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「――えっ、この気配!? き、来たっ!?」
いかんいかん、不覚にもまたときめいてしまった。
まるで恋する乙女のようではないか。
生を受けてからずっと迷宮暮らしゆえ、恋する乙女なぞついぞ見たことがないのだが。
しかし、なにやら気配が増えておるな。ふむ、5人になったのか。
こやつら、やはり思慮深いのではないか。
石橋を叩いて渡る、などと主様がよく言っておられたが、それはまさに、この者たちのことなのではないか。
本当にこやつらと来たら、迷宮創造以来の戦力を誇る冒険者たちだというのに、ちょっと進んでは引き返し、仲間を増やしてまたちょっと進んで引き返すというのを繰り返していて、実にもどかしい。
第4階層の白狼を目前にして引き返したときは、こやつらはもう迷宮攻略への熱を失っているのではないかと、ひょっとして二度と来ないのではないかと心配してしまったではないか。
また来てくれたと思って安心してみれば、案の定、新たな仲間を増やしておって。お前らはこの迷宮をどうしたいのだ。蹂躙したいのか。
これでまたこやつらが途中で引き返せば、次は6人になり、その次は7人と、どんどん仲間を増やすのであろう?
……まあ、階層主部屋には6人までしか入れぬようになっておるので、7人の心配はどうでも良い。
ともかく、ひとりひとりが選りすぐりの強者が5人などと、そんな過剰戦力で乗り込む場所ではないのだ。
確かに、第5階層はきついであろう。
だが、階層主部屋さえ除けば、何人で集まろうが問題はないのだ。
お前たちはなぜ、複数のパーティで順に白狼を倒し、第5階層で再集合するという知恵を絞らぬのか。
思い返すと愚痴が止まらぬが、とにかく今は、この者たちが再びやって来たことが頼もしい。
こやつらが道を開いてくれさえすれば、それからは時間をかけて少しずつ、その後に続く冒険者たちが増えていくのであろう。
だから、今日こそ――。
いかんいかん。そうやって期待して何度裏切られたのだ。いい加減に学べ、我よ。
まあ、その、期待しているわけではないのだが、あの者たちがどの程度パワーアップしてきたのかぐらいは……えーと、務め……? そうだ! 迷宮主の務めとして、監視せねばならんな!
いそいそ。
ふむ、今度は盾を持ち込んだか。まったくどこまで手堅いのやら。
しかし盾士のあの娘、前にも見たような……?
はっ。あやつもしや、5年ほど前に第2階層で総崩れになっていた冒険者たちを、誰ひとりとして死なせずに撤退させたときの娘ではないか。
トロルの棍棒に胴を潰されて虫の息だった冒険者が、あの娘の力で何事もなかったかのように立ち上がったときはびっくりしたのう……。
つまりこの者どもは、盾士どころか稀代の治癒師を仲間に加えたのか……。どこまで手堅いのだ……。
というかあの娘、盾をぶん投げてゴブリンを千切っておるのだが、アレは盾士の範疇に入るのだろうか。
よくよく見れば、我が還した盾であったか。なるほど剛力の恩寵がついておるせいで、ただの盾がゴブリン千切り器になるのだな。
そういう目的のために付けた恩寵ではないのだが。
して階層主は何か。
アラシシか……つまらんのう……。
どうせあの弓使いの男が瞬殺してしまうのであろう。
なんと、アラシシの突進をわざわざ盾で受け止めおった。
盾の効果を確かめておるのか……なるほどまさに今、こやつらは「石橋を叩いて渡る」をやっておるのだな。
しかし最近仲間に加わったあの地味な男が仕留めてしまうとはな。あれは人が投げるナイフの勢いではないと思うが、きゃつに一体何があったというのか?
ああ、剛力の腕輪を付けておるのか。
こやつら第2階層と第3階層にしつこく居座って、我が還した武具を根こそぎ持っていったからのう。良い武具を持っておるのも道理である。
アラシシには気の毒をしたが、これほどしっかり活用してくれるというなら、作り手冥利に尽きるというものよ。
ほう、第2階層も治癒師の娘と地味な男でゆくのか。
なんと、トロルの足をへし折りおるか。だからその盾はそう使うものではないというのに……。
しかしあの地味な男、槍もなかなかではないか。
ただの器用貧乏と思っておったが、剛力の腕輪を身につけておるとはいえ、あれほどの冴えを見せるとは見事であるな。
して階層主は……む? 何やら念入りに準備をしておるな?
