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「その前にまず確認しておきたいのだが……。リュクルスよ、私がこのクリエの母親だということは理解しているか?」

「は……?」


 ああ、オーダー的にもやっぱり、ここまでだいぶ雑な流れだったっていう自覚はあるのか。俺の方を向いて「母、参上!」って言っただけだもんな。そりゃあ「なんかよくわかんないこと言ってたけどまあいいか」って聞き流されるよ。


「クリエは私の卵を使ってこの世界に生を受けた転生者でな、その際に私はクリエの前世での記憶を受け継いだのだ」

「なんと……それは主様の意向なのでしょうか?」

「そうだ。というかお前はすんなりと受け止めていたが、以前の私はこれほど饒舌ではなかっただろう?」

「本日は珍しくお姉様のご機嫌がよろしいのかと思っておりました」

「そ、そうか……まあ滅多に会うこともなかったしな……」


 なかなか本題に入らないので、声以外でオーダーとリュクルス様を見分ける方法があるのかと観察に精を出す。容姿がそっくりでよく似た白ずくめの出で立ちでも、オーダーのほうがちょっとだけ透明感があって、オーラというか威光みたいな迫力が圧倒的だ。あと俺だけが感じるのかもしれないけど、なんか妙に近親感もとい親近感がある。これは血の繋がりの為せる技だろうか。


「私もクリエを授かってから新たな自我に目覚めたという感じでな、リュクルスが違和感を覚えないのであれば問題はないのだが、以前の私とはかなり違うのだ」

「そうでしたか。ずっと不機嫌そうなお姉様より、今のお姉様のほうが好ましいと思います」

「ならば良かった。ではそれを踏まえてここからが本題なのだがな、主様が作ったこの世界や迷宮というのはな、クリエの知識を得た私にすれば欠陥だらけなのだ」

「……と、申しますと?」


 読めた。主様は前世でぼっちだったのではないか、とお前は言う。


「おそらく主様は、人間の心の機微というものにあまり敏感ではなかったのだ。以前の私もそうなのだが、人間が『命』というものにこだわるというのが、お前には理解できないだろう?」

「はい。理解できませぬし、その必要があるとも思えませぬ」


 ちっ。だいぶ遠回しかつ具体的に説明しやがった。しかしリュクルス様に「友達がいないから人の気持ちがよくわからん」とか説明しても、トモダチッテ、ナニ?みたいな流れだったかもしれない。


「いや、そこを理解することこそが必要なのだ。なぜなら人間の行動原理で最優先されるのが、『死にたくない』という生存欲求だからだ」

「しかしそれですと、わざわざ危険な迷宮にやってくるということの説明がつきませぬ」

「そこが人間の面倒なところでな……。『死にたくない』というのと同じぐらい大切にしている意思というか感情として、『自分がやりたいと思ったことをやる』というのもあるのだ」

「……欠陥だらけなのは主様がお創りになった世界ではなく、人間なのではないですか?」


 おお、リュクルス様が暴言をお吐きあそばされた。でもその通りなんだよなあ。人間の感情っていうのは常に合理的ということはなくて、ちょいちょい理屈を超えていく。


「その指摘は尤もだ。しかしな、我らの使命が安定した世界を保ち、人間をはじめとするこの世界に生きるものたちに発展を促すことである以上、より完全な形で使命を果たすには『不完全なものに我らが合わせる』というのが肝要となる」

「人間の欠陥に合わせられないのであれば、それこそが欠陥だということですか」

「うむ。ゆえに我らは人間の感情を理解して歩み寄らねばならぬし、迷宮のあり方というのも考え直さねばならん」

「ですがその……、どう『考え直せば』よいのかが、わたくしには解りかねるのです……」


 話が一周してしまい、リュクルス様がおショボくれになってしまわれた。


 そうして下を向いてしまったリュクルス様の手を取り、オーダーが優しく言葉をかける。


「案ずることはない。その手伝いをするために、私がここにやって来たのだ。おそらく私に新たな自我が生まれたというのも、このためではないかと思っている。できれば主様にそのあたりを説明してもらいたいのだが、この世界が主様の目に止まっているのかも不明ゆえな……」

「そういうことなのですね……。わかりましたお姉様、どうぞわたくしを導いてくださいませ」

「うむ。この姉に任せておけ」



 オーダーとリュクルス様の話し合いはまだ続いているが、どうやらうまく話がまとまりそうだ。そんなことを思いつつぼんやりオーダーたちを眺めていたら、後ろからマーティンにつつかれた。


「あのさ、クリエ。オーダーさんとリュクルス様の話を聞いてて思ったんだけど、リュクルス様に謝罪を求めるってのも、なんか違わない?」

「それなー。さっきまでは謝るまで許さんとか思ってたけど、こんだけガチで『死ぬことの何が怖いのだ?』みたいな感じだと、理解さえしてもらえれば謝罪とかどうでもいいって方向になるよなあ」

