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06

「上京するにあたって、まずは職探しだな! キリッ!」

「やめてー! ママやめてー! もうそれ言わないでー!」


 どうも、転生者クリエ、8歳です。いま絶賛母親からイジられ中で、涙目です。


 なるべく早く実家を出たいという話の流れで、そのためにはまず仕事を探さないとなーって言いました。確かに言いました。キリッとかしてなかったと思うけど、それは言いました。


 すると、母はこう言いました。おまえ案外バカだな。全能チート級の主人公の間抜けな立ち回りが許せないとか言ってるくせに、おまえほんとバカだな。という呆れ返った気持ちが存分に乗った言葉で、こう言いました。


「――なあクリエ。異世界なら8歳児でも(そんなわけが)職に就けると思うのか(ないだろう?)?」


 前世から数えで48歳ならではのあるある系の失言に対して、直球ど真ん中で心を抉りにくる指摘が恥ずかしすぎた。なので、その日はその場に土精霊に穴掘ってもらって、穴の中で寝た。泣きながら寝た。精霊使い、穴があったら入りたいときに超便利。


 というのは嘘。途中から盛った。ほんとは穴を掘って立て篭もろうとしたところで早々にオーダーに引っ張り出されて、まずは外の世界でやっていけるための修行パートからだろうと諭された。


 で、今日がその修行パートの初日なんだけど、開幕からイジられてライフがもうゼロです。


「昨日はクリエが耳まで真っ赤にしてこの母との触れ合いを避けるものだから、修行パートの説明ができなかったではないか」

「そう思うんなら、初手でイジってくるのやめてくださいお母さん」

「ふふ。普通の8歳児ではないのだからな、これぐらいは良いだろう」


 そう言いながら眼鏡を取り出してすちゃっと装着したオーダーが、1枚の紙切れをぺしっと叩く。


「この紙にはな、いつか来るかもしれないこの日のために、母が練りに練った計画が記されておる」

「練りに練って紙切れ1枚なのですかお母様」

「うむ。とりあえずその環境を与えてみて、あとは成り行きという感じだ。クリエはそういうのが好きだろう?」

「あっハイ」


 わかってるなあ。さすがは俺の自慢のママ。確かに、最初からチートを積み上げていくのは俺の趣味じゃない。


 とはいえ、体作りがままならない幼少期に、知識および魔力方面でチートを積むのは転生者のルール的にセーフ。この世界のバランスを保つという壮大な役割を与えられたオーダーのもとに生まれた以上、家柄チートも仕方がない。なんなら王族や貴族に転生して高度な教育を受けた、というケースに当てはめて許容できる。


 言うなればここまではソシャゲのリセマラ大成功。しかし問題なのはこれからだ。効率クエの集中周回や、パワーレベリングは俺ルール的にダメ絶対。無事に冒険者デビューした暁には、うまみのある討伐クエを(そんなものがあるなら)何度も繰り返すかもしれないが、できればデビュー戦は新鮮な気持ちで――



『おお、本物のオークだ!』


『くっ……! 魔物ってのは、こんなにも力が強いものなのか……!』


 日本じゃ喧嘩もろくにしたことがなかったけど、ここは異世界だ。殺らなきゃ殺られる。どうにかオークの隙を窺って剣を突き立てようとしてみるが、初心者用の安物の剣じゃちっとも刃が通らない。


 そのことに気づいたのだろう、オークがにやりと笑った。剣も盾を投げ捨てると、両手を伸ばして真っ直ぐに突っ込んでくる。単純に捕まえて、絞め殺すつもりだろうか。これは……避けようがないな……。



「――ってこれじゃダメだな。デビュー戦で死んじゃう」

「さすがにそんなひ弱な状態のわが子が旅に出ようとするのは、どこの母親でも許さぬぞ?」

「贅沢を言えば、そこそこ苦戦するんだけど負けない感じに仕上がる修行パート希望」

「心配には及ばぬ。向こう2年を修行に費やしたとて、10歳の子供が冒険者レベルの強さにはならぬ」

「精霊魔法込みで?」

「それならなんとかなるかもしれんが、クリエ程度の精霊魔法の実力だと、せいぜいタイマン限定だぞ? 複数の魔物と戦うことになれば、それなりの武力が必要だな」

「へー、意外とシビアなんだ」

「武器がしょぼいうちは、腕力イズパワーだからのう。子供の力ではどうしようもない」

「逆に言いますと、武器さえ良ければ子供でも?」

「なんでも斬れる刃に敵の方から突進してくれば、理論上は造作もなかろう」


 なるほど物理学。運動エネルギーさえ正しく伝えられれば、ジュールとニュートンと引っ張り応力の世界で物理結合が切れるということだろうから、つまり前世と同じってことだ。腕力があればなまくらな刃でも強引に断ち斬れるが、子供の力だとよほど鋭利な刃を持つ業物でもない限りは、魔物に傷を負わせられないんだろう。


 しかし、向こう2年を修行に費やすって言ったけど、この世界って10歳なら仕事に就けますのん?


