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「そういうわけでママ、メリヤスの迷宮攻略がいよいよ大詰めなんだけど」

「クリエ、ざっくりした議題をちょっとだけ変えて使い回すのは良くないぞ」


 ちっ。他にもまだ議題が出るようなら次は「とうとう大詰め」、その次は「ついに大詰め」にしてやろうと思ってたのに。


「決め手がなくて困ってるので、相談に乗って欲しい」

「それは火力的な意味でか?」

「確信はないけど、前衛の火力は十分だと思う。それよりも俺の手札がなくて困ってる」

「ふむ。ようやく豆鉄砲の限界が訪れたか」

「未来の神弓クリエ様に向かって豆鉄砲とは失礼な。今んとこゴーレム以外には全部矢が通るわ」

「ほう、物理でそれは凄いではないか。てっきり魔導弓でもよこせと言われるのかと思ったぞ」


 あるのか魔導弓。まあ、あるんだろうなあ。ディーレが使ってるオーガの戦鎚とか、使用者にほとんど負担をかけない身体強化の謎魔法ぽいし、それに比べたらマナを物質化して射ち出すほうが、遥かに現実的な気がする。


「手段は選ばないことにしたから、魔導弓が超絶火力だというなら、正直言ってものすごく欲しい」

「まあ、ここにはないし、どこにあるかも知らんのだが」


 ないならなんで魔導弓の話を出したし……。世界のどっかにあるから探せってことか。そういう遥か未来の話はしてないんだよなあ。


「とりあえず魔導弓は置いといて。エンチャントが長続きして、なおかつ鏃に加工しやすい金属とか鉱石とか、あったら教えてほしいなって」

「何をエンチャントするのだ?」

「そのときの敵に効きそうなやつならなんでも。ぶっちゃけどんな相手にも効くような毒が存在するなら、エンチャントとかしないで一生その毒だけ使ってもいいんだけど」

「ふむふむ。継続ダメージ……というか、デバフ的な弱体効果を与え続けたいということか。ずいぶんと脇役キャラに成り下がっておるのだな?」

「ちちち違ぇし。参謀とか支援役とか、頭脳労働寄りのリーダーキャラだし」


 うん、言ってて空しい。しかしまあ、第3階層までで雑魚狩り将軍やってて確信したんだけど、弓で超火力とか出せたらほんとヤバいから。そこまで行くと銃とかの近代兵器チートの範疇だし、遠距離から一矢一殺とかできるんなら近接とかほとんどいらなくなるから。


 アーチャーは牽制とか支援とか、そういう役割に収まってるのがいちばん平和だ。俺はこの世界のバランスのために、あえてその地位で満足したい。


 まあ、いつか絶対手に入れるけど、魔導弓。


 そういう楽しい妄想もさておき、第4階層からは俺にできることが激減するという焦りがある。階層主の白狼を倒す算段はついているが、その白狼を倒せる火力を備えたパーティでさえ通用しないのが第5階層だとすれば、そこで俺の豆鉄砲こと弓矢が火力面で貢献できる可能性は低い。ブラインドショットとか矢を光らせるやつ――えーと、フラッシュアローと名付けとこう――で機先を制するきっかけを作ったあとは、大型の魔物に限定して目とか口の中とか、矢が刺さりそうなところを狙ってちまちま攻撃するしかないだろう。


 そんなんでもまあ、結局はバーサーカー夫婦がなんとかしてくれるんだろうけど。できればもうちょっとだけ、俺も貢献したよね感みたいなのが欲しい。


「話が少し逸れるのだがな、クリエ」

「おん?」

「草原でお前たちを出迎えたときに、我が愛し子は実に良い仲間に恵まれたと思い、私は本当に嬉しかったのだ」

「それは俺も同感だけど、オーダーは何を根拠に?」


 俺の言葉には答えずに、オーダーはみんなの方にチラチラと視線を投げながら、2本足で立ってみたり翼を大きく広げてみたり、やたらと挙動不審な動きを始めた。なんかに似てる気がするんだけど、なんだこれ。しまいには古くなった鱗を引っこ抜いて両手で持って、顔の横に掲げてみたりしてる。


 あ、わかった。水着グラビアとか、なんかそういうやつだ。


「――とまあ、これが根拠だな」


 いや1ミリもわかんないですお母さん。なんすか水着グラビア?みたいな動きが根拠って。15年付き合ってきていちばんわかんねえっす。


「冒険者どもが8人も揃っておるというのに、誰一人として、私に『素材』という目を向けるものがおるまい。まあ、そこの優男だけは、少しだけ気色の悪い目で見てきたのだがの」

「そこはしょうがない。ダニーさんはそういう人だから、許してあげて」

「パパ……」

「ご、誤解だよディーレ。でもさ、ドラゴンだよ!? しかもこんなにも美しい白金色の! これほどまでに神秘的な存在を目の当たりにして研究欲を抑えるだなんて、そっちのほうが失礼じゃないかい?」

