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07

 どうも。もと異世界人クリエ、9歳(もうじき10歳)です。今日はっていうか今日も、狩りの師匠に連れられて山に来ています。


 そして今は、息を切らして木の上にいます。そんな僕の足下では猛りに猛ったアラシシが、ワンチャン登れねえかなみたいな感じで木に向かって駆けてきては、僕に飛びついてみるも届かず転落というムーブを続けています。


 まあ無理ですよね。アラシシってどう見ても、いわゆるワイルドなボアーですもん。登ってこれないのがわかっているから、こっちも樹上に避難してるわけですし。あとモノローグということで「僕」とか言ってみましたが、こっから無理なので「俺」に戻します。そろそろ正念場になりますので。


 あ、アラシシようやく倒れた。ビクンビクン!って痙攣してる。ちょうど俺の真下のあたりっていうのはありがたいな……よし!


 師匠から贈られた山刀をしっかり握り直して、枝からダイブ! アラシシの首筋、頸動脈が走っているあたりをしっかり狙って――


「たああああああああッ!」


 よし、手応えは十分。山刀を引き抜くと同時に素早く距離を取って様子を伺うが、アラシシは完全に弱りきってるらしく、起き上がってくる気配はない。


 素早く山刀を構え直して、アラシシの腹のあたり――俺が射た毒矢が突き立っているあたりの肉を抉り取る。アラシシが不意に起き上がっても対応できるように、慎重に、手早く。半年ほど前、完全に息絶えたと思ったアラシシに跳ね飛ばされて、受け身が取れなかっただけで生死の境を彷徨う羽目になったのはいい思い出だ。


 肉ごと抉り取った矢を回収し終えたら、念には念を入れて再び樹上へ。今回の感じならたぶんこのまま首を落としてしまっても大丈夫そうだが、少しの手間を惜しんで危険を冒してはならないと、師匠から何度も戒められている。実際その戒めを軽んじた結果が、跳ね飛ばされて生死の境案件だったしなあ……。


 しばらく様子を眺めるも、アラシシは完全に息絶えている雰囲気なので、木から降りて首を落とす。この2年近くですっかり慣れはしたものの、動物の骨を断つ手応えというものは正直今でもえぐい。

 とはいえ猟を、狩りをするというのはそういうことだし、なによりも将来の夢は冒険者だ。そのときには魔物を斬ることになるんだし、なんなら人を斬ることすら覚悟しておかないと、とてもじゃないけどやっていけない。


「ししょうー! 仕留めましたっ!」


 たぶんそのへんに隠れているだろうとあたりをつけていた、大岩の方に向かって声をかける。


「うむ……見事だった……。しかし……俺はここだ……」


 と、師匠の声が真後ろ、しかも上の方から聞こえてきた。マジかよ。木の上にいたのかよ。


「師匠、いつの間にそんなところに。ぜんっぜんわかりませんでした」

「今日は……本気を出した……からな」

「ぐぬぬ。たまには『見つかったかー』とかやってくれないと、俺の上達の手応えが……」

「上達は……している……。お前が狩りを始めてから……視野に入れていなかったのは……あの岩だけ……。俺がそこにいると思ったのは……正しい……だから……お前の隙を突いて……木の上に……」

「あっ、そんなガチな隠れ方してたんですか」

「狡猾な獣や魔物なら……これぐらいのことはやる……」

「むう」


 師匠の修行は厳しい。というのも、オーダーから「クリエはまだまだドジっ子だ。だから、うっかりで命を落とさないように鍛えてほしい」という注文をつけられているので、狩りの想定が1対1ではないのだ。その一環として、本命の獲物に挑みつつも、常に周囲の状況を把握するという難度が高めの修行になっている。


 とはいえ、失格は失格だ。熟練の猟師である師匠にとって、気配を消すのはお手の物。しかし本当に頭のいい獣が、熟練した猟師並みに気配を消すのがうまいというのも事実。師匠の言う通り、もしもそういう獣に狙われていたら、俺は確実に不意を突かれていたし、最悪の場合は命にも関わったかもしれない。


「参りました。まだまだ先は長いですね……」

「いや……合格だ……」


 ――え?


