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年末からずっときくうし業が忙しすぎて、どんどん変わる環境に追いつくのに半年ぐらいかかりました……。ようやく更新再開ですが、まず各話の修正作業に取り掛かりますので、新規投稿のペースは上がらないかもしれません。
――なにこれ、すっごく楽しい。
マーティンと目が一瞬合うだけで、マーティンが今どんなことを考えていて、あたしがどう動けばいいのかがわかる。
ついさっき目が合ったときは、凄くイタズラっぽい目で「2人でちょっとこのドラゴンを困らせてみようか?」って言ってた。
マーティンが突っかけたら、あたしが下がる。あたしが行きたくなったときには、マーティンはもう下がってる。
あたしがマーティンのことをわかるように、マーティンもあたしのことがわかってる。そんなあたしたちに翻弄されて、ドラゴンがイライラしてる。
パパとママもこんな感じだったな。
どんな話題でもママに話すのが大好きなパパは、しょっちゅうママの興味がない話をしては、適当に生返事であしらわれてた。
でも、ずっと話題は変わってないのに、生返事をしてたはずのママが急に真っ赤になったり、優しい顔になったりするのが不思議で、パパがいないときにこっそり、ママに理由を訊いてみたことがある。
最初は機嫌悪そうに渋っていたけど、食い下がるあたしに根負けしたママは、すごく優しい顔になって答えてくれた。
『あいつの言葉なんか聞いちゃいないけどね、ふと目が合ったときに、あいつの気持ちが流れ込んでくるんだよ……。そもそもあいつだってさ、あたしがその話に興味がないってのはわかってんだ。お互い目を見りゃたいていのことは分かるくせに、たぶん黙ってるだけっていうのが照れくさいんだろうね』
そのときはただ、凄いなーって思っただけだったけど、まさかあたしにも分かる日が来るとは思ってなかった。
ついさっきまであたしもマーティンもびっくりしてて、お互いに「ひょっとして、こう?」「これ、わかる?」みたいな感じで目を合わせたあとで動いてみて、まるで喋ってるみたいにうまく伝わってることを確認して驚いて、そのたびにまん丸になった目を見合わせてた。
そのうちマーティンの目がなんかカッコいい感じになって、「やるよ、ディーレ」って言ってた。あのカッコいい目つきは、マーティンが自分の才能――剣の天才だってことを確信したときの目だ。僕が倒すから、僕が守るから、僕に任せてっていうときの目。
でもさっきはその目つきから、「僕らならやれるよ」っていうのが初めて伝わってきた。
今日まで「お互いにできること」をやってきたあたしたちが初めて、息を完全に合わせて「2人だからできること」に踏み込んだんだ。
うん、あたしもね、今ならそういうのができるって思ってたよ!
同意の気持ちを伝えつつ、戦鎚を横に構えた。ね、マーティン、アレやってみようよ。
小さく頷きを返してきたマーティンも、あたしと同じように戦鎚を構えた。2人で同時に、白竜に向かって一気に踏み込んでいく。
横薙ぎに戦鎚を振り始めた瞬間に、白竜が前脚に力を込めるのがわかった。あたしたちの読み通りなら、こいつはここから後ろに跳んで、あたしたちから距離を取るはずだ。
当たらないとわかっている戦鎚をそのまま一気に振り抜きつつ、踏み込んだ右足を軸に身体を回し、左足でさらに踏み込んで戦鎚の回転力とともに地を蹴る。
フェイントを掛けつつ突進するこの技は、あたしがママの戦斧を譲り受けてまだ不慣れだった頃によく空振りをやらかしていて、そこからの体勢の立て直しに使っていた動きのアレンジだ。慣れない戦鎚の重さにしょっちゅう振り回されてたマーティンに教えたら、面白がって「フェイント技にしてみたらどうかな?」って練習し始めてこの形になった。
横薙ぎした時点で、白竜が後ろに跳んだことも、どれぐらいの力を込めたのかもわかっている。白竜よりも先に着地点にたどり着いたあたしとマーティンは、白竜が着地してきた瞬間にはすでに地面を蹴って、その背中めがけて飛びかかっていた。
「フゥッ!」
着地の衝撃で波立つ白竜の鱗の隙間に、マーティンが渾身の力で戦鎚のスパイクを叩き込む。
「むうぅぅんッ!!」
マーティンが打ち込んだ戦鎚のハンマー側に、あたしも渾身の力で戦鎚を叩きつけた。
マーティンの戦鎚は楔。あたしの戦鎚は、その楔を深く打ち込むためのハンマー。
確かな手応えとともにドラゴンの鱗が剥がれ飛ぶと同時に、ドラゴンが絶叫を上げた。そしてその瞬間に、戦鎚から伝わってくる手応えが急に柔らかくなる。
あれ? 鱗を1枚剥いだだけでこんなに弱くなるなんて、クリエのママは言ってたっけ?
