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【キーアイテム】というものがある。
それは文字通りに、物語を前に進めるための「鍵」。運命に沿っていれば必然的に主人公の手に齎せられるものであり、往々にして主人公を主人公たらしめるものだとも言える。
主人公とは、正しい鍵を持ち、正しい運命を進む者だ。
RPGがコンピュータゲーム化されまだ黎明期にあった頃、ゲームの主目的が「難解な謎を解き明かしてのキーアイテム探し」とされた時期があった。
例を挙げると、なんの脈絡もない敵を大量に倒したり、なんの変哲もない場所を「調べ」たり、ドロップ運頼みで強敵を何回も倒したりといった具合だ。
そういう、もはや謎でもなんでもない「理不尽な隠し条件」をノーヒントでいくつもクリアし、入手したキーアイテムを積み重ねてエンディングを目指していくような作品が、いくつもあった。
もちろん、そういったキーアイテム探しを強要する駄作にはクソゲーの称号が与えられ、とりわけ理不尽だったものは伝説化し、40年近くも語り継がれている。
メリヤスの迷宮の攻略難度の高さは、バランスの悪さである。
そう実感したときから、俺はメリヤスに限らずこの世界の迷宮すべてに対して、大昔のRPGを当てはめて考えるようになった。
第4階層まで攻略できた冒険者たちが、なぜ第5階層からは途端に歯が立たなくなるのか。
攻略される前提で何者かがデザインしているのは明白でありながら、途中からいきなり攻略を拒んでくるような手応えになる理由は何なのか。
それらの答えのひとつが【償還品】であるというところまでは、比較的容易に察しがついた。
難度的にそれほど違いがない第2階層と第3階層を延々と、大当たりの償還品を引けるまで周回させるというのは、いかにもクソゲーに相応しい仕様だなという納得がある。
そして実際のところ、俺たちのパーティは償還品(と、実家のチートアイテム)で劇的なパワーアップを果たした。おそらくこの状態まで来れば、迷宮攻略は可能だろう。
しかし、それだけでは、足りない。
迷宮攻略の要件としては満たされても、クソみたいなバランスのクソ迷宮を創造した、頭お花畑な奴の思惑を攻略するには不十分という思いが拭えない。
攻略要件とは別として、こういう奴が作る迷宮なんか、どうせ呆れるほどに残念な「隠し」があるはずなのだ。
最初は、階層主のポップ傾向にある「そのパーティにとって苦手な魔物が出やすい」というところが手がかりかなのかと思った。しかしそれは、アーチャーの俺がアラシシを何回倒してもドロップなどに変化がないことにより、ほぼ否定された。
次に、特定の魔物を腐るほど倒すというのも考えたが、少なくともオークがそうではないことはうちの蛮族豚寄せトリュフ王子が証明した。
また、これまでに第3階層までたどり着いて安定周回ができるようになったパーティたちは、自分たちが得意とする特定の魔物ばかりを狩る傾向がある。これはロマノフの時代から繰り返されてきているので、30年以上もかけてその条件が満たされないというのも考えにくい。
特定の方法で階層主を倒す、というのも毒を含めていくらでも試したし、基本中の基本である隠し部屋というのも、事あるごとに確認してきた。
そういう思考と試行の結果、俺の中でもようやく「隠し要素は存在しない」というところに落ち着きかけていたのだが、最後にひとつだけ、ずっと気になっていたものがあった。それはゴーレム戦でマーティンが入手した、ゴーレムコアとでも呼ぶべき謎のシロモノだ。
この迷宮に現れる魔物の中で、ゴーレムだけがなぜか魔石を持たず、代わりに前世風に呼べば「ゴーレムコア」ということになる核のような弱点のようなものが存在する。
そして、その部位を主人公体質のマーティンがわざわざほじくり出してきたというのが、俺の中でどうにも引っかかっていて、そこでキーアイテムの可能性に思い当たった。
そういう経緯があって最終的に思い当たったのが、第2階層と第3階層のボスが「ほぼ」固定と言われている事実。
そこについてロマノフに突っ込んだところ、第2階層の階層主戦で壊滅に追い込まれたパーティの生存者が、ゴーレムではない赤い魔獣を目撃したという記録が過去に一度だけ残されていることを知れた。
そのパーティはほとんどが第2階層の階層主に初挑戦だったが、ゴーレム討伐者経験者もパーティに混じっていたらしい。
しかし、初見殺し度の高いゴーレム討伐において、初見組が討伐経験者を迎え入れてパーティを組むというのは常套手段で、俺とマーティンだって形態としてはそういう構成でゴーレムに挑んでいる。
あのときマーティンには「ゴーレムである場合を想定して」予備の長剣を持ち込んでもらったが、言い方を変えるとそれは、俺の頭の中にゴーレムじゃない階層主――赤い魔獣が現れるという想定もあったからだ。
結果として、俺たちは赤い魔獣と見えることは叶わなかったが、ゴーレムコアのようなものを手に入れたということになった。
