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マンティコアを倒したことで第3階層の階層主戦になんかのフラグが立ったかと思ったが、太めの迷宮ダークバイパーが1匹だけという通常営業だったので、何事もなくディ剣とオーガの戦鎚で輪切りにされた。
第3階層も初見のときの階層主は固定ということで、隠しボスの存在が強く疑われるのだが、正直なところマンティコアで満足したというか、マンティコアからキーアイテムになりそうなものを切り取って持ってくるのがめんどくさかったというか、たとえば【マンティコアの眼】とかだったら持ち歩くのが嫌だなあというさまざまな事情により、隠しボスについては考えないことにした。
ゴーレムコアを手に入れたときみたいに、ディーレあたりが無邪気に「クリエ、これ綺麗だから取ってきた!」ってマンティコアの眼だの牙だのをもぎ取ってきていれば、なるほどそういう運命なのかと納得して、隠しボスとの戦いもやむなしだったのだが。個人的にはマンティコアの尻尾か翼が怪しいと睨んでいる。
いつも通りに階段で休憩を取り、ディ剣が無事にエンチャントに耐えられていることなどを確認してから挑んだ第4階層では、俺も積極的に戦闘に参加して迷宮鉄の矢を射ちまくっている。
ぶっちゃけパーティへの援護とかそういうのじゃなくて、第4階層の魔物の速さに慣れるというか、弓の修行をしているだけなんだが。
たとえば第4階層の定番であるブラックウルフのように、このレベルの速さで動きまくり、かつ群れをなす魔物や魔獣というのはなかなかお目にかかれるものではないので、この機会にしっかりと腕を磨かせてもらう必要がある。
条件が悪いほうが修行になるだろうと、あえて辺りを照らさないようにして戦っているが、第4階層ってほんといちいち暗いし、魔物も黒くてめんどくさい。保護色っていうのはバカにできんな。
「クリエさんが狼を射ってるってだけで、なんかほっこりしますね」
「当てるのがずいぶん……上手くなった……」
またそのイジりかよ。しつけえよ。って思ったけど、これミオさんは単に5年前のことを思い出してるだけで、そこにミックさんが悪意を被せてるだけだ。無口で粘着質とか最悪だなミックさん。
しかしミックさんが言ってる意味も前回とは少し違って、ブラックウルフの動きに付いていけるようになったことを褒めてくれてるんだろうな。完全に気まぐれな動きをされるとまだきついが、こちらを狙う意志を持った動きに関しては、それなりの精度で予想できるようになってきたのがデカい。
予測のコツはというと、狼どもを疑ってかかること。これに尽きる。
上位種の狼はとにかく狡猾というか姑息で、それなりの連係を取ってくるフォレストウルフですら純真で朴訥に思えるレベルだ。
なかでもエグいのが目線のフェイントで、フォレストウルフはけっこう律儀にこっちを見てきてその通りの行動をしがちなのだが、ブラックウルフぐらいになると瞳が常に違う方を向いている。
犬の視野は250度ぐらいあるというが、たぶんこいつらもそういうことで、瞳を明後日の方に向けながらこっちの位置を把握するというのは朝飯前なんだろう。
よってこっちに飛びかかってくるときはたいてい目があっち向いてて、なんか怖い。
そんで飛びかかってくる最中にようやくこっちにギョロリと目が向いて、そこで目が合うのも微妙に怖い。
話が逸れた。とにかく目線は当てにならないので、ブラックウルフが3mぐらいまで近づいてきたあとは、どこを向いていようが次のアクションではこっちに飛びかかってくると決めつけたほうがいい。
『この心がけをするようになって以来、凡庸な猟師の範疇を出なかった私の矢の的中率は劇的に向上し、エリート猟師へのブレイクスルーを果たすに至った。そうして自信を手に入れた私は、つい先程も真っ直ぐにこっちをガン見して全力疾走したのち、5mほどの距離から小細工なしに飛びかかってきたブラックウルフにまんまと不意を突かれ、間一髪のところをミオ氏の盾で弾いてもらったところだ』
ビビった。超ビビった。全然予測できてないじゃん!