「クリエ! 鱗を1枚剥が――」
クリエに出番を伝えようとしたマーティンの言葉が、尻すぼみになる。どしたの?
「……す必要はなかったみたいだね……」
苦笑するマーティンとあたしを背に乗せたまま、白竜はへなへなと崩れ落ちるように伏せてしまった。地に着くまでに下げた頭の向こうに、弓を下ろして超いい顔してるクリエがよく見える。
そっか。クリエ、ほんとに口の中を射抜いたんだ!? 凄いじゃん!!
マーティンと目を合わせると、すっごく嬉しそうに笑ってた。だからちょっとだけ意地悪して、「マーティンってほんとにクリエのことが大好きだよね」っていう想いを込めてみたら、マーティンの目が「ディーレもそうでしょ?」って返してくる。それでわかった。きっとあたしもマーティンみたいに笑ってるんだ。
うん! あたしもクリエのこと大好きだし、すっごく嬉しいよ!
「ミックさんは大丈夫ですよー!」
何事もなかったように立ち上がったミックさんの手を引いて、倒れ伏した白竜から離れながらミオさんが声を張り上げた。
「……世話をかけたな……」
「いえいえ。こういうときのためのわたしですから」
聞こえるわけじゃないけど、なんかボソボソ話してるのはたぶんそんな内容だろう。
マーティンとディーレはというと、とどめを刺していないドラゴンの背にまだ乗っている。戦いそのものは終わっている(ことになっている)のだが、万が一に備えてといったところだ。
『――いや、降参のフリなどといった姑息な手は使わんぞ?』
『そこは信用してるんだけど、今後似たような状況で姑息なことをやってくるやつがいないとも限らんので、予行練習も兼ねて一応は備えておこうかと』
『お主らつくづく思慮深いというか、慎重だのう……』
白竜がまったく動けなくなった時点で、迷宮主とは今後の予定を交渉済みだ。必要とあればとどめを刺すしかなかったのだが、オーダーによく似た見た目のドラゴンの首を、すぱーんと飛ばすというのはどうにも抵抗がある。そこで「これとどめ必要?」と訊いてみたところ、判定勝ちで良いとの返答を貰っている。
そういうわけで迷宮主がここに来るのを待っている状態なのだが、会ったこともない高位の存在などというものを手放しで信用するなど、普通であればあり得ない。しかし今回に関しては白竜の見た目がどうにもアレなので……おそらくオーダーの関係者だろうということでかなり信用はしていて、それはそれとして一応は備えておこうといった感じだ。
ミオさんがミックさんを部屋の端まで連れて行ったタイミングで、唐突に俺の目の前の床に円が出現……というか描かれた。そして見る見るうちに見覚えのある転移陣の形を成していき、そのうち陣から光が立ち上ったかと思うと、目の前にやたらと眩しい美人が立ってた。後光とかじゃなくて、やたらと白くてピカピカしてる。
「待たせたな」
「えっ? 人間型とかありなの?」
いかん、素直な感想が漏れてしまった。気を悪くしたのか、美人の表情が少し曇る。
「……わからんでもないのだがな、一応、我とお主らは初対面なのだぞ。最初にかける言葉としては不適切に過ぎるであろうが……。まったく、理解が早すぎるというのも困ったものだな」
「たしかに失言というか、失礼をしました。初めまして、えーと……迷宮主様?」
半眼の呆れ顔でプラチナブロンドの髪をかき上げ、絶賛見下しポーズ中の迷宮主様に頭を下げる。しかし、迷宮主様はまだどこか不満そうな表情だ。
「まずその野暮ったい呼び名を改めてもらうところからだな。我が名はリュクルスである」
