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 クリエの様子がおかしいので心配したが、どうやらミオがうまく発破をかけてくれたようで一安心だ。これで俺も自分の仕事だけに集中できる。


 だがまあ、クリエの気持ちもわからんでもない。器用貧乏と言われる俺も、マーティンやディーレのような仕事ができないからこそ、「そこそこならできる」ことを増やして自分の仕事を見つけてきた。普段から弓矢の限界と戦いながら魔物に痛撃を与える方法を模索してきたクリエに、ほとんど効果のない牽制に徹しろというのも酷な話だろう。


 しかしその「ほとんど効果のない役割」こそが、俺が必死に掴んできた仕事なんだがな……。


 マーティンとディーレはさすがによく息が合っている。左右から白竜を挟み込んで、行くと見せかけては引き、引いたと思えば詰め寄る動きを互いに繰り返すことで、白竜はどの方向にも動けず、完全に足止めされている状態だ。

 そんな前衛2人の活躍によって俺の方を向く余裕が殆どないせいで、白竜はデタラメに尻尾を振り回すことで俺を牽制しようと試みたが、完全に見当外れの方向を薙いでいたりで脅威はまったく感じなかった。


 そして今のタイミングで白竜が振り返って俺を見れば、きっと怒り狂うだろう。

 俺はいい感じに尻尾が届かない距離の岩壁の窪みにすっぽりと収まって、そこに居ない俺を執拗に探してのたうつ尻尾をのんびりと眺めている。正確には白竜の全体をだが。


 予定では俺も後ろから白竜にちょっかいを出して足止めの役割をこなすことになっていたが、マーティン夫婦がうまくやってくれているのでもうひとつの役割――白竜の古い鱗を見つけ出してマーキングするのに集中することにした。


 オーダーからは『新しいものに生え変わろうとしている鱗は、他の鱗よりも浮かび上がって見える』と教わり、実際にそういう時期を迎えた鱗が並んでいる部分も見せてもらったのだが、この白竜はどうにも勝手が違う。

 どの鱗も浮き上がっていると言えばそう見えるし、どれひとつ浮き上がっていないと思えばそのようでもある。


 まだマーティン夫婦の動きが鈍り始めるような時間ではないが、弱点を見つけ出せないままでいれば、いつかその時が来てしまう。あまり余裕のある話ではない。


 せめて白竜が身体の向きを変えてくれれば……いや、ここは俺がリスクを冒して動くべきか?


 不意にマーティン夫婦が白竜の正面に立つクリエから離れる方向――白竜の背後に回りつつ詰め寄っていくような動きを見せ、その瞬間にクリエが矢を放った。

 これまで矢を気にしている素振りがなかった白竜だが、よほどクリエの狙い所が良かったのか、このとき初めて顔を横にそむけると同時に、マーティンに向かってドロップを射ち出した。

 その隙を見逃すディーレではない。一瞬で詰め寄る向きを変えると、白竜の首筋に戦鎚を叩き込んだ。


「ギャウッ!?」


 ハーフ魔族の膂力に加えて身体強化もされたディーレが与えた一撃は、白竜の想像を遥かに超えた衝撃をもたらしたのだろう。全身をビクリと痙攣させ、ほんの一歩だが白竜がクリエの方にたたらを踏んだ。


 その動きで白竜の全身の鱗が波打つなか、腰と呼べるあたりで違和感があった。


 まるでベルトでも巻いているかのように、そのあたりの鱗だけ動きが悪い。よくよく目を凝らしてみれば、そのあたりの鱗だけが他の鱗よりも低く(・・)なっている。


『――そういうことだったか! この白竜は、ほとんどの鱗が生え変わりの時期を迎えていると……!』


 首を打ち据えたあと、そのまま懐に潜り込んで離れようとしないディーレを援護するように、マーティンがじわじわと白竜に詰め寄ってプレッシャーをかけていく。

 見ればミオも少しずつ距離を詰め、あわよくば盾に取り付けたオーダーの爪を白竜に押し付けようと試みていて、クリエはその意図を読み取っているように身をかがめ、ミオの盾の陰に入れる位置を保っていた。


 そんな位置関係を嫌ったのか、白竜は素早く四肢に力を込めると小さくジャンプして、ディーレとミオの両方から距離を取った。


 白竜が着地した瞬間に、全身の鱗が一斉に波立つ。見間違いではなくやはり、腰のあたりだけ鱗の動きが悪いというか、身体にしっかりとくっついているようで動きが目立たない――決まりだ。


