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 大量失血した俺のコンディションが回復するまでということで、とりあえず1週間の休みを取ることになった。ついこないだ帰省してのんびり過ごしたばっかりのような気がするが。


 休養中の俺のミッションはとにかく食って休むことということで、久しぶりにサラさんと食事を楽しんだりした。

 実年齢55歳の異世界人だとカミングアウトしたにもかかわらず、以前と変わりなく接してくれるサラさんの胆力に感心することしきりだが、本人いわく「55歳のくせに世間的には15歳の小僧扱いされるのが、なんだか可愛いんだよねえ……」ということらしい。


 ちょっとイラッと来たので、その夜は55歳の経験と15歳の肉体が織りなすパワーをフルに発揮して、足腰立たなくしてやった。


 二度と逆らうんじゃねえぞ……。


 などと言いつつも15歳の肉体にもさすがに限界はあって、翌日は仲良く一緒にだらだら過ごす羽目になったんだが。おかげでいい感じにぐんにゃりと弛緩した感覚があるので、悪くない時間の過ごし方だったのかもしれない。


 2泊して屋敷に戻ったら「休めって言いましたよね?」ってミオさんにすげー怒られた。そこはひとつ、精神を休めたということで納得していただきたい。

 実際のとこ白狼に背中をガッサーやられて、「そうか、ミオさんがいなかったらワンチャン死んでたな?」というのを実感してから、よくわからない何かを一つ乗り越えたような感覚がある。

 その感覚が精神状態に不思議な落ち着きを与えているようで、妙なコンディションの良さを感じるのだ。


 ひょっとしたら前世のも合わせて精神的に死に慣れたという、あまり良くはないことなのかもしれないけど、次こそは死ぬような目に遭わないという強い決意もあるので、覚悟が据わったとか、いい意味で慣れたのだと思いたい。


『それでもさ、心配なもんは心配なんだよ。アンタにゃこんなもん必要じゃないのかもしれないけどさ――』


 そう言ってサラさんがくれたお守りをぼんやりといじくりながら、生き死にについてなんとなく考えてみたが、よほど無謀じゃない限りは詰まるところ「運」なんだろうなというありきたりの結論しか出てこなかった。


 ところでこのお守り、「少なくともアタシは護ってくれたよ」と言って渡されたんだけど、あの言い方だとたぶん護ってもらえなかった人たちが確実にいる。縁起いいんだか悪いんだか……。


 それはさておき、俺を喪うことで悲しむ誰かがいるなら、なるべく生きていたいとは思う。

 それと同じように、俺が喪いたくない誰かを守るためなら、命を投げ出してしまうこともきっとあるんだろう。

 前世なんか、なんの縁もなかったミオさんを守ろうとして逝ったんだし。


 まあ、子供を守らなきゃって咄嗟に思って行動できただけで、自分が逝く想像とか1ミリもしてなかったわけだが……。


 なんにせよ俺のコンディションは良好だし、俺の負傷をきっかけにパーティのみんなも何かを得たり決心したりということがあったみたいで、全体的に妙な迫力を感じる。ディーレなんか空中の白狼をぶっ飛ばすイメトレのために迷宮に潜り、さんざんトロルの股間をぶっ叩いてたらしいし。

 おおう……想像するだけで玉がヒュンッてなる……。トロルの股間になんかぶら下がってるのかって確認したことないけど。


 パーティのこの雰囲気が吉と出るのか凶と出るのかは迷宮に入ってみないとわからないんだが、緩みきってるよりは遥かにいいんじゃなかろうか。

 そして明日は、楽しい楽しい迷宮リベンジだ。





「ねえ……クリエ、これってさ、とっとと入れってことじゃないかな……?」

「スルーしてもスルーしても行く先々に出てくるってことは、そういうことなんだろうなあ……」


 白狼へのリベンジと意気込んで迷宮に入った途端に、それは現れた。

 第2階層と第4階層の階層主部屋で見覚えのある、転移陣だ。

 どこに飛ばされるか分かったもんじゃないのでスルーしたのだが、行く先々にこれでもかと転移陣が設置されているというのは、どう考えてもというか、考える必要もなくおかしい。

