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 ――どれだけ期待し、信じ、裏切られたかは数え切れぬというのに。


 久しく感じなかった冒険者たちの気配を第4階層に感じたとき、不覚にも我の心はまたしても高鳴ってしまった。


 この地の守護を命じられて幾星霜、我はその日を待ち続けた。我に与えられたこの力で導くに値するだけの力を持つ者たち――迷宮を踏破し、世界に新たな秩序をもたらすに値する力を持つ者たちにまみえるその日を。


 だが、その望みは100年近く経っても叶うことはなく。

 いつしか我は、使命をこなすことなく滅することこそが己の使命だったのだと理解した。


 最後に創造主様にお目にかかったのは、15年以上前だろうか。

 使命を果たせず滅びゆく――そんな運命を受け入れた我を不憫に思ったゆえか、あの方は確かに「思ったよりうまくいかなくてごめんね。でも、君たちをあと20年は待たせない」と仰せになって慰めてくださった。


 第4階層にその気配を感じたとき、主様が予言したその時がついに来たのだと。

 あのお言葉は慰めなどではなく、本物だったのだと胸を高鳴らせた。


 しかし、また、「思ったよりうまく」いかなかったのだろう。


 あの気配から10日以上が経つが、再び第4階層に冒険者たちがやって来た様子はない。

 そもそも彼らは一度たりとも、【封じられし階層主】に打ち勝ってすらいない。


 このところになって、冒険者たちが迷宮に残していく武器や防具もめっきり数を減らし、恩寵をつけて返すこともほとんどなくなった。


 迷宮全体に感じる冒険者たちの気配も年々減っていき、もはや40年前とは比べるべくもない。そのうちに迷宮のどこからも、その気配を感じなくなってしまうのだろう。


 この地を治める王の顔を、見てみたかった。


 我のを倒してこの迷宮の踏破を成し遂げた冒険者たちと、言葉を交わし、その努力を労ってやりたかった。


 人々の暮らしを見つめ、過ちがあれば正し、しかるべき未来へと導いてやりたかった。


 しかしそれは、「この世界」に生きる我には叶わぬことなのだろう。


 願わくば、違う世界での我と同胞たちが、その望みを叶えんことを。


 冒険者たちにもっと要領の良さがあって、思慮深さがあって、それなりの腕っぷしさえあれば、叶わぬことではないというのに。どうしてこんなにもままならぬものなのか。


「あああもう! あいつらときたらいっつもいっつも! 期待させるだけ期待させてあっさり裏切りおって! 主様のことは信頼してるからあと5年は期待するが、それでもダメだったらもう知らんぞ! 本当に、本っ当に知らんからな!」


 いかん、つい地が出てしまった。


 あのときの気配の奴ら、過去最高に強そうだったというのに、どうして引き返してしまったのか。


 おそらくあやつらなら、あの勢いのまま白狼だって倒せたし、我の分け身にもたどり着けたであろうに。


 はっ、まさか、ひょっとしてあいつら、思慮深いのか?

 要領は良さそうだったし、腕っぷしも抜群だった。加えて思慮深いとなると、ひょっとするとひょっとするのか?


 いかんいかん、だから期待をするなというのに。


 いっそ主様のお叱りを覚悟で、人の身には余るほどの恩寵をつけた武具を作り、冒険者どもに還してやるべきだろうか。


 よし、あと5年待ってもダメだったら、そうしよう。


 それでもダメだったらもう知らん。我なんか滅べばいいのであろう。ふーんだ。





 里帰りを終えてメリヤスに戻ってきた翌日から、迷宮攻略のために持ち込む償還品の絞り込みに手を付ける。通うのが面倒だろうからディーレとミックさんに自由に泊まっていいと伝えたところ、その通りになった。

 里帰りしたときの共同生活が延長されたような感覚だが、たぶんディーレとミックさんもそれが心地良いと感じてるんじゃないだろうか。


 屋敷にストックしてある償還品のうち、迷宮に持ち込んで効果を検証しやすい武器や防具に関しては、大まかな性能の把握は終わっている。

 しかし、指輪や腕輪、ネックレスなどといった、ただ魔物をぶっ飛ばすだけでは効果がわかりにくいアクセサリー類の検証はほとんど手つかずの状態で、これから詳細な検証を始めるつもりもない。

 今回の目的はただ一点、身体強化系のアクセサリーを発掘することだったが、腕輪にひとつ、そしてまさかの大盾にひとつ、それらしいものが見つかった。


「大きさのわりにやけに軽いとは思ったんだけど、素材とか構造的な理由だと思ってたんだよなあ……」

「盾の検証は後回しにしてたから、盲点だったね……」


 ギルドに預けていた大盾にとくに愛着はないという非常にさっぱりした理由で、身体強化疑いの大盾はミオさんが持つことになり、腕輪はミックさんが装備する。

 空間収納という定番チートが存在しないこの世界では、迷宮に予備の武器を持ち込むとなると人力しかない。マーティンの火力を高めるよりも、ポーター担当のミックさんを力持ちにしてより多くの武器を持ち込むほうが、迷宮内での対応力が圧倒的に高まるという判断でそうなった。


 何しろ予備の武器が重い。重いのだ。


 マーティンが迷宮デビューしたときに、対人の技術を磨いた剣士ならではの判断ミスについて「いまだ天才剣士止まり」と評したことを思い出す。

 それからのマーティンは魔物にも通用する剣を磨き続け、もはや天才冒険者(剣士)にクラスチェンジを果たしているのだが、その天才はオーダーという圧倒的な存在を目にして、さらなる高みを視野に捉えたようだ。