完全に増長しかけてて、なんかの自己啓発サロンで謎の自信をつけた意識高い系ビジネスマンみたいな思考になってた。とりあえず「勢いがついてるやつ」に対しての安全マージンを5mに設定し直そう。ほんとめんどくせえなあこいつら……。
道中でめんどくさい思いをしたのは俺だけで、ミックさんは投げナイフの練習を早々にサボって槍に持ち換え、「ふむ……速いな……」とか言いながら楽しそうにブラックウルフを狩ってた。
そんな道中だったのでなんの障害があるわけもなく、あっさりと第4階層の階層主部屋にたどり着いた。たどり着いてしまった。
ここを越えれば伝説の冒険者たちと肩を並べるのだが、正直そんなプレッシャーとか緊張とかなくて、大事に取っておいたおやつにとうとう手を付けてしまうような、そういう残念な気分みたいなものだけ湧き上がってくる。
「ほんじゃ打ち合わせ通りに。最初に白狼がどう動こうが、たぶん最優先で俺を狙ってくると思うから、ディーレはなるべく俺の近くに。ミオさんはミックさんのカバーで」
「再確認するけど、僕の方に向かってきたときは、倒しちゃっていいんだよね?」
「ぜひ倒しちゃって。余裕があったら首を落とすか、たぶん心臓のあたりに魔石があると思うから、そこを突いて焼くとかでもいい。毛皮になるべく傷をつけないようにして、戦利品を持ち帰ろう」
「了解したよ。ディーレは責任重大だね。頑張ってね」
「うん。クリエはあたしが絶対に守るから、トドメはマーティンね!」
ロマノフたちが白狼を攻略したときの話からぼんやりと想像していたが、ブラックウルフ戦で確信したことがある。それはこの階層の狼たちが本能的に後衛のヤバさを察し、優先的に攻撃してくるということだ。
よって対白狼戦のシミュレーションも、真っ先に俺が狙われた場合に、猶予は3秒ぐらいという想定で組み立てている。
白狼、開幕で飛びかかってくる。
俺、狙う。射つ。白狼死ぬ。
勢いがついた白狼の死体、俺に激突する。俺、死ぬ。
最速パターンだと開幕からおよそ3秒ぐらいの間にこういう展開が予想されるが、いかんせん最後のところがまずい。しかしディーレとマーティンが戦鎚を使ってくれるようになってくれたおかげで、「激突する前に横から白狼をぶっ飛ばす」という選択肢が増えた。
白狼に向かって矢を射かけたら、すぐにディーレ側に俺は避ける。それだけだと避けきれない可能性が高いので、ディーレの戦鎚で白狼を反対側にぶっ飛ばしてもらってどうにかするという作戦だ。
もちろん俺の背後にはミオさんとミックさんが大盾を構えて控えていて、俺の身に何かがあったら即ヒール。そしてその頃にはマーティンも駆けつけているので、初手でオーダーの爪さえ射ち込んでおけば、後はどうにでもなるだろうという完璧な目論見だ。いけいけマーティンやっちまえ。
「あとは念の為に、咆哮への対策か。ぶっちゃけこのメンバーで足がすくみそうなのって、俺とミックさんぐらいしかいないけど」
「なんでわたしを除外するんですか」
「だってミオさんダテに2回も死んでないっていうか、図太いっていうか肝が据わってるとこあるし」
「どの人生でも16年歳までしか生きてないから、実質は小娘ですよ?」
「実質っていうのは最初の16年+次の16年+いまの9年の総和のことなんだよなあ……」
「そんなの言ったらクリエさんなんか55歳じゃないですか。最年長ですよ?」
「1回しか死んでないぶん図太くないということで」
「むー」
まあ実際のとこミオさんを見て「なるほど40越えてるわ」って思ったことはないし、俺にしても身体年齢に引っ張られて精神がどんどん子供に戻ってる感じがあって、自分が55歳という実感は皆無だ。
しかしそういうのは別にして、ずどーんと覚悟が決まってる感じがミオさんにはある。それはマーティンとディーレにも感じられて、俺とミックさんは持ち合わせてないものだ。
「俺は凡人の自覚があるが……クリエは凡人ではなかろう……」
「平凡とか非凡とか、そういうのと違うやつでしょ。ギルド長のおっさんも凡人の範疇だろうけど、肝はそれなりに据わってる感じあるし」
「む……確かに……」
「というわけでミックさん、お願いします」
「本当にやるのか……」
やらいでか。なんのために練習してきたと思ってんだ。
気まずそうなミックさんを急かすように全員で肩を組み、円陣を作って身体を倒す。観念したミックさんは大きく息を吸うと、腹の底から声を出した。
「いいかァ、てめえらッ! 白狼の野郎をぶっ殺すぞォ!」
「「「「応ッ!!!!」」」」
「メリヤスゥ----ッ!!」
「「「「「ファイッ! オウ! ファイッ! オウ! ファイッ! オ----ウ!!!!」」」」」
やっぱ気合い入れるのってこれだよな。ちょっと気恥ずかしいのも手伝って、謎の高揚感が湧き上がってくる。
このアガってる感じさえあれば、白狼がどれほどの重低音で咆哮を上げてこようが「なんぼのもんじゃーい!」的にドンと来いだ。
いつも通りにマーティンとディーレを先頭。その後に俺、ミオさん、ミックさんの順に続いて、階層主部屋に足を踏み入れた。
全員が部屋に入ると入り口の扉が閉じ始め、入り口が完全に閉じたところで、部屋の反対側に見える扉が開き始めた。
階層主の白狼が姿を現すまでのんびり待ってやる義理もない。手早く初期配置を済ませると、俺はオーダーの爪を鏃にした矢を番え、魔石もしっかり握り込んで待ち構える。
白狼がなんぼのもんじゃい。ドンと来いや。