「えーと、オーダーさん? 修行が2年で終わるとぼく10歳なんですけど」

「うむ、10歳では職に就けぬ。先に計画表を見たほうが話が早いか」


 そう言ってオーダーが渡してくれた紙っぺらによると――


■修行パート(猟師のもとで魔物に慣れる。要2年)


■学園入学(全寮5年制)


■卒業。俺たちの戦いが始まる


 え? こんだけ? 今北産業かよ。ていうか3行目いらないし。あと学園? 学園編あるの?


 内容とボリュームの両方で想像の斜め上を行かれて、思わず目を見張ったところでオーダーの補足が入る。


「過保護ぶりに驚くのも無理はない。しかし、クリエは転生者だからな……。いきなり学園に放り込むという手もあったのだが、入学までの道中で余計なバトルフラグが立つ可能性がどうにも捨てきれぬ。よって修行期間を設けることにしたのだ」

「行き届いた配慮に感謝するけど、俺がびっくりしてるのはそこじゃない」

「5年制という中途半端さか? しかしそれはクリエが633で12年の教育過程に慣れているだけで、高専というケースもあっただろう」

「惜しいけどそこでもない。学園入学? 俺、学園生活送るの?」

「む? 常識を補強するには最適だろう? 冒険者になるにせよ、何らかのコネクションも作れよう」

「あーそっか、社会に出る前にワンクッション置くのは確かにいいな」

「最低限の武力は修行パートで習得してもらう。そして、さらに専門的な戦闘技術は、学園のカリキュラムで身につけるという塩梅だ」

「ふむふむ。理にかなってるかも。さすが俺のオーダーママ、行き届いてる」


 そして何がいちばん行き届いてるって、修行パート(猟師)だな。俺が異世界ラノベを読んで妄想してた、「異世界転移の修行パートは猟師最強説」を汲んでくれてるんだこれ……。


 記憶を共有してると、相手が喜ぶサプライズプレゼントがどんぴしゃで当たるという、俺以外にはほとんど再現性がないであろう知見を得た。


「私も猟師は悪くないと思ったぞ。アウトドアの知恵がつくし、魔物や動物への対処も身につく」

「そうなんだよー。サバイバル能力を重視すれば、猟師ってスペシャリストだと思うんだよー」

「そういうわけで今日からクリエは猟師見習いだ。師匠になってくれる猟師がじきに来るぞ」

「あっ……この流れ、いきなり実地研修な感じだ……」



 ――というわけで早速師匠とのご対面となったわけだが、オーダーから人となりだけは聞いておいて、そこそこの覚悟を決めといて良かった。


 師匠、でけえ! そしてゴツい! 肩周りも胸板もムッキムキっていうかゴッツゴツな感じで、なんだろう、高さ3mぐらいの岩塊から身長2mの人型を乱暴に削り出して服を着せたらこの人です的な……。


「初めまして師匠。オーダーの息子の、クリエと申します」

「……ヤングバックだ」


 おおう、声だいぶ枯れてて低ぅい……。そして寡黙。この人たぶんアレだ、朴訥で誠実で信心深くて、すっごい優しい感じの山男。気のいい動物がじゃれついてきて、穏やかな微笑で撫でたりするんだきっと。


「ヌシ様から、話は聞いた。だが、俺は弟子を取ったことがない……。やってみせるから、見て覚えろ……。わからなければ……訊け」

「はい!」


 ずい、と師匠が差し出してきた手に握られているのは、40cmほどの山刀。受け取ると、抜いてみるようにと目で促された。気がした。なので、とりあえず抜いてみる。


 おお、刃元よりも刃先のほうの幅が微妙に広くなっていて……前世の知識で言うとマチェット? あーいや、鉈だな、鉈。


「しばらくは……それを振り回して枝を伐れ……。狩りに使うものではないが……猟師の手に残る最後の武器は……山刀だ……。それを自分の命だと思って……使いこなせ」

「なるほど……わかりました」

「これから毎日……お前を連れて山に入る……。そのときに……枝を伐ればいい……」


 前世でも幼少時は山の子だったので、師匠が言わんとする事はなんとなくわかる。しかしそういう前提知識がないと、いつ? どこで? なんの枝を?ってなるやつだなあ。察しのいい48歳で良かったけど、これほんとこっちからバンバン聞かないと、そのうち身になるとしても効率が大幅に違うやつだ。


 というわけで早速、師匠が指した山のあたりを目指して分け入ることに。枝を伐れと言うからには、獣道を作って最短ルートで進めということだろうなと山の子知識で判断。迷うことなく実際にやってみてから師匠を振り返ってみれば、こくりと頷かれたのでやっぱり正解だったっぽい。しかし師匠が指した山、こっからふたつ向こうぐらいの山なんだけど、何日かけるつもりなんだろうか……。


「師匠、ひとつ訊いてもいいですか?」

「……ああ」

「さっき師匠が指差した山まで、何日かかってもいいんでしょうか?」

「……かかって、構わん……猟師は山にいる限り、生きていける……」


 なるほど! つまり行って帰ってくるまで、しばらくオーダーに会えないってことだな!


「すいません師匠、ちょっと心構えができていなかったので、いっぺん家に帰ってきていいですか?」



 このあと家に帰ってめちゃくちゃオーダーに甘えた。

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