 そりゃあマーティンも引きつった微笑を浮かべながら「入ってみる?」みたいなことを言ってくるよ。


「入らせようとしてるのはわかるんだけど、どうしてそうするのかっていう意図の部分がわかんないんだよなあ……」

「そこ不気味ですよねー」

「今回は……無視に徹してもいいのではないか……」


 ミオさんもミックさんも、怪しい転送陣を踏むのには否定的だ。

 もちろん俺もというか、パーティ全員が「できれば踏みたくない」と思っているので、見なかったことにして先を急ぐ。

 そうして第1階層の階層主部屋にたどり着き、扉を開けるとすぐ目の前に、扉の幅いっぱいの転移陣があった。


「見なかったことにしたかったんだけどな……」

「なるほどこう来ましたか。これはもう、踏んでしまっても良いのでは?」

「踏まずに進めないよね? 飛び越えれば問題ないのかな?」


 解せぬ。おそらくダンジョンマスター的な存在の仕業なんだろうけど、ここまでやって、一体どこに転移させたいのかがさっぱりワカラナイ。


「あの、クリエさん。ここに『第5階層の階層主部屋行き』って書いてありますよ?」

「へ?」


 ミオさんが指差しているのは、ごちゃごちゃして解読不能の魔法文字的なものがびっしりと書かれた転移陣の外周。

 そんな文字も読めるのか、ミオさんすげーなって思ったら、ミオさんが差しているその部分にだけ、この世界の一般的な文字で『第5階層の階層主部屋行き』と確かに書いてあった。


「いや、白狼にリベンジしたいんだけど……」

「5階層の道中も確認してないのに、いきなり階層主というのは戸惑うね……」

「白狼にリベンジさせろー」


 バトルジャンキー夫婦のマーティンとディーレもご不満だ。

 ひょっとして白狼を倒したあとはフリーパスみたいなことになるのか?とか一瞬思ったけど、ロマノフからそんな話を聞いたことはない。


「あの、クリエさん。文字がですね、うにゅーんって変わりました」

「へ?」


 さっきミオさんが指差してたところを見直すと、しれっと『第4階層の階層主部屋行き』って書いてある……なにこれ怖い。


「こちらの会話が……筒抜け……ということか……」

「それができるんなら、もう直接会話させろって話なんだよなあ……」


『まったく……こちらにできても、そちらができぬだろうに……』


「はい?」

「ん? クリエさん、どうしました?」

「いやなんかいま声が……みんなには聞こえなかった?」

「クリエの『はい?』しか聞こえなかったね」

「あたしもー」

「俺もだ……」

「マジか。幻聴だったか? もし俺にだけ聞こえる何かだったら、もっぺんお願いしていいかな」


『む!? お主、我の声が聞こえておるのか!?』


「おお……完全に会話できてる……。みんなちょっと待っててね。どうやら俺にだけ聞こえるやつっぽい」

「「「「????」」」」


 まあそういう反応になるよなあ。そもそも念話って限られたものだけの特殊能力だって、俺が0歳のときにオーダーが言ってたし。


「ひょっとしてクリエさん、テレパシーとかですか?」

「なるほど、ミオさんだと念話のことは知らなくても、そっちの概念はあるのか……だいたいそんな感じのやつ。オーダーは念話って言ってた」

「はー、なるほど……わかりました、みんなにはわたしから説明しておきますね」

「あ、超助かる。んじゃちょっと待っててね。ってなんか電話保留してるみたいな会話だな」

「ふふっ。電話とか懐かしいですねー」


『そういうわけでお電話代わりました。クリエです』

『お主……不気味なやつだとは思っておったが、念話も使えるのか……。あと電話などと言うでない』


 ――は? これひょっとして、電話っていう意味、伝わってる?


