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実家に戻ってくるのは2年ぶりだが、実家と言っても麓から離れた山の中腹に洞穴が開いてるだけなので、とくに何が変わるというわけでもなく。おそらくオーダーの宝物庫に財宝が増えてたりするんだろうと睨んでるんだけど、8歳当時の俺に厳しく検分されて以来、宝物庫に鍵をかけるという知恵をつけられてしまったので、真偽の程は確認できずにいる。
まあ、やましいことがなければ施錠なんかしないはずだけど。
しかし実家には変化がないものの、実家の周辺には大きな変化が起きていた。なんと俺に猟師の技を仕込んでくれたヤングバック師匠が奥さんをもらい、ご近所に家を建てて住み始めていたのだ。ちなみに奥さんは俺も知ってる人?だった。
「師匠、ピピさん、ご結婚おめでとうございます」
「む……」
「クリエちゃんありがとー。でもちょっと照れるッピ!」
押しかけ女房みたいな感じで師匠を口説き落としたのは、子供の頃の俺にたくさん歌を聴かせてくれた、この山にお住まいのハーピーのお姉さんだった。獣とか魔物とか魔獣のみなさんに命名という文化はないのだが、オーダーがピピさんのことを呼ぶときに「ヤングバックの妻」とかだとやりにくいし、ピピさんからの希望もあって、オーダーが名付けたらしい。もうちょっと捻ってやれよオーダー……。
しかしピピさん本人というか本鳥というか本ハーピー的にはとても気に入ってるとのことで、何よりである。
ちなみに夫婦の営みとかそういうことはないらしい。そういうの別にできなくていいから、とにかく一緒にいたいとピピさんがゴリゴリに押して、1年前にようやく師匠が根負けしたのだそうだ。
師匠としてもまんざらじゃないようなので、末永く幸せであってくれと願うばかりである。
「それでは、クリエの無事な帰還とヤングバック夫妻の結婚を祝って、乾杯」
「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」
師匠が仕留めておいてくれたアラシシ肉とピピさんが採ってきてくれた果物、そしてオーダー秘蔵の酒コレクションで楽しく痛飲して、里帰りの初日は終わった。日本でも生ハム+いちじくとか冷しゃぶ+キウイなんていう取り合わせがあったけど、肉とフルーツのコンボはなんぼでも食えるんだよなあ。
翌日、頃合いを見て冒険者チーム全員とヤングバック夫妻に声をかけ、俺とミオさんの異世界コンビでお送りするカミングアウト大会を執り行った。
「――そういうわけで、俺とミオさんは前世から縁があったんだ。それは俺もメリヤスでミオさんに再会したときに初めて知ったんだけど」
「初めて知ったのはわたしもでしたけどね。そんなわけでクリエさんは地球という異世界からの転生者で、わたしはこの世界に出戻ってきたということです」
「なるほど、クリエの凄さはそこから来てたんだね……」
「そこに気づくマーティンが凄いよ。あたしにはわかんなかったなー」
「なるほど……10歳であの落ち着きも納得だ……」
「うむ。成熟しておられた」
「ゴーレム戦で十分に驚かされたから、今さらっつうか……」
「クリエ君! ミオ君! 質問があるのだが!」
いや、まあ、正直にぶっちゃけるとこうなるだろうなっていう想像はしてたよ。
してたんだけど、もうちょっと驚くような反応あってもいいんじゃないですかね? がっつり食いついてるのって、ダニーさんだけだよね? しかも驚いてるとかじゃなくて、ただの好奇心丸出しだし。
そしてヤングバック師匠とピピさんに至っては「そうか……」「了解ッピ!」で済まされてしまった。
そりゃまあ、そういう人たちだと思ったからオーダーに会わせたし、異世界人カミングアウトもしたんだけど。
本当にその通りで良かったなって、やっぱりグッと来るもんがあるよ。
「そういうわけでママ、メリヤスの迷宮攻略がそろそろ大詰めの予感なんだけど」
「む? 意外に早いのだな。急ぐ理由でもできたのか?」
「んー……急いでる……かな? うちらがだいぶ進んでるってのが他の冒険者たちにバレる前に、一気に攻略を終わらせて早々にとんずらしたいとは思ってるけど」
「ふむ。王国からの干渉だな。しかしクリエの一存では決められまい」
「うん。なのでこの機会に意思統一をしたいなと」
迷宮攻略後、国の動きがめんどくさかったら即とんずら作戦をすでに知っているロマノフとミックさん、そしてどうとでもなりそうなミオさんはともかく、ハウエル父娘とマーティン、そしてギルド長には頭が痛いであろう問題だ。
俺の鉛色の未来予想図を説明するまでもなく、国と迷宮の間に立つギルド長はもちろん、貴族であるマーティンもそのあたりには頭が回る。迷宮攻略を終えたあとで俺が行方をくらますとどうなるかについて、それぞれ眉間に皺を寄せて黙考し始めていた。
先に口を開いたのは、ギルド長だった。