「師匠、今なんと?」

「合格だ……と言った……。お前はもう……一人前の猟師……だ」

「いやいや、今回の狩りも失格だったじゃないですか」

「気にするな……俺ほど……気配を隠せる獣は……いない」

「いたらどうするんですか」

「そのときは……不意を突かれて……襲われる……。だから……戦え」

「なるほどわかりません」


 えーと、師匠が身を潜めている場所を当て損ねた以上、完全に失格のはずなんだが。それが何をどうすると合格ということになるのか、その理屈がまったくわからない。

 しかしまあこういうときは、とにかく訊くに限る。師匠はとてもとても口下手なだけで、頭の回転は速いし人の機微にも敏い。こっちがしつこく食い下がっていれば、必ず納得のいく答えをくれる人なのだ。


「師匠以上の獣がいないとしても、だからって俺が一人前というのはおかしくないですか?」

「おかしくは……ない……。例えば俺よりも……隠れるのがうまい獣がいたとして……俺はそんな獣に出会ったことが……ない」

「でも、もしそういう獣がいたら?」

「もしかすると……そういう獣もいるかもしれない……。だが……だからといって……俺が一人前ではないと……思うか?」

「あ」


 なるほどわかった。これあれだ、俺の目標設定があいまいだったってことだ。


 俺にとって「一人前だと認められるレベル」というのは、師匠と肩を並べられるぐらいの想定だ。しかしよくよく考えてみれば、10歳になるかどうかの小僧が師匠ほどのレベルに追いつけるわけがない。ぶっちゃけてしまうと単に考えなしだっただけだが、自分を慰めるためにうまいこと言い換えれば「理想が高すぎた」ということになる。


 だって、転生者、だもの。お約束だとこういう修行パートって、師匠を超えたりするわけじゃん? だったら最低でも肩を並べるぐらいまでは修行が続くと思うじゃん?


「正直に、言えば……一人前というのは俺も……よく、わからない……。だが……この辺りでは一番の猟師だと……ヌシ様には認められた……それは……」


 しゃがみこんだ師匠が、こちらの目をしっかりと覗き込みながら長台詞を試みている。この2年で察したのだが、これはとても大切なことを伝えるときの師匠のクセだ。なにしろ師匠の身長は2mもあるので、普通に立ったままだと身長140cmの俺とはどうにも顔が遠くなる。大事な話をするときはこうやって「対等の目線になって」という状態に近づけてくれているのだ。

 そして師匠は相手の意思を大切にするので、こっちが何かを言い返せば――たとえそれで話の筋が脱線してしまうとしても――そのことについていくらでも話してくれる。そのせいで本来の話が決着せずに1日が過ぎたりして、次の日に「昨日……伝えようとしたが……」とかいって話題が再開することもザラにある。


 なので、いつもは口数が少ない師匠がなるべく言葉を切らないようにしているときは、その場でしっかりと伝えておきたい話、ということになる。


「それは……猟師にとって……ずっと……獲物と、狩り場が……師匠だからだ。狩り場を持ち……獲物と向き合えれば……猟師はきっと……一人前で……そのうち一番に……なれる」

「俺は、獲物と向き合えるようになってるんですか?」

「ああ……この山のことも……よく覚えた。だから……俺よりも獲物や、狩り場のほうが……きっと……お前にたくさんのことを……教えてくれる」

「なるほど……」


 一通りできるようになったらあとは自分で精進しろというこの感じ、技術職だなあ、と思う。とはいえ猟師じゃなくて鍛冶とかのモノ作り系なら、完成した作品を親方に見せて「フン、まだまだだな」とか「へっ、ちったあマシなもん作れるようになったじゃねえか」とか言われたりしながら、そのうち独立のお墨付きが出たら晴れて一人前みたいな感じなんだろうけど。


 こちとら作品じゃなくて、獲物だからなあ……。出来不出来は師匠に伺うまでもなく自分でわかる。なにしろ、仕留めることができたか、それとも仕留められてしまったのかというデッドオアアライブな絶対の目安があるわけで。そして首尾良く仕留めることができた場合には、どれぐらい手こずらされたのか、実力だったのか運が良かったのかというのも丸わかりだ。だから、横で師匠に見てもらって「手こずったな」と評価されたところで、「そうですね」以外に言いようもなく。


 つまり、自分がどれぐらいの猟師かというのは、向き合った獲物と自分の心がすべて教えてくれるのだ。そしてそういうことが腑に落ちるというのが、一人前になるスタート地点――猟師としての気構えができたということなんだろう。