 そのとっかかりとして、まずはディーレと同じく戦鎚という武器を選択肢に加えるということらしいが、長剣よりも遥かに重いスペア装備を背負うことになるミックさんの負担は爆増である。


 しかし身体強化と思しき腕輪の発掘により、その問題がクリアされたどころか、なんならもう2、3本ぐらい余分に武器を持ち込めそうな雰囲気が出てきたので、試しにミックさんにそう言ってみた。


「持ち運べるのと、満足に動けるのは……違うぞ……」

「さすがにいっぱいいっぱいまで持たせる気はないですけど、長物あと2本ぐらいならどうにかなりません?」

「2本は……微妙だな……1本なら……」


 ということだったので前言撤回。もう1本ぐらい余分に武器を持ち込めそうだ。


「むしろわたしに余裕ができましたから、背負うだけなら1本ぐらいは担当しますよ?」

「そういやそうだ。全部ミックさんに押し付ける必要もないか」

「パーティなんだから、分担すればいいだけですよね。しかしそれならそれでクリエさんが身体強化したほうが、火力面でもプラスになるのではという疑問もあるんですけど。どうしてミックさんに?」

「アーチャーっていうか現状の俺の装備だと、過分な腕力が必要ないんだよね。力任せに弓を思いっきり引いたところで、弓が折れるか弦が切れるかのどっちかだから。常人じゃとても引けないような鉄弓とかがあるなら、身体強化の恩恵は確実にあるんだけど」

「なるほどー。武器のほうが耐えられない現状では、身体強化はクリエさんの火力引き上げに貢献しないんですね」


 なんかこういうとこでも、アーチャーの強さは装備依存というのを地味に突きつけられるな。

 当然、腕力があるほど弓を引いて狙うという動作は安定するが、射ち出した矢の威力そのものには関係ない。威力を上げるには、より硬くてしなやかな弓や、より強い張力に耐えられる弦が必要となる。

 さらには人の身体の構造的に弓を引ける距離にも限界があり、よしんば引ける距離を伸ばしたところで相応の長さの矢か、矢がぶれないように射ち出すレールや筒などの構造が必要になるなど、矢の重さやバランスや命中精度といった点でいくつも問題が出てくる。

 弓が進化を重ねてクロスボウになり、最終的には銃に置き換わったというのには、深く納得するしかない理由があるのだ。


 人外の腕力があるのなら、クロスボウを手で引くまでは視野に入るんだけど。


 そんなわけで俺の装備に関するアップデートは置いといて、まずは運搬能力の強化と、マーティンの戦鎚だ。ディーレの戦鎚はヘッドの片方が斧刃になっているが、マーティンが選んだ戦鎚は片側がスパイク状に尖ったものだった。

 ミックさんも槍を持つようになったが、うちのパーティには大型の魔物に効果的な貫通力――というか、抉り込むようなパワーが欠けているので、マーティンの選択には納得がいく。

 たぶんオーダーを目の当たりにしたときに、ドラゴンのように硬くて巨大な相手をどう倒すか、みたいなことを熟慮した結果だろう。


 人の母親を相手に、なんてこと考えてんだこいつは。これだから「殺せる」「殺せない」でしか物を考えられないバトルジャンキーは……。


「その戦鎚で、オーダーをどうやって倒そうと?」

「スパイクの先端を鱗の隙間に抉り込めれば、そこが取っ掛かりになるかもと思って――って、何を訊いてんのさ!?」

「いや、そうやって具体的な手順を思いつく程度には、俺のママをじろじろ観察したんじゃろ? ディーレというパートナーがいながら、お前という男は……」

「そういう目で見てないよ!? けど、その……クリエは気を悪くしたかい?」


 いんや全然。パーティのみんながうちの実家でずっとダラダラしてたなら、たぶんオーダーの方からドラゴンの弱点とか倒し方の講義を開講してくれただろうし。


「まあ、軽い冗談だ。気にせずとも良い」

「そういうのって、あんまり軽いとは言わないからね?」


 軽い冗談にならないのは、お前らバトルジャンキーの業のせいだぞ。という言葉が喉まで出かかるんだが、そこは一応飲み込んでおく。


 たぶんこいつピピさんを見たときも、どうやったらハーピーを手際よく仕留められるかとか、絶対にシミュレーションしてるし。


 しかし、その備えが心強い。俺たちのパーティはついに、迷宮攻略の準備を万全と呼べるレベルまで整えた。

 この陣容で第3階層まで攻略し、異変が起きなければそのまま第4階層の白狼も倒し、さらには前人未到である第5階層の攻略も終わらせる。初見で勝つ気満々だ。


 というか、オーダーが「さっさと終わらせろ」みたいなことを言ってたので、勝てる気しかしない。言うなれば「攻略本をチェックしたら、推奨レベルとか推奨装備を余裕でクリアしてたわー」みたいな感じだ。


 勝てるとわかってる迷宮探索なんか絶対につまらないだろうと思ってたけど、たぶん死なないっていう安心感がこんなにも素晴らしいものだとは。


 やっぱあれだな、実際に命がかかってみると、人間って簡単に考えを変えるもんだわ。ビバ、安全!

文字がみっしり固まってるのが好みで、これまでテンポ的にもそういう感じで書いてましたが。なんだか少しずつテンポが変わってきたのと、こないだ書いた短編で試してみたらそれほど悪くない気もしてきたので、改行のルールを変えてみました。気力があったらそのうちこれ以前のやつも改訂します。

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