「まあ、無関心よりは良い。いや、無関心のほうが良いのか……? いずれにせよディーレ、案ぜずとも良い。そなたの父を責めておるわけではない」


 言われてみれば、ドラゴンってレア素材の塊なんだよなあ。鱗はもちろん、牙も、爪も、角も、翼も、肉も美味だと聞くし、涙はドラゴンドロップという宝石の扱いだ。


「まあでも、さすがに仲間の母親を見て『素材だ』とか思わないでしょ普通」

「ではクリエ、お前の仲間がまるまると太ったアラシシをペットにしていたら、どうなのだ?」


 まあ、まるまると太ってるなら、そりゃあ一瞬ぐらいは「うまそう」って思うかな。というかアラシシをまるまると太らせてるなら、それは飼い主が食うつもりなんだろう。


「いまちょっとだけ『うまそう』とか思ったであろう。そういうことだ」

「ぐぬ……」

「しかもロマノフとアレックスなんか、クリエよりも遥かに長く冒険者をやっていたであろう。そして私の鱗から作った、クリエの魔物除けについてもよく知っているはずだ。にもかかわらず、ロマノフはともかくとしてアレックスは一度たりとも『土産にあの鱗、1枚でいいからくれねえかなあ』的な視線を向けておらぬ」


 誰だよアレックス――ってギルド長だった。ほんと違和感あるなこの名前。


「そのようなこと、わたくしの考えの埒外にございます」

「俺はどっちかってえと、自分が信じられねえって気分だ。もと冒険者がドラゴンを前にしてるのに、素材のことなんざちっとも考えなかったぜ……」


 あ、ギルド長の目の色がちょっと変わった。なるほどあれが素材を眺める目か。


「そう、その目よ。わざわざ意識させたのは私なのだから、責めはせぬぞ」

「す、すまねえ……。そういう目で見てみりゃ確かに……って思っちまった」

「人の母に色目を使うのやめてもらっていいですかギルド長」

「そういうんじゃねえよ! でもよ、まったく失礼なことをしちまったのはその通りだな。許してくれ」


 うん、すぐに謝ったから許す。そんで? オーダーが違う意味で魅力的なのはよく分かったけど、それがいったいどういう話に?


「さて本題はここからだ。クリエよ、ドラゴンの爪がどのようなものかは知っているか?」

「えーと、まったく不勉強なので知りません」

「正解は『ドラゴンによって違う』だ」

「あ、そういうのいいんで。テキパキ話を進めてくれて全然いいんで」

「ほんの茶目っ気ではないか。しかし無関係な話ではないのだぞ? ドラゴンの爪は鋭利で硬いものだが、ポイズンドラゴンやドラゴンゾンビの場合、爪が毒を帯びておる。そして私のように高位の竜ともなればもうなんでもありだ。私の爪は7本あるが、人のように5本で説明するなら――」


 ――親指の爪は熱を帯び。


 ――小指に引っ掛ければ相手を魅了し。


 ――薬指は敵を酸で、中指は強アルカリで敵を侵し。


 ――そして人差し指は、万物のマナの流れを狂わす毒を持つ。


「そんなヤバいものだとは、ちっとも知らなかった……」

「もちろん出し入れ自由だぞ? クリエを引っ掻いてしまったら取り返しがつかぬからな」

「そっか。さすがママ」

「うむうむ、存分にこの母を褒めるが良い。それでな、クリエが猟師の修行を始める前から、どうせ弓矢を持つのだからいつか役に立つだろうと思い、この母は爪に火を灯すような思いで――」


 そこまで言うと言葉を止めて、なんかこっちをチラチラ見てくる。爪だけに、とか全然うまくねえよ。さっさと先を続けろ。


「爪に火を灯すような思いで、ちまちまと貯めておいたものがこちらになります」


 そう言ってオーダーが差し出してきた箱の中には、鏃に使えと言わんばかりのサイズに切り揃えられたドラゴンの爪がぎっしりっていうか、なんかもう、びっしりって感じ……?


「ちょ!? 貯め過ぎじゃない!?」

「週に1回、6年分ぐらいあるからな。雑に計算しても300個ぐらいあるぞ」

「これ、人差し指の?」

「うむ。万物のマナの流れを狂わすやつ。たいていの魔物に効くぞ。なんなら低位のドラゴンにも」

「うわー、チートくせえ。でもありがとうママ、すっごい助かる」

「加工するときはくれぐれも指などを傷つけぬようにな。少し引っ掻いた程度で死にはせぬが、深めに刺さると気絶ぐらいはするぞ」

「こっわ。ていうかこれを加工できる金属って、どのクラス?」

「オリハルコンなら余裕だぞ? 宝飾用の錐ならあるから、メリヤスに戻る前に加工しておけばよかろう」

「さらっととんでもないチート金属出てきたー」


 オリハルコンの錐て。2階層のゴーレムぐらいなら豆腐みたいに突き通せそうだ。極小の穴が簡単に空けられるってだけで、与えるダメージが皆無であろうことはさておき。


 つい勝手知ったる母子のノリで盛り上がっちゃったけど、ここまでの流れでダニーさんを除いてみんな唖然としてるので、俺らの会話を堪能してくれたものだと思って間違いなかろう。ダニーさんは通常運転で、例によって少年みたいなキラキラした目で、ドラゴンの爪を興味深そうに覗き込んでる。


 王国がめんどくさくてダニーさんがどっかに身を隠す羽目になったとしたら、ここに匿ってあげるのが本人的にはいちばん嬉しいのかもなあ。


 好奇心でピッピさんとか観察されても困るけど。人妻だし。あとオーダーもあんまりいい顔しなさそう。


 まあ、そんときはロマノフもおまけにつけときゃなんとかなるか。

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