このコアが何かのキーアイテムである妥当性や必然性といったものは皆無なのだが、誰もクリアできないクソゲーに必要なのは理ではなく、ただの偶然みたいなものだ。
そして、その偶然を掴み取ったものだけが主人公としてゲームをクリアできる理不尽さから、クソゲーはクソゲーと呼ばれる。
階層主部屋に入って少し経つと、俺が持ち込んでいたゴーレムコアは淡い輝きを放ち始め、まるで雪が溶けるかのように、見る見るうちに小さくなって消えてしまった。
「これは……ビンゴだったか?」
俺がそう呟くと、前方の扉が少しずつ開き始める。
その奥からゆっくりと近づいてくるのは、これまでに見たことがない、赤い皮膚に覆われた魔獣。
だが、前世ではうんざりするほどに、よく似たものを目にした。
これ完全にマンティコアだろ。クソ迷宮の創造主様も同郷疑惑がますます高まるっていうか、ほぼ確定したっていうレベルじゃなかろうか。
赤い皮膚に覆われた、赤いたてがみの人面によく似た魔獣。尻尾の先が無数の棘のようになっているのは、棘を飛ばしてくるタイプという設定なんだろう。これがサソリの尾のような形状なら毒を持っているタイプなのだと、ウィキペ○ィアで学べるほどにポピュラーな空想動物。
この世界にライオンがいない時点でパクリ濃厚なのに、せめて皮膚の色ぐらいは捻れなかったのか。
まあでも、おそらくこの世界にはほとんど存在しない魔獣というのは、ある意味好都合だ。オーダーの爪の実験台になってもらおう。
『射ち出せ』
こちらに睨みを効かせたマンティコア(仮称)が悠然と扉をくぐってくる瞬間を狙って、オーダーの爪を鏃に使った矢を放つ。
マンティコアは身を捩って矢を避けようとしたが、扉に引っかかって体を大きく動かせず、その首筋に矢が突き立った。というか、そもそも大して反応が速くなかったので、身動きを制限できない状態で真正面から射掛けたとしても、なんなく当てられそうな手応えがあった。
矢を受けた瞬間に「ギャッ」みたいな声を上げたが、何事もなかったかのようにこちらに向き直り、マンティコアはその歩を進めてくる。
猫科インスパイアだったらそこはいっぺん毛づくろいを挟んで欲しいところだが、そんなんされると人面似でブサイクなこんな魔物にすら愛着が湧いてしまうかもしれないので、それはまあいいか。
身体に力をたわめ、マンティコアが身を低くする。飛びかかってくる態勢だ。
マーティンが長剣を、ディーレが戦鎚を、それぞれどのようにでも振り始められる自然な位置に構える。その様子を見て前衛への心配を捨てたミオさんが、大盾を構えて俺の方に寄ってきた。
力を溜めたマンティコアは、咆哮と上げると同時に緩慢な動きで地を蹴る。
そして、3mも跳ばずに着地した。
「動き、おっそい」
「オーダーさんの爪ですか? 効果覿面って感じですねー」
「クリエー? あれ、やっちゃっていいの?」
オーダーが太鼓判を押した通りに、ドラゴンの爪の毒はマンティコアにも効いた。万物のマナの流れを滅茶苦茶にするというのは、異世界由来の存在であってもこの世界に生み出されたマンティコア(仮称)でも例外ではないらしい。
平衡感覚的なものがぐらんぐらんしているのか、身体にうまく力を伝えられないのか、マンティコアは瀕死のような状態になっている。
何も遠慮する必要はないのでディーレの問いかけに頷きを返すと、すたすたとマンティコアに近づいていって、さくっと頭を落として倒してしまった。
「この先は、こういう戦いが続くのかな?」
「こらマーティン、そんな露骨に『張り合いがない……』みたいな顔でがっかりすんな。これ例によって相性だから。強めの矢が突き立つような弱い皮膚で出てくる魔物のほうが悪いから」
「ひょっとしてさ、オーダーさんの爪を埋め込んだ武器を全員が持てば、それで万事解決ってことにならないかな?」
「魔物が少なければそれでもいいかもしれないけどなあ。爪を刺して瞬殺ってわけじゃなくて、あくまでも毒みたいなもんだから、致死量を浴びせるには時間がかかるかも。それだと、たくさんの魔物に取り囲まれるようなことがあると……」
「なるほど……すでに突進を始めて勢いに乗った敵だと効果が薄まるね。たとえば空から来るやつ……ハーピーとか……」
お前なんでそこでハーピーを例に出した。やっぱりピピさんを仕留める方法とか考えてやがったな?
初めて見る魔獣とろくに戦えなくて不完全燃焼のせいか、マンティコアの解体はマーティンとディーレが率先してやってくれた。何が素材になるのかさっぱりだが、特徴的な赤い毛皮だけ剥いでおく。
マンティコアの残骸が消滅を始めたのを見届け、第3階層への階段に進もうとしたとき、異変が起きた。
ゴトッという音に反応して振り向くと、階層主が現れるときにしか開かないはずの扉が、再び開き始めていた。
「は? まさかの連戦? そんなんあるのか!?」
すぐに戦闘態勢を取り直した全員の目が、扉の奥に現れたものに向けられる。
そこにあったのは、石造りの台座に突き立つ「いかにもな感じの剣」だった。