「うん。お互いさま、みたいなところがあるよね?」

「よし先に謝ろう。リュクルス様は謝ってくれなくていいけど、ここは謝ったほうが器がデカいって場面だ」

「うん。クリエのそのこだわりはよくわかんないけど、謝るのはいいことだね?」


 いやこだわり大事だから。物事はなんでも勝つか負けるかだから。ここは謝ったほうが勝ちのやつだから。


 どういう流れで謝ったものかとあれこれ考えていたら、まずオーダーが、続いてリュクルス様がこちらに顔を向けてきた。話がまとまったのかは不明だが呼ばれた気がするので、美しく謝罪の流れに持っていく第一声を脳内でシュミレートしつつ2人に近づいていったら、リュクルス様から先制パンチを食らった。


「クリエよ、我の失言についての謝罪を受けてもらえるだろうか」

「へ?」

「正直なところ、人間が持っている命への執着について、我は何もわかっておらぬ。しかしお姉様が言うには『人間がへそを曲げたら、とりあえず謝っておけ』とのことなのでな。ゆえに謝ろうと思うのだ」

「いや、そこまで正直に言っちゃダメでしょう」

「そこはもちろんお主だから手の内を晒しておるだけだ。他の人間にそのようなことは言わぬ」

「なるほど?」


 まあ落とし所としてはそうなるか。まったく理解できない文化があって、その文化が大切にしているものを踏みにじってしまったことで誰かが傷ついたときに、知らんがなって突っぱねれば戦争勃発だ。しかし「文化を理解できなかった」ことではなく、「無理解で傷つけてしまった」ことに対しては謝罪が成立するし、たいていはそれで和解に至る。


 俺がリュクルス様に謝罪しようとしたのもそういうことで、傷つけたわけではないだろうが、混乱させてしまったことに対してなら謝れると思ったからだ。


「謝罪を受け入れます、リュクルス様。そしてこちらからも謝罪を。人間の価値観はリュクルス様にとって理解しづらいだろうと想像しつつも、あのような振る舞いで混乱させてしまいました」

「ふむ……。謝罪を行えば、このように赦しもあるということか」

「相手によりますけどね。謝罪するならその証を見せろとか言って何かを要求してくるような手合いのときは、『少し時間をくれ』とでも言ってオーダーに相談すればいいと思います」

「それはなぜだ?」

「ただの言いがかりである可能性もあるからです。『これは俺らにとって大事なもんなのに、どうしてくれるんだ。誠意を見せて代償をよこせ』っていうのは、被害者を装って相手から何かを奪い取ろうとする人間の常套手段なので」

「なんと……こすっからいのう……」


 こすっからいて。昭和か。


「ところでリュクルス様、迷宮を攻略したことによって授けていただける『光の恩恵』についてですが、具体的にはどんな感じで授かることになるんです?」

「そのことだがな、お姉様によれば人間の国というのはそのあたりもいろいろ面倒だというではないか。当初の予定では、我がお主らの王から希望を訊き、文明の程度に応じた【光の魔道具】を段階的に授けるだけのつもりだったのだが」

「基本的にはその予定の通りで問題ないんですけどね。ただその際に、迷宮攻略者ということで俺がこの国に留め置かれたりすることになると、それは嫌だなと思ってます」

「うむ。そのあたりは我とお姉様で良きに計らっておくでな」


 良きに計らうて。江戸か。主様さては、昭和生まれの時代劇ファンだな? 今どきのラノベでもちょいちょい見かけはするが、この迷宮のバランスの悪さから察するに2000年以前のサブカルファンという可能性が高い。


 とりあえずこれで話はまとまったのだろうか。迷宮の攻略は達成して、褒美については先方に丸投げ。うん、まとまってるような気がする。となるとあとは……ん、なんかオーダーがチラチラこっち見てるな。


「ではこれで、というのも味気ないし、せっかくうちのママも来てますから、雑談でもしますかー」

「おお、それも一興であるな」

「しよう」

「しよう」


 そういうことになった。


 ってリュクルス様、陰○師もイケるのか。さすが主様が2000年以前のサブカルファン(断定)。





 こんなことになるならロマノフやギルド長を見習って酒とか持ち込んどけば良かったかなーて軽く後悔したけど、なんかオーダーがいろいろ持ち込んでて、迷宮最下層のボス部屋で充実のお茶会が始まる。さすがに椅子もテーブルもなくて男連中は床にベタ座りだが、オーダーとリュクルス様、そしてミオさんの女性陣はちゃっかり白竜の尻尾に座ってて、何で作ったのかわからんテーブルまで用意してる。


 なにこの扱いの差。というかあのテーブル、迷宮の床がそのまませり上がってるのか……。俺はテーブルを指差して、リュクルス様に抗議してみることにした。


「あのリュクルス様。そういうことができるんなら人数分の椅子とテーブルも作れるのでは?」

「そういえばそうじゃな」


 配慮してくれてないだけだった。天然かよ。


 リュクルス様は特に念じたり詠唱したりすることもなかったが、あっさりと人数分の椅子と大きなテーブルが用意され、今度こそ充実のお茶会が始まった。



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