「あとは自分の狩り場を持って、獲物に問い続けろということですね?」

「ああ……そうだ……」

「そうなんですね……」


 ヤバい、超寂しい。


 オーダーの愛を一身に受けてすくすくとマザコンをこじらせてきた俺だが、前世では小説や映画やアニメでしか見たことがないレベルの人格者である師匠と2年も過ごせば、さすがにその父性に参ってしまう。そんな今生の父とも呼べるような師匠の元から、巣立たねばならんのか……。


 ――まあ、師匠は今年で40歳で、こちとらもうじき10歳+前世40年だから、実年齢的には俺のほうが年上なんだけどな。でもそういう問題じゃないんだよ。もうじき10歳の体にはもうじき10歳の精神が宿るんだよ不思議なことに。


「寂しいです、師匠……」


 一人前の猟師になったばっかりなのに、もうじき10歳の心の声が素直に漏れてしまい、俯いてしまう。


 そんな俺の頭を師匠のグローブ(野球の)みたいに大きな手が包み込み、優しく撫でてくる。


「俺も……寂しい……。だがお前は……冒険者に……なるんだろう?」


 そうなんだよなあ、冒険者になりたいんだよなあ。正直なところ猟師と冒険者ってあんまり違わない気がするんだけど、違うんだよなあ。基本どっちも戦って仕留めて、そのあと食べるとこまでモノによっては同じなんだけど、それ以外のところがだいぶ違うんだよなあ。


 冒険者っていうのはやっぱ、受付嬢がいたり、いい女連れてんじゃねえかがあったり、ダンジョンがあって、気の合う仲間とパーティ組んだりして、宝箱があって罠にかかったりして、パーティに裏切られて追放されたりして、似たような境遇の美少女とパーティ組んだらお互い凄いチート持ってて、前のパーティにざまあしたり魔王倒したり。


 とにかくなんかフワフワしてて華があるんだよなあ、冒険者。この世界にスキルチートはないし、ダンジョンが宝箱方式なのかどうかも知らんけど。夢の異世界転生を果たしたこのチャンス、前世で年甲斐もなく憧れていた冒険者にならないという選択は――。


 あってもいいのかもしれない。


 優しいオーダーと、頼もしい師匠と、オーダーの眷属みたいなことになってる山の魔物たちと、月イチの音楽フェスを楽しみにしながら狩りで生きていく。そういう生き方も、あっても全然いいのかもしれない。


 でも、それを決めるのも、今じゃなくていい。まずは冒険者を目指してみて、ダメだったときに山暮らしを考えればいい。そもそも親元を離れないと保護者と転生者の複雑な愛情が、このまんまだとどんどんアレな感じになるんじゃないかという危惧があるわけで。そんなところにファザコンも追加して楽な方に楽な方にと流されてる場合じゃない。そもそも師匠――


 そもそも師匠? なんだろうなんか凄く「それだ!」っていう感じのやつ閃いた感じがするんだけど、最後まで思いつかなかった。そもそも師匠? なにがそもそも? えーと


「背を向けて……逃げるのは……ダメだぞ」

「それです! 師匠!」


 そう。そもそも敬愛する師匠から教わっているのだ。かなわないと悟って逃げるとしても、背を向けてはならないと。それは「背を向けると獲物(というか逃げた場合はこっちが獲物)にいいように追い立てられてしまうから、そうさせないために睨みつけながら少しずつ後退する」という猟師の生きる知恵で、夢を諦める場合の立ち回りとは全然違うのだが。


 でもきっと、違うようで同じなのだ。簡単に心を折って楽な方に流されるのではなく、歯を食いしばってしっかりと向き合わなければ、絶対に未練が残るし後悔もするに決まっている。


 だからもう、顔を上げる。師匠の目をしっかりと見据えて、感謝の言葉を。


「お世話になりました、師匠。俺はきっと、冒険者になってみせます」


 微笑を湛えて、師匠が頷く。その男っていうかおとこの魅力たるや。


 ああ、やっぱり師匠はカッコいいなあ。いつか師匠を超えるような、いい男になりたいなあ。

ここまでの文字数確認で小説ページを開いたら、ブクマ3件とまさかの10点評価を頂いてました。楽しんでくださってありがとうございます。遅筆でなかなか話が進まず、もう1本の方は完全にエタっているというか塩漬けですが、どうにかこの作品を進めて力をつけて、そっちの方も再開したいなと思います。


今後ともよろしくお願いします。( _ _)

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