――――! あやつら、階層主の【鍵】に気づいておったのか!
マンティコアに出番が来るのは、果たしてどれだけぶりか……。
迷宮が創造されて以来無敗を誇る裏階層主を相手に、この者たちがどのように戦うのか、しかと見せてもらおうではないか。
やはり初手は弓使いか……。いかんな、こやつらの必勝パターンではないか。
なにかと小狡いこの弓使いが初手を買って出て、こやつらが負けるというのが想像できぬ。またぞろ姑息な手でも思いついているのであろう。
しかし、ずいぶんと普通に射たな? 買いかぶりすぎであったか?
……どうしてマンティコアの動きがあんなにも悪くなっておるのだ……あの弓使い、今度は何をしでかしおった……。
素早く動き回って尻尾の棘を撒き散らすのがマンティコアの持ち味だというのに、あれほど鈍重になってしまってはどうしようもないではないか。
しかし棘さえ飛ばせれば……飛ばせんのか。
飛ばすというか、勢いがなさすぎて尻尾からぽろぽろ抜け落ちたみたいなことになっておるな。
眠れ、マンティコア。お主はよくやった。
今回は相手が悪かっただけであろう。次があるならば、少なくともこやつらほど姑息な冒険者たちではないはずだ。断言はできぬが。
しかしこれでようやく、主様よりの褒美のひとつが冒険者の手に渡るのか。
む? なぜさっさと剣を抜かんのだ? それは褒美であるぞ。
あの整った顔でえげつない剣技を使う男、何をやっておるのだ? ふむ……「熱いかな……? 熱っ! えー、こんなの触れないじゃないか……熱っ! 熱いって!」と言っておるようだな。
これっぽっちも熱くはないのだが、妙なやつよ……。
こやつら、さっそく主様の剣をこねくり回しておるようだが……。何を試しているのだ?
剣などまずは振ってみて、実際に斬ってみればよかろう。さすがの神経質……もとい思慮深さであることよな。
そしてもうエンチャントとの相性の良さを見抜きおったのか!? 呆れるのう……。
なんと! 第3階層まで進みおった!
我は夢を見ておるのか? あの、ちょっと進んでは帰り、また来てちょっと進んでは帰りを繰り返しておったこやつらが、裏階層主を倒してなお先に進むなど……!
はっ、もしや第3階層主の鍵も手に入れておるのか!? 流石であるな!
なるほど読めたぞ、今回のテーマは裏階層主の攻略ということか。
ええ……? 第3階層の鍵を持っておらぬではないか……。
そして階層主は……ダークバイパーか。オチは見えるが健闘を祈るぞ。
うむ……ダークバイパーごときではまるで相手にならんというのはわかっていたが、そこまで雑に倒すこともなかろう。
せめてこう、主様の剣でエンチャントを試すとか、もう少し盛り上がる感じにできぬものか。
しかしこやつら、鍵があるわけでもなくなぜ第3階層まで進んだのか。
まさか、今日こそ、今度こそ、白狼に挑むのか!?
うむ、ここまで来たら信じてよいのではないか。
あの規格外の治癒師まで連れているからには、白狼だけでは済まさないということも十分にあり得る。
今日のこやつらなら、第5階層とて物の数ではあるまい。
となると、こやつらと我が対面するということも――。
みっ、身だしなみ! 身だしなみを整えねば!
ああもうなぜ早く気づかなかったのだ我のバカ! あの者たちが本気を出そうものなら、あっという間に迷宮を攻略してしまっても不思議はないではないか!
できれば我の準備が整うように、ゆっくりと時間をかけて来てほしいのだが……。
おお、第4階層は慎重に進んでおるな。そういうことであれば、少しは時間の余裕もあろう。
威厳のある雰囲気でいくか、気さくな感じにするか。悩ましいのう。
そして気持ちが浮き立っておる。これではまるで、恋する乙女ではないか……。




