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5泊6日の里帰りは、長かったんだか短かったんだか。来たときにはオーダーが迎えに出てきてた山中広場から実家まで、2人ずつオーダー背中に乗せてピストン輸送してくれて楽ができたが、帰りはサフォークから馬車を拾わなければならないのでショートカットが使えない。
見送りに顔を出してくれたヤングバック師匠とピッピさん、そしてオーダーとそれぞれが握手やハグを交わして別れを惜しむ。連日連れ立って狩りに出ていたヤングバック師匠とロマノフとギルド長はそれなりに親密になったようで、あの師匠が微笑を浮かべながら言葉を交わしているのに驚いた。あとロマノフとギルド長、心なしかツヤツヤしてて、なんだか若返ったように見える。
とても楽しかったので、次に帰省するときもこのメンツに声をかけよう。
「ではクリエ、気をつけてな」
「うん。次に帰ってくるときには、たぶんメリヤスの迷宮攻略を終わらせてると思う。鏃用の爪、ほんとにありがとう」
「むしろ、覚悟を決めたわりに、その程度のチートアイテムでいいのか? という思いもあるのだがな。いずれにせよ、クリエ――」
オーダーがスッと背筋? 首筋? えーと、脊椎らへんを全体的に伸ばして、改まった口調に変わった。
「迷宮などというチートの塊に、何ら遠慮することはないのだぞ。クリエが推測する通りに、迷宮というものは攻略されるのを待っているのだ。一切の手段は選ばず、全力で攻略してしまえ」
明言こそしてないが、口調の端々に「むしろさっさと攻略してしまえ――この世界のために」みたいな雰囲気を感じる。オーダーがそこまで言うのなら、迷宮攻略というのは世界の調和に織り込まれたイベントなんだろう。
「了解。メリヤスに戻ったらさくっと……あ、まだ寄り道したい階層があるんだった。でもまあ、たぶんそれが終わったら一気に攻略が終わるような気がしてる。さくっと攻略終わらせるように頑張るよ」
「うむ。先のことは迷宮攻略を終わらせてから考えれば良かろう。この母が察するところ、おそらく今より忙しくなるだろうが」
「ちょ、ネタバレ禁止だからね!?」
「母の推測を語っただけではないか。何がどうなるなどと一言も言っておらんぞ」
そう言うと体の力を抜いて、オーダーが頭を寄せてくる。その首筋をきゅううと抱き締めて別れの挨拶を交わし終えると、俺たちはイクイリウムを後にした。
サフォークからメリヤスまでの道のりでは、行きとは違って10人乗りの馬車を雇い入れ、全員でひとつの馬車に乗ることにした。ダニーさんから譲られた回復の指輪の検証のために、これまではなるべくディーレと距離を取るようにしていたのだが、指輪の効果がほぼ判明したのと、最後に検証したいこともあるというふたつの理由で、馬車を2台に分けなくてもいいという判断だ。
「ディーレ、調子はどうだ?」
出発から1時間ほど、人族用の回復の指輪がハーフ魔族のディーレに悪影響を与えるには十分な時間を見計らい、ディーレに訊いてみる。
「とくに何も感じないかな? この腕輪のおかげだったら、凄いね!」
「たぶんそういうことだと思うんだけど、その検証はメリヤスに戻って迷宮に入ってからだな。いま腕輪を外してコンディションが悪くなったところに、さらに指輪からも悪影響があるとすると、さすがにディーレの負担がやばそうだ」
「なんかこっちの空気にも慣れてきたような気はするんだけどねー。そう思って家でちょいちょい腕輪を外してみるんだけど、やっぱりちょっときついみたい」
「お、おお。しかし、慣れるとかそういうもんじゃないんじゃないかな……」
種族偏見するの良くないのやつなんだが、ディーレはちょいちょい発想がワイルドで魔族感ある。それが魔族の気質なのか本人の性格なのかがいまいちよくわからないが、身近なサンプルがディーレとクレアさんしかおらず2人ともワイルドなので、どうにもそのへんの判断がつかない。
「でもね、腕輪を外しても、パパと一緒に初めてこっちに来たときよりは、全然ラクな感じはあるんだよ! マーティンやクリエたちと会えたおかげだと思う!」
あと物言いが直球だ。こういうところもクレアさんとそっくりらしいので、これまた種族特性なのか性格なのかがよくわからない。しかしまあ、素直で元気なのは正義だと思うので、どんどんその調子で行ってもらいたい。
「そういえばクリエ君。ミオ君からはもう例のコンディションを整えるやつは見せてもらったかい?」
「えっ、なんですかそれ。初耳です」
「ダニーさん、つい今朝できたばっかりじゃないですか。見せる暇なんてありませんでしたよ」
苦笑するミオさんと、なるほどそれは当然だと笑ってるダニーさん。一昨日ぐらいから2人でやたらと話し込んでると思ったら、治癒魔法の研究をしていたらしい。
「でも今ならディーレさんの戦鎚も目の前にありますし、いい機会かもしれませんね? ダニーさんちょっとお願いできますか?」
「もちろん、やぶさかではないさ。なるべく早く治してくれたまえよ?」
そう言うとダニーさんはディーレが背負った戦鎚を無造作に握り込む。人族への「呪い」と言われる魔族専用の償還品の作用で五感や平衡感覚といった認知能力に異常をきたしたダニーさんは、見る見るうちにその顔色を青ざめさせていく。
ほどなくして戦鎚から手を離したダニーさんは、四つん這いになってどうにか身体を支えているが、今にも崩れ落ちそうだ。すぐさま近寄ったミオさんがその両手を取って治癒の力を発動させると、ダニーさんの状態は劇的に回復していく。そして、ものの10秒ほどですっかり元通りになってしまった。
「とまあ、こういう効果だね。治癒の力が他者のマナに強く干渉するものであるなら、マナの流れがおかしくなってしまう『呪い』の状態を、もとの正常なマナの流れに戻せるんじゃないかという推測がきっかけだ」
ついさっきまで喋ることもできないほどに衰弱していたダニーさんがケロッとしてそんなことを言うのを、ダニーさんとミオさんを除く全員が、信じられないものを見たような表情で見つめている。もちろん俺もそういう表情になっている自信がある。
この人たちヤバい。この世界の魔法の本質とオーダーが言ってた、「素質さえあれば明確なイメージの構築でどんな魔法でも使える」っていうとこに、あっさり踏み込んでる。研究バカとチート級の術士が組むと、こういうことになるのか……。
「すげえ。とにかく凄くて、すげえとしか言えなくなるぐらいすげえ」
「おや、クリエ君がそれほど驚くとはね? そこそこ自然な推測だと思ったのだが」
「同感ですね。わたしはむしろ、ダニーさんに言われるまで自分で思いつけなかったのを恥じてるぐらいですけど」
「いや、発想だけなら俺もぼんやりとその可能性を考えたけど、実際にその現象を起こせるのがとんでもない」
そう言ったときの俺はたぶん相当に間抜けな顔をしてたと思うんだけど、そんな俺を見ながらミオさんは悪戯っぽく笑って、こう言った。
「イメージの勝利ですかね。あのときわたしを抱きかかえながらどんどん冷たくなっていく人を、どうやったら救えただろうって、ずっと考えてましたから。流れ出ちゃいけない血液をこう止めて、こうやって循環させて……ああ、魔法があればできたかなあって」
そっか。俺のこともあってミオさんが地球で医者を志したのは知ってたけど、学べば学ぶほど、ああすれば救えた、こうすれば救えたっていうのを、ずっと考えてたんだな……。
「ごめんミオさん。そしてありがとう。あとなんか泣きそう」
「いえいえ。こうしてまた会えて、今度はお役に立てるんですから。笑ってくださいよ」
いやそんなん言われたら余計に泣くよ。ほとんど無力だったけど、前世の俺、よくやった。こんないい子を救って死んだんだから、ほんといい人生だったな。
そのあと、ミオさんの新しい癒やしの力はベタに【キュア】、それに伴って従来の癒やしの力は【ヒール】と呼ぶことに決まった。この世界のみんなは「呼びやすい名前だ」とか納得してくれてたけど、ミオさんだけは「でしょうね」っていう顔をしていた。
そりゃまあ、ゲーム好きな地球人が二次創作に配慮して命名すれば、こういう名前に落ち着くよね。ホイムとかケアレとかディオヌとか、ギリギリを攻めるという手もなくはないが。
ディオヌの元ネタとか今どき誰も知らなそうっていうか、ゲーム知ってても使ったことない人とかいそうだし、そもそも異世界なんだからそのまんま拝借しようかとも思ったけど。だってあのゲームのティルト○ェイトとか、一生言いたいカッコいい名前なんだよなあ……。
前世でお世話になった小説サイトにあった、「ビショップだから成長遅い。あと鑑定できる」っていう設定の話、ひょっとして元ネタは……ってニヤニヤしながら読んだっけ。懐かしい。
「このミオ君のキュアがあれば、この先の償還品の検証が捗るね?」
「いや、魔族用の償還品をわざわざ握ってみるような検証って、ここ1年ぐらいでやったこともないし、この先もやりませんけどね?」
後先考えずに片っ端から触ってみて、自分の体をもってして呪いの有無を確認する野蛮人なんか、ダニーさんとクレアさん夫婦ぐらいのもんだと思う。罠があるなら引っかかって食らえば解除したことになるじゃないっていう、「漢解除」みたいなやつだ。やんねーよ。
その後、キュアの技術を広めるべきかを検討したり、オーダーの爪から作った鏃による状態異常にも効果があることを確認して、1泊2日の旅程はあっという間に終わった。
鏃を指に刺して呪いを受ける役は、もちろんダニーさんが名乗り出た。ひょっとしてこの人、自分の身体で実験しすぎた影響で、状態異常がクセになってるとか気持ちいいとか、そういう境地にあるんじゃなかろうか。