「王国が実際に動くまではなんとも言えねえんだが……。さんざん気を揉んだわりに、えらく物分りがいいかもしんねえしな。だが、メチャクチャな言い分でもって騎士団を使ってでも圧力をかけられた日には、冒険者ギルドとしてできることはねえな」
「やっぱりそうなっちゃいますよねえ」
「とはいえ、王国のやり口が目に余るようなら、私が裁定しても良いのだがな。実際に騎士団を動かして圧力をかけ、武力行使のもとで迷宮を国の支配下に置こうとするなら、世界の調和のために捨ててはおけぬ」
「そこは解決できたとしても、マーティンの実家に圧力をかけるとかのパワハラは、オーダーの守備範囲じゃないでしょ?」
「うむ。そこは当事者同士の問題ということになるな」
だよなあ。それで当のマーティンはというと、すでに考えはまとまったのか、不穏な話だというのを察して不安顔になっているディーレをニコニコと撫でている。
「マーティン的にはどう? 僕の幸せのために、クリエ逃げんなってのも全然アリだけど」
「クリエはそれでも納得してくれそうだけど、王国に自由を奪われるっていうのは、僕としても許せないね。もちろん、ディーレとの結婚については父に話してみるつもりだけど、今はいつ魔族との戦いが再燃するかとピリピリしてるから、正直言って色よい返事は期待してないかな」
「となると魔族領に駆け落ちということに?」
「どこに逃げるかは決めてないけど、ディーレがそれを望むなら、魔族領というのも面白そうだね」
「あたしはマーティンと一緒にいられるんなら、こっちでも大丈夫だよ? クリエに貰った腕輪もあるし。ただ、パパがね……」
「ボクのことだったら何も気にすることはないよ? 内戦の芽が摘まれればクレアのもとに帰るし、それまではガルフに頼ってどこかに匿ってもらえばいいしね!」
なんていうかタフだな、この人たち。しかしマーティン、お前は実家のラーション領を守るためにわざわざ騎士になるのを回避して、魔物を倒す技を磨くために冒険者になったんじゃなかったのか。
「当初の予定はそうだけど、事情が変わったなら軌道修正もやむを得ないよね? といっても、領地に何かが起きれば駆けつけるつもりだよ。できればラーション家の手柄になるようにはしたいけど」
「ん? 家に功績を与えたいっていう考えなのか」
「やはり貴族家としての義務があるからね。ラーション家に生まれたという僕個人にとっての義務だけなら、領地に戻って僕にやれることを全力でやればいいだけだけど。税を納めてきた領民を喜ばせて納得させるためには、『ラーション領をラーション家が守った』ことをしっかり示して、領民を守る義務を果たしたことをアピールしなきゃいけないんじゃないかな」
「なるほど。配慮が行き届いてんなあ……」
しかしそのあたりは天才マーティンのわりに秀才というか、優等生的な感じで収めるんだな。なんならハーフ魔族のディーレを旗印にしてネオラーション家でも興して、人族と魔族の融和を図ったりするのかと思った。
そう思ったことを素直に伝えたら、「そういうのはめんどくさいからね……」って苦笑いされた。なにその「やろうと思えばできるんだけど……」みたいな反応。できちゃうんだけどね? みたいなその感じ。天才うぜー。
「んじゃまあ方針は決まったってことでいいのかな。メリヤスに戻ったら迷宮攻略に全力投球して、王国がなんかめんどくさいことを言ってきそうなら現地解散ということで?」
「「「「「「「異議なし」」」」」」」
しかしそうなると、王都っていうか王城の中に協力者が欲しくなるな。いや、ギルド長で大丈夫なのか。
「ギルド長、話がめんどくさいことになりそうだとか、そういう情報って早めに掴める?」
「あー、俺んとこに正式な話が回ってくるのは、王都で方針を決めてから2日後ぐらいになるかもな」
状況が確定してから2日か……。最悪のケースとしてはどんな感じだ? ギルド長に通達が届くと同時に、王に謁見するための護衛とか言って騎士団を差し向けてきて、ギルドから俺らへの通達に騎士たちも同行してくるとかか。さすがに騎士団が先に身柄を押さえにきて、ギルドの通達が遅れて来るということはなかろう。そういう非道をやってくるなら、こちらとしても戦争しかない。
まあ、ギルド長に話が届いた時点でこっちにも連絡を寄越してくれるだろうから、逃げる準備だけ終わらせときゃいいか。
しかしなんでまた「王国が欲を出してきた場合には」という想定だけで、こんなに色々と気を揉まにゃならんのだろうか。しかも対抗策が「力ずくでも王国を改心させる」じゃなくて、とんずらて。
ワンパンチートみたいな圧倒的な暴力を持ってれば、こういうとこは楽なんだけどなあ。王国にはこっちから先に「ダンジョン攻略後は俺らの自由を保証しろ」とか警告しておいて、守らなかったら速攻で王城蒸発のざまあ展開で俺らスッキリ、みたいな。
まあ、そんなんあったらそもそも地道に迷宮攻略とかやらないし、俺に好き放題に生きさせろっていうんなら、さくっと世界征服したほうが話が早いんだけどな。そんで最終的には、「強さなんかあっても退屈だ。スローライフぐらいしかやることねえなあ……」ってなる。俺は異世界ライフに詳しいんだ。