『えーと、電話をご存知で?』

『電話回線を通して話す機械のことじゃろ――って、お主、まさか電話が分かるのか!?』


 驚くタイミングがワンテンポ遅いだろ……。ってこの人(?)いま電話回線って言ったな? やっぱりこの迷宮を作ったやつ、地球人とか地球由来とかそんなやつか……。


『俺は地球からの転生者だけど、そちらさんも?』

『……我は違うが、主様がそうであった。そうか、貴様のその用意周到さと姑息さは、地球を知っておるからか……』


 なんか微妙に話がズレてる気がするけど、地球を知ってるからこの迷宮についていろいろ察しが付くというのは、捉えようによってはその通りかもしれない。


『まあそんなところ……かな? それで、この転移陣はどういう理由で?』

『……我は、待っておったのだぞ……』

『ぱーどぅん?』

『「ぱーどぅん?」ではないわ! 1週間前のことを忘れたとは言わせんぞ! お主らが第5階層まで来ると思ったから急いで身だしなみを整えて待っておったのに、まさか転移して即撤収するとは思わなんだわ!』

『あー、その件につきましてはですね、申し訳ないというか。なにぶん俺の出血がひどかったもので』

『傷は治したではないか』

『傷が塞がってもですね、血が減りすぎるといろいろ困るんですよね』

『ふむ。言われてみれば主様の知識にそのようなものがあるな』

『まさか出迎えの用意をしていただけているとは思ってませんでしたので、そこについては失礼しました』

『良い。こうしてまた出向いてくれたのだからな。しかしもう我慢の限界じゃ。お主らと来たら、ちょっと進んでは帰り、ちょっと進んでは帰りというのを繰り返しおるから、もどかしくて仕方がない』

『そういうことでしたら早々にお伺いするのもやぶさかではないのですが、こちらとしても白狼にリベンジしたいという事情がありまして……。あと第5階層もまだ未経験ですので、本日この機会に探索できたらなという目論見もですね……』

『白狼にはもう勝ったではないか』

『完勝じゃないとモヤモヤするんですよ』

『度し難いのう……。まあ良い。白狼の部屋まで転移できるようにしておいたから、とっとと倒して我の元まで来るのだぞ』

『なるべくご希望に沿いたいのですが、その、白狼を倒すというのは、そちらのご都合的に問題はございませんでしょうか? そちらに伺った際に「よくも白狼を倒してくれたな」ということになるのでしたら、日を改めるというわけに『いいからとっとと来い。白狼を倒すことに恨みもなにもないわ』


 先方は大層お冠のご様子。前世なら上司を連れていきたいとこだけど、ロマノフとかギルド長じゃダメかなあ……。


『わかりました。では可能な限りそのように致します』

『途中からなぜビジネス会話調なのだ……いちおう第5階層の階層主とは戦ってもらうから、そのつもりで頼むぞ』

『了解致しました。ではひとまず失礼致します』

『うむ。待っておるからな』


『って、念話だからずっと話してられるよな』

『そ、それもそうであったな』


 なんだろうこのオーダーと話してるような親近感。ミオさんもだけど、地球の知識がある相手と話すのって妙に解放感あるな。


「話がまとまったぞー」

「まとまるような……相手……だったのか……?」


 そう口に出したのはミックさんだけだったけど、ミオさんを除いてみんな意外そうな顔をこっちに向けてた。


「うーん、なんかそこそこ他人事っていうか、迷宮の手下をまとめてる親玉みたいな感じとは違った。とりあえず白狼倒して第5階層もとっとと攻略しろってさ」

「そこそこっていうか、がっつり他人事っぽいですね……」

「あ、そうだ。なんか地球人と縁があるっぽかったよ」

「えっ? それはまた意外というかやっぱりというか、不思議な感じですね?」

「それな。意外っていうかやっぱりというかって感じ」


 ミオさんと俺の縁だけだったらまだしも、この迷宮の端々からにじみ出てる地球産のRPG感を思うと、やっぱり感のほうが強いんだよなあ。

 たぶんこの世界の創造主が地球産で、ミオさんの転生先に地球が選ばれたのはそういう縁なんじゃないかと思ってるんだけど。

 食品なんかいちいち地球に似てるんだもんなあ……。


 まあそういうのは迷宮主と話せばわかるんだろうし、とりあえずは白狼にリベンジだ。


 あの犬っころ、今日は三行ぐらいで終わらせてやる……。

迷宮主さん激おこ。

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