは本当だけど冗談だ。あのときのやり取りはこうであったのだぞ」
そう言うとオーダーはなんと、十八番の生体シンセサイザー芸を駆使して俺の声色になり、当時の会話を再現し始めた。
『――ひょっとしてオーダーって実は人化すると幼女で俺のヒロインだったり……?』
『違うし無理。女子だけど、クリエの性癖とか理解できないしマジで無理』
『せいへっ……! そうか! 俺の記憶を読むってことは…………死なせて。もうこの世界で生きていけない。いますぐ転生やり直させて』
「――ちょ!? やめてえええええええええ。みんなの前でなにやってんのおおおおおおおおお」
「仲間への隠し事は少ないほうが良いではないか」
「いやこういうのは隠すのが普通でしょ!? せいぜい修学旅行とかの変なテンションのときに好きな女子を打ち明け合うぐらいが関の山じゃん!?」
「はっはっは! クリエの名誉のためにちゃんと続きも公開するから、落ち着くが良い」
続き? それってもっとヤバイやつが出てくるんじゃないの!? ていうか今のやり取りの間に、ミオさんがボソッと「クリエさん……ひょっとしてそういう趣味だから前世でわたしを……?」とか言ってたから! すっごい誤解が生まれてるから!
そんな俺の葛藤をよそに、オーダーは淡々と「続き」を再現していく。
『――そもそも幼女など趣味ではあるまい』
『うんまあ。でも若い頃はけっこうアリで、自分は絶対にロリコンだと思ってたんだけどなあ。おっさんになるにつれて、なんか自然とそういう感じのやつが無理に』
『人間という生物の不思議であるなあ』
あ、けっこうフォローになってる? あれ、でも俺このくだりの前にちょっとアウトな感じのことを言った記憶があるんだけど。純粋なエロの上澄みとかなんとか。
「――とまあそういうわけだから、安心するが良いぞミオ。クリエはロリコンをこじらせていたから前世でお前を助けた、というわけではない」
「あ、はい。安心しました」
ひょっとしてオーダー、ミオさんの手前だからアウトな部分をカットしてくれてるのか。その上フォローまで……ありがてえ。
って危うく流されるところだった、そもそも当時のやり取りを再現する必要がないって話なんだから、オーダーに感謝して終わるのはおかしい。
これあれだ、最初に与えた悪い印象を良い印象で上書きして、なんか良いもののようにするやつ。テレビショッピングとかで割高な値段を見せたあと「それがなんと、今ならこのお値段!」ってのとちょっと似てる。その手には乗らねーよ。
しかし残念ながら今日は、ここでもうひとくだりオーダーとじゃれ合ってる場合じゃない。リュクルス様の表情が若干引きつっているような気がするが、そこには気づかないふりをして話を引き戻す。
「というわけでリュクルス様、もう説明する必要がなくなってるとは思いますけど、俺が迷宮内の魔物を寄せ付けないのはオーダーから貰った竜の鱗の加護で、今日使った鏃はオーダーの爪というのが種明かしです」
「得心がいったわ。インチキにも程があるのう……」
「ダメでしたか?」
「別にダメということはないのだが、いくらなんでもそこまで慎重に備える必要は――いや、すまぬ。命がけというのは、そういうことなのであったな」
おお、リュクルス様すげえ。もう「いのちだいじに」への理解を示しておられる。
「しかしまあスッキリしたぞ。そこな治癒師の異常な能力といい、お主らに訊きたいことはいくらでもあったのだが、すべてはお姉様のお力添えというなら納得だ」
「いや、ミオさんの治癒がハンパじゃないのとか、マーティンとディーレの強さが常軌を逸してるというのは、オーダーほとんどノータッチです」
「なん……じゃと……?」
リュクルス様が絶句してしまわれたが、そこはもう「そういうもの」だということで納得してもらうしかない。説明したところで「生まれつき?の才能みたいです」「剣を磨く努力はしました」「あたしは天才だからなっ!」というのでほぼほぼ終わってしまうんだし。
なのでその話への流れは断ち切る。ここからはこっちの質問タイムだ。
「それでですね、おそらくうちのパーティがこの世界ではデタラメに強い部類だというのは踏まえつつ……どうして迷宮の最下層だけいきなり大人数での攻略が前提になってるんでしょうか?」
導線が雑だし、バランス悪すぎますよね?という意味を含んでいるのだが、そのあたりはきっと伝わらないだろうと思いつつ、最大の疑問をぶつけてみる。
「ふむ。それには色々な理由があるのだが……もっとも重要なのは『十分以上の実力を持って最下層までたどり着けた者たちが、十分人数いるのか』という見極めだ」
うん? わかりにくいな。実力に関してはそうだろうが、十分人数というのは必要なんだろうか。
「なぜ頭数が必要なのですか?」
「最下層にたどり着ける人数が多いというのは、すなわち迷宮攻略者たちの全体的なレベルが底上げされている、ということにならぬか?」
なるほど普通ならそうだ。というか数年後にはそんな状態になるように改革しようとしているのが、他ならない俺たちでもある。
しかし、この迷宮の現状の仕様だと、それでも攻略難度がなあ……。
「リュクルス様、クソゲーという言葉の意味はご存知で?」
「知っておるが、出し抜けにどうしたのだ?」
「ご存知なら話は早いです。ええと、この迷宮なんですけどね、結構なクソゲーなんですよ」
「む。やはりそうであったか……」
どうやら心当たりはバリバリにあったらしい。ひょっとすると「主様がお造りになられた迷宮を冒涜するか!」とか怒られるんじゃないかと心配してたけど、杞憂に終わってよかった。
「最終階層で難度が跳ね上がるのが最大の問題なんですが、他にも色々とバランスが良くないです。あと第2階層なんかの隠しボスは魅力的なんですが、報酬がちょっと良すぎるのも……」
「そう言われてもだな。この現状こそが主様の全力によって造り上げられた迷宮なのだから、主様と同等の知識しか持たぬ我ごときに、そのあたりの調整などできぬぞ?」
困惑に眉根を寄せるリュクルス様――の隣に目を移せば、顔立ちだけはそっくりだが、自信に満ち溢れた真逆の表情がある。そんな俺の視線の動きに気づいたリュクルス様が、オーダーを見てわずかに目を見開く。
そんなリュクルス様に視線を合わせて、オーダーは力強く頷く。
「迷宮の調整は、クリエの知恵を持つ私を頼ればよい。あっという間に、最下層に冒険者が溢れるような迷宮にしてやろうではないか」
「ああ……! 感謝致します、お姉様!!」
そんなオーダーの宣言に、リュクルス様は歓喜と心酔がない混ぜになったような表情を浮かべ、オーダーに抱きついた。
良かったなあリュクルス様。でも最下層に冒険者が溢れちゃうのはダメだと思うし、4階層まで魔物が一切出てこないようにするだけで簡単にそうなっちゃうんだけど。そういう問題点にすぐ気付けるようにならないとダメだと思うぞ……。
しかしまあ、現状の難度に合わせて冒険者を育てなきゃいけないと覚悟していたのが、迷宮のほうでバランス調整ができるというのは朗報だ。今回の攻略で得られた最高の報酬かもしれない。