「あ、これは重ねて失礼を。先にこちらから名乗るべきでした。冒険者のクリエと申します」
「ふむ、冒険者クリエとな。なるほど身分と名をまとめるのはわかりやすくて良いな」
感心したようにそう言ったあと、リュクルス様はしばらく押し黙っていたが、やがて何かを思いついたかのようにぽんと手を打った。
ぽんと手を打つって、いつの時代の日本人仕草だよ……。
「我にも身分というか役割のようなものがあるのだがな、いかんせん冗長で呼びづらいのだ。よって日本人・クリエのような形になってしまうのだが、そのように呼び表すならば煌竜リュクルスということになる」
「こうりゅう……」
「む。ニホンジンの言葉に合わせてみたのだが分からぬか。光の竜という意味合いだが」
「意味合い……? あっ『煌めく竜』なのか」
「いったいそれ以外に……むむ、黄竜、蛟竜、虹竜……いろいろあるのだな」
俺と同じ日本人だったらしい主様とやらと知識を共有しているリュクルス様は、サービス精神で漢字熟語を使ってくれたようだが、どういう検索機能になっているんだろうか。いま慌てて「こうりゅう」の候補を調べて戸惑っているのを見る限り、辞書検索みたいな機能は備わっているようだが……。
「あの、リュクルス様。素朴な疑問なのですが、『煌めく竜』というのはどうやって……」
「ニホンゴで光る竜というのを想像したら、煌竜というのが出てきたのだ」
「はー」
ひょっとして主様ってアレだろうか。厨二的な語彙が充実してたとかそういう感じの。
「それで、光る竜というのは……?」
「うむ。我はこの世界に光の恩恵をもたらすべく控えておった身でな。お主らがこのメリヤスの迷宮を踏破したことにより、この世界は光を扱う技術を与えられることになったのだ」
光の恩恵をもたらす竜が、光の技術を与える?
「えっとそれは、迷宮攻略の報酬として科学技術が与えられるという理解で良いのでしょうか?」
「うむ。その理解で良い」
「えーと、具体的にはどのような? 光に関する科学技術というと、おそらく主様というお方がお住まいだった時代の日本でも、相当に物騒な技術が含まれるのですが……」
「本当に話が早いのう。お主はレーザーなどを懸念しておるのだろうが、まさにその通りだ。だがもちろん、科学技術の公開は段階的に……というか『科学技術を利用できる素材』を段階的に供給するということだ」
「例えば、最初のうちはレンズやプリズムといったことですか?」
「たわけ、どちらも物騒ではないか。そういう光の本質に迫るようなものはひとまず置いておく。当面は『光と組み合わせると便利な効果を発揮する原始的な魔道具』のようなものを提供するのである」
なるほど、理論を構築するためのヒントを与えるんじゃなくて、ブラックボックスを与えるだけだと。いやでもしかし……。
「それって、分解して解析されると本質に迫れたりしません?」
「ほう。お主は道具を分解してCPUが出てきたら、前提理論も一切なしにそれで何ができるかわかるのか?」
「えっ? そんなハイテクな感じ?」
「ふふ……その様子であれば、もとニホンジンのお主ですら、主様のからくりには気づけておらんようだな?」
そう言って不敵に笑い、リュクルス様はプラチナブロンドの髪をかき上げる。半眼になったその表情からは、どこか勝ち誇った雰囲気が漂っていた。
なんかこの美人、イラッと来るな……こいつどうにかして泣かせ……いかんいかん、不敬な発想になるとこだった。