 白竜に向かって駆けつつ、オーダーから譲り受けた染料が入った瓶の口を緩める。

 尻尾の付け根を踏み台にして白竜の背に飛び乗ると同時に、瓶の口を開けて逆さにし、動きが悪い鱗を一斉にマークしていく。


「待たせた! ここ(・・)以外は全部弱点だ!」

「えっ!?」

「ぜんぶ???」


 マーティン夫婦が戸惑っている。わかりやすく伝えたつもりだが、事実が意外すぎたか……。


「そうだ! まさかだったが、ここ以外の鱗は全部古い!」

「なるほど、そういう……」

「ことかぁっ!」


 互いの方へと素早く距離を詰めたマーティン夫婦が、一塊になって白竜に突っ込んでいく。

 腰以外ならどこを狙ってもいいという破格の条件で、あの2人が仕損じるわけもない。


 腰に乗った異物を払い落とすべく、先程よりも遥かに高くジャンプした白竜の背から滑り落ちながら、俺はこの戦いの勝利を確信して笑みが止まらなかった。



「ミックさん――!!」


 ミオさんの声が遠くで聞こえる。

 落ちていくミックさんに駆け寄っているのならまだそれほど離れてはいないはずだが、まるで水の中で聞く音のようなぼんやりとした感じもあって――。


 ああ、これたぶんアレだ、俺が集中してるんだ。


 もうずっと恥ずかしかった。機械的に白竜の目を狙って矢を射掛け続けている間、白竜が大口を開けてドロップを吐くもんだと勘違いしてたのがずっと頭の中をぐるんぐるんしてて、何度も恥ずかしさを噛み締めた。


 許せねえ……あいつ絶対、大口開けた瞬間に矢を叩き込んでやる。俺に逆恨みさせた罪の重さを、マナに還って何度も噛み締めるがいい。


 そんな純粋な気持ちで目を狙い続けていると、マーティンとディーレが息の合った動きを見せた瞬間に、白竜の意識が混乱したような雰囲気があった。

 同時に、今なら中るという確信が湧き上がり、右手が自然に矢から離れる。


 間違いなく会心の一矢だったが、白竜が初めて見せた頭を捻る動作でかわされてしまった。

 必中の予感が裏切られたことに軽く動揺したが、的中させる感覚のようなものを掴んだ手応えで気を取り直す。そしておそらくは、俺の矢も危険なんだと意識付けることも、たぶん今の一矢でできたような気もする。


 そのとき、白竜の口がゆっくりと、大きく――目なんかとは比べ物にならないほど、大きく開いた。


 なんだよそのデカい的は……さんざん目を狙った後にそんな大口とか見せられたら、もう余裕で射抜ける気しかしねえんだけど……。


 白竜が仕切り直すような動きをした直後に、ミックさんが白竜の背中に飛び乗る。何かの液体――染料?をかけながら、弱点がどうのと叫んだ直後に、白竜が大きく飛び上がった。その衝撃で、ミックさんが滑り落ちていく。


 あれは、危ないんじゃないか?


 俺のスイッチが完全に入ったのは、たぶんこの瞬間だ。ミックさんが滑り落ちていく姿がやけに鮮明で、なんか凄くいい笑顔を浮かべてたところまでバッチリ見えた。


 水の中で聞こえるような、ミオさんの声。ミックさんの名前を叫んでいる。

 ミオさんがたどり着きさえすれば、ミックさんの命を心配する必要はないはず。となれば、俺がやるべきことはミオさんの援護だ。


 ミックさんを振り落とした白竜が、地響きを立てて着地した。その瞬間に、白竜の首が前に倒れる。さっきバックステップしたときにも同じ動きをしていたので、ジャンプしたあとはそうなるんだろう。


 努めて正面に向けていた白竜の顔が、不意に横へと向く。ミオさんを捉えたのかと焦ったが、肉薄してくるマーティンとディーレの方に意識を向けたらしい。

 俺への意識も切っていない雰囲気があるので、弓を構えながら白竜の頭の動きに集中する。ミオさんの援護にこだわりすぎて、俺がドロップで撃ち抜かれては本末転倒だ。なにしろいま俺のそばに、頼れる護衛はいない。


 牽制と割り切って当たらない確信しかない矢を放ったあと、すぐさま3本の矢を矢筒から取り出して2本を口に咥える。その間も白竜から目を離さずにいたが、ミオさんを捉えた様子も、俺の方に顔を向けてくる様子もない。


 不意に白竜の頭の動きが忙しくなり始めた。マーティンとディーレがうまく翻弄しているんだろう。正直、動きが不規則すぎて狙いづらい。

 適当に一矢を放ち、口に咥えたうちの1本をすぐに番え、さっきより少しだけしっかりと目に狙いをつけて放つ。


 3本目を番えた瞬間に、白竜がまたジャンプした。

 ディーレとマーティンから距離を取ろうとしたようだが、2人はわざとそう仕向けるようにフェイントを仕掛けていたようで、まだ空中にいる白竜を地上から追い抜くような勢いで、白竜の着地点へと正確に走っていく。


 勝負所だろうと確信した瞬間に、世界が完全にスローモーションになった。


 着地した白竜の首は、前に倒れる。だったら置きエイムしてやれ。


 マーティンとディーレが白竜に取り付いた途端に、ガアァン! ゴワアアァン!と続けざまに打撃音が響いた。痛撃を受けたらしい白竜の口が、ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。


 まさにエイムを置いた位置ぴったりで、白竜の口が開ききった。


 今度はしっかりと意識して、右手を矢から離す――『貫け(ブラスト)


 イメージを込めすぎて文言が変わったが、風精霊にはしっかりと伝わった。というか、いつものブラストアローよりも明らかに威力が高そうな矢がすっ飛んでいった。


 白竜の上顎を矢が貫くのを確かに見届けた直後に、まるで水から浮かび上がった瞬間のように、周囲の音が耳に流れ込んできた。


 集中力が切れてしまったのは限界を迎えたからなのか、それとも勝利を確信したからなのか。


 たぶん後者なんだろうな。今の俺、さっきのミックさんと同じ顔してる気がするし。


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