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 全力迷宮アタックの朝、いつも通りの朝食をみんなで摂ったあと、それぞれの準備を整えるためにいったん自室に引っ込み、エントランスホールに再集合する。


 準備にもたついたつもりもなかったが、俺がホールに降りたときにはすでに全員揃っていて、ディーレに「遅いー!」と言われてしまった。

 そこはむしろ、ミックさんに「早いー!」って言うところだろって思ったけど、俺が来る前にもうそういうくだりは終わってるのかもしれない。何しろミックさん、マーティンの予備の武器も背負っているので、ひとりだけ人生の集大成かなんかの決戦に挑むのかっていう物々しさだ。

 そんなミックさんと大盾を背負っているミオさんと並んで立っているさまを眺めていると、こいつらこれから戦争でもしに行くのかという感想も頭をよぎる。


「ミオさん、それどうやって背負ってるの? その盾にそんなパーツあったっけ?」

「ふふふー! お気づきになりましたか。これはですね、前に使ってた大盾の内張りなんですよ」

「おお、まるっと取り外せるようになってるのか」

「たいてい、内張りよりも盾そのものが先にダメになりますからね。盾を新調するたびに内張りを作り直すのも面倒なので、取っ手や鋲を使って付け外しができる特注品を作っちゃいました」


 そう自慢気に見せてくれた内張りは、もっふもふの狼の毛皮が存分に使われていて、随分とおしゃれというかファンシーというか、思わず「女子か!」て突っ込みそうになる仕上がりだった。

 しかし、よくよく注意して見れば、腕を差し込んで固定する袋状のパーツやストラップが縦横斜めに配されていて、ものすごく実用的で質実剛健なものだということがわかる。


「この狼毛皮って、ひょっとしてかわいいとかじゃなくてクッション的な?」

「ですです。衝撃を吸収してくれる素材ならなんでもいいんですけど、今のところこれがいちばん具合が良くて、お値段も手頃なんですよねー」


 そういうわけですっげえ実用重視だったので、心の中で「女子だろ!?」って突っ込んでおくことにする。ゆうて大盾の内張りが花柄とかヴィ○ンのモノグラムで埋め尽くされてる女子がいたとして、パーティ組むかと言われたら絶対組まんけど。


 そんじゃいっちょ、新たな伝説になりに行きますかね。一応はミオさんの慣らしも兼ねて、第2階層までは大盾も使ってもらいつつ。



「そいやー!」

「グギャッ!?」


 迷宮に入ったところでミオさんが「試しに初手を任せてみて欲しい」と言ったのでその通りにしたら、ミオさんは大盾の端を両手で掴んだ状態で腕を後ろに引き、身体を十分に捻った状態から、まるでラグビーの横パスのようなフォームでぶん投げた。


「2体のゴブリンが……千切れたね?」

「ミオ、すっごーい!」


 フリスビ……フライングディスクのように軽々と投擲された大盾は、凶悪な回転力のすべてをゴブリンたちに叩きつけ、引きちぎるようにその身体を両断してしまった。

 そして凄惨なゴブリン殺しを行ったと目されるミオ容疑者は――。


「と、とまあ……身体強化の恩寵があるということは、こんなこともできるんじゃないかと思ったんですが……こんなことになるとは思ってなくてですね……」


 ――などと意味不明な供述をしており。


「それは俺らがドン引きするとは思わなかったってこと? それとも、ゴブリンが千切れるとは思わなかったってこと?」

「後者のつもりでしたけど、前者も否定できませんね」


 そう言いながらミオさんが腰にくくりつけた革紐を手繰り寄せると、血まみれの盾がずるずると迷宮の床を張ってこっちに戻ってくる。シュールだ。


「ゲームで盾を投げる攻撃とかあるじゃないですか。シュルシュル、パシッ!って手元に戻ってくるようなやつ。ああいうイメージだったんですけど……」

「俺らが見たことを正直に話すと、『ブオォン! ズバァン! ズルズル……』だったかな」

「これもう封印しますね。いちおうわたしの手札に、こういうのがあるってことだけ覚えといてください……」

「うんうん。相手が弱すぎたから虐殺になっちゃったけど、たぶんトロルとかみたいにデカい魔物だと有効だと思うから、ドンマイ」

「最後のドンマイ、なんか余計じゃないですか? それちゃんと慰めてます!?」


 失礼だなあ、慰めてるよ。次からはnpnpとでも言っておこう。



 第1階層の階層主がアラシシだったらミオさんの盾の具合を確認しよう――。


「ってクリエが言ったんだから、そりゃあアラシシが出るよね?」

「クリエ、すっごーい」


 人のことをフラグ製造機みたいに言うな。願えば夢は叶う、みたいで素敵じゃないか。

 あとマーティン、お前もあんまり人のこと言えない体質だからな。思ってたのと違うフラグが立つ方だけど。


 アラシシがゆっくりとこちらに向き直る隙に、全員で大盾の陰に身を隠す。ミオさんとミックさんが盾を支え、俺がその後ろ、最後尾はマーティンとディーレという並びになっている。


「なんかすっごいデジャブです。5年前みたいですね?」

「クリエが尻を叩いたら……跳べばいいのだな……」

「いや今回は受けるだけだから。だからミックさん、投げナイフは構えなくていいから」


 態勢を整えたアラシシは、こちらを盾ごと吹き飛ばしてやろうと目論んだらしく、猛然と突っ込んでくる。


「お兄さん!」


 つい冗談でそう言って尻を叩くと、投げナイフのお兄さんもといミックさんは弾かれたように飛び上がり、ナイフを投擲した。そして着地すると同時に身体を前に傾けていき、アラシシが激突する瞬間に盾の片側を肩で押し込んで角度をつける。

 いかに頑丈な盾であろうと、それなりの力が衝突してくるのに対して真正面で受けるわけにはいかない。角度をつけることで力の向きを反らして受けるというのは基本だ。


 ドォン!と派手な音が響いて腹の底を震わせたが、盾を支えるミオさんとミックさんはびくともしない。

 勢い余ったアラシシは盾につけられた角度に沿って巨体を流し、勢いが尽きた途端にバタンと横倒しになった。

 見れば、ミックさんが投げたナイフが脳天を突き通し、頭の後ろの方から刃が抜けている。


「お尻を叩いたのは冗談のつもりだったんですけど、投げましたね」

「もとから……投げる気だったからな。身体強化を試さねば……」

「確かに。でもアラシシでこれぐらいイケるなら、トロルの頭もイケそうですね」

「手札が……増えたか……?」

「ですね。槍の方にも期待してます」


 ミオさんの盾もミックさんの腕輪も、屋敷で検証したときにそれなりの身体強化の恩寵だというのは把握していたけど、やはり迷宮内だと効果が段違いに高まる。

 迷宮内の獣や魔物が地上にいるものの4割増しぐらいで強いというのはよく知られているが、ひょっとして償還品の恩寵も、魔物の強さに合わせて4割増しぐらいになるんだろうか。


 単なる思いつきだけど、経験に照らし合わせると、なんかそんな気がする。



 第2階層の道中でもミックさんの投げナイフとミオさんの投げ大盾は絶大な威力を発揮し、ミックさんは瞬殺とまではいかないもののトロルの頭を貫いて大ダメージを与え、ミオさんは投擲した大盾でトロルの足をへし折り、転倒させることに成功していた。

 たまにミオさんの狙いがずれて、開幕早々に大盾がどこかにすっ飛んでいってしまって微妙な空気になったりするが、そのあたりは慣れで解決できそうな雰囲気がある。

 さらにミックさんは、身体強化を活かして槍にも冴えを見せていた。償還品だが特殊な恩寵は付与されていない、短い穂を持つ珍しい三叉の槍を存分に振るってオークやオーガを蹂躙し、トロルとすら伍していた。

 ミオさんの大盾でトロルを転ばせ、ミックさんの槍で止めを刺すというコンビネーションは抜群で、ミオさんが初手の投擲を大外しするまでその快進撃は続いた。


「クリエ、確認してもいいかい?」

「奇遇だな。俺もマーティンに確認したいことがあるんだが」

「盾って、投げるもんじゃないよね?」

「それな。なんか俺もだんだん、投げるものだった気がし始めてきたとこだ」


 パーティに盾が欲しいと言ったのはこういう意味じゃなかったんだが、まあいいか、強いし。いちおうアラシシで防御力も確認したし。


 魔石の回収ぐらいしか俺の仕事がないまま、無事に第2階層の階層主部屋までたどり着いた。俺の想像が当たっていれば、ここからが最初の本番だ。


「んじゃ、昨日の打ち合わせ通りに。マーティン、武器の持ち替えは?」

「抜かりないよ。ミックさん、よろしくお願いします」

「うむ……必ずお前の右後ろにいる。使わない武器は、放り投げれば拾う」

「わたしはいつでも前に出られるように、中列でしたね」

「先手を取られたら、あたしが食い止めるからね!」


 今回の階層主戦は、いつもと違うものになるかもしれない。

 どんな敵が来てもいいように、マーティンは素早い装備変更を行えるようにミックさんと組ませ、奇襲を受けた場合にはミオさんの盾とディーレの戦鎚で弾けるように備えておく。

 敵が呑気に構えているようなら、初手で俺がブラストアローでオーダーの爪をねじ込み、相手を弱らせてから囲んで叩く算段だ。


「行こう」


 声をかけると、先頭のマーティンが左、ディーレが右の扉を押し開いて、階層主部屋に足を踏み入れる。

 最後に俺が足を踏み入れるのを待ち構えたように、ゆっくりと入り口の扉が閉じ始めたのはいつも通りだったが、いつもならこのタイミングで部屋の反対側にある扉――階層主が現れる扉が開き始めるはずが、今回は入り口の扉が完全に閉じても階層主は現れないままだった。


「これは……ビンゴだったか?」


 みんなが戸惑う空気を振り払うように俺がそう呟くと、前方の扉がようやく開き始める。


 その奥からゆっくりと近づいてくるのは、これまでに見たことがない、赤い皮膚に覆われた魔獣